「……あなたの覚悟、見定めさせてもらうわ」
「望むところさ」
ガンプラバトルシステムを挟んで向き合い、短いやり取りを交わす。
バトルスペースの空気は肌でわかるほどヒリヒリしていた。
それはそうだろう、マシロちゃんは本気なのだ。
「ダメージレベルは」
「……予選前にイオリくんのガンプラを傷つけるのは忍びないわ、Cでお願い」
「最初から勝ったつもりかよ……わかった」
うちの店のモデルダメージレベルは元からCだ。
筐体をいじる必要がないのは楽で助かる。
それに──マシロちゃんが言ってたことは、そのままブーメランとして飛んでいくかもしれないんだぜ。
「準備はできたようだね、では、システムを起動するよ」
「お願いするよ、サヤコ姉さん」
「……お願いします、サヤコさん」
サヤコ姉さんがバトルシステムを起動すると、活性化したプラフスキー粒子の燐光が蒼く瞬いて、バトルスペースを満たしていく。
『Please, Set Your GP-BASE』
俺の──俺だけの、ガンプラ。
システム音声に促される形でGPベースを筐体の窪みにセットして、小さく息を呑む。
予選に出るなら、俺を再起不能になるまで叩きのめしたあの男とも、戦わなきゃいけない。
怖くないかと聞かれて首を横に振るなら、間違いなくそれは嘘になる。
だけど、乗り越えなきゃいけない。
あの日、ミカさんと出会ったあのときに見た、そして振り絞ったなけなしの勇気を、自分の底から引っ張り上げるんだ。
『Beginning Plavsky Particle Dispenser』
『Field Name:Space』
『Battle Damage Level Set to "C"』
『Please, Set Your GUNPLA』
『Are you ready?』
俺はそっと、作り上げた新しいガンプラをGPベースにセットして、操縦桿の代わりとなる光球を握り締めた。
この恐れを踏み倒し、トラウマを乗り越えなければ、マシロちゃんが待っている「その先」に行くことはできない。
もちろん、マシロちゃんは本気で挑んでくるだろう。それでも。
「……ヤサカ・マシロ。キュベレイデネヴ」
「イオリ・レイ! ガンダム・ヴェーガ!」
新しく作り上げたガンプラ──ガンダムジリウスをベースに、様々なキットとのミキシングで俺なりの今できる最高の形を体現した、「ガンダム・ヴェーガ」。
こいつは、待っている。
戦場へと羽ばたくそのときを。
なら、俺の仕事はただ一つだけだろう。
『──行きます!』
マシロちゃんと俺の声が重なり合う。
そうだ。
戦いを求めるガンプラの背中を押して、手綱を握ってやることこそが、ファイターに求められるシンプルにして最大の役目なのだから。
カタパルトから発進したガンダム・ヴェーガは、バエルからコンバートした大型ウイングスラスターを展開して漆黒の宇宙を駆ける。
我ながら、凄まじい機動性だ。
ツバメ先輩のフラッグ・ライトニングヴィントも相当なものだったけど、ヴェーガには、あれに匹敵するぐらいのピーキーさがあった。
「……でも、じゃじゃ馬娘の扱いは慣れてる!」
「……そう、ならリハビリをする必要はなさそうね」
「ああ、本気で来てほしい! マシロちゃん!」
慣らし運転なんかもちろんしていなかったけど、そんなものは、ぶっつけ本番でどうにかしてしまえばいいだけの話だ。
俺の言葉に応じるように、マシロちゃんは微かに唇の端を吊り上げた。
そして、しなやかな指先が武装スロットの選択へと伸びる。
──来る。
「……行きなさい、ファンネル」
「オールレンジ攻撃……来ると思ってたさ!」
視界に捉えたマシロちゃんのガンプラ、「キュベレイデネヴ」は、ガンダム・ナイオンからコンバートしたオルタナブルバヨネッタを構えつつ、接近を試みた。
ファンネルと一緒に突撃してくるのは、オールレンジ攻撃持ちの常套戦術だ。
本体とファンネルを同時に相手しなければいけない時点で労力は二倍、相手への負担は相当なものになる。
難点があるとすれば、ファンネルを手動で動かしながら本体も動かすというマルチタスクに慣れていなければいけないことだけど。
「流石はマシロちゃんだ、全然同時操作に淀みがない……!」
「……お世辞はいいわ。そのオーソドックスなガンダムタイプ、私を失望させないでね」
「もちろん!」
俺は死角に入り込んできたファンネルを、両手に持たせた二丁のビームライフルこと「ツインビルドマグナム」で撃ち落としつつ、答えた。
ツインビルドマグナムは、出力を可変式にして、バレルを二門に分けることで、従来のビームライフルでは耐えられないような出力にも耐えられるように設計してある。
これにより、理論上は二丁を持ったときの最大出力は、ビームマグナムにも匹敵するはずだけど──能書きはともかく、戦いで検証すればいい。
当たらない角度のファンネルはスラスターの大推力で振り切り、直撃コースのものだけを撃ち落として、俺はマシロちゃんへと肉薄した。
「そこだっ!」
「……舐めないで」
相手の構えたオルタナブルバヨネッタから放たれたビームと、俺が構えたツインビルドマグナムから放ったビームがぶつかり合い、爆ぜる。
並のビームライフルなら上から潰せるぐらいには調整していたつもりだったけど、計算外だった。
いや、当然といえば当然か。
相手は、マシロちゃんは、世界大会への切符を一足先に手にした猛者だ。
あのキュベレイデネヴも、世界大会に向けて相当作り込んでいる。
なら、一段階も二段階も想定を引き上げて臨むのが道理というものだろう。
「……ファンネルを着実に減らして、一撃離脱を徹底している……小賢しい戦い方だけど、正しいわ」
「定石への対策ぐらいできてなければ、世界なんて目指せないからね……!」
俺はキュベレイデネヴの本体に向けて狙いを絞りつつ、答えた。
ガンプラバトルにおいて、基本的に図体がデカいということは当たり判定もデカいということだ。
キュベレイ系列の肩に配置されたバインダーもそうだけど、狙いやすい部位というのは往々にして存在している。
──でも、それは当然。
検証するつもりで引き金を引くと、通常出力に設定していたツインビルドマグナムから放たれた弾は、確かにキュベレイデネヴのバインダーに命中していた。
だけど、ダメージを与えることはなかった。
あれは、間違いなく。
「……粒子変容塗料。ビームに対してどう対策するかは、基本中の基本」
「それを上からぶち抜くつもりで撃ったんだけどな……!」
「……だとしたら、私も舐められている」
オルタナブルバヨネッタをビームランスモードに変形させて、キュベレイデネヴもまたクロスレンジに飛び込んできた。
残ったファンネルの数は三基。
状況だけ見れば、こっちの微不利といったところだった。
即座にツインビルドマグナムの一丁を投げ捨てて、腰からビームサーベルを抜刀。
俺は、マシロちゃんが横薙ぎに振るったオルタナブルバヨネッタの一撃をビームサーベルの刃で受け止めた。
重い。流石は、世界レベルの実力者だ。
「でも……こっちだってまだ、全部は見せていないよ!」
「……なら、引き出してみせる」
残ったファンネルを左手のツインビルドマグナムで撃墜しつつ、キュベレイデネヴと切り結ぶ。
ファンネルは、今ので全部撃ち落としたはずだ。
残っていたとしても振り切れる──確信に基づいて、俺は武装スロットを選択した。
「行くぞ、ヴェーガ! フェザーエクステンション、粒子共鳴だ!」
「……っ! プラフスキー粒子の操作技術……!」
「世界大会で戦うなら、あいつに勝つなら、絶対に身につけなければいけなかった……それを、今!」
フェザーエクステンションがプラフスキー粒子の蒼い輝きを纏う。
瞬間、バエルのスラスターウイングから噴出する光が爆発的に増大した。
それはまるで、「光の翼」のように。
「……っ、速い!」
「もっとだ、もっと加速してくれ、ヴェーガ! あいつを倒して、世界の舞台に立つために!」
あるいは、蒼い流星のように。
一条の光となって、俺とガンダム・ヴェーガは戦場を駆け抜けていく。
右手に構えたビームサーベルを突き出して、ただひたすらまっすぐ、相手の反応できないような速度で突っ込む。
シンプルで、脳筋で……自分のことなのに馬鹿馬鹿しくなってしまうような戦法だ。
でも。
これが俺と、かつての相棒であるガンダム・ソロモンが辿り、掴み取ってきた勝利への道筋なのだから。
「ソロモン……きみの魂も、俺は世界に連れていく!」
「……戦いは、まだ終わってない……!」
この速度に反射で武器を構えられたマシロちゃんは流石だった。
でも、構えられただけだ。
そこから先には、行かせない。
「行けええええっ!」
「……っ、きゃああああっ!」
オルタナブルバヨネッタの柄を貫いて、俺は渾身の叫びと共に、キュベレイデネヴのコックピットにビームサーベルを突き入れていた。
『Battle Ended!』
システム音声が、戦いの終わりを告げる。
俺の、勝ちだった。
小さく息をついて、ヴェーガをバトルシステムから回収する。
傷一つない、完全勝利だった。
「……イオリくん」
「ん? ああ、ごめん。対戦ありがとう、マシロちゃん」
「……こちらこそありがとう。凄まじいガンプラだったわ」
マシロちゃんはダメージレベル設定のおかげで破損を免れたキュベレイデネヴを回収してホルダーに収めると、悔しそうな顔をする。
「……私は、デネヴで世界を獲れると思っていた。でも、思い違いも甚だしかった」
「そんなことは……」
「……ある。だから、私は作り直すわ、世界で戦い抜いて、勝つためのガンプラを。そして、イオリくん」
「なに、マシロちゃん」
「……お帰りなさい、『蒼き流星』」
ふっ、と小さく微笑むと、それだけを告げてマシロちゃんは踵を返した。
唐突に昔つけられていたあだ名の一つを掘り起こされて、思わず、背中がむずむずしてしまう。
だけど、それはマシロちゃんからの褒め言葉であり、俺に対する祝福なのだろう。
「おや、帰るのかい? マシロちゃん」
「……はい、しばらく東京には滞在する予定なので、作るガンプラの素体が決まったらまた来ます、サヤコさん」
「レイの顔が見たくなったのなら、いつでも来ていいからね」
「……そ、そんな理由では、来ません」
俺の顔はそんなに見たくないってことだろうか。
いや、まあ……女の子が好きでもない異性の顔を目当てに模型店にくるなんて、普通じゃ考えられないから当たり前なんだけどさ。
でも、ちょっとだけ凹むからそういう冗談はやめてほしいよ、サヤコ姉さん。
キャリーケースを引きずりながらイオリ模型店を後にしていくマシロちゃんの後ろ姿を見送りながら、俺は拳で鼻の頭を擦った。
勝ったのに、どうにもばつが悪い心地だった。
ようやく主人公機のお披露目をする話があるらしい