「おや、そこにいるのはイオリ・レイとクレダ・ミカですね。先ほどぶりです」
「スイランさん!」
ミカさんのためのノンアルコールカクテルを選んでいると、鉢合わせたのはスイランさんだった。
玉こんにゃくに塗られていたカラシのダメージは回復したんだろうか。
ここにいるってことは大丈夫なんだろうけど、と、ついいらない心配をしてしまう。
「俺とアストレイもいますよ、イオリさん!」
「シエンくん! ガンプラ持ってきたんだ?」
「はい! 僕とアストレイは相棒みたいなものですから!」
シエンくんは興奮した様子で答えた。
セレモニーの間、ガンプラをどうするかに関してはファイター側の自由として扱われているけど、基本的に部屋で鍵をかけたどこかに保管しておくのが普通だ。
それなのに、セレモニーの席にまでガンプラを持ってくるなんて、シエンくんのアストレイに注ぐ愛情は相当深いのだろう。
「ですから、ライバルの前でガンプラを不用意に見せるような真似は控えなさい、シエン。こちらの打つ手を曝け出すようなものです」
「あっ……す、すみません、スイランさん!」
今度こそ見せてくれるのかな、と密かに期待していたけど、スイランさんの扇子がすっ、と割って入ったことで、お披露目は叶わなかった。
ガンプラを見せ合う程度の交流なら、マナーとは言わずとも良識の範疇だ。
でも、スイランさんが言う通り相手に自分のガンプラがなにをするのか、という推測の余地を与えるのは確かだ。
それほどまで、スイランさんは勝ちに対して貪欲なのだろう。
「わかったなら良いのです、シエン。それでは私に似合うノンアルコールカクテルを選んでください」
「あれ、シエンくんもノンアルコールカクテル選びにきたんだ?」
「はい、そうなんです! 俺はよくわかんないですけど、スイランさんが選んでほしいって!」
仲がいいんだなあ。
ノンアルコールカクテルの名前も種類も俺はよくわからないけど、シエンくんも多分同じだろう。
聞けば、カクテルには一つ一つ花言葉のようなものがあるらしいけど、それを調べているだけでもパーティーの時間が終わってしまいそうだった。
「それじゃあ一緒に選んでみない? 俺もよくわかってないからさ」
「はい! 俺もよくわかってないですけど、色とかで選ぶなら、二人ならきっとやれるはずです!」
心強い味方ができたなあ。
格好つけた手前、少し情けないけど。
──などと、ぼんやり考えていたときだった。
「なっていませんわよ、お二方。レディからの申し出とあれば、どんなに困難であれど自らの手で選ぶことこそ最善にして、紳士の使命ですわ」
「ベルナデットさん!」
「あら、覚えていてくださったとは。いかにも私がベルナデット・ヴルツですわ」
出会ったときとはまた違った、オフショルダータイプの、紅色をしたドレスに身を包んだベルナデットさんは優雅に一礼した。
確かに近道をしようとしていたかもしれない。
多少苦労してでも、ミカさんに相応しい一杯を俺が、俺自身で選ばなければ。
「ベルちゃん! 久しぶりだね!」
そう思ってシエンくんと一緒にカクテルが置かれたテーブルと睨めっこをしていると、ミカさんが快活な声でベルナデットさんに呼びかけた。
「ごきげんよう、ミカさん。先ほどは無礼な輩のせいでご挨拶することが叶いませんでしたからね」
「うん……でも、ベルちゃんもクリスちゃんも元気そうでなによりだよ! クリスちゃんは一緒じゃないの?」
「先ほどまでは行動を共にしていましたが……なにやら新しくできた友人が気になるご様子で」
「わーお、素敵だね! そういうの!」
ミカさんとベルナデットさんの話に耳を傾けつつ、俺は、ミカさんに似合いそうな一杯を探すことに明け暮れていた。
塗料のバリエーションもかくやというぐらいにバリエーションが豊富すぎる。
味は……飲んでみないとわからないけど、片っ端から試飲してたら、それだけで胃の容量が満タンになってしまいそうだった。
「これでいいかな……ミカさん、お待たせ」
「レイくん! どんなのを選んでくれたの?」
「えっと……これ。ピンク色と青のグラデーションが綺麗で、なんだかミカさんみたいだなって」
俺は選んだ一杯が注がれたグラスを、そっとミカさんへと差し出した。
名前も味もわからないけど、直感的に「これはミカさんの色だ」と思ったものだ。
本当なら赤の方がミカさんのイメージカラーなんじゃないか、という迷いや躊躇いはまだ後悔として残っているけど。
それでも、俺はこれがミカさんの色だと思うんだ。
「レイくん……青、かぁ。ふふっ。なんだかわたしとレイくんの二人が混ざってるみたいだね」
「ごめん。気に入らなかった?」
「ううん。全然。むしろ百二十点満点、かな?」
意味ありげにミカさんは小さく笑うと、愛しそうにグラデーションのかかった水面へと薄い唇をつけた。
よくわからないけど、どうやら気に入ってくれたらしい。
ミカさんが嬉しいなら、俺も嬉しかった。
グラスの中身に口づけを落とすようにちびちびと飲み干したミカさんが、熱のこもった視線でこっちを見た、その瞬間だった。
「お嬢様、あなたに至急、大事なお話がございます」
鉄血のオルフェンズの外伝である「ウルズハント」に出てくる水先案内人の衣装に身を包んだ、灰色の髪に琥珀色の瞳が映える小柄な女の子が、ぺこりと深く一礼して歩み出てきた。
「……それって、今じゃないとダメかな?」
「はい。セレモニーにはお嬢様もご出席いただくご予定ですので、今すぐ、と、我が主人が」
「……」
なんだか、一転して不穏な空気に変わってきたな。
我が主人、と呼ぶ相手っていうことはミカさんの関係者──それも、相当縁が深い相手なのだろう。
そして、この水先案内人の格好をした子も、相当な覚悟を決めた目をしている。まるで、自分が今この場で撃たれても、代わりはいくらでもいるとばかりに命を捨てた目だ。
「あの……それって、俺も一緒じゃダメですか? えっと」
「申し遅れました。わたくしは第三十回世界ガンプラバトル選手権、公式審判員のリュクス・コーサと申します。そして、イオリ・レイ様。あなたのご同席は認められません」
「どうして?」
「理由を申し上げることはできませんが、不可能なものは不可能だと申し上げておきましょう」
どうやら一般人にすぎない俺が介入できるレベルの話じゃないようだ。
とはいえ、こっちにも矜持がある。
アレスマイトさんに言われたように、俺は今夜、絶対にミカさんの手を離さないと誓ったのだから。
「リュクスさん、理由も告げないで俺の大切な人を連れ去ろうとしてる人に、はいそうですかって素直に渡せると思う?」
「おっしゃる通りです。イオリ・レイさん、あなたがお嬢様を深く想っておられるのは承知しております。ですがこれは、我が主人の問題。わたくしにその決定を変更する権利はございません」
正論のハードパンチだった。
確かにリュクスさんがただ、メッセンジャーとしてこの場に派遣されただけなら、なにを言っても暖簾に腕押しだ。
解決方法があるなら、リュクスさんのご主人様のところに乗り込んで直談判する他にないんだろうけど。
「先んじて申し上げておきますが、我が主人は名も顔もわたくしに明かしておりません。わたくしの兄弟姉妹も同様です」
「くっ……!」
「そういうわけです、お嬢様。わたくしと共に我が主人の許へと参りましょう」
リュクスさんは、感情のない瞳でミカさんを見据えて、恭しく手を差し伸べた。
さながらかぐや姫を迎えにきた月からの使者だ。
なにか、俺にできることは──
「大丈夫だよ、レイくん」
「ミカさん……」
「ちょっとお説教されるだけだから。わたしはちゃんと、あなたのところに戻ってくるよ、だから──」
頬に柔らかくて、あたたかな感触がする。
ミカさんが、いつものようにキスをしてくれたのだ。
それはきっと、ミカさんなりの覚悟と決意の証明なのだろう。でも。
「待っててね! レイくん!」
リュクスさんに付き従う形で、ミカさんは会場を後にしていった。
ミカさんの言うことだから、信じたい。
ただお説教をされるだけ。でも、それならわざわざメッセンジャーガールとして、リュクスさんを寄越すか?
「追わねえのか?」
一人で悶々としていると、聞き慣れたハスキーな声が耳に触れた。
「セイカ……」
「誰の使いだか知らねえが、名前も顔も明かさねえで鉄砲玉だけ寄越すってことは、後ろめたいことがあるって自白してるようなもんだ」
いつの間にか会場を一周していたらしいセイカが、大胆不敵な笑みを浮かべてそう言い切った。
「私も同意いたしますわね。ジャオ商会のご令嬢、貴女はどうでして?」
「……この案件に踏み込むには相応の覚悟が要ります。貴女が想像しているよりも遥かに闇は深いですよ、ベルナデット・ヴルツ。なにしろ、絡んでいるのはクレダの──」
「それでも、行くべきです!」
「シエンくん……」
「俺、わかります! イオリさんがクレダさんのこと、大事に想ってるって! なら!」
「そういうこった! 行くぜ、陛下の相棒の息子!」
「……ああ!」
俺は迷うことなくセイカと一緒に、リュクスさんとミカさんを追いかけることに決めた。
例え、どんなことが待っていたとしても。
絶対にミカさんの手を離さないと、そう約束したのだから。
騎士は駆ける