なんか指名手配犯になってるんですけど!? 作:ジジ
学校が大っ嫌いだった。
学校に行けば毎日のようにイジメられた。髪を掴まれ、お腹を蹴られ、いたるところに痣ができた。物がなくなるなんて日常茶飯事。周囲の人も見て見ないふり。昔仲良くしていた子たちも途端に私を無視するようになった。
……誰も私を助けてくれなかった。
だから退学して不良になった。転校したって普通に通えるなんて思えなかったし、何より不良になればこれまでのしがらみから解放されて自由に生きていけると思ったから。
だけど、不良に堕ちても降りかかるのは災難ばかり。特定の宿なんかなく、大雨の中オンボロの空き家で一晩過ごすことも何度もあったし、満足な食事にありつけるのもそう簡単じゃない。シャワーなんて二の次だし、周囲からは白い目で見られる。
自由なんてなかった。幸福なんてなかった。私の人生はいつも災難の連続だった。
ふと、このまま生きていても意味があるのかと思った。幸福なんて一度たりともくれなかったこの世界に固執する意味はあるのか、と。生きているだけで辛いのなら、今もこれからも生にしがみつく理由はなんだろうか、と。
自身に問いかけ続ける日々。だけど、日を追うごとに世界に絶望し、遂に絶望しきってしまった時────彼と出逢った。
『誰も助けてくれなかったんだね。誰も手を差し伸べてくれなかったんだね』
『かわいそうに。辛かったね、苦しかったよね。よく今日まで頑張ってくれた』
『誰も君を見ないのなら、代わりに僕が君を見よう。世界が君を見捨てたのなら、代わりに僕が君に手を伸ばそう。この世界に存在するすべての子どもは、何にも代え難い財産そのものなのだから』
あぁ、それでも、今になって思えば、これまでの辛いだけの人生にもちゃんと意味があったんだって思える。
私がこんな世界に生まれ落ちた理由。それは────
彼という光に出会うために、私は生まれてきたのだ。
§
───矯正局、取り調べ室。
そこはまさに小さな牢屋だった。小さな部屋の中では一人の生徒が座っており、その対面に空の席が一つ。私たちはその状況を分厚い窓越しに見ているだけ。
今日、先日あった暴動を起こしたメンバーの取り調べがあると小耳に挟み、リンちゃんに無理を言って入室の許可をもらった。
理由は………どうしても彼女たちに聞きたいことがあったから。
「では、改めて自己紹介を。ヴァルキューレ警察学校の公安局長、尾刃カンナです。以後お見知りおきを」
「うん、初めまして。私はシャーレの先生です。よろしくね、カンナ」
規律よく敬礼をする生徒──カンナはほんの少し目尻を下げた後、再び目元を釣り上げてガラス越しにいる生徒を睨め付ける。
「本日は先日捕えた暴徒どもの取り調べを行いますが……その……」
カンナは口籠る。いや、言いたいことは分かるんだけどね。
「ふふっ、大丈夫だよ。私も彼女たちに聞きたいことがあってね」
「……そう、ですか。ちなみに何を尋ねるつもりなのかお聞きしても?」
まぁ、そうだね────
「とある生徒について、かな」
取り調べは順調とは言えなかった。
名前や動機といった簡単な質問なら素直に答えてくれるけれど、より内部へと踏み込んだ質問には一切答えない。
話せば何かマズイことがあるのか………いや、そんな感じはしない。
恐怖で話すことができないのか………いや、それもなさそう。
釈放後に報酬が支払われる契約だから押し黙っているのか………なんとなくだけどそれも違うと思う。
つまりあの子たちは自分の意志で口を閉ざしているのだ。それも、私が見た限り全員が、だ。
これはなかなか手強そうだ───尋問や取り調べに精通していない私でもそう思った。
「貴様は……トリニティ出身か。名門校じゃないか。それなのに何故不良などに堕ちた?」
「…………理由なんて千差万別でしょ。居たくないから退学しただけ、学校に通いたくなかったから不良をやっているだけ。これでいい?」
トリニティってトリニティ総合学園のことだよね。確かお嬢様学校として栄えた学園で、外見が白亜の城っぽくてすごく綺麗な校舎だったのを覚えている。
「何故D.U.地区を占領した?」
「さぁ?ウチの部隊長が攻め込んでいったから私もそれに従事しただけ。聞きたいなら部隊長を捕まえて」
『まぁ、捕まえられたらだけど』と、一見挑発的な言動を取る彼女を前に、カンナはほんの少し息を吐いて取り調べを継続した。
なんか……すごいストレスが溜まりそうな業務だ。後でカンナを労ってあげないと……
「次だ。首謀者は誰だ?誰がお前らのバックにいる?目的はなんだ?」
「…………」
やっぱりこの質問には答えない、か。
「………はぁ、分かっているのか?貴様たちの親玉は既にマークされている。目撃者もいるし、貴様らのいう部隊長どもが
「ならなんで今さら聞くの?」
「貴様たちの酌量の余地を計るためであり、さらに情報を引き出すためだ」
「そ。無用なお気遣いどうもありがとう。でも、どうせ時間の無駄だからやめた方がいいと思うけどね」
「何故答えないんだ?」
「私の口から出したくないだけ。バレているからなに?それが私が口を割る理由になると?」
うーん、やはり堂々巡り。彼女は決して口を割らないし、付け入る隙すら与えない。
……やっぱりこれしかない。
「カンナ、交代しよう」
「えっ、は?せ、先生が、ですか……?」
力強く頷けば、渋々ながら席を開け渡してくれた。
ごめんね、カンナ。お仕事奪っちゃって。でも、私もこの子にどうしても聞きたいことがあって。
彼女の対面に座れば、彼女は不思議そうに首を傾ける。
「大人……?なんで大人がここに……」
「やぁ、初めまして。私はシャーレの先生だよ。よろしくね」
そう告げると、目を大きく見開き、やがてどこか腑に落ちた表情を浮かべた。
「なるほど、部隊長が言っていたのはあなたのことだったんですね」
「ん?どんなことを言われていたのかな?」
「『我らが主に仇す人間』、そう聞いています。まぁ、ウチの部隊長は
ここでようやく『あの方』というフレーズが出てきた。隣の部屋から忙しなくメモをしているのが見える。
だけど今は、より多くの情報を引き出すことが目的ではなくて。
「あの方って、もしかしなくてもヒナトのことだよね?」
「……………随分と馴れ馴れしいんですね」
あっ、ちょっと地雷踏んだかも。無感情だった筈の顔に明らかな苛立ちが見えちゃってる。
「ヒナトが教えてくれたんだ。すごく素敵な笑顔と一緒にね」
「…………そう、ですか」
何かを噛み締めるように呟いた彼女の表情はまさしく春に咲き乱れる花そのもの。頬には桜色が付き、はにかむ笑顔。目を細めるその姿はまさしく慈母そのもの。
嘘偽りのない笑顔。その表情から見るに───
「君はヒナトのことが大好きなんだね」
「なっ!?ば、バカなこと仰らないで下さい!わ、私があの方を好くなんて……そ、そんな畏れ多いことなど……!」
さっきまでの無表情はなんだったのか、彼の話題になった途端コロコロと感情を動かしてくれる。
きっと心の底から慕っているんだ。彼にはそれだけの人格が備わっていると見ていい。
だからこそ聞きたい。
「私はね、ヒナトのことが知りたいんだ。あの時は時間がなくてあんまり話せなかったけど、本当ならもっとお話したかったから」
「だから教えてほしい。彼のことを」
そう告げると、彼女は再び静まり返り、顔を俯かせる。
そして────
「あなたに話すことは何もありません」
………うん、やっぱりダメみたいだね。
だけど収穫はあった。確かに、彼女の意思は固い。それは今後も変わらないだろう。だけどそれは誰かに強制されてやっているものじゃなくて、自分の意思で、何よりも守りたい人のために口を噤んでいる。それを知れただけでも良かった。
カンナに合図を出し、ゆっくりと離席して監視室に戻ろうと───
「ただ、一つ」
俯かせていた筈の彼女の頭は上がっており、真っ直ぐに私を見ていた。
綺麗な瞳だ。まるで曇天ひとつない青空のように、不純物なんてひとつもない透き通った瞳で───その奥で狂気的な色が輝いて見えた。
「私にとって彼とは唯一の光であり、“世界”そのものです」
「お疲れ様、カンナ」
「あぁ、先生。どうも」
取り調べも終わり、廊下のベンチに腰をかけているカンナの元に向かい、水の入ったペットボトルを渡した後にゆっくりとその隣に腰掛けた。
「今日はありがとう」
「あぁいえ、上からの指示ですし……」
「あっ、うん。そのこともだけど、途中で尋問官をやらせてもらったこともね」
「あぁ……確かにアレには私も驚きましたが、僅かでも情報を引き出すことが出来たので」
『ありがとうございました』と何故か感謝を告げられて反応に困ってしまう。背中がむず痒いというか何というか……
それに情報という情報でもなかったと思うんだけど……まぁ、カンナがそう言ってくれるなら嬉しいかな。
「それで、いかがでしたか?先生がお求めになっていた答えはお聞きできたでしょうか?」
「うん、一通りは」
「なら良かったです」
カンナはそれ以降、顔を俯かせ口を開かなくなった。
体調が悪いわけではないのだろう。心労が祟っているわけでもない。まるで、何か思い悩んでいるような……そんな感じがする。
「カンナ、何か悩んでいることがあれば私に相談してほしい。きっと力になってみせるから」
「えっ?い、いいえ、先生のお耳に入れるほど大層なものでは───」
「人の悩みに大小は関係ないよ。それに、目の前で思い悩んでいる子どもがいるのなら、それを解決できるように動くのが大人っていうものだからさ」
そう言えば、カンナは瞼を大きく見開き、やがて哀愁を漂わす横顔を携えて、ポツポツと語り出した。
「……私は公安局長として、様々な面において部下よりも優れていなければなりません。例えば、今日行った尋問。あれも私より優れた尋問官はいないでしょう。だから、局長という立場になってなお、尋問官として駆り出されることはよくあるんです」
ここで一度水で喉を潤し、やがて続きを話しだす。
「尋問官として重要な素養はいくつかあります。公平な態度、情報を引き出す能力、情報の真偽を精査する能力、矛盾点に気づき追及できる能力。確かにこれらの能力も大事でしょう。しかし、私がもっとも重要だと感じている部分は………相手に同調しない強い心です」
「同調しない心……」
「はい。この仕事を続けていると、やはり訳ありな人間と当たることも多くなってきます。そしてその大半が犯罪行為に奔っても納得してしまうような背景を持っています」
さっきの元トリニティ生だった子も、おそらくその類に入るのだろう。彼女の瞳にはありとあらゆる憎悪が宿っていたから……
「ですが、我々は
「そうかな。私はカンナの真面目でどんなことにも直向きな姿勢が評価されたんだと思うけど」
「……そう言って頂けると嬉しいですね」
ぎこちない笑みを浮かべるカンナ。されど、その表情はいまだ晴れない。
「警察官とは常に“公”であるべし。“私”はいらず、正義の代弁者として犯罪者に非情に徹するべし。そうであって然るべきなのに……」
「私は……あの元トリニティ生の話を聞いたとき、共感を抱いてしまったのです。同調してしまったんです。私にとっても、あの男は
あの男とは……もしかしなくても彼のことなのだろう。
「ヒナトと知り合いだったの?」
「……えぇ、はい。職業柄ゆえゲヘナに訪れることも多く、その仕事終わりに一緒に食事を共にしたり、コーヒーを飲む程度の仲でしたが……」
…………程度?一緒に食事をするってまぁまぁ良い仲だったんじゃ?最近の高校生はこれが普通なのかな。
「………口数の少ない男でした。それと物好きな男でしたね。自分からは話し出すことはせず、殆どの場合は私が話題を振ってそのレスポンスを繰り返すのが彼との会話の基本でした。その時だって、何が面白いのかいつもニコニコと私の話を聞いていて……はぁ、あの時は私がどれだけ話を回すのに苦労したことか……」
「ふふっ、そうなんだ」
「それに意外と不器用なんですよ。彼が淹れてくれたコーヒーはいつも少し甘いんです。何度教えても全く同じ甘さのコーヒーをお出しされるものだから、あれはもう一種の才能なのだと納得して諦めましたが……」
なかなか苦労が絶えなかったみたいだ。だけど、口では悪態を吐いているけど、過去を懐かしむかのように目を細める姿がカンナの本当の気持ちを表しているように思えた。
「ですが、人望は本当に凄まじいものがありました。学内学外問わず、彼の周囲には常に人がいた。彼が何か行動すれば一緒に行動し、彼が話せばその場にいる全員が耳を傾ける。協力してあげたい、共になにかを成し遂げたい。そう思わせる不思議な力があったんですよ、あの男には」
……聞いたことがある。極稀に人を惹きつけてやまない人間が登場することを。そして、その人物の大半が歴史に名を残す人間であるということも。
「だからこそ、この現状を未だ受け入れきれていないんです。あいつが……ヒナトが悪の道に堕ちたなんて」
「…………」
「ヒナトが何を悩み、何に苦しみ、何を抱えていたのか。今となってはもう全て手遅れで、知ったところでどうしようもありません。ただ、私は彼の気持ちに気づいてやれなかった。いつも仕事の愚痴ばかりして、何度も彼の言葉に救われてきたというのに、あの微笑みの裏にあった真意に気づいてやれなかった……」
これまであった厳格な彼女の像が嘘のように崩れていく。今や目の前にいるのは、局長という立場に縛られた彼女でなければ、正義を執行する警察としての彼女でもない。
ただ、友達を救えなかった無力感に苛まれ涙を流す一人の少女が、そこにいた。
「───まだ間に合うんじゃないかな」
「えっ?」
そんな子どもを導くために、
「もうこれ以上、彼が悪いことをしないように、カンナが彼のことを捕まえてあげればいいんじゃないかな」
「────」
何もかも手遅れなんてことはない。全てが無駄なんてことはない。
「…………ヒナトが私の道と正反対の道に進んでしまった時、もう二度と私たちの道は交わることはないのだと思っていました。もう二度と同じ釜の飯を囲むこともないのだと。ですが、まだ間に合う。私はまだ、彼を救えるかもしれないんですよね……?」
「うん。もちろん私も協力するから」
片方の手を差し出す。カンナは察したのか、私に倣うように腕を出し、ぎゅっと握手をした。
「これからもよろしくね、カンナ。一緒に彼を止めよう」
「はい、よろしくお願いします……!」
うん、さっきよりも表情は晴れたね。いや〜、よかったよかった───
「そうだ、私はまだやり直せるんだ。まだあいつを救える───いや、違う。ヒナトを救えるのは私しかいない。私しかいないんだ。奴を捕まえたら、何重にも手錠を嵌め、もう二度と悪行に走らないように24時間の監視と共に折檻しなければ。もしそれで無理なら……その時は一生牢屋に閉じ込めてでも───」
あ〜……なんか不穏な言葉が聞こえるんだけど気のせいかな?いや、流石にカンナも限度は理解しているだろうし、大丈夫大丈夫……だと思う。
ヒナト……君は今なにを見て、なにを考え、そしてなにを思っているのだろうか。こんなにも君を想ってくれる友達を差し置いて成し遂げようとしているものとは一体なんだい?
いつかまた、君に会えたらいいな。
§
一方その頃。
「今日こそどちらが上か決着をつけましょうか!!」
「フッ、弱い狐ほどよく吠えるとはまさにこのこと。私の勝利のために良い踏み台になっておくれよ?」
「はぁ、よくもまぁたかがテレビゲームでここまで騒げるものですね。理解できません。私とヒナトはあちらで紅茶を嗜んでいますので、どうぞご自由に───」
「そうですか。では、教授は『ヒナト様とお出かけ券』の争奪戦を棄権なさるということですね。良かったですわ、ライバルが一人減って───」
「コントローラーを貸しなさい。智略を以てあなたたちを押し潰してあげます」
「(この子たち仲いいな〜)」
【空崎ヒナト】
戦闘力が出涸らしの代わりにカリスマ性(無自覚)にステータスを極振りしてしまった男。(無自覚に)人を従わせ、(無自覚に)脳を灼き、(無自覚に)人を狂わせる。云うならば武力のない足利尊氏。もしくは人の形をした“色彩”。
手当たり次第不良の生徒たちに「うんうん、それは世界が悪いね〜。じゃ、(ボランティア部に)入れるね?」ムーブしてたら信者ができた。やはり残当。
その圧倒的な求心力を評価され、過去に正式に連邦生徒会長就任の推薦が届いたことがある。なお、秒で断った。
【尾刃カンナ】
今話で【ヒナト絶対捕まえるウーマン】に変貌した女傑。
ヒナトとは仕事終わりに屋台に入り、愚痴を溢せるぐらいには信頼を置いていた関係だった。屋台に入った翌日は必ず機嫌が良くなっている(ように見える)ため、彼女の部下たちはヒナトをどうにかヴァルキューレ警察学校に転校させようと密かに計画を練っていた。
ここ最近、甘いコーヒーが飲めなくなって絶賛気分急降下中。
【先生】
ゲームの主人公であり、ヒナトからはLOVEコールを、その他敵勢力からは殺意を向けられているというある意味一番かわいそうな人。
しかし、今回で【ヒナト絶対捕まえるウーマン】の完成に尽力したこともあり、着実にやり返し用の矛は生成中なのでイーブンである。
ヒナトと初めて会ったあの日から頭の中の大半がヒナトに占められてしまい、暇さえあればずっとヒナトのことを考えている。
【元トリニティ生の不良生徒】
最悪の状態の一歩手前で彼に手を差し伸べされた女性。学校ではトリニティ特有の陰湿なイジメにあっていた。これだからトリカスは……
ヒナトは暗闇しかなかった世界に唯一光を灯してくれた人物であることから、彼を心から慕い、崇拝し、彼のためならなんの躊躇いもなく命を捨てれるヤバいタイプの狂信者。ちなみに、組織には彼女みたいなのが沢山います。