「よく逃げずにきてくれたな。その度胸は本物みたいだな、イオリ・レイ!」
放課後。
逃げようにも逃げられない空気を新聞部が作ってくれやがったせいで、止むに止まれず俺はアクノくんが待ち受けるガンプラバトル部の部室を訪れていた。
かつては粗末なプレハブ小屋しか与えられてなかったらしい聖鳳学園ガンプラバトル部の部室は、今やもう一つの体育館だ。
その壇上に待ち受けていたのが、ガンプラバトル部期待のホープこと、アクノくんというわけだけど。
「ふふん、わたしのレイくんはとっても勇敢な男の子だからね! 絶対に逃げないよ!」
当然のようについてきたミカさんが、俺の左腕をホールドしながら、得意げに言い放つ。
いや、その、なんだろう。
逃げないんじゃなくて逃げられないんだし、そもそも俺の左腕に柔らかくてあったかい、マシュマロじみた感触が伝わったままなんですがミカさん。
「……」
俺の左隣を独占しているミカさんに対して、カズサはなぜか右側でずっとしかめっ面を浮かべて、胸を下から支えるように腕を組んでいた。
……いや、カズサまでついてくる必要はなかったんじゃないかな。
明らかにアクノくんの額に青筋が浮かんでるし、これじゃ虎の尾の上でタップダンスしているようなものだ。
でも、ここにくるまでに本人にそれを伝えたら烈火のような怒りを宿した目で睨まれたんだよな。なんでさ。
「イオリ……俺はお前のことを恋愛にうつつを抜かしてガンプラバトルの才能を腐らせた、アスファルトにへばりついて黒くなったガムみたいなやつだと思っていた……」
「初手から罵倒がフルスロットルすぎない?」
「だけど、心のどこかではきっとカミキさんを連れて、このガンプラバトル部に入部してくれると信じていたんだ」
アクノくんはメガネのブリッジを中指で押し上げながら言った。
聖鳳学園ガンプラバトル部の掲げる今の目標は、全国大会中等生の部で十連覇を成し遂げることだと聞いている。
全国大会と一口にいっても、競技人口が昔と比べ物にならないほど拡大した今では、学生大会とオープンコースの二つに分かれている。
俺が中一の頃にガンプラバトル部に入らなかったのは、年齢を問わずにエントリーできるオープンコースで世界大会に出場するためだった。
……もう、昔の話だけどさ。
忘れたいと思っていたし、忘れていくものだと思っていた。
それでもなんの因果か、過去は巡って追いかけてくる。
「信じていたのに、お前というやつは! とうとうハーレム野郎のエッチマンに成り果てやがって!」
「待ってほしい、俺は確かにミカさんから求婚されたかもしれないし告白もされたけど、心が追いついてないんだ! それに、断じて俺はエッチマンじゃない!」
「嘘をつけ! そう言って教室で熱烈なファーストキッスをかましたのがお前だ! 十三歳と十四歳のときも……俺はずっと、待ってた!」
「な、なにを……」
「お前と戦うこのときをだよ! さあ、御託はもういいだろ、恋愛に染まり切ったお前のピンク色の脳みそを俺が修正してやる!」
どこかオーガニック的なやり取りを交わしたアクノくんは、ひらりと壇上から飛び降りる。
そして、体育館に匹敵する広さの部室、その中心に置かれたガンプラバトルシミュレータにGPベースをセットした。
まずいな、完全にやる気だ。
俺は断じてエッチマンじゃないし脳みそがピンク色でもない。
それはともかく、このままじゃ戦えない。
アクノくんは完全にやる気でいるけど、俺のガンダム・ソロモンは全壊状態だし、ミカさんからジリウスを借りようにも、まさか初心者が三日四日程度で直せる損傷じゃないはずだ。
「えっと……カズサ」
「イヤ」
「まだなにも言ってないだろ!?」
「どうせあたしにガンプラ貸して、って言うつもりだったんでしょ? ふんっ! あたしはそんなに安い女じゃないですよーだ」
完全に見抜かれていた。
ミカさんがやってきてから、カズサはずっとこの調子だ。
めちゃくちゃ不機嫌になるのはわかるけど、じゃあなんで俺についてきたんだ。乙女心は全くわからない。
「どうした、イオリ! 逃げるのか!?」
「逃げるもなにも入り口が部員に封鎖されてるだろ! 俺には戦うためのガンプラがないんだよ!」
「なんだと? ならその腰のガンプラホルダーはなんだ!?」
「……論より証拠だ、見てほしい!」
俺はガンプラホルダーから、ほぼ全壊状態のガンダム・ソロモンを取り出して、バトル台の上にそっと置いた。
両足はもげ、武器を失い、残されたのは右手だけ。
問答無用でバトルしろといわれたらどうしようもないけど、ただのカカシを撃ってるのと変わらない。それはアクノくんの望むところじゃないはずだ。
「……そのようだな!」
「そうなんだよ!」
「大丈夫! わたしを助けてくれたときみたいに、レイくんなら絶対に勝てるよ! 信じてる!」
「いや、いくらレイでも無理だと思うけど……」
そう思うならガンプラ貸してくれないか、カズサ。
……って、わけにもいかないんだろうなあ。
どうする。選択肢なんてないに等しいぞ。
「失望したぞ、イオリ! 昔のお前ならガンプラの予備ぐらい持ち合わせてるはずだ! それが……それが、恋愛にうつつを抜かしたばかりに……!」
「待ってほしい、話が変な方向に拗れてる!」
「だが、勝負の世界は残酷だ。このままでは俺が戦わずして完全王者となってしまうな……そうだな、その暁にはカミキさんをガンプラバトル部に引き渡してもらおう!」
アクノくんは仏頂面で頬を膨らませていたカズサを指して、断とした口調で言い放つ。
いくらなんでも話が飛躍しすぎだろ。
だけど、部員たちは完全に舞い上がっているのか、アクノくんの言葉に同調していた。
『そうだそうだー!』
『くたばれハーレム野郎!』
『エッチマンは死刑だー!』
だから俺は……もういいや。
この際ハーレム野郎の誹りを受けることは甘んじて受け入れるとしても、だ。
俺はエッチマンじゃない、それだけははっきりと真実を伝えたかった。
「……あたし? なんで?」
そして、熱烈なスカウトを受けたカズサ本人はきょとんと小首を傾げていた。
カズサも小さい頃はガンプラバトルに明け暮れていたけど、今は半ば引退状態だ。
それなのに、わざわざカズサをバトル部に勧誘する理由が、どうしても俺にはわからなかった。
「カミキさん……俺たちはいつも、クラスではあなたの優しい笑顔に救われてきた。どうか、このヘタレハーレムエッチマンの隣ではなく、ガンプラバトル部のモチベーションを司るマネージャーに、あわよくば俺の彼女になってくれないか」
アクノくんは眼鏡を光らせ、カズサへと右手を差し出す。
「お前も結局エッチマンじゃねーか!」
「うるせー! 思春期の男子なんて皆そんなもんだろバーカ!」
「……えっと、ごめんね。マネージャーも嫌だし、付き合うのは普通に無理かな」
「そ、そんな!」
剥き出しの欲望をぶつけられて、快諾する女の子なんてこの世のどこにいるっていうんだ。
当然の結果すぎる。
しかし、アクノくんはまだ諦めていなかった。
「ならば海賊らしく、せめてマネージャーとしてカミキさんはいただいていく! 野郎ども──おっ?」
「……流石に気が変わったかな、はい」
カズサは俺に、腰のガンプラホルダーから取り出したガンプラを手渡してくる。
「いいのか? カズサ」
「うん。ちゃちゃっとぶっ飛ばしちゃってよ、レイ」
渡されたガンプラを受け取って問いかけると、カズサは拳で俺の胸板を軽くつついた。
そうだな。
ガンプラバトル部のマネージャーやってほしいって話はともかく、無理やり身柄を確保するのはやりすぎだ。
「どうやら勝負に応じる準備ができたようだな……いくぞイオリ! ファイターとしての矜持をかけて! カミキさんに彼女になってもらえるかどうかをかけて!」
「後者はもう断られただろ!」
「俺は決して諦めない! フィックス・リリースだ! 野郎ども、ジャッジは任せたぞ!」
アクノくんの号令に従う形で、部員たちが、円を描くように筐体の周りを囲う。
これはジャッジの意味合いもあるのだろう。
ただ、本質的には入り口の封鎖と同じだ。俺たちを逃さないため、といったところか。
「むぅ……他の女の子のガンプラを使うのはちょっと減点ポイントだけど、仕方ないよね! 頑張って、わたしのレイくん!」
「あなた、なんでまた付き合ってもいないのに平然と彼女ヅラしてるの……? それはともかく、あたしのガンプラ貸したんだし、負けたら許さないからね、レイ!」
「ああ!」
勢いよく答えて、俺はGPベースと、カズサから受け取ったパワードジムベースのガンプラをセットする。
『Beginning Plavsky Particle Dispenser』
『Field Name:supply base』
『Please, Set Your GUNPLA』
『Are you ready?』
システムの音声に従って、俺とアクノくんは戦う前に視線を交わした。
「イオリ・レイ! パワードジムアサルト! いきます!」
「アクノ・マサヨシ! ギャプランプラスで出るぞ!」
お決まりの文句を叫んで、俺たちはガンプラバトルのフィールドへと出撃する。
そこに久しぶりの高揚感を覚えなかったかと聞かれて、首を横に振れば。
それは、間違いなく嘘になってしまうんだろうな。
†
ランダムで選ばれたフィールドである補給基地は、遮蔽物になる倉庫が豊富に存在している。
だから、いかに遮蔽物を活かして戦うかが勝利の鍵となる、というのはあくまで地上戦の話でしかない。
アクノくんがピックアップしたガンプラのベースとなったギャプランは、急速変形と高速強襲を得意とする機体だ。
この遮蔽物をまず間違いなく気にすることなく、勝負を仕掛けてくることだろう。
「そこだっ!」
レーダーにアラートが瞬いた刹那、俺は武装スロットの一番に配置されているハイパーバズーカを、接近してきたのであろうギャプランプラスへと撃ち放った。
しかし、ロービジカラーに塗装されたその機体はバレルロールで変形を解除し、散弾を回避してみせる。
完全には避けきれなくても、ガンダム・ザガンのものとミキシングされたムーバブル・シールドバインダーによって致命傷には至らないようにしているのが流石だった。
「このギャプランプラス、元より重量こそ増加しているが、極限までの削り込みでそのデメリットは踏み倒している! さあ、可変機でもなく飛行能力も持たないそのガンプラでどう戦う、イオリ!」
「ちいっ!」
バックパックに接続されているメガ粒子砲に攻撃手段を切り替えたものの、それも流れるような可変ムーブで回避されてしまう。
どうやらアクノくんは、ギャプランという機体の特質を完全に理解しているみたいだった。
そして、なにも機体をむやみやたらにガチャガチャさせて変形を繰り返すことだけがギャプランの真骨頂じゃない。
「ならば今度はこちらからだ!」
その推進力を活かした一撃離脱。
ムーバブル・シールドバインダーに装備されたメガ粒子砲を発射しつつ、ギャプランプラスは接近してくる。
まずいといえばまずいけど、これは逆に考えればチャンスになるだろう。
ハイパーバズーカを投棄。
肩からビームサーベルを抜き放ち、俺はスラスターを全力で噴射して機体を上昇させる。
ハイゼンスレイから移植した下半身がいい踏ん張りをしてくれる。さすがはカズサのガンプラだ。
「変形が! 隙になる!」
「今のを避けたのはさすがだと褒めておこう! だが──刮目しろ、これがスタンドマニューバだ!」
「なっ……!?」
俺がビームサーベルを振るうことを予期していたかのように、ギャプランプラスは機体を急上昇させると、宙返りしてMS形態に変形した。
現実でやったらパイロットがGで死ぬのは間違いない動きだ。
それは置いておくとしても、この状況は非常にまずい。
先にビームサーベルを振った非可変機が、可変機のキリングレンジで隙を晒している。
これは、ほとんど不可避の死を意味していた。
飛行可能な機体でもない限り、空中戦では、可変機と張り合えないのだ。
──それでも。
「もらったぁッ!」
「させるかよ!」
ビームサーベルを振りかぶったギャプランプラスの一撃を、俺はサブアームに装備している二枚のシールドで受け止めた。
地面に叩きつけられて各所が悲鳴をあげているけど、これぐらいなら安く済んだ範囲だ。
シールドも一枚が溶断された。
でも、これも想定内。
あとでカズサにはちゃんと直して返しておくとして。
「アクノくん、一つだけきみは迂闊だった」
「なんだと? 強がったところで──ッ!?」
「ギャプランプラスのパワーなら確実に叩きつけとビームサーベルによる攻撃で倒せると踏んで、こっちの盾を侮っていた! そして俺は、二の矢を残してる!」
バックパックに接続されているメガ粒子砲の武装スロットを選択。
急上昇して距離を取ろうとしたアクノくんに対して、今度は確実に逃さないための最大出力で撃ち放った。
砲身がオーバーヒートを起こして溶け落ちるほどのビームを、いくら速いとはいえ、ただの上昇では避けられない。
「ふっ……腐っていたのはどうやら俺の目みたいだったな、イオリ……! お前は、世界を目指せ……!」
「そんなことないさ。きみもエースに相応しい強さだったよ、アクノくん!」
ビームの奔流に飲み込まれたギャプランプラスが爆散し、戦いは終わりを告げる。
『Battle Ended!』
システム音声のアナウンスが、今は少しだけ心地よかった。
イニブのギャプラン緊急上方修正してクレメンス