なんか指名手配犯になってるんですけど!? 作:ジジ
男なら誰しも憧れを持つってもんだ。
物語上の英雄に憧れるのもいいだろう。スポーツで活躍するスター選手、歌手、芸人、その他諸々なんだっていい。
とにかく男の子なら憧れを抱かずにはいられないってことよ。
そして今、僕は憧れの場所に立っている───
ブラックマーケット。
連邦生徒会の手も及ばない唯一の場所であり、大変不服ながら僕のような犯罪者には貴重なオアシスとなっている場所。
そんな犯罪の温床であるこの街にひっそりと佇む木造建築のバーの一軒に僕はいた。
木造特有の匂いが鼻腔を擽り、足を踏み締める度にギィギィと床が悲鳴を上げる。バーテーブルもそこまで大きくなく、されど窮屈なほど小さくもない絶妙な間隔を保っており、その背後には多種多様なお酒が誇示するかの如く列せられている。
想像してみてほしい。舞台は中世カウボーイ時代。馬とガンだけが命綱である男たちが一堂に集い、さっきまで殺し合っていた相手と酒を飲み交わし、朝までどんちゃん騒ぎしているんだ。ここはまさにそんな場所。
というわけでやって来ちゃいました!知る人ぞ知る老舗っぽいバーです!!
このバー、何気にずっと行きたかったんだよね。ずっと行きたかったんだけど、ゲヘナにいた頃はやたら忙しかったことにプラスして、ブラックマーケットにあるという立地の問題でもなかなか足が伸ばしにくくて行けなかったんだよ……
そして、滅茶苦茶不服ながら犯罪者となって暇になってしまった僕は、ふとこのバーが頭をよぎり、こうしてやって来たというわけさ。僕が指名手配されてから一週間以上経ったし、もうそろそろ落ち着いてきた頃だろうというタイミング+フードを深く被って来店というベストコンディションだ。今の僕に並ぶ者はいない。
さぁ、バーデビューだ!やっぱり男なら一度バーに行かないと!バーこそ大人への第一歩!バーこそ大人への登竜門!
「お客様、注文はお決まりで?」
おっと、考え事をしている場合ではなかったね。今は記念すべき初バーの飲み物を決めないと。
う〜ん、そうだなぁ……
「マスター、いつもの」
「今日が初来店ですよね」
やった〜〜〜ッッッ!!!言えたぞォ〜〜〜ッッッ!!!憧れのフレーズをようやく言えたぞォ〜〜〜ッッッ!!!
バーと言ったらやっぱこれよな!マスターの鋭いツッコミもまた味が出てるぜ!
「ごめんごめん。ちょっと言ってみたくてさ」
「………変わったお方だ。ここがどんな場所か分からずに来たわけではないでしょうに……」
ん?何を言っているんだ、この人。
「ただのバーさ。少なくとも僕にはそう見えるね。違う?」
「───ククッ、フハハハッ!!これはこれは大変御見逸れ致しました。いやはや、なかなか見込みのあるお客様であらせられる」
え?バーに通う見込みありってこと?マスターから直接そう言われるとすごい嬉しい。
「それでご注文は?」
「ん〜、そうだなぁ」
メニュー表を見ると、知っている飲み物から見たことのない飲み物まで沢山ある。まぁ、ここバーだし当たり前か。
でもなぁ、未成年だからまだお酒飲めないし……
「じゃあこの『
「……ほう、面白い」
マスターもそう思う?面白いよね、この『ホルス』って名前。カッコよくて決めちゃった。
なんの飲み物かは全然分からないけど、表紙だけ見るとピンクっぽいし多分桃ジュースだろう。
「お待たせ致しました。『ホルス』です」
お〜、きたきた。クンクン……すごい桃の匂いがする。やはり桃ジュースで合ってたみたいだ。
ではでは!記念すべき第一本目のドリンク!いっただきま〜〜─────いや、ちょっと待て。
「マスター、このドリンクは……」
「お気付きになられましたか。これは巷でも
あぁ、だろうな。だってこれ────もしかしなくても炭酸じゃん!?めっちゃ細かい泡がブクブクしてますやん!?よく聞いたらシュワシュワ鳴ってますやん!?もうバカ!先に言えよバカ!ちゃんと書いとけよバカァ!!
いや〜、僕炭酸苦手なんだよなぁ。なんか、こう、シュワシュワパチパチするのが苦手でね……
「フフッ、今なら初回サービスで無料で取り下げも可能ですが如何でしょうか?」
えっ、じゃあよろしくお願い────いやダメだ!僕の記念すべきバーデビューがオーダーミスってあまりにも格好がつかない。それは男としてのプライドが許さないわ。でも炭酸は飲みたくない!一体どうしたら……
と、四苦八苦しながら横を向けば、同じくフードを深く被り黙々と一人で飲んでいる人が目に入る。
一人飲みか。なかなか渋いことをやってらっしゃる。僕も一人静かに飲んでも様になるようなイカした大人になりたいもんだ……
というかめっちゃこっち見てるやん。え、なに?この炭酸桃ジュース欲しいの?いいよ、あげるあげる!むしろ貰ってくださいお願いします!
というわけで、これはあっちの方に輸送かな。あっ、一応メモして寄越そう。えーっと、『あなたの欲しいものはコレですよね?』っと……
「マスター、この紙と一緒に彼へ」
「……なるほど。承知いたしました」
マスターは一人飲みおじさん(仮)の元へ行き、カップを置いて一言。
「お客様、あちらのお客様からです」
一度は聞いてみたかったセリフきたァァァァァァ!!!!
アッツ!!え、やったー!まさかここでこのセリフを聞けるとは……
「………クックック、クックック!!よろしいのですか?本当に頂いても」
うお、随分と笑い方が独特な人だ。それになんか聞き覚えのある笑い方だし……まぁ、他人の空似だろう。
「もちろん。僕は別の物が狙いだからね」
炭酸ジュースなんかに用はありません。普通にアップルジュースでいいです。なければブドウでも可。お酒は成年になってからね。
「……なるほど、ではお言葉に甘えて」
そう言うと『ホルス』を一気飲みする。いい飲みっぷりだ。僕だったら一口目で喉が焼け爛れて死んでしまうだろう。
さて、僕もアップルジュースを頼んで一気に飲み干す。美味い!!やっぱりバーのジュースは格別だね。
「じゃあ僕は帰るよ」
「クックック、私はもっとあなたとお話したかったのですが……」
「いつかまた会えるさ。そんな気がする」
「………確かに、近いうちに会えそうですね」
ぶっちゃけ全然そんな気はしないけどね。まぁ、このバー気に入ったし、もしかしたら偶然此処でまた鉢合わせるかもね?
「じゃ」
「はい、またのご来店お待ちしております」
いやー、いい場所見つけたな!まさしく隠れスポットってやつかな?こんな端っこでやってるのが勿体無いぐらいだけど、それがまた良いってね!
今度みんなも誘って行こうかな!誘えたらだけどね!(泣)
§
「…………なるほど、予想以上の傑物でしたね」
彼からしたら、元はほんのちょっとした興味本位からだった。
最近世間を騒がせている人物───空崎ヒナト。あの先生と対等に渡り合える可能性のある人物。
見てみたい、そう思うのは探究者の抗えぬ本能からくるものであった。
様々な手段を用いて彼のアジトを特定し、どのような人物か知るべく観察を行った。
しかし、彼はアジトから一向に出る気配がなかった。まるで何かから隠れるように。
そして今日、初めて姿を現し、ブラックマーケットへ向かう様子を尻目に、どこへ向かっているのか瞬時に計算した後、このバーに訪れることを予測して前もって待っていた。
このバーはブラックマーケットの中でも特に黒い噂の絶えない場所。極悪人たちが違法の取り引きを行うバーとしても有名で、普通の人間ならば近づき難い場所であるが、だからこそ話し合いにはピッタリな場所だった。
故に彼はここでヒナトに契約を持ち込み、協力関係を築こうと企んでいた、が───
「クックック、まさかこちらの存在に気づいていたとは……」
彼は手元にあるメモを見つめる。そこには『あなたの欲しいものはコレですよね?』と、明らかにこちらの目的が何なのか理解している文章が送られてきた。
それだけならまだ良い。問題はとある名の飲み物と共に送られてきたことだ。
『ホルス』───通常のそれより度数の高い酒類であるが、彼と自分にとってこの『ホルス』が指し示すものは───
「【暁のホルス】───小鳥遊ホシノを狙っていることは承知済みだった。そして、それを黙認すると」
少なくとも、この部分も懸念点ではあった。
何故なら、過去のデータを調べてみると、小鳥遊ホシノと空崎ヒナトには浅くない交友関係があったからだ。
彼女に手を出せば彼から報復を喰らう恐れがあった。しかし、彼はさして興味もなさそうにしており、むしろ別の物に関心があるような言葉を残していた。
「別の狙い、ですか。あの砂漠には様々な物が眠っていますからね、一概にこれとは断定できませんが……クックック、面白いですねぇ」
研究対象としてではない。さながらショーの幕開けを今か今かと待ち侘びている子どものように、得体の知れない怪物がこれから何をしでかそうというのか、そういったワクワク感に胸躍らされる。
「マスター、お会計を。今日は良い出会いもありましたから弾んでお出ししますよ」
「おぉ、それはそれは。しかし、良い出会いをしたのは私も同じですので、今回はお気持ちだけ頂きます」
「なるほど、マスターも彼のことを気に入ってしまったと」
「あの若さであの胆力。いやはや、なかなかお目にかかれるものではございませんよ」
「ですね」
黒いフードを被る彼は、それを脱ぎ、改めてマスターに向き合う。
「私の名は黒服と言います。今後何かと通わせて頂くことになりそうですので、是非良いサービスをして頂けると幸いです」
【空崎ヒナト】
炭酸が苦手な男の子。
今日で憧れていたものの大半を経験できたのでルンルンで帰って行った。
外に出たのは気まぐれ。以前まで外に出るのを怖がっていた人物とは思えない。
【黒服】
真っ黒くろすけの不審者同然の大人。
こんな大人につけ狙われるなんてホシノちゃんが可哀想。一体誰が餌を与えてしまったんだ……