誤送恋文   作:山吹 紅翠

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入部

午後、窓から入る日の光に体を温められる。

授業をする先生の声が、昼食後というのも相まって子守歌のようだ。

 

昨日はどうなるかとドキドキの1日だったが、優しい先輩のお陰で事なきを得た。

ふと窓の外に目を向ける。グラウンドでどこかのクラスが体育の授業を受けているのが見える。

何となく眺めていると近藤先輩を発見した。近藤先輩を中心に人が集まって楽しそうに笑い合っている。そういえば、昨日会った先輩も同じクラスだったよねと思い出して、彼の姿を探してみる。

見つけた、近藤先輩のグループとは少し離れたところで、誰かと話している。静かな雰囲気に、賑やかなのは苦手なのかなと思った。

 

そういえば、先輩の名前を知らなかったなと思い出す。そうだ、文芸部だと言っていたし放課後に部室に行ってみようと決める。

名前を聞くのと昨日のことを改めて謝ることにしよう。

 

そう決めて、授業に集中することにした。

 

 

放課後、帰ろうと薫に誘われたが用事があるからと謝って別れる。そのまま、文芸部へと向かう。

そういえば部活動なのだから、他の部員もいるんだろうか。そもそも、先輩は今日いるのだろうか。もし、会ったことない先輩が居たら……少し早まったかもしれない。少し緊張してきて手を握ってしまう。

 

大丈夫……大丈夫、ちょっと先輩に用事があってきましたと言えばいいだけだよね。

そんなことを考えていると部室前までたどり着いていた。ここまで来たら入るしかない。

よしっ!と気合を入れて、ドアを叩く。どうぞと少し低い声が返ってくる。

 

中に入るとこじんまりした部屋に長机と資料の入った棚。それと、昨日会った先輩が本を開いて座っていた。他に人もおらず、目的の先輩がいて良かったと安堵して握った手から力が抜ける。

 

「おや、昨日会った子だな。こんにちは、文芸部になにかご用かな?」

 

先輩が穏やかな口調で挨拶する。文芸部に用があると思ったようだ。

 

「いえ、今日は先輩にご用がありましてお伺いしました。」

 

先輩の前まで行き、ハッキリとそう告げる。

俺にか?と少し困惑を含んだ声音で言う先輩が、手に持っていた文庫を閉じて少し姿勢を正す。

 

「改めて昨日はご迷惑をおかけしました。それに、名前も言わずにごめんなさい。

私は、1年生の平野 彩と言います。」

 

私が頭を下げるとガタッと荒く椅子が動く音がした。先輩が慌てて立ち上がる。

 

「そんな!昨日も言ったが気にしていない。それに、何度も後輩に頭を下げられるのはいたたまれないから、頭を上げてくれないか。」

 

頭を上げると眉を八の字にして、謝っている私よりも申し訳なさそうな先輩に笑いが出そうになった。やっぱり、優しい人なんだなと思う。

 

「俺も名前を言ってなかったな。2年の井上 翔だ。せっかく来たんだ、ゆっくりしていくと良い。」

 

よろしくと言う先輩に、よろしくお願いしますと元気に返すと先輩が満足そうにした。

 

その後、ポットから飲み物を準備し始め紅茶とコーヒーどっちが良いかと聞いてくる。先輩に飲み物の準備をさせるのが申し訳なくて慌てた声が出る。

 

「あっ、いえ、お気になさらず。それに、居座っては他の方の迷惑になりますし……。」

 

私の言葉に部員は俺以外にいないから大丈夫だと言う先輩に驚く。3年生の部長が1人いるらしいが、初対面で会ってから見たことがないらしい。井上先輩1人で部活は寂しくないのだろうか。文芸部はどんな活動しているのだろうかと気になり先輩に聞いてみる。

 

「そうだな。」

 

私の質問に背もたれに身を預けて顎に手を当てる。

おもむろに背中の棚からファイルを持ち出して私の前に開く。

 

「学校の図書だよりがあるだろ?あれの中にある今月のおすすめ本については文芸部が書いているんだ。」

 

さっき開いたファイルに原稿が入っており、先輩が指差しながら説明してくれる。

その文章は確かに見たことがあった。

 

「あれって先輩が書いていたんですね。素敵な紹介文で前に紹介されていた本を読みましたよ!」

 

そう言うと先輩が頬に手をあてた。よく見ると口元が緩んでいるのが見える。

 

「そうか、そういってもらえるのは嬉しい。読んでくれている人がいるもんだな。」

 

目を細めて嬉しそうにする先輩を見るとなんだか私まで嬉しくなった。

 

「他には、毎月、新聞や放送局に短歌や俳句の応募をしたり、文化祭には小説を書いたりしたな。あとは、個人的にだがネットで感想を書いたりしている。」

 

若干、声を弾ませて先輩が説明する。思っていたよりもしっかりとした活動に驚いた。読書と執筆だけだと思っていたと言う私に、それも良いがせっかくの部活動だからなと先輩がニッと笑う。

 

「本当は文芸部の人達と本のオススメや感想なんかを交換し合えたらなと思って、入ったんだがみんな本にはあまり興味がないらしい。」

 

遠い目をして苦笑する先輩が寂しそうに見えて心の底がギュッと詰まるような感覚がした。

だからだろうか。

 

「よ、良かったら文芸部に入部してもいいですか?」

 

いつの間ににか、そう口走っていた。一瞬、目を輝かせた先輩の表情が次第に険しくなる。

先輩の表情に、あれ?もしかして入部条件みたいなのがあるのかな、それとも邪魔だったかなと不安で片方の腕を握ってしまう。

 

「それは大歓迎だが、もし俺への申し訳なさから入部しようとしているのなら、認めるわけにはいかないな。」

 

厳しい口調の先輩になんだそんなことかと胸を撫でおろした。

 

「いえ、私も少しは本を読みますし、人と感想を交換し合ったことが無かったので面白そうだなと思ったからです。」

 

誤解の無いように真っ直ぐ先輩の目を見て自分の意思だと示すため明るく言った。

 

「分かった、そういうことなら大歓迎だ。」

 

そう言って立ち上がり、この辺に入部届があったようなと呟きながら探す先輩。

すると、思い出したように聞いてくる。

 

「そういえば、近藤の部活に入らなくていいのか。」

 

突然聞かれたその言葉に、なぜか胸がドキリと一瞬凍り付いてしまう。近藤先輩は陸上部に所属しており、私は運動が苦手なので入れないと伝える。

前に薫にも同じようなことを聞かれたことがあったのですんなり答えられた。

渡される入部届に必要事項を記入していく。書いていると机の上にあった先輩が読んでいた本が目に入る。

 

「何を読まれていたんですか?」

 

紺色のブックカバーに包まれた文庫本を見て聞いてみる。

ああ、これかと言って、カバーを外してタイトルを見せてくれる。

「星空ロック」というタイトルだ。音楽のお話だろうか首をかしげる。

 

「ギターが趣味の少年が夏休みにドイツへ行くんだが、音楽によって繋がる人の輪と初々しい恋の話なんだ。」

 

恋の話……そう聞いて胸がドクンと跳ねる。昨日、間違えて井上先輩に恋文を渡してしまったのを思い出した。

 

気恥ずかしさから熱を帯びる顔を見らないよう、つい机に視線を落としてしまう。

 

「恋愛系の物語はあまり読まないのだが、君の恋文を読んでつい影響されてしまった。」

 

力の入った声で言う先輩の顔を見れば少し口角が上がっている。

そのことに気付いた途端に、首元から熱が一気に吹きあがってくる。

 

「も、もうっ、からかわないでください!」

 

触らなくても顔が熱いのがわかる。

穏やかな人だと思っていたのに、意外といじわるだ。

 

「悪い、悪いそんなつもりは無かったんだ。本当に純粋で誠実さが籠った素敵な文章だったものだから。」

 

バツが悪そうに頭に手を置いて先輩が謝る。

真剣な表情で褒められてしまっては怒るに怒れない。

本気で良いものだと言われて、さっきとは別の気恥ずかしさが込み上げてくる。

 

「そういうことなら……ありがとうございます……。」

 

何とか感謝の言葉を絞りだして紅茶を一口含む。自分を冷ませてくれない紅茶の熱さが今は憎かった。

 

「やはり、また、近藤へ恋文を渡しにいくのか?」

 

しばらく時間をおいてから、興味津々といった様子で聞いてくる。

案外、こういった恋愛話が好きなのかもしれない。だが、今はもう一度、告白しようという気がしなかった。

 

「ええっと、なんと言うか、今は勇気の補充がしたくて……。」

 

前のような勢いはすっかりと衰えてしまいった自分を情けなく思う。

井上先輩もこんな私に失望するだろうか。少し心が陰る。

 

「ふむ、勇気の補充か。人生はタイミングだと言う人もいるもんな。マイペースなのが一番だな。」

 

そよ風のように気負いなく言う先輩。否定でも急かすようなことを言うわけでもない。自然と受け入れて相手を尊重するような態度に心地良さを感じる。

この心地よさを続けたいと思い、身を少し乗り出して先輩と話をする。しばらく他愛のない話をして、書いた入部届を顧問のもとへ挨拶ついでに提出しに行き解散となった。

 

明日から始まる部活動を思うと、帰り道の足取りも軽くなった。

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