イントロが鳴った 作:バンドものはエエゾ!エエゾ!
そんなものをいつだって僕らは求めている
それがもう手の中にあるのか
それともそんなものはないのかも知りもしないまま
夏もいよいよ盛りを迎え、僕ら学生のオアシスである夏休みも折り返しが目前に迫ってきた。草野さんとの奇妙なコラボ?動画から始まった僕のバンド活動は続き、こうしてスタジオに通って練習することが特別なことでもなくなってきた。最初はアウェイとしか思えなかったスタジオも、こう何度も通って練習を重ねると流石に慣れてくる。……なんだかここ最近の僕ってすごくバンドマンみたいだなぁ。いやまあ、みたいもなにも成り行きとはいえバンドを組んでこうして練習も行っている以上バンドマン以外の何物でもないんだろうけど。そんな感じで練習を続けた甲斐もあって、最初はぎこちなかった草野さんと博幸君との合奏も良くなってきているのが自分たちでもわかる。他のバンドさん達がどんな風に活動してるかなんて僕は知らないけど、それでも文化祭でのライブに向けて順調にきていると少なくとも僕は思っている。……一つの問題を除いて。そうオリジナル曲がまだ完成していないのだ。
「はぁ……」
もはや僕の中では日常となりつつあるスタジオでの練習を終え、先ほどまで様々な音が響いていたとは思えないほど静かな練習室に草野さんの溜息が静かにされど重く広がっていく。二度目のスタジオ練習以降、草野さんはデモ音源を持ってくることもなく、僕らに進捗を話してくることもなかった。けれど、スタジオ練習で会うたびに顔は険しくなっているし、心なしか目の下のクマなんかも濃くなってきている気がする。誰がどう見たってオリジナル曲の作製に苦労しているとその様子が物語っていた。最初に聞かせてくれた曲も十分にいい曲だったこともあり、あれで良いんじゃないかと草野さんに話したこともある。けれど……
「ごめん……けどやっぱりあれじゃ嫌なの。迷惑かけてごめんね」
この一点張りで今日もこうして無理してますって書いてあるような顔でスタジオ練習に参加していた。それでもギターの演奏に陰りがないのは流石というかなんというか、感心しちゃ駄目なんだろうけど流石の一言である。けれど、このままの状態が続くのは健全じゃないなんて人生経験に乏しい僕にだってわかる。そこで草野さんと付き合いも長い博幸君に相談もしてみたところ。
「好きにさせてやってくれ、多分今のあいつにはあれが必要なんだよ」
これである。ここら辺は幼馴染同士の理解力というか草野さん分り手である博幸君が言うなら、本人が納得いくまでやらせてあげるのが一番なんだろうが……やっぱりあの顔色や悩みっぷりを見ていると心配にはなる。そう思ったところで僕にできることなんて何もないのだけれど……。
「それじゃあちょっと早いけど、このあとバイトだから俺は先に失礼するよ。おつかれー」
「うん。お疲れ様」
「……おつかれー」
博幸君が一足先に帰ったことで、練習室には僕と草野さんの二人っきりになった。……そういえばリアルで会うようになってからはずっと博幸君含めて三人で行動していたから、それなりに一緒に過ごしているが草野さんと二人きりになったのは初めてな気がする。……僕ももう帰ろう。別に草野さんが苦手とかそういうことでは断じてない。あんな出会い方だったとはいえ、独りで弾いているだけだった僕のベースを拾い上げてこうしてバンドに迎え入れてくれたことには本当に感謝している。学校が違うこともあって会うのはスタジオでの練習くらいだか、僕みたいな話下手でも嫌がることなく話しかけてくれる明るい人だってことはそんな短い付き合いでも良く分かっている。よく分かっているが……それはそれとして僕に女子、それも草野さんみたいな一般的に言えば間違いなく美少女と言えるような人と密室で2人きりというのはいささか以上に高難易度すぎるのだ。これは僕が情けないという話ではなく普通の男子高校生なんてこんなものだと思う。僕が人より話せないのは間違いないけれど、今回に限ってはよっぽど女性に免疫があるような例外でもない限りこの状況で緊張もしないなんていうのは無理な話だろう。
……これまではそんな余裕がなかったことや意識しないようにしていたこともありまじまじと見たことはなかったが、やっぱり草野さんは綺麗な人だと思う。演奏のために後ろでにまとめられた濡羽色の紙は艶やかで、容姿だってそんな綺麗な髪に負けず劣らずの綺麗さだ。名は体を表すというのか、目鼻立ちがはっきりとした顔はあえて表現するなら凛としたという言葉がピッタリで可愛いより綺麗という言葉が良く似合うように思う。長々と語ったがそれだけ草野さんは綺麗な人だということである。……僕は何バンドメンバーの容姿を必死に表現しようとしているのだろうか。
「それじゃあ僕も帰るよ。僕なんかに言われるまでもないだろうけどあんまり無理しすぎないようにね草野さん」
スタジオの利用時間はまだ少し残っているが、これ以上こんな顔面偏差値の人と密室で二人きりという状況に耐えられそうにない。当初の予定通りこの空間から離脱しようとドアに向けて動き出した僕の脚を、
「……ちょっとさ二人で話さない?」
草野さんのそんな言葉が押しとどめた。……これを断って帰れるだろうか?まして僕にそれができるだろうか?いや出来ないのだ。
「はい……」
こうして草野さんとのマンツーマントーク、すなわち僕のようなコミュニケーションが苦手な人間にとって最も難しいものの一つである対話というものが始まるのであった。
「…………」
「…………」
帰りたい……。話すのが苦手な人間にとってこのなんとも言えない静寂というのは天敵といっていいのだ。これが最初から何の関係もない相手となら構わない、そういう相手となら会話が発生しないのは当たり前だからだ。しかし、それなり以上に面識のある人間との静寂は話が変わってくる。その上、今回は草野さんから話さない?と言われて残っている。そんな前提がある中で会話がなく静寂が続くというのは居辛さが尋常ではないのだ。話すのが得意な人なら、ここで自分から話を切り出して良い感じに会話を始めていけるのだろうが。僕にはそんな能力はない。僕にそんな能力はないのだ!!
つまりは草野さんが話しかけてくれるまで、この静寂の中で僕は待ち続けなければならないということになる。帰りたい……。本当に帰りたい……。というか早く話しかけて欲しい……!
「……博幸から色々と私についての話は聞いたのよね?」
「えっ、あっ、はい!」
「……なに?その無駄に元気な返事」
「いや別に何でもないです……」
話しかけられるとそれはそれでビクッとなってしまうのが僕らコミュ障という生き物なのでした。
「……まあ、いいわ。それより悪かったわね。話さないか?なんて誘っておいてずっと不景気な顔して黙っちゃって」
「いや、それは全然お気になさらず。それでその話って?」
「話を繰り返すみたいになるけど。博幸からはどこまで聞いたの?」
「あー……その草野さんのチャンネルとかそこで投稿してたオリジナル曲については大体話してもらってます。すいません……」
「なんで謝るのよ?別に隠してたわけでもないし聞かれて困る話でもないんだから気にしないで」
「そ、それなら良かったです」
「さて、それじゃあ本題に入るけど。その話を聞いてどう思った?」
そういう質問は本当にやめて欲しい。どう答えるのが正解かわからないし、そもそもこういう質問に正解ってあるのかも分からない。僕みたいな人とのコミュニケーションを放棄してベースとだけ会話をしてきたような人間には人の心の機微を察して相手が望む、もしくは相手のためになる答えを相手を傷つけないように言葉を選びながら答えるなんて超がつくほどの高難易度だ不可能と言ってもいい。いや、これ本当にどう答えたら良いんだ?
博幸君!大天使博幸君!僕を導いてくれ!
「っスー……。そのぉ……あのぉ……」
「……別に思ったことを言ってくれたらいいわよ。田村君がこういう質問とかに上手に答えられるなんて思ってないし」
……とても助かる一言だけれけど、何なんだろうかこの寂しさは……。いやまあ、僕自身も思っている通り僕にそこを期待されても困るのだけれど……うん……。
「……正直に言うと。凄いなとしか思えなかったよ」
「凄い?」
「うん。だって、もし僕が曲を作ったとして、それがたくさんの人に評価されたとしたら。僕は多分それで満足すると思うから」
本心だ。これは紛れもない本心。あの動画のコメント欄を確認させてもらったけど、他の曲に似ているとかそういったコメントはあくまで少数派だった。多くのコメントは草野さんが作り出した曲を褒めていたし、次回作を期待する旨のコメントだってたくさんあった。あの動画は文句なしにウケていた。きっとライブで演奏すればフロアを大いに熱狂させられるだろう。そんな曲をもし僕が作れたら、僕は間違いなく気持ちの悪い笑顔を浮かべながら何度も何度もコメントを読み続けると思う。それはもう調子に乗るだろう。だけど草野さんはそうじゃない。
「正直、僕はそこまで気にするほど似てるかな?としか思えない。けど、そのコメントを読んで草野さんがその通りだと思ったのなら、多分それは正しいんだと思う」
これも本心。草野さんの耳や音楽センスが優れているのは短い付き合いでも思い知っている。その草野さんがその通りだと思ったのなら、きっとその通りなんだと思う。だからこそ凄いと思う。だってそんなことはないって無視することなんて簡単だ。大多数の人達は草野さんを褒めてくれているわけだし、そんなコメントは忘れてしまえば悩むこともなく楽しく過ごしていける。けど、草野さんはそうしなかった。
「欠点に気づかされて、それを認めて。それを何とかしようと足掻く道を選んだ草野さんは凄い。それが僕があの話を聞いて思ったことだよ。」
自分の曲と向き合って、あんな顔になるまで悩んで。それでも音楽を続けている。それは本当に──凄いことだと思ったから。
「…………そっか。」
「うん」
「…………」
草野さん?急に黙るのやめて草野さん?もしかして僕間違った?こういうことを答えるような質問じゃなかったの!?
「……そんなにわかりやすく慌てふためかなくても良いわよ。別に何を言ってるんだろコイツ?とか思ってたりしてないから」
「はぁ~~~良かったぁ~~~」
「そこまで大袈裟にほっとせんでもええでしょうに」
「だって草野さんが急に黙っちゃうから、気でも損ねてしまったのかと……」
「自分から聞いといて、その答えを聞いて怒り出すほどしょうもない人間じゃないわよ」
こちらを呆れるような目で見ながら草野さんが呟く。僕の様子に対して思うところはあるようだが、僕の答えに対しては特に不快には思っていないようだった。
「それにしても凄いか。田村君からそんな風に思ってもらってたなんてちょっと驚いちゃった」
「そりゃあ思うよ。カバー曲による部分もあるにせよ高校生であれだけチャンネル登録者を抱えて、オリジナル曲もしっかり再生されてるなんて冷静に見なくても凄いことだし」
動画サイト等で無名の人間が再生してもらうと思えば、やはり一番確実な方法は有名な曲のカバーを行うことだ。余はまさに大エンタメ飽和時代、そんな時代にいきなりオリジナル曲を出したとしても再生される可能性なんてないに等しい。知っている曲というだけでクリックしてもらえる可能性は大きく上がるし、そこからファンを獲得していくことが現実的な道というものだろう。まあ、それにしたって同じようなことを考える人は多いから最終的には運と実力次第としか言えないのだけど。
「まあね、私は天才だもの!あれくらい軽い軽いってね!」
「……なーんて昔は思えてたんだけどね」
「あの曲はね会心の出来だったのよ。私の音楽人生と言っても短いもんだけど、その中で一番の出来だって思ってた。これは私初期の名曲なんて言われちゃうかもなぁなんて浮かれて投稿して、その結果があれだった」
「……草野さん」
「人から指摘されるまで気づけなかった自分のセンスのなさにもイラついたし、聞けば聞くほど自分が好きだった曲やアーティストさんの顔が見えてくるのが心底嫌だった。何よりまだまだ短いものだけど私の音楽人生の全てをこめたあの曲が、もう既に誰かに作られていた手垢にまみれていたものだったっていうのが──どうしようもないくらいに悔しかった」
「たかだか高校生の小娘が何を生意気なって思う?けど、それが私の本心よ。悔しかった。自分の全部を詰めた自分の曲がとっくに誰かに作られたものだっていうのがどうしようもないくらいに悔しかった……!」
普段は飄々としていることの多い草野さんの顔が見たことがないほどに歪む。爪の先が白くなるほど手を握り込み、体はあまりの激情に僅かに震えてさえいた。悔しいそう思える彼女に改めて凄いと思う。彼女のコメントに例として書かれていたバンドや楽曲はインディーズのトップやメジャーデビューしているようなグループのものばかり、そんな人たちに負けて悔しいと思えることはきっと本当に凄いことだと思う。
「それを何とかしたくてそれまで以上に作曲に打ち込んで、色んなジャンルの曲を色んな作曲技法も学んでいい曲を作るんだって張り切って頑張って……。気づいたら何を作っても自分の音だって言えなくなっちゃって、どんな音を作りたかったのかも分からなくなっちゃってた」
「……そっか」
「……色んな音を聞こうと思ってあんまり再生されてない音楽投稿者の動画も視てみようって色々と巡ってた時期があってね。田村君のベースに出会ったのはそんな時よ。」
「最初聞いた時はそれなりに上手いけど、何というか自分に酔ってる、自分のベースの音が好きな人だなあって思った。」
「ぐふっ…!」
急に真っ正面から刺された。そういう緩急は本当にやめて欲しいショック死してしまう……!
「あー待って待って!あくまで最初、最初の話だから!まあ、そんな感じで正直最初の印象はあんまり良くなかったんだけど、これも勉強だって思って何曲か聞いてみたの」
「……どの動画も自分のベースが好きって気持ちが溢れてた。どの動画を聞いても君の、田村君の音がしていた。少なくとも私にはそう聞こえた。」
「田村君は何で僕を選んだのかって聞いてきたことがあるよね?あの時の答えは適当に言ったわけじゃないの、確かに田村君より上手い人はたくさんいる。けど、私にとっては田村君の方がカッコよく見えた、この人と一緒にやりたいと思った」
「自分の音を出せている人と一緒にやりたいと心の底から思った」
それが田村君を選んだ理由よと少し恥ずかしそうにしながら草野さんは語りきった。どの動画を聞いても僕がいた、僕の音が聞こえた。……正直、そんなことを言われても実感がない。僕は僕のベースの音が好きだし、一番カッコいいと心の底から思っている。けれど、一番上手いとか多くの人からウケる演奏とも思っていない。結局、音楽を筆頭とした芸術なんてものは個々人の趣味趣向が大きく影響するからだ。だから、これだけ上手い人が僕を選んでくれた理由として僕は心の底から納得できない。そもそも僕の音なんて言われても僕自身、明確に自分の音なんて意識したことはなかった。……けれど、決してお世辞で言っているわけでもないのは草野さんの様子で分かる。僕の音を本気で選んでくれたのだということがよくわかる。……正直、博幸君にもどうにかできないのに僕に何か出来るのだろうかとあの話を聞いてから思っていた。あれだけ草野さんのことを理解している人間がいて、それでも草野さんはスランプから抜け出せていない。そんな問題に部外者の僕が関わったって、何が出来るんだろうかと。
──アンプに繋がれたままのベースを思うがままにかき鳴らす。急にそんなことをしたものだから草野さんがビクッと震えたのが目に入る。それでも僕はその手を止めることはない。ずっと何を迷っていたんだろうか。口下手で作詞も作曲もしたことのない僕にできることなんてこれしかないじゃないか!
「草野さんの悩みを解決してあげることなんて僕にはできない。助けてあげることも僕にはできない。作詞や作曲なんてわかんないし、自分の音があるって言われたって僕自身自覚がないから……!」
「だけど、このベースの僕の音を貸すことならできる!」
「何が作りたいのか分からないなら草野さんが良いと思った僕のベースを使って音を作ればいい、自分の音が分からないって思うなら自分の音があるって草野さんが感じてる僕のベースを聞きまくってつかみ取れば良い」
「いくらでも付き合うからだから、一緒に音を作ろうよ!」
「……」
何を言っているんだろうこいつと言わんばかりの顔をして草野さんが僕を見つめる。うん。そりゃあそんな顔にもなるよね、僕だっていきなりこんなことを言われたらそんな顔をすると思う。けど、それくらい嬉しかったんだ。誰にも聞かれなかった僕のベースをあんな風に言ってくれたことが本当に嬉しかったんだ。──本当に嬉しかったんだよ。
「ぷっ。あっはっはっは!カッコつけたわね田村君!自分がいれば何とかなるみたいな言い草じゃないの」
「わ、笑わないでよ……。僕だって言っちゃったって思ってるんだから……!」
「……ほんとよ全く。けど、ベーシストで言うならシド・ヴィシャスくらい良い感じだったわ!」
……それってあんまり褒めてなくない?
「さーて、それじゃあ始めましょうか!いくらでも付き合うって言ったんだもの、男に二言はないわよね?」
「か、可能な限り努力します……」
「そこは勿論って言い切って欲しいわね」
言い終わるや草野さんがギターを鳴らす、応えるように僕もベースを鳴らした。そこからはお互いにがむしゃらに弾いて、弾いて、弾き続けた。スタジオの使用時間が終了しても、場所を移して音をぶつけ合った。自分の音を見つけようともがく草野さんの助けに少しでもなれるように、指先が痛くなるほどにベースを弾いた。
それからしばらくして夏休みもいよいよ終わりが見え始め、文化祭まで一か月を切った頃。
──凛さんが新曲のデモ音源を持ってきた。いつも通りの自信満々な笑顔を浮かべながら。
本当に勢いで一気に書いたもののため誤字脱字恐らく酷いことになってると思いますが、どうかお目こぼしのほどをお願いいたします。