イントロが鳴った 作:バンドものはエエゾ!エエゾ!
何が悪いと思うかも人それぞれ。
だから音楽は面白い。
「来てしまった……」
そんなことを呟く僕の目の前には灰色の外壁に黒く重そうな扉、薄く剥げかけた看板には『studio knot』の文字。そんな節々から歴史を感じる少し古びた楽器練習用のスタジオの前に僕はいた。
そうスタジオである。世のバンドマンやアーティスト達御用達のスタジオである。時には一人で時には皆で自分の音と向き合う場所、そんな場所に今僕は立っている。
「何だろうこの場違い感……!」
僕だって仮にもベーシストの端くれ本来なら楽器練習用のスタジオなんて勝手知ったる場所、ホームグラウンドくらいの気持ちでいないといけないんだろうけれど。
「うん、無理……!」
もうね、さっきからスタジオの中から出てくるいかにも人達が怖くて仕方ありません。こんな有様でここをホームグラウンドと思えと?まだ通っている高校をそう思えと言われた方が可能性があるだろう。
「ッスー……ここであってるよなぁ……」
無言で立っているのも気まずくて到着してから何度繰り返したかもわからない住所を確認する振りをしながら居心地の悪さを誤魔化す。
「帰ろっかな……」
そもそも僕がこんなこれまでの人生で縁のなかったスタジオなんてところに来ているかと言うと、全てはあのコラボ?動画の送り主Rinnが原因である。
……いやまあ、あれがコラボ動画と言えるカというとかなり疑問の余地が残るとは思うけどね。だって僕何にも許可出してないし勝手に音借りられて勝手に合奏されてるだけだし!嬉しかったけどさ……。
そんな彼女の押しかけコラボはあれ以降も続き新しく出した動画だけでなく、これまで投稿してきた動画にも現れて音を借りるとコメントしたかと思えばどんどん彼女のチャンネルに動画は増えていった。ちなみに彼女に再生数もチャンネル登録者数もとっくに抜かれていたりする。やはり属性女の子は強いということだろう。まあ、なにより彼女が上手いというのが大きいんだろうけどさ、……ちくしょう。
そんなことを続けること早数週間、動画チャンネルに紐付けてあったSNSに彼女からメッセージが届いた。書かれていたのはここの住所とたった一言、『そろそろ演ろうよ』これだけである。
「やっぱりいくらなんでも簡素すぎない?」
そう言いながらもここに来てしまっている僕はもしかしなくても大分チョロい人間だと思う。いや、それほどにあの体験は僕にとって特別なものだったのだ。決して僕がチョロい人間というわけではない断じてない。多分……。
そんなくだらないことを考えながら目の前のスタジオという、僕の日常には存在しない異物から目を逸らそうとする僕を現実に引き戻すようにスマホが震える。
普段は何も感じない通知を知らせるだけの鳴動が、今の僕には待ちに待った贈り物のように感じられた。通知には件の押しかけキダリストからのメッセージであることを示すアイコン、それを震える指でタッチするとメッセージが表示される。
『見つけた』
顔をあげれば待ち合わせの目印として示されていた黒いキャップ帽をかぶりこちらに手を振る少女がいた。
「いやースムーズに合流できて良かったよ、顔写真とか送り合うのもなんかアレだったし!」
「そ、そうですね」
そう白いTシャツにデニムという定番のカジュアルコーデに身を包んだ少女が、上下を真っ黒の服に身を包んだ地味な少年に語りかける。軽やかに柔やかに明るく話しかけている少女に対して、少年の方は固くぎこちないもうコミュ障であることが丸わかりであった。
「今日は来てくれてありがとね!私の名前は草野凜。君は?」
「えっ、あっ、田村です。」
「下の名前は?」
「えっ、あっ、利博です。」
「田村利博君ね、チャンネル名ローマ字にしただけなんだ。ネットリテラシー低くない?私が言えたもんじゃないけどさ」
(……なんか動画でのイメージと違って姦しいなこの人!)
自己紹介のターンに入っても言われなければ名字しか答えず、挙げ句の果てに名前を答えるだけでこのしゃべり下手っぷりなんとも自己評価通りの引っ込み思案ベーシストっぷりであった。
「とうちゃーく!と言っても入り口から直ぐだったけどね!」
(つ、疲れた……)
コミュ強ギタリストとコミュ障ベーシスト、そんな二人はとある部屋の前で立ち止まる。この部屋こそキダリストの目的地、少女が今日のために借りていたスタジオ内の一室であった。ちなみにスタジオ入り口からこの部屋までの間でコミュ障ベーシスト、少年のメンタルは限界を迎えていたりする。駄目すぎない?
そんな少年の苦しみには目もくれず、少女は意気揚々とドアを開ける。そして室内にてスティックを回しながら待っていた少年に向けて、開口一番こう叫ぶ。
「ベーシストを拾ってきたわ!」
「犬や猫じゃないんだから、拾ってきた言うなよお前」
あまりにも真っ当なツッコミであった。
「いやーほんとに申し訳ない。俺はこいつの昔馴染みで、 崎山博幸。見てわかるとも思うが、楽器は主にドラムをやってる。同じリズム隊としてよろしく頼むよベーシスト」
「私は言うまでもないけど改めて言っておくわね!」
「こいつはうちの暴走担当だ」
「誰が暴走担当よ誰が!」
癖なのだろうかスティックを回しながらドラマーの少年、崎山は昔馴染みという言葉通りの気安さで草野へと語りかける。長い付き合いなのだろうということが言葉遣いや距離感からも見て取れる。そんな二人を見てコミュ障ベーシストが思うことは一つである。
(もう帰りたい)
完成された関係に自分から入っていけるほどの強さがあるのなら、この少年はこの年齢まで一人でセコセコと独りでベースをやっていない。悲しすぎる人生の証明であった。
「それじゃあ、早速だけどちょっと合わせてみましょうか!」
「いやいや待て待て。田村君は来たばっかりだぞ、とりあえず楽器の確認しないと弾くも何もないだろう」
「そんなの演りながらやっていけばいいのよ!今回はあくまで田村君と博幸の初顔合わせが目的であって、そんなにガチの演奏ってわけでもないし」
崎山君と草野さんのじゃれ合いが終わったかと思えば、いきなり合わせるわよ!との草野さんからの大号令。僕まだアンプに繫ぐどころかケースからベースを出してもいないんだけども……。
「はぁ…悪いな田村君。こいつ言い出したら聴かないんだ。演りながら確認していく感じで良いか?」
「大丈夫!博幸とは初めてだけど私とはもう何十回も合わせてるもの何とかなるわよ」
「いや、あれは僕の音ではあるけどあくまで録音したものであって」
「良いからいくわよ!曲はそうね私と田村君が最初に合奏したあの曲でいきましょうか。田村君はそっちのアンプ使ってね。博幸!」
「へいへい」
崎山君がスティック同士を打ち付けてカウントを取る。僕は慌ててベースを取り出してアンプに繫ぎ、演奏の準備を整える。正直、未だに緊張はしている誰かと合わせるなんて初めての経験だし、場所はアウェイのスタジオだ。
けれど、ストラップを肩にかけ演奏姿勢に入ればそんなものはもう関係なくなった。いつも通り自分の指とそこに触れるベースにだけ集中する。僕の準備が終わったことを確認したのだろう、崎山君のドラムから規則正しいリズムが生まれていく。そのリズムに合わせるように僕の音も重ね、そしてそこに草野さんのギターが合わさった。言葉にすればただそれだけのことで、多くのバンドマンにとっては日常のアンサンブル。だけど、僕にとっては生まれて初めての特別なアンサンブルの始まりだった。
「かんぱーい!」
「乾杯」
「か、かんぱい……」
それぞれの口からそれぞれのキャラに合った乾杯のかけ声が紡がれる。ちなみに上から草野凜、崎山博幸、田村利博である。初練習後の打ち上げでもこのノリの悪さ、こう言うところが一人ぼっちベーシストの一人ぼっちの所以なのだろう。
「いやーそれにしても面白かったわね!」
「お前はそりゃあそうだろうがなぁ…こっちは大変だったんだぞ!」
「スイマセンスイマセンスイマセン」
「いやいや田村君は悪くないから全部この暴走担当が悪いから」
「だからその暴走担当ってなに、というか何擦ってきてるのよ定着でもさせるつもり?」
「心の底から思ってるから何度も言ってんだよ!」
「スイマセンスイマセンスイマセン」
スイマセンbotと化した田村利博少年。彼がこうなったのには当然ながら理由があった。端的にいえばはしゃぎ過ぎたのだ。
「あれだけ先走るベースを聴いたのは初めてだわ。途中からはなんかベースソロかな?みたいになってたものね」
「スイマセンスイマセンスイマセン」
「やめろよ!田村君がスイマセンを止められなくなってるだろ!」
「別に嫌みで言ってるわけじゃないもーん」
なんだかんだと言いながら誰かと一緒に演奏することに飢えていたのが、田村利博というベーシストだ。そんな彼がいささか強引な形とはいえ、同年代の少年少女とそれもドラムとギター、ベースというきっちりバンドを組める編成で合奏出来る機会に恵まれて平静でいられるはずもなく。自己主張しまくり、気合い入れまくり、先走りしまくり、これのどこがベースだよと言われんばかりの演奏をかましたのが少し前。初練習後の打ち上げは彼にとってもはや反省会に等しい状態であった。
「うぅっ…普段は普段はもう少し上手いんですぅ…」
「まあまあ、そんなに気にしなくても。なんだかんだちゃんと演奏は成立してたわけだし」
「まあ、ベース効かせ過ぎましたみたいな音だったけどね」
「スイマセンスイマセンスイマセン」
「お前ほんとさぁ!空気読めよぅ!」
そんな独りよがりベーシストがいたとしても演奏自体は成立していた。しかし、それはドラマーとギタリストの二人がベースにしっかりと合わせてくれていたからであって、ドラムとギターにおんぶに抱っこのベースという訳がわからんアンサンブルが繰り広げられていたのだった。
(この二人は本当に上手い。草野さん言わずもがな、崎山君だって同年代とは思えないスティックさばきだった。技術はもちろん何よりも誰かと合わせる。一緒に演奏するってことへの経験が僕なんかと全然違った。だからこそ思うことがある。)
「あ、あの質問良いですか?」
「おっ、スイマセンbotが止まったわね」
「やめたれ。…ったく。それで質問って何だ?」
「あのその何で僕なんですか?」
それは田村利博にとって至極当然の質問であった。自分が下手だとは思わない。しかし、この二人より下手くそなのは紛れもない事実であり、そんな二人なら自分より上手い相手を探して組むことだって十二分に出来たはずだ。なぜわざわざあんな面倒臭いことをして自分を呼び足したのか、それが彼には全くもってわからなかった。
「二人なら僕より上手い人くらい知ってそうですし、二人くらい上手いなら組んでくれる人だっているはずです。そ、それなのに何でわざわざ僕なのかななんて思ったり…」
「まあ、そうね。田村君より上手い人なんていくらでもとまでは言わないけど、それなりにはいるわね」
「ウグッ……!」
想定していたであろう答えを言われて、律儀に凹むこういうところがこのベーシストの駄目なところであった。
「だったら何で僕なんかをわざわざ」
「うーんそうね、上手いと格好いいってまた別の問題だって私は思うのよ」
「はい?」
「私はリバティーンズやシャッグスも良いなって思う人間で、田村君は私の琴線に触れたつまりはそういうことよ」
「???」
「まあ、要するに勘だな。」
「勘は勘でも、天才の勘よ!」
「何を言っとるんだお前は……。ああ、それと俺も別に嫌とか思ってないから安心してくれ。基礎的な技術があるのは今日の演奏聴いてたら分かるし、アレはアレで楽しかったからな。……何より性格がまともなのが一番デカい」
「まるで私がまともじゃないみたいな言い草ね?」
「そうだが?」
顔に疑問符浮かべるベーシストを尻目に昔馴染みの二人はまたもじゃれ合いを開始する。とにもかくにも理由は天才ギタリストのみぞ知るというか理解するといった形だが、少なくともたまたまなんて理由で選ばれたわけではないことだけは確かそうであった。
(……というかその二つのバンドを例に出されるって遠回しに下手って言われてるような)
「さて、それじゃあそろそろ今後の活動について話していくけど」
「う゛ぇ?」
「……どんな声よそれ」
「いや、今後の活動なんて言葉が聞こえてきたから驚いちゃって……」
「?当然じゃないこれからこの三人でバンド組んでライブハウスでライブしていくんだから」
「う゛ぇ?」
「だからそれどっから出してんのよ……」
ライブハウスにハンド活動、今日一日の非日常体験でさえ胸一杯の活動範囲激狭ベーシストには余りに刺激が強すぎる言葉が彼を襲う。……仮にもベーシストがこれで怖じ気づいていたら駄目だと思う。
「無理です!ライブハウスなんていきなり!そもそもバンドなんて」
「そうだぞ凜。いきなりライブハウスは色々厳しいだろ。あっちだってスケジュールがあるんだ、俺達みたいなできたてのバンドをいきなり出してくれなんて言ってもそうそういれてはくれないぞ」
「まあオーディションとかやるところもあるしねぇ」
(いや、先ずそもそもバンドを組むなんて一言も……!
)
「かといって折角バンド結成したのに初ライブが遠すぎると寂しいわよね、うーん……。あっ!そうだうちの文化祭で初ライブっていうのはどうかしら?ライブハウスじゃないし田村君も問題ないわよね?」
ライブをやる場所だけが問題なのではなく、そもそもバンドを組むということがこの意気地なしにとっては大問題なのである。ああ!しかし悩み混乱しているうちにとんとん拍子で話は進んでいき。
「OK!文化祭の委員会とは今電話で話しつけてきたわ!いやーこういうとき人気者は得よね。大トリで出番用意してくれるって快諾してくれたわ」
「あっ、そうですかそれは良かったですね」
「ええ、ほんとにね。ところで今更断れると私含めてたくさんの人が困るわけだけれどどうする?」
「ッスー……」
こういう時は嫌なら嫌としっかり断ることはとても大切だ。しかし、人間というのは難しいもので、なかなかNOと言えない生き物なのである。さて、彼田村利博はここでNOと言える人間なのか?
「あい……!」
「よろしい」
答えはNOであった。
こうしてベーシスト田村利博の初ライブはまさかの他校の文化祭という奇妙なものになったのであった。
こういう男子が女子に振り回されてぇ~!けどキメるところはきっちりキメる的なやつが読みたくてぇ~!
あとは頼みます。