イントロが鳴った   作:バンドものはエエゾ!エエゾ!

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一人で鳴らすのは楽しい。楽で自由で面白い。
皆で鳴らすのは難しい。辛くて不自由で
そしてだからこそ面白い。


イントロが鳴った

 

  暗い部屋に太く低い音が響く。家族やご近所の人に迷惑をかけないように静かに、けれどしっかりと一音一音丁寧に力強く、僕の手によって弾かれているベースの音。

子供の頃から何度も何度も、それこそ飽きるほど聞いてきた音。ギターでもドラムでもない。そうベースの音。

 そうベースだ。やれギターと見分けがつかないとか、なんでバンドにいるのか分かんないとか、地味だとか。一部の人達からは好き勝手言われがちなベースだ。

 

 確かに低音が基本のベースはバンドの花形であるギターと比べれば地味とか言えば地味なのだろう。 けれど、僕にとってはこの音が心地よくて格好いいんだから仕方ない。

 

 地味で結構、同じく地味で引っ込み思案な僕にはお似合いの楽器と言えるだろう。つまりは僕はベースであり、ベースは僕なのだ!なんて言おうものなら全宇宙のベーシストに殺されそうだから口には出さないでおく。……ベース自身からも一緒にするなと怒られそうだ。

 

 そんなくだらないことを思いながらでも指は迷いなく動く、ここら辺は伊達に子供の頃からベースをやっていない。 いや、まあねプロレベルかと言われたら決してそんなことはないのだけど……。 学生レベルでは上手い方、上手い方だと良いなぁ。

 

 なんてくだらないことを思っているうちに曲は終わり最後の音も消え部屋には静寂だけが残った。 録音停止のボタンを押す。

 

「ふぅ」

 

 それを確認し一息つくと、すぐさま編集用のソフトを立ち上げ音の確認をしていく。 編集なんて偉そうに言ったが、素人の僕にできることなんてたかが知れている。

ちょっとしたノイズを除去したりして音を整える程度のものだ。

 それでもわざわざ投稿するのにそのままというのも味気ないし、この決して良いとはぃえない録音環境で取った音をそのまま出すよりはマシだろう。

 ……別に有名になりたいから投稿しているわけじゃないし、僕個人のための成長や練習を保存しておくためのものなんだからこれくらいで良いんだよ。

なんて、誰に向けたものなのかも分からない言い訳をしながら最後に音の確認する。

「うん、かっこいい」

 

 問題はないことを確認したあとは慣れた手つきでいつも通り自分のチャンネルに投稿する。

そしてそれからしばらくして動画の様子を確認し、その動画にはなんの変化も起きていないことを把握する。

 

 これもいつも通りだ。

 

「はぁ……」

 

 口から勝手にこぼれた溜息に我ながらうるさいなと思いつつ、背もたれに身体を預ける。

 小学生で初めてベースに触れた。きっかけは本当に偶然で、確か音楽の授業かなにかでギターやドラムのような普段なかなか触れる機会がない楽器に触れてみようみたいな時間があった。

 その頃から既に人見知りを発動させていた僕はギターやドラムのような音が派手だったり、見た目が特徴的だったりで人が集まりがちな楽器には近づけず。仕方なくあまり人が集まっておらず、近寄りやすかったベースを選び言われるままに音を鳴らした。  

 

 体にズシンと響くような低く太い音。初めてだから決して綺麗に弾けていたわけでもなかったし、音を鳴らしただけだからリズムなんて高尚なものもなかった。 ただの一音。子供の小さな手ではじき出された辿々しい音。

 

 それでも僕はその音が心の底からかっこいいと思った。 そんな美しい幼年期から早十年近く気づけば絶賛思春期真っ只中の高校2年生。

  あの体験でベース魅了された僕はそれはもう面白いようにベースにのめり込み。毎日1人でセコセコ練習を続け、中学に入ってからはこうして記録もかねて動画投稿も始めて。 ──そしてずっと1人で弾いている。

 

「はぁ~~」

 

 また溜息が口から漏れ出す。その間もカチカチと更新ボタンをクリックする手は止まらない。そして何度更新しても目の前の画面に映される現実も変わらない。

 

  チャンネル登録者は三桁どころか二桁に届くかどうか、再生回数も二桁に届けば良い方で、コメントなんてほとんどない。 ……少し見栄を張った。全くないが正しいか。 ともかく総括すればだ。

 

「底辺ベーシストだよねぇ……」

 

 誰が見てもどこに出しても恥ずかしくない紛れもない底辺投稿者というやつだろう。恐らく世界で一番優しい人が見たとしても言葉を選んでくれるだけでこの認識に変わりはあるまい。……なんか言ってて悲しくなってきた。

 

「はぁ……」

 

  別に孤高のベーシストを気取って1人でやってきたわけじゃない、こうして1人で演るのもそれはそれでもちろん楽しい。

 

 自分のペースで好きなように弾けるし、尖ったアレンジだってし放題だ。ベースが1人で走り出すなんてことをしたって文句を言ってくる人はいない。好きなようにやれるのは間違いなく1人だからこそだし、これが楽しいと思っているのは紛れもない僕の本心。

 

 しかし、誰かと合わせてみたい一緒に演ってみたいと思っているのも、また紛れもない本心なのだ。 ベースは素晴らしい楽器だというのは世界いや宇宙絶対の真理として前提に置くが、ベースで出せる音にはどうしたって限界がある。ベースがダメとかではなく、これはそういう楽器として作られたのだから当然のことだ。

  だからこそ人々はギターやドラム、場合によってはキーボードなんかも持ち寄ってバンドを組み演奏して──そして音を作り出す。

  他人と呼吸を合わせ演奏し、新しい音を作り出すことはまさに楽器演奏の醍醐味の一つと言えるだろう。 合わせるなんて経験ネットにあがっている音源なんかでしかしたことがないから、どれだけ楽しいかなんてあくまで想像だけど。

 

 それでもチケットノルマや人間関係が大変なんだってことは、バンドを組んだこともない。そういったバンドを組んでいる人達と、直接会って話したこもない僕だってネットや本なんかで知っている。

 そもそも楽器や周辺機器というものは基本的に高い。今僕が使っているベースセットだって、小学生の頃に駄々を捏ねまくり、お年玉を前借りして何とか買ってもらったものだ。

 比較的お手頃な初心者向けのものを親や店員さんと一緒に選んだが、それだって子供がやりたい!と言って軽く買い与えられるようなものではない。

 お手頃な初心者向けのものでさえそれなのだ。僕にはまだまだ縁がないが、ハイエンドモデルやヴィンテージの名機なんて買おうものならそれはもうとんでもないことになる。

 それこそ上を見れば、ものによっては社会人が1年働いたって買えないなんてものもあるのだから恐ろしい。僕は買えたとしても絶対に使えないし使わないだろうなぁ。1961年製のFenderのJazz Bassなんてもう恐れ多くて触ることすらできないと思う。良いよね…スタックノブ…、使いこなせる気はしないけども。

 

 そんな楽器やチケット代による金銭面、そして人間関係という肉体的、精神的な負担。バンド未経験の僕が少し考えるだけでこれだ、実際にやるとなったらそれはもう想像すらできないような苦しみが待っているのだろう。ふふっ…こーわい。けれども、それでも組む人が後を絶たないのは。

 

「きっと、それくらい楽しいんだろうなぁ」

 それだけ誰かと一緒に演るということは楽しいことだからなのだろう。

 

「はぁ……」

 溜息多いなと自分で自分にツッコミをいれる。僕だってやりたいと思ったことは数え切れない。そしてやろうと思えば学校の軽音部、少しいやかなりハードルがあがるがライブハウスでなんて手もある。でも、僕はそれが出来なかった。学校のクラスメートは、地味な僕がベースをやっているなんて知ったら、驚くだろうなぁ。自己紹介で言ったことないからね、当然このチャンネルのことも誰にも教えてないし知られてもいない。底辺だからね……うん……。

 

 

 我ながら情けないと思う。結局、ベースを始めたときと同じだ、いつだって僕は声をかけられるのを待っている。

 待って待って待ち続けて、そうして気づけば一人ぼっちのベーシストになっていた。バンドのリズムとビートを支えることが大きな役目の一つであるベースを愛していながら、こうしてずっと一人だけで弾き続けている。

 

 いつまでこの生活を続けるのか、続けられるのかなんてことを時折考える。

一人で練習して、録音して、投稿する。そして誰にも褒められず、誰にも聞かれず、それに少し凹む。毎日毎日ルーティンのように繰り返す日々。

けど、不思議とやめようとは思えない。

 

 なぜと聞かれても、これは好きだからとしかこたえようがない。ベースが、自分が弾くベースが好きだからここまで続けてきた。今投稿した音もこれまでに投稿してきた音も全部僕の好きが詰められている。

 

 まぁ、そんな僕の愛しの子供達は世間には全く評価されていないわけたが、そもそも碌に聞かれてすらいないし。こんな情けないとお父さんでゴメンよ愛しの子供達。……お母さんだったらもう少しはマシだったんだろうか、高校生女子ってだけで再生されやすさ全然違うしなぁ。

 もちろん、そこからバズるかどうかは実力と運だけど、少なくとも今の僕よりはマシだろう。

 

 ……かなり最低なこと言っているな僕。いやでも、実際数字として出ている以上は否定しきれない事実なわけで

 

「はぁ、寝よ」

 

 もはや定番となった溜息を挟みつつ完全にネガティブモードに入ってしまった思考を打ち切るように電気を消し、ベッドに倒れ込んだ。

 

 …………最後に最後にもう1度だけチャンネルを確認してから寝よう。もしかしたら誰か、そう誰かがコメントしてくれるかもしれないし。君のベースに惚れた!なんて展開も…ある……かもしれない?

 

「自分で疑問符つけてちゃ世話ないよ」

 

 子供の頃から何度妄想したのかも分からないサクセスストーリーを思わず否定しながらスマホを確認しようとした。

 

 その瞬間。触ってもいないのに画面が明るく輝き、通知アイコンが表示された。投稿した動画にコメントがついたことを示すそれは、僕の生活では滅多に現れることのないものであった。

 

「えっ……!」

 思わずスマホを落としそうになるのを必死に堪えながら、震える指でアイコンをタップしコメントを確認する。

 

 どんなコメントだろうか、出来れば下手くそとかそういう誹謗中傷系のコメントじゃなければ良いなぁなんて思いながらコメントが表示されるのを待つ。時間にして数秒もないのにこんなに長く感じる自分に、我ながらコメントを待ち望み過ぎだろうと変な笑いが出た。

賞賛だろうか、中傷だろうか、はたして画面に表示されたそれはそのどちらでもなく。

 

『この音、借りました。』たった、それだけ。

 

 知らないアカウントだ。少なくとも此までコメントしてくれたことはないと断言できる。だってコメントされたことなんて数えるほどもないからね!  

 

 なんて悲しくなってくる分析をしながらコメントしてくれたアカウントを確認する。アイコンはデフォルトのままでプロフィールには何も書かれていない。ユーザー名である「Rinn」にもやはり全く見覚えもなければ聞き覚えもない。

 

「スパム?」

 アイコンにカーソルを合わせチャンネルが作成された日付を確認すれば、つい最近の日付が表示されている。

少なくともマイナーな演奏者を応援するみたいな奇特な人でもなさそうだ。

 だとすればやはりスパムだろうかとも思った。けれど……借りましたという言葉がいやに胸に残った。

 

「チャンネルを見てみるだけなら良いよね。うん」

 

 なんて言い訳をしながらアイコンをクリックする。表示される相手のチャンネル、そこには一本の動画だけがあった。

 

 タイトルにはコラボの一言だけ。──まさか。

そう思うまもなく指が勝手に動き、再生ボタンがクリックされる。

 

 簡素な背景に女性がギターを手にして立っているだけの弾いてみたなんかではよく見るサムネイルが動き出した。

 

 再生バーが動き出して直ぐに聞き慣れた低音が流れる。僕のベースだ。聞き間違えるはずがない何度も何度も聞いてきた自分の音なのだから。

 けれど、僕の投稿した動画と決定的に違うところは聞き慣れたベースの上に聞き慣れない音が──ギターが乗っていた。

 

「うまいなぁ……」

 口から漏れ出たのは賞賛の言葉。僕が投稿したばかりの動画との合奏、この動画を投稿したのは少し前だ。録音や動画をアップする時間を考えれば音を聞く時間なんてほとんどなかったに違いない。

 けど、画面の中のギタリストは当然のようにその音に合わせている。録音された僕のベースと彼女のギターが重なって、聞き慣れたベースの音から全く知らない音が生まれていく。これまで何十回も何百回も一人で弾いてきた自分の音が、初めて自分以外の誰かと一緒に演っている。

 

「──!」

 胸の奥が熱くなる。息をするのも忘れそうになる。様々な場面でメディアで使い込まれた陳腐な言い回し、普段の僕が聞けば冷めた目で見てしまいそうな音の羅列。けれど、今ならその音に心の底から乗ってもいける。こうとしか表しようがないのだと、言葉に出来ない感情が情動が体中を駆け巡る。……ああ、なんてありきたりな言い回し僕に作詞の才能はないななんて思いながら。ただただ僕はその音に浸っていた。

 

 僕はそこにいないのに僕が撮った音があるだけなのに、「こうだよね、分かるよ」と会話しているような錯覚に陥りそうになる。

 

「……」

 

 こうして動画が終わるまで、最後の一音が部屋の静寂に溶けて消えるまで音の邪魔をしないように息を殺して聴いていた。

 

 終わった瞬間、現実に引き戻すように聞き慣れた時計のチクタクという音が部屋にいやに響いていた。

体の中で響いている心臓の音は、それよりもうるさくそして速い。

 

「……なんだ、これ」

 

 自分が興奮しているのが感動しているのがよく分かる。たった数分の動画だ。ドラムもボーカルもキーボードもいない。時間を考えれば編集だってほとんど出来ていないだろう。ギターと録音されたベースが合奏しているだけの動画。

 そんな、たったそれだけの動画に僕は初めてベースを聴いたときのように心を動かされていた。

 

 再生する指が止まらない、何度も何度も同じ動画を再生し続ける。聴くたびに自分の音であることが信じられない。

 僕が作った音なのに、僕が知らない音があった。まるで音が僕以外の誰かと成長して変化してしまったようなそんな感覚。

 

 改めてチャンネルを確認する。チャンネ登録者も0、やはりプロフィール欄にも何も書かれていない。

 分かるのは「Rinn」という名前だけ。ユーザー名なんてよほど変なものでなければ自由につけられることを考えれば、これは何も分からないということと同じだ。

それでもこの名前とこのチャンネルを僕は忘れられないだろう。

 

 それほどに名前も知らない誰かの音に僕は魅せられてしまった。

 

「僕ってこんなにチョロかったっけ?」 

 いや、僕がチョロいんじゃなくて彼女のギターと僕のベースがそれだけ凄いんだと、謎の言い訳をかましながらまた動画を再生した。

 

 

 

 

 

 

 イヤホンをつけたまま、何度も何度も動画を再生し続けて。僕のベースと彼女のギターが重なるたびに、心臓の鼓動も一緒に跳ねていた。

 

 

 

 

 

 

「僕一人でどんだけ回したんだろう……」 

 画面の光がカーテンの隙間から漏れてくる夜明けを示す白の中に溶けていく。結局、本当に一睡もするこなく夜が明けようとしている。

 やっちゃったなぁという少しの後悔と、まあ良いやという満足感が寝不足の頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合う。ただ流石に限界に近いのだろう瞼が今更重くなってきた。

 

「あともう一回……いやもう流しながら寝よ」

 

 そして昨晩から何度押したかもわからない再生ボタンをもう一度押そうとして、新しい動画が投稿が投稿されていることに気づいた瞬間に目を見開いた。

 

 条件反射的に彼女のチャンネルに新しく投稿された動画を再生する。動画の構図は何も変わらない、変わったのは流れてくる曲だけだ。しかし──流れてくる音を僕は知っていた。

 流れてくる低く太いベースの音。僕のベースの音。さっきとは別の動画を使っての合奏動画。

 

 彼女のギターと僕のベースがまたも重なり合っていく。

 

 

 心臓の音は、まだ止まらなかった。

 

 

 




ここから始まるボーイミーツガールの続きを誰か書いて欲しい。恋愛にならなくても戦友的な関係でもいいさいいさ!
俺にはここが限界でした。
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