「おや。帰ってきたのかい、レイ。今日は両手に花じゃないか」
カズサを連れ、ミカさんの送迎車に乗せられて家に帰ってくるなり、出迎えてきたのは姉さんの悪辣な冗談だった。
「わかっててからかうのはやめてほしいんだけど、姉さん。そんなんじゃないって……」
「わかってないよりはマシだと思うけどねぇ。その顔だとビルドスペースを使いたいんだろう? 店番は私がやるから使うといいさ」
わかってないよりもタチが悪いんじゃないかと思うけど、屁理屈で姉さんには敵わないので黙っておく。
そもそも本題はそこじゃない。
俺がどういう顔をしていたのかはわからないけど、ビルドスペースに用があるのは確かだった。
「いいんですか、サヤコさん? あたしも見てるだけだから店番手伝おうと思ったんですけど……」
「うん? 全然大丈夫だよ。平日だからお客さんも少ないからね。それより、カズサちゃんにはもっと大事なことがあるだろう」
「──っ!? あ、あたしはそんなんじゃ……」
「ふふっ、応援しているよ」
カズサにとってもっと大事なこと、とやらがなんなのかはわからなかった。
でも、反応を見るにそれは正しいようだ。
母さんに似てる顔立ちで、間違いなく血の繋がった姉だというのに、俺には時々姉さんが人の心を読める妖怪の類に見えて仕方がない。
「えっと、ミカさん。ジリウスを直したいんだよね?」
「うん。この子はわたしと一緒に戦ってくれたガンプラだから」
ミカさんは、可愛らしくピンク色のフリルがあしらわれたアタッシュケースの蓋を開ける。
そこには確かにボウダとの激闘の跡が生々しく刻まれたガンダムジリウスが横たわっていた。
手間はかかる。間違いなく一からキットを組み直した方がいい。
でも、ミカさんにとって大事なのは「この」ジリウスなのだから、元のパーツは可能な限り残した形でリペアするのが筋というものだろう。
「一応聞いておくけど、クレダさん。クレダさんはどれぐらいガンプラに関する知識があるの?」
俺が聞こうと思っていたことを、先回りしてカズサが問いかける。
知識の有無によって、修理に要求される難易度は違う。
素組みで大破状態まで持ち込まれて、初心者レベルの腕前ぐらいしかなかったら、申し訳ないけど、新しく作り直す方が、下手に直すよりも楽だし、なんなら精神衛生的にもいい。
「ミカでいいよ、カズサちゃん。えっとね、花嫁修行でそこら辺は一通り覚えてきたから、結構自信はあるよ? 具体的にはパテとプラ板が使えるレベル!」
得意げにVサインを作って、ミカさんはカズサの問いに答えてみせた。
花嫁修行とやらがなんなのかはわからない。
だけど、初日から素組みにしては完成度が高いガンプラを作れる程度には知識と技量を身につけてきた、という解釈でいいのだろう。
「パテとプラ板が使えるなら、あたしから言えることは特にないかなー……レイ、あたしのパワードジムはどう?」
「大丈夫。ダメージレベルがBだったから、予備パーツで修復できる範囲だよ」
「そっか。というか、レイはソロモンを直さなくていいの? その損傷だと一から作り直した方が早いと思うけど……」
カズサは、俺の腰に下げられたホルダーに視線をやって、尋ねてくる。
ソロモン、か。
こいつは確かに俺の相棒だった。パーツ構成も把握している。
なんなら、自室にはバトルダメージレベルがAに引き上げられる世界大会を想定して、予備も用意してある。
でも、俺は。
俺とソロモンの戦いは、あのときに終わってしまったんだ。ボウダとの戦いは、たまたま屍が動いたようなものでしかないんだ。
「……ソロモンは、眠らせてやろうと思う」
「……そっか。じゃあ、レイは今度の全国大会に出ないんだね」
「いや、全国大会には……出るよ」
「えっ?」
カズサが寂しげな顔をして気遣ってくれたのは、ありがたかった。
でも、決めたんだ。
アクノくんに「世界を目指せ」なんて言われたからっていうわけじゃないけど。
「ミカさんがボウダに立ち向かったとき……久しぶりにソロモンと、カズサのパワードジムを動かしたとき、わかったんだ。俺はどうやらガンプラバトルが好きで好きで仕方ないんだって」
一度へし折れた心は、そう簡単には元に戻らない。
酸っぱい葡萄の話をするように、いくらでも呪詛が出てくるし、憎しみや悔しさ、悲しさのやり場だってわからなかった。
それでも。
それでも──都合のいい言い訳に聞こえると誰かに詰られたって、石を投げられたって、俺は、やっぱりガンプラのことが、ガンプラバトルが好きなんだ。
「そっかぁ。レイも、大人になったんだね」
「なんだよ、それ」
「ううん? 決勝で負けてからのレイって、ずっと拗ねてたから。一つ大人になったんだなって」
「……ぐっ、否定できない」
「褒め言葉なんだから素直に受け入れておきなー?」
よしよし、とカズサは子供をあやすように、背伸びをして俺の頭を撫でてきた。
同い年なんだし子供扱いするなよ、とは言いたかったけど、そもそも拗ねてたのは確かなんだから反論ができない。
過ちを気に病むよりも、認めて次の糧にすればいいとはフル・フロンタルの言葉だったけど、全くもってその通りだ。
「むぅ……いいなぁ、わたしもレイくんの頭、撫でてあげたい……」
「撫でれば? 減るもんじゃないし」
「やめてくれよ、恥ずかしいんだから」
「じゃあ、わたしからはご褒美をあげるね。ちゅっ」
言うなり、ミカさんは俺の頬にキスをしてきた。
いや、そっちの方が一万倍ぐらい恥ずかしいんだけど!?
頬が赤くなるのを抑えられない。これなら頭を撫でてもらった方がいくらかマシだった。
「……レイのエッチマン」
「違うわ!」
「えへへ、唇へのちゅーは二人っきりのときにまたしようね、レイくん」
「……えっ。あっ、そうだね……」
ミカさんの積極的すぎるアプローチにはたじろぐばかりで、なにも言葉が返せない。
そこまで俺のことを推してくれている、好きでいてくれているのは、恥ずかしいけどありがたかった。
でも、俺には本当にその資格があるんだろうか。
「もう! そんなことよりガンプラの修理でしょ!? あたしも手伝うから!」
「そんなことじゃないよ! でも、確かにこの子を修理してあげないと……」
「それなんだけどさ、一つ提案があるんだ」
ジリウスの眠るアタッシュケースに視線を落として、しゅんとしたミカさんに向けて、俺は一つの方法を持ちかけた。
「提案?」
「うん。このジリウスをミカさんだけのジリウスに──自分だけのガンプラにしてみない?」
自分だけのガンプラ。
俺の提案に、ミカさんは目を丸くする。
確かに元のガンプラの良さを活かす戦い方だってある。
実際、俺のじいちゃんは、細部に手こそ加えていたけど、ほとんどそのままの初代ガンダムで第二回世界選手権で準優勝を果たしているからな。
でも、ミカさんにはどっちかというと、機体の特性を引き出すというよりは、自分らしく戦った方が合っている気がした。
根拠はない。強いていうなら、性格的にそんな感じがした、というぐらいだけど。
「──うん。レイくんの言葉なら、わたし、信じるよ! この子を、わたしだけのガンプラに生まれ変わらせてみせる!」
「ありがとう、ミカさん。それじゃ、ビルドスペースに行こっか」
「うん!」
待ちきれないといった様子でそわそわしながら、ミカさんはビルドスペースへと早足で向かっていく。
そうだな──俺にも。
俺にも新たな、「自分だけのガンプラ」と向き合うときが、来たのかもしれなかった。
始まりの鼓動