図書だよりのオススメ本紹介文を書いてから1週間ほどして、ついに図書だよりが配られた。
紙の最後のほうに文芸部オススメ本と枠がある。
そこに並ぶ2つの紹介文に何だか誇らしい気持ちが湧いてきた。
自分の書いたものが、学校中の人に見られるというのは何だか、体の内側が痒くなるような不思議な気分だ。
少しは慣れてきた文芸部への道も今日は、思わずスキップしそうなぐらい浮足立っている。
そろそろ、今読んている本も終わりそうだし、次は何を読もうかな。
井上先輩のオススメを聞くのもいいな。
そんなことを考えつつ、部室までたどり着いた。
いつも通りノックすると、これまたいつも通りの低い声でどうぞと返ってくる。
中に入り、簡単に挨拶をして井上先輩の隣の席に座った。
西日がぽかぽかと背中を温めてくれる。ここが、私の定位置となっていた。
カバンから本を取り出そうとしていると先輩が読んでいた本を閉じ眉間に皺を寄せ、何か言いたそうにしていた。
また、文芸部の活動についてだろうかと思い、どうかしましたかと聞いてみる。
「あー、文芸部はあんまり活動は無いし、毎日来なくてもいいんだぞ?」
こちらを心配そうに見ながら言う。
その言葉に、何だか拒絶されたかのように感じて、一瞬、言葉に詰まってしまう。
もしかして、お邪魔だったのだろうか。それとも、知らない内に何か失礼なことでもしてしまったのだろうか。優しい先輩に甘えすぎちゃったとか?などと色んなことが頭をよぎる。
固まる私に不思議そうにして、さっきよりも心配の色が濃くなる。
何か言わないと、その思いだけが先走った。
「せ、先輩も毎日、来ていませんか?」
辛うじて絞り出した。取り敢えず、質問の意図を測るためにも、会話を引き延ばす質問をした。
「俺は自宅とは違う場所のほうが、集中できるから来ているな。
何というか、友達と遊んだり、家でしたい事があるなら無理して来なくても大丈夫だぞ。」
気にしないと言った様子で言った先輩の言葉に安堵する。思わず膝に手を当てた。私の早とちりだったらしい。
それにしても先輩も先輩だ。ちょっと言葉足らずなんじゃなかろうか。
そう思うとちょっとムッとしてきた。
「じゃあ、私も来てもいいですよね!!」
思わず、強く言ってしまった。
「あ、ああ、もちろん。」
珍しく身を後ろに引いて、たじろぐ先輩に少し優越感が出た。
それからしばらく、お互いに本を読んでいると集中が切れる。いつの間にか聞こえなくなっていた音が、耳に入ってくる。
ふと隣に目を向けると先輩も読み終えたようで、ノートを取り出していた。
勉強でもするのだろうかと思っていると読んだ本を再び開き、ノートに何かを書いている。
勉強ではなさそうだ。
何を書いているのだろうと座った姿勢で背を伸ばしたり縮こませる。
するとふふっと笑い声が聞こえた。先輩からだ。私が必死に覗き込もうとしていたの笑われたらしい。
そのことに気づき、恥ずかしさから下唇を軽く噛んでしまう。
平静を装い素直に聞くことにする。
「な、何を書かれているのですか?」
突っかった気がするが気にしない。
苦笑いする先輩も気にしない。
「これは読書記録さ。こうやって簡単にまとめて、心に残った場面を記録している。」
そう言いながらノートを見せてくれる。
タイトルに読んだ日付とジャンル。それに、あらすじと感想やらが綺麗にまとめられていた。
先輩の本をよく見ると所々に付箋が付いていた。
気になって付箋の意味を聞いてみる。
「この付箋の箇所が心に残ったところだ。感動した場所、面白かった場所、怖かったり、ムッとした場所何かに貼り付けている。」
その言葉に目を丸くして、さらに疑問が湧いてくる。
「感動するところだけじゃないんですか?」
どこが感動したのかを書くと思っていたから以外だった。
「ああ、負の感情もその物語に必要なプロセスだから描いているんだ。それに、そういったところから深掘っていくと、違った発見があって面白いもんだ。」
経験があるのだろうか、感慨深そうに頷きながら、説明してくれる。
そんな事は考えたこともなかった。
面白い読み方だなと思いながら、先輩のノートを読む。
思っていたよりも、先輩の感情が書かれている。
その時の環境や現状を含んだ感想と言うよりは日記のような感じもした。
「内容の感想だけじゃなくて、先輩の状態?も書かれているんですね。」
普段は感情の起伏の小さい先輩が、こんなに素直な感情をそのまま書いているのは珍しいなと思った。
「俺にとって本は何というか……鏡みたいなものなんだ。」
腕を組み少し上を向いて考える素振りをした後、そう言う先輩の思っても見なかった言葉に、驚いて思わずオウム返しに鏡と呟く。
「例えば、主人公の怒りに共感したら、どの部分にどう共感したのか考える。悲しい場面に共感したら同じようになぜかを考える。
そうすることで、感情が外部化されて自分がどういう状況なのかを顧みれるんだ。」
恥ずかしそうに頬を掻きながら言う先輩の言葉に聞き入ってしまう。
すごいと思った。心臓が高鳴り、何か心の奥底にから溢れそうになる。
言葉には表現し辛いが、この人のこれからの人生の選択をみたいと言った気持ちだ。
きっと、誠実な人生なんだろうと想像できる。
人当たりの良い先輩から尊敬できる先輩へと変わった瞬間だった。
「私もしてみて良いですか!?」
自然と口からでた。少し前のめりになった私に驚いて目を丸くする先輩が、もちろんやり方は簡単だと教えてくれる。
本を読んでいて、心を動かされたと感じたところに、その都度付箋を貼るだけらしい。
さっそく、実践しようとしてみるが、なかなか難しい。
普通に読もうとしつつ、自分の感情も見ないといけないので、マルチタスクをしている気分だ。
慣れだよと笑う先輩にちょっと悔しくなった。
その日は、時間も流れて解散となった。家でも先輩流の読み方をしてみる。
夜もすっかり更けた頃、何とか読み切ったが、いつもより時間と集中力を使った。
本を見ると付箋だらけだった。
先輩の本にはこんなに付いてたっけと思い出そうにも疲れてしまった。
取り敢えずその日は、そのまま眠ることにするのだった。
翌日、先輩のもとへ読んできましたと胸をはる。
早かったなと驚く先輩に少し誇らしげな気持ちとなった。
じゃあ、さっそく書いていこうかと言われ、本を取り出した。
そこには、付箋だらけの本が出てきた。
しまった、付箋だらけなのを忘れていた。
顔が引き攣るのを感じる。先輩を見ると顔を反らし、肩が震えていた。
プフッと息が漏れていることから、笑っているのは明らかだった。
笑われている。そう気づいた途端、体が跳ね上がりそうになる。
触らなくてもドクンドクンと流れる血の音から赤いことがわかる。
「わ、笑わないでください!!」
上手く開かない口が、ようやく開いた。
私の言葉に、悪かったと慌てて謝る先輩。
「悪気はないんだ。自分も初めは付箋だらけだったなと懐かしくなっただけで……。」
頭に手を当てて気まずそうに言う。
そういうことなら、怒りの矛を収めるのもやぶさかではない。
「それに、こんなに心動かされた場面があるなんて、平野さんは感受性が豊かなんだな羨ましいよ。」
感心したように穏やかな口調でそう言う先輩に、そこまで言われたら溜飲も下がる。
私が落ち着いたのを見て先輩が一つ息をついていた。
見ないふりをして、次はどう書けばいいのかを聞く。
付箋のところを開いて、なぜ、付箋をつけたのか当時を思い出して書くだけらしい。
それなら簡単だと思いながら、作業しているとだんだん何でここに付箋付けたんだろうというのが増えてくる。
首をかしげたり、何ども前後のページを読み返す私にうんうんと満足そうに頷く先輩が目に入る。
「な、なんですか?」
さっきのこともあって、警戒したような声が出た。
実に昔の自分を見ている気分だと言う先輩に少し敗北感を感じる。
そうですかと返し、再び悩み出す私に助け船を出してくれる。
「記憶になければ無いで、それもまた読書体験となる。」
思い出しきれない罪悪感もありつつ、それもそうかもと自分を納得させる。
こうやって、助言をくれる先輩は憎みきれない存在だ。
先輩のノートを真似して、自分のノートに記録をまとめていく。
まだまだ拙いまとめだが、達成感がに溢れていた。これから先輩みたいになれればと思う。
教えてくれた先輩に改めてお礼を言う。
「これを積み重ねれば将来、振り返った時に自分の成長みたいなものが見れて面白くなる。」
得意気に言う先輩に何だか心が軽くなって笑いが溢れる。
言われた言葉が、初夏に響く風鈴の音のように頭に残って、その時は先輩もいてくれたらなと思った。