ガンダムビルドファイターズ A/B   作:守次 奏

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幼馴染と転校生

「……ってことがあって、めちゃくちゃ疲れた」

 

 ミカさんが嵐のようにやってきた土曜日から、なんにもなかった日曜日を経て月曜日。

 未だに、自分でも信じられないことばかりだ。

 その後、ミカさんは壊れたジリウスと一緒に黒塗りの高級車で帰宅していったけど、あれを自力で直すのは骨が折れるだろう。

 

「いや、別にいいけどさぁ……レイはなんであたしにそれを話すの?」

 

 俺の前の席に座っている、セミロングの金髪をポニーテールに結えた女子こと、カミキ・カズサは頬杖をつきながら問いかけてきた。

 

「いや……カズサぐらいしか話し相手いないし……」

「そ、そっかぁ。なら仕方ないとして……出会ったばっかりの女の子に求婚? ガンプラバトルに復帰? いくらなんでもラノベの読み過ぎだよ」

「正直俺もそう思う」

 

 呆れたような顔で、カズサは溜息をつく。

 誰かにあれは夢だと言われても、半分は信じてしまいそうなぐらい劇的な出来事だった。

 それでも、左足がもげて頭が砕けている俺のガンプラが、ガンダム・ソロモンがそれを否定している。

 

 腰のホルダーに手を伸ばして、確かめた。

 そこには確かに、ボウダとの戦いで傷ついたガンダム・ソロモンの姿がある。

 ……本当に、こんな状態でよく戦ってくれたよ。

 

「ガンプラバトルに復帰したってことは、また世界大会目指したりするの?」

「どうかな……正直、ふわふわしてて現実感がないから」

「煮え切らないなあ。レイらしいっていえばらしいけど」

 

 仕方ないやつ、と、カズサは苦笑した。

 クラスの喧騒は今日も多かれ少なかれガンプラを中心に回っている。

 カズサの言う通り俺は、仕方ないやつだ。

 

 イオリ・セイの息子だって持て囃されてた時期なんて入学したときぐらいで、そこから中等部の二年間は思い出したくもない黒歴史ばかりだった。

 ホワイトドールに埋めてほしい。

 いや、自分からサイクルマウンテンに埋まりたい。

 

「そういえばさー、今日、噂だと転校生が来るんだって」

 

 一人で身悶えしている俺の奇行を気に留めることもなく、カズサは言った。

 

「また転校生?」

 

 季節外れの転校生が珍しいのは、俺たちにとってラノベの中の話でしかない。

 この「私立聖鳳学園」は、日本でも随一の倍率を誇るガンプラバトルの名門校だ。

 学生大会のためにスカウトを受けた転校生がくるなんて珍しくもなんともなかった。

 

「新聞部の子に聞いたけど、スカウトじゃなくて普通の編入っぽいんだよねー。ガンプラバトル部にも模型部にも入部届がきたって話はないみたい」

「なんだ、それ」

 

 うちの学校に来てガンプラバトル部や模型部に入らない生徒なんて、俺とかカズサみたいな例外中の例外だけだ。

 ……俺は、ガンプラバトルから逃げてたからだとして、カズサがバトル部や模型部に入らない理由は未だにわからないんだけどさ。

 放課後、たまにうちの店を手伝ってくれるのはありがたい。

 

 だけど、カズサもいいガンプラを作るんだけどなあ。

 俺が言うのもなんだけど、少しもったいない気がした。

 

「あ、ロインきた。謎の転校生現る! って記事を大慌てで作ってるみたい」

「忙しいんだか暇なんだかわからないな……」

「ふーん……女の子なんだ。あ、かなり可愛い子かも。写真見る?」

 

 スマホをタップしていたカズサが、大して興味もなさそうに呟く。

 やっぱり、女子としてはイケメン男子の方が興味をそそるんだろうか。

 だとしたら、平凡を絵に描いたような俺がミカさんから理由を聞いたとはいえ、求婚までされた理由が全くわからなかった。

 

「隠し撮りだろそれ。よくないよ、そういうの」

「それもそっか」

 

 カズサはスマホをポケットに捩じ込んで、同意を示す。

 美少女が転校してきたといったって、俺たちとクラスが一緒になるとも限らない。

 それに、聖鳳学園は今や父さんたちが通ってた頃と比べて遥かに巨大化したマンモス校だ。

 

 明日には多分、別な話題が飛び交っていることだろう。

 そんなことをぼんやりと頭の片隅に浮かべて、俺は頬杖をついていた。

 先生が見知らぬ制服の──見知った女の子を連れてやってきたのは、そのときだった。

 

「あー、お前ら。今日は我がクラスに新しい仲間が増えます」

「はじめまして。聖オデッサ女子学園から転校してまいりました、クレダ・ミカと申します。皆様、ごきげんよう」

 

 不意打ちだ。

 コーヒーの底に溶け残った角砂糖のような声が耳朶へ触れる。

 忘れもしない、頭の右側にお団子を作った、桜色のロングヘアを靡かせた女の子。

 

「なーんて! もうこんな堅苦しい言葉、使わなくていいんだよね! 皆、よろしくね! ぶいっ!」

 

 両手でピースサインを作って、彼女──ミカさんは、からからと笑ってみせた。

 

「な、な、なっ……!?」

 

 俺は、開いた口が塞がらなかった。

 カズサに至っては、俺とミカさんの間で視線を何往復もさせている。

 なにも知らないクラスメイト──主に男子はミカさんの大きな胸をガン見して大歓声を上げていたけど、失礼だろと言うこともできない。

 

「質問です! クレダさんに彼氏はいますか!」

 

 ガンプラバトル部期待のホープとかいわれてた記憶がある、名前も覚えていない男子が手を挙げて叫ぶ。

 いや、セクハラだよそれ。

 じゃ、なくて。いや、セクハラだけど。なんで、ミカさんが、こんなところに。

 

「うーん、まだいないかな?」

『ウオオオオオオ!!!!』

 

 ちろりと赤い舌を覗かせて意味ありげに微笑んだミカさんの言葉に、再び男子共から大歓声が上がった。

 

「でも、運命の人はいるから、わたしの隣は予約済みなんだ! だよね、レイくん!」

「えっ、あっ、お、俺!?」

 

 にこにこと微笑んだまま、ミカさんは優雅に俺の席まで歩み寄ってくる。

 待ってほしい。

 事実かもしれない、いや八割ぐらい事実なんだけど、なんでこんなピンポイントに。

 

「改めて言います、イオリ・レイくん。あなたが好きです。わたしとお付き合いしてください」

 

 この先、俺がまともな学校生活を送れる保証はもうなくなった。

 たった今、クラスの男子全員を敵に回したからだ。

 そして新聞部がこの事件をセンセーショナルに書き連ねて、学園中の噂にまで発展する未来が見える。

 

 ゼロシステムに頼らなくても未来が見える時代かあ。

 すごい時代になったなあ。

 ……ここから入れる保険は、恐らく、ないんだろうな。

 

「先生、そんなわけでわたしの席はレイくんの隣がいいです」

「んー? おお、別に構わんけど」

「やったぁ! ありがとうございます!」

 

 待ってほしい。

 当事者の俺を置き去りにして、光の速度で話を進めるのはやめてくれないだろうか。

 先生の適当極まる采配によって俺の隣を獲得したミカさんは、上機嫌そうに鼻歌を奏でながら着席する。

 

「あはは、びっくりさせちゃった? レイくんのために転校してきたんだ、わたし」

「そりゃもうびっくりしたよ……この前から現実感が全くないぐらいには……」

「ちゅっ」

 

 冷や汗をダラダラと流しながら喋っていたら、ミカさんに唇を塞がれた。

 ……物理的な、粘膜による接触で。

 柔らかくてあたたかいミカさんの唇が、俺のそれに触れる。

 

「……えへへ。可愛くて、ついしちゃった。わたしのファーストキスだよ。責任とってね、レイくん」

 

 暴動が起きなかったことには、まだ人間の理性を信じられることには、心の底から感謝しなきゃいけないのかもしれなかった。

 というか、ミカさんの行動がぶっ飛びすぎてて、大半のクラスメイトが理解できてないだけだろうか。

 どっちでもいいけど。どっちでもいいけど、俺は。

 

「おい、イオリ……」

「な、なんだよ。ガンプラバトル部の期待のホープ、話せばわかる、落ち着こう。ELSとだって人間はわかり合えたんだ、だから、さ?」

「問答無用だ! 我が部のアイドルとなってくれるかもしれないカミキさんを侍らせているだけじゃ飽き足らず、クレダさんまで! 放課後、ガンプラバトル部の部室に来い! そんなお前を修正してやる! それと俺の名前はアクノだ!」

 

 ガンプラバトル部期待のホープこと、アクノくんからの逆恨み……いや、順当な恨みを一身にぶつけられた俺に、選択肢というものはもう存在していなかった。

 

『そうだそうだ!』

『イオリの裏切り者ー!』

『殺せーっ!』

『裏切り者は八つ裂きにしてスカイツリーに吊るしてしまえーっ!』

『このアスファルトにへばりついて黒くなったガムみてぇな存在のくせにデカパイ美少女からモテてるクソムカつく野郎をぶち殺せ、アクノーっ!』

 

 罵倒がフルスロットルすぎるだろ。

 それに、ガンプラバトル部の部室に来いと言われても、俺はガンプラを、正確には戦える状態のガンプラを持っていない。

 どうしたものかと助けを求めるようにカズサへと視線を向けたけど。

 

「……」

 

 その背中からは、氷のように冷たい拒絶が、ありありと感じ取れた。




ズキュゥゥゥゥン
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