【誰か】異世界で死にまくってるんだがどうすればいい?【助けて】 作:ほんまーにありがとう
『アカシャ』『コロウィザード』が天墜1800kmを完走しなくてもGET出来るチャンス!
ダイヤ集めの時間だオラァ!
喧嘩だった。
ただの感情の衝突。言葉をぶつけ合っただけの、よくあるすれ違い。そのはず、だったのに。
胸の奥が、ぎり、と軋んだのを覚えている。理由は単純だ。私が、知らされていなかったから。
ランクアップの方法も。偉業を積み重ねることで、強さが跳ね上がる仕組みも。高みへ至る為の必要な手立ても。
全部、リヴェリアは黙っていた。私には、教えなかった。教えてくれなかった。
(どうして……?)
強くなりたい。ただ、それだけなのに。
今の私をかろうじて支えているのは『強さ』だけだ。そんなこと、誰より彼女が知っているはずなのに。
なのに、届かない。なのに、伝わらない。
言葉を重ねれば重ねるほど、胸の内側がざらついていく。
悲しくて。悔しくて。信じたくなくて。
(どうして隠してたの……?)
本当は、ただそれだけを聞きたかっただけなのに。
口から零れた声は、思っていたよりずっと尖っていて、棘だらけで──自分で聞いていても、嫌になるほどだった。
それでも止まれなかった。
溜め込んでいた感情は、一度溢れだしたら、もう制御なんてできない。
あの日の私には、それを止めるだけの『強さ』なんて、なかったから。
──落ち着け、と。
それが、最後の警告だったのだと思う。
けれど、その優しさが、今の私には何よりも耐えがたくて。
「どうして……!? どうして止めるのっ!?」
声が震えた。怒りだけじゃない。
──怖かったのだ。
強くなれなくなるのが。もう誰も守れなくなることが。あの日みたいに、大切なものが全部、炎に飲まれるのが。
「私は……! 私は、強くならなきゃいけないのに……!」
叫んだ瞬間、胸の奥で何かが切れた。
それが何だったのか、今でもうまく言葉にできない。
ただ、その痛みは、剣で切られる痛みとは違って。もっと深く──血よりももっと熱く、もっと苦いものが、喉を焼いた。
そして、その時の私は気づいていなかった。あれは、願いじゃなく、ただの恐怖だったのだと。
彼女の表情が揺れる。眉がわずかに寄せられ、口元が何かを告げようとして、止まって。
そして、彼女は静かに言った。
「……それでは、お前が壊れるだけだ。アイズ」
優しくて、痛い言葉だった。なのに私は──
「壊れてもいい……!」
そう、言ってしまった。
強くなるためなら。もう失わないためなら。
どんな犠牲も、構わないって──本気で、思ってしまったのだ。
「…………」
その瞬間、リヴェリアの瞳に宿っていた温度が、すっと消えた。
怒りでも憤りでもない。ただの静寂。
まるで、私との距離を一歩引いたような、そんな冷たさだった。
叱られる方がまだ良かった。怒鳴られた方が、きっと楽だった。
けれど、彼女は──ただ、哀しげに目を伏せた。
それだけで胸が凍った。
次の瞬間、私はどうしようもなく怖くなって──
「──貴方に……私の何が分かるの!」
言ってしまった。
本気で言ったわけじゃない。本心などでは決してない。
ただ、あの静かな目が、何よりも耐えられなくて。
「私は、貴方の『人形』じゃない!!」
だから、叫びは刃になった。
「──────」
熱を感じた。鈍い痛みが顔の左側に。それは何故なのか。
「…………」
自分の言葉が、彼女の表情を打ったのだと理解するのに、数秒かかった。
そして、彼女の掌が、私の横顔を打ったのだと理解するのに、時間はかからなかった。
反射的に返した言葉は、私自身が望んだものではなかった。
けれど、それは既に口から零れていて。
その瞬間には、遅かったのだ。
胸の奥を、ひやりとした風が吹き抜ける。
彼女が私を──突き放した、と理解するのに、言葉は要らなかった。
この人は、一瞬でも、母のように寄り添ってくれた気がしていた。
この人は、一瞬でも、私の胸に空いた空白を満たしてくれていた気がした。
だけどそれは錯覚だったのだと。だけど、それは幻想だったのだと。
そう悟った瞬間、足元が崩れ落ちるような喪失感が押し寄せた。
私は、この世界で独りなのだ。
父も母も失ったあの日から──何も変わっていなかったのだと。
ならば、誰にも頼らず、己の力だけで進むしかない。
たとえこの身がどうなろうとも、道は自分の手で切り拓くしかない。
──だって、私は知ってしまっているから。
誰かが助けに来てくれることなど、期待してはならないと。
『英雄』なんてものが、私の目の前に現れる日は決して来ないのだと。
その選択が、どれほど愚かだったのか。
今になってようやく、少しだけ理解できる。
=====
喉の奥まで込み上げてくる嗚咽も、頬を伝う涙も──私は、なかったことにした。
認めたら、崩れる。
今ここで弱さを認めてしまったら、立っていられない。そんな予感だけが、やけに鮮明だった。
だから、考える前に足を動かした。
彼女の手が振り払われた感触も、冷え切った瞳も、頭の端で何度も反芻されるのに。
そのたび、心が軋む音がして、私はさらに速度を上げた。
ただ前へ。
謝ることも、言い直すことも、今はできない。そんな自分が嫌で、逃げる先を探すように、闇の中へと駆け込む。
気がついた時には、足はもう、ダンジョンの階段を下りていた。
どうやってここまで来たのか、ほとんど覚えていない。
気がつけば、ひやりとした地下の空気が肺を刺し、靴裏には湿った岩肌の感触があった。
まるで、行き場を失った心だけが先にこの場所を見つけていて、身体があとから引きずられてきたみたいに。
理由なんて、本当はどうでもよかった。
ただひとつだけ、はっきりしていることがある。
──地上には、逃げ込める場所がない。
誰とも顔を合わせたくなかった。
腫れた目を見られたくなかった。
震える声を聞かれたくなかった。
だから私は、ここを選んだ。
モンスターの唸り声も、風に揺れる草のざわめきも、剣を抜く音で上書きする。
考える前に斬る。怖いとか危ないとか、そういう判断ごと、全部まとめて切り捨てる。
「…………!」
次の瞬間には、剣が振り下ろされていた。
考えるより早く、体が動いた。反射でも、本能でもない。
──ただ、そうするように作られた機械みたいに。
視界の端から飛びかかってきた牙を、半歩だけずらして受け流す。
剣の軌道は最小限。狙いは喉元。
肉を裂く音がした時、ようやく自分が斬ったと理解する。
怪物の咆哮よりも先に、私の足が床を蹴った。
鋭い音。空気が裂ける。
剣が二度、閃く。
それだけで十分だった。
切断された腕が地に落ちる。胴が遅れて崩れる。鮮血が、粉塵が、灰が舞い、身体に付着する。
──私は、動きを止めない。
恐怖しない。躊躇わない。
今だけは、何も感じずに済むから。
足音一つ乱さず、次の怪物へと踏み込む。
剣閃。息。踏み込み。跳躍。着地。
五秒もかからず、三体目が沈む。
遅れて、血飛沫の匂いが鼻を刺した。
──感情は、まだ追いつかない。
「……っ」
短く息を吐き、指先に残った震えを振り払う。
その震えすら、自分のものではないように感じながら──私は、さらに奥へ進んだ。
戦っているのに、戦っている気がしなかった。
それでも、剣を振るうたびに胸の奥のざわめきが、ほんの少しだけ遠ざかる。
それが、今の私に許された唯一の救いだった。
=====
「……っ、はぁ……はぁ……」
荒い呼吸。肺が焼けるようだ。
足がもつれそうになり、壁に手をつく。その手が震えていた。
剣を地面に突き立てる。
まるで、それだけが自分を支える杭のように。
顔を上げ──そこで。ようやく、気づいた。
「……ここ、は……十二階層……?」
視界を覆う白い霧。
湿った空気が肌にまとわりつく。
光が届かず、死にかけた木々が墓標のように立ち並ぶ空間。
ダンジョン上層の最下層──その奥、行き止まり。
私は、いつの間にか、誰にも頼れない場所まで来ていた。
(地上には……逃げる場所がないから)
自分で選んだのだ。誰も来ない場所を。
その時──
「──苦しいか、迷える子よ?」
「……!?」
声がした。
男とも女ともつかない。艶やかで、残酷さを帯びた声が、耳朶を震わせる。
振り返るより早く。空気が歪む。
黒衣を纏った影が──ひとつ。ふたつ。みっつ。気づけば、私の前に立っていた。
闇を裂くように、影の一人が一歩前に出る。
目深に被ったフードの隙間から、長い紫紺の髪がこぼれ落ちた。
男であるはずなのに、その輪郭は儚く、まるで作り物のように異様に整っている。
だが──微笑んだ唇の奥にあるものは、優しさではなかった。
暖かさでもなかった。
──ただ、冷たい。底知れず、どこまでも冷たい。
まるで奈落そのものが、人の形をとったかのように。
「モンスターが憎いか、娘よ?」
「──っ!」
胸が跳ねた。
なぜ、その言葉が最初に出てくるのか?
反射的に剣を握る手に力を込める。
だが、思うように震えは止まらない。
男は一歩踏み出し、霧をまといながら囁くように言った。
「誰からも理解されない。──お前は、独りだ」
心臓を握りつぶされたみたいだった。
否定しようと、言葉を探した。
でも──
(違う……! 独りじゃ……ない……)
そう言いたかったのに、声が出ない。
喉が震える。呼吸が浅くなる。
頭の奥に、湿った闇が渦巻く感覚。
「憎いだろう? 悲しいだろう? 不安だろう?」
耳を塞ぎたかった。
でも──腕が動かない。
逃げたかった。
けれど──足が床に縫い付けられたように動かなかった。
強さなんて、どこにも感じられない。
『神威』なんて、微塵も感じられない。
──なのになぜ、この存在が
「私が──すべての苦しみから解放してやろうか?」
「…………!!」
呼吸が途切れた。
肺に空気が入らない。視界が揺れる。耳鳴りが重低音となって響く。
その誘いは、あまりにも──甘美だった。
「私と来い。望むもの、すべてを与えよう」
ゆっくりと差し出された掌に──私は、見てしまった。
痛みのない道。
誰にも届かなかった願いが、叶うかもしれない未来。
(……私、は……)
意識が遠のく。世界が揺らぐ。
見えたのは、積み重ねてきた屍山血河。その先にある『力』。
たった一人で戦い続ける日々。
誰も助けてはくれないなら──自分で掴むしかない。
暗闇が、胸の内側からじわじわと満ちてくる。
男の言葉が、深く、深く沈んでいく。
──そうだ。
本当はずっと、誰も来ないと思っていた。
だから強さを求めた。
だから、独りで戦うと決めた。
なのに。
(────)
視界の端が揺れた。
脳裏に──ひらり、と落ちた面影。
それは剣でも、戦いでもなくて。
──笑ってくれた顔。
──叱ってくれた声。
──「帰りを待っていた」と言ってくれた背中。
ロキ。
フィン。
ガレス。
ファミリアのみんな──
そして──リヴェリア。
(……違う)
一度だけ、意識が奥底から跳ねた。
(独りじゃなかった)
(見捨てられたりなんてしていなかった)
(ずっと、そう思い込んでいただけで──)
呼吸が、戻った。
締め付けられていた胸に、微かに風が通る。
「……私は……」
その小さな声に、男の視線がわずかに揺れた。
興味深げに、しかし一切の感情を感じさせず。
「来るがいい。失う痛みも、弱さも。全て置いて──」
「…………違う」
一言。ささやきのような拒絶。
それは──確かな拒否だった。
その瞬間、頭の中で誰かが叫んだ。
────走れ。
────諦めるな。
────戻ってこい。
────帰りを、待っているから。
胸の奥が再び、熱を帯びる。
力が欲しい。もっと強く、もっと速く。
でも、きっとそれは──かけがえのない大切なものを捨ててまで手に入れる強さじゃない。
「……たとえ、力が欲しくても──」
拳が震える。
視界が、澄み渡っていく。
「たとえ……独りになったとしても──」
私は──
「──あの人達を、裏切るのは違う!」
叫んだ。
胸に灯った炎が、一気に燃え上がった。
「貴方には、ついていかないッ!!」
その瞬間──
霧が震えた。
男の表情から、温度が消え失せ、先程まで荘厳さすら纏っていた男から、まるで音を消すように気配が抜け落ちる。
そこに残ったのは──空白。空虚。乾いた冷笑だけ。
「──ざ~んねん」
あまりにも軽い声だった。溜息に似ていて、苛立ちすらない。
まるで「試す価値がなくなった玩具」を手放すかのような──無関心。
けれど。
(……違う)
その奥底で、何かが蠢いた気がした。
表情には出ていない。声にも現れない。
けれど、確かに
「残念だなぁ。いやぁ、失敗失敗。──思っていたより君はずっと強いんだねぇ」
「っ……!」
ぞくり、と背筋を氷が撫でた。
この男は──
わたしの、誰にも触れてほしくなかった場所。
心の奥に閉じ込めた、もっとも脆い部分すら──覗き込もうとしている。
恐怖。拒絶。怒り。
すべての感情が渦を巻くのに、視線を逸らせない。
その時男は、急に視線を外した。
ふと空虚な一点に向かって語り始める。
意味不明な会話。黒衣の従者たちすら困惑している。
けれど、私にはもう──その言葉は、聞こえていなかった。
思考が拒絶していた。
薄々察してはいた。この存在は、会話をしているのではない。
ただ、己が欲望を満たそうとするがために、この場にいるだけ。
今のこの時間は、対話ですらないのだ。
やがて、男は一度、肩を落とした。
心底、残念そうに。
「はぁ……ほんっとうに残念だなぁ……『君』みたいな子供は初めて見たのになぁ……まぁ、でも──」
紫紺色の瞳がこちらを向く。
「勧誘に失敗したら始末するって、約束だからね」
ゆるやかに、唇が不気味な程に三日月へと歪む。
「じゃ、一度やってみたかったこと、やろうか」
指が──弾かれた。
刹那。
世界が、ひび割れた。
空気が、歪んだ。
否──そう錯覚するほどの圧。
男の身体から解き放たれた『神威』。
視界が揺れ、思考が焼かれる。
白霧が裂け、天井に走る亀裂。
そこから、真っ黒な闇が滲み出した。
足元には影が染み広がる。無数の爪痕が床を這うように──じわり、じわりと。
「──っ!」
言葉より先に、風圧だけが襲う。
空気が震え、温度が狂い、肌が焼かれる──
そして。
『それ』は、姿を現した。
──漆黒の鱗。
──底なしの闇を孕んだ翼。
──喉奥に宿る灼熱の業火。
そして──天を裂く咆哮。
『────────グゥゥゥガァアアアアアッ!!! 』
──音が、止まった。
いや、それは違う。私の聴覚だけが、一瞬で凍ったのだ。
(……あ)
視界が揺れる。世界が揺らぐ。呼吸が止まり、胸が圧迫される。
その姿が、脳裏に焼き付く。
あの日──
燃える匂い。
父と母の叫び。
炎に飲み込まれていく影。
(やめて──)
時間が歪む。足が震える。指が動かない。
ずっと、忘れたと思っていたはずなのに。
この怪物は、ただのモンスターではなく、あの日、すべてを奪ったものの象徴。
──漆黒の翼竜。
その姿を認識した瞬間、剣士である前に、あの時の子供へと引き戻されて。
身体は戦闘態勢に入る前に、先に心が軋み始めていた。
けれど──悪夢はそれだけで終わらない。
空間が、軋む。
階層全体を覆う霧、そのすべてに罅が入った。
ひび割れがじわじわと広がり、世界そのものが崩落を始める。
そこから、這い出すようにもう一つの……いや、二つの巨大な影。
漆黒に染まった巨大な骸。
骨が鳴り、地鳴りのような咆哮が響き渡る。
その隣には、大鎌を携えた異形。
黒い瘴気を撒き散らしながら、浮上するように姿を現した。
たった今、上層最下部にて──地獄が開く。
「タ、タナトス様ッ!? これは一体ッ……!?」
「一刻も早く移動を──このままでは我々も……!」
「いやはやぁ……これは予想以上だなぁ。ねぇ、ほんとにダンジョンのモンスターかなぁ、アレ。ま、八つ裂きにされる前に退散しようか」
耳に届くはずの声は、どこか遠い。
(違う……)
今の私には、彼らの言葉などどうでもよかった。
ただ──
目の前の『それ』が。
あの日、全てを奪った存在と──重なって見えて。
恐怖のさらに奥。
胸の底に沈んでいた何かが、跳ねた。
憎悪。拒絶。憤怒。
それですら言葉にならない感情たちが、ざわついていく。
次の瞬間。
──炎が、迫った。
漆黒の翼竜の喉奥が膨らむ。
渦巻く熱量が空気を焼き、世界を赤く染める。
大地が割れ、空間が歪む。触れただけで命を奪う灼熱。
(避けられない──)
思考がそう判断した瞬間。
「……ぁ……」
声ともいえぬ声が漏れた。
そして。
──来る。
(終わる──)
その時だった。
──何かが、割り込んだ。
轟音よりも速く。業火よりも鋭く。
赤い布を背に負う騎士──その一閃が、視界を横切った。
刹那。
世界が「待った」と言わんばかりに静止する。
『……ガルルルゥゥゥゥ…………?』
風が逆流する。
舞い上がった砂が空中で止まる。
迫っていた灼熱が、まるで壁に触れたかのように揺らぐ。
漆黒の翼竜が、僅かに怯んだ。
黒い骸も、大鎌の異形も。その赤布の前で、小さく揺れる。
(なに……?)
赤布の騎士。その男は、振り向かない。
私を見ることすらしない。
ただ──
そこに、立っていた。
血の匂いと鉄の摩擦を纏った鎧。
焼け焦げた装甲。
赤布を背に靡かせ、剣を静かに構えながら──
(……誰?)
栗色の髪。漆黒の双眼。
生きているはずなのに。
どこか──死んでいるような気配。
呼吸をしているのに。
まるで、この世界に存在していないかのような空白。
一瞬、知らないはずの影を──知っていると錯覚して。
(……どうして?)
横顔が見えた。
光の欠片すら宿さない、深淵の瞳。
生きているのに、死んでいるような。
戦っているのに、諦めているような。
まるで──終わりだけを見据えている人間。
(どうやってここに……?)
疑問が浮かぶ。
だけど、それが形になるより早く──世界が再び、動き出した。
『────グガアアアアアァァァッッッ!!!! 』
漆黒の翼竜が咆哮し、再び業火を吐く。
大鎌の異形が空間を裂き、巨骨が大地を叩き割る。
三方向からの同時殺到。
避けることなど──不可能。
「ぇ……」
自分の声が、遠く聞こえた。
──その時。
男の体が、炎の中へ──迷いなく飛び込んだ。
焼け焦げた岩盤を蹴り飛ばす音が──耳でなく、骨の奥に響く。
爆ぜる灼熱。砕ける骨の音。大鎌が空気を裂き、巨骨の拳が岩盤を陥没させる。
──全部。
まるで、空気を押し分けるような一動作で、流されていった。
斬撃を受け止めたわけでもない。
防御したのでも、相殺したのでもない。
ただ、死んでも構わないと受け入れただけだ。
炎が背後へ抜ける。大鎌が石柱を砕く。巨骨の打撃が床を裂く。
男の身体は──その中心に、立っていた。
皮膚が焼け焦げても。肉が裂けても。骨が砕けても。
──眉ひとつ動かさず。
「…………」
その動きは、命を守るという概念を欠いていた。
普通なら、一歩退く。防ぐ。避ける。
けれど──その男は違った。
踏み込んだ。
死地と分かっていながら、なお前へ。
翼竜の爪が胸を裂く。大鎌が肩を削ぐ。巨骨の拳が腹部を砕く。
骨が鳴った。血が飛んだ。肉が裂けた。
──それでも、止まらない。
剣閃。一閃。
──さらに、一閃。
漆黒の骸が怯む。噛み合う歯が軋む音。
それに男は、わずかに目を細めた。
(なに……その戦い方……)
きっと【ステイタス】は高いのだろう。今の私よりは、遥かに。
けれど、それはリヴェリアやフィンに遠く及ばないはず。
それに、彼等に教えられた『技』や『駆け引き』といった戦闘技術がこの男には見られない。
なのに──異常な速度。
重力を無視した踏み込み。剣筋の鋭さ。
それだけじゃない。
防がない。躱さない。
斬られる。受ける。吹き飛ばされながら、反撃する。
(まるで──)
「なんで……なんで……!」
声がかすれていた。
だって、
そんな戦い方の、その先にあるのは破滅のみだ、と。
己の身を顧みない戦い方など、すぐに潰れてお終いだ、と。
私がかつて目指してしまった未来。
力を求め、死へと突き進む修羅の道。
(……これが、その果て……?)
漆黒の骸が持つ大剣が肩を貫いた。異形の死神が持つ鎌が耳を裂いた。漆黒の翼竜の鉤爪が脇腹を切り裂く。
それだけじゃない。赤熱と蒼炎がその身を焦がし、歪んだ空間によって隆起した大地がその身を圧し潰さんとしている。
血が舞う。肉が裂ける。骨が砕ける。
それでも男は──眉ひとつ動かず。
逆に、相手の刃を叩き折った。
けれど、
その戦いは、美しくなかった。
ただ、圧倒的に、醜くて。
それでも──確かに、強かった。
それは、「勝つため」の戦いではなく。
でも、「倒せなくてもいい」という諦めの境地でもない。
──ただ、何もかもを巻き込んで死ぬ覚悟の戦いだった。
漆黒の翼竜が喉奥に炎を充填する。空気が熱に波打ち、揺らぎ始める。
男は血に塗れた身体で、その真正面に立つ。
「……ッ」
剣を握り直した。
その動作は、あまりにも自然で。
まるで──これが日常の一部であるかのように。
(……この人は。死ぬのが──怖くないんだ)
理解した瞬間──空気が裂けた。
「──っ!?」
異形の死神が不可視の斬撃を放つ。
切り裂いても切り裂いても、止まらない男に業を煮やしたのか、その刃は私へ向けられていた。
空間を歪ませながらそれでも、恐るべき速度で私の元へ。
(──躱せない!)
そう思った瞬間──男が駆けた。
「────!」
炎を裂き、影を裂き、空間ごと蹴り飛ばすようにして──私に手を伸ばす。
その腕が、私の体を抱き留め──直後。
見えない刃が、先程まで私がいた場所を削り取った。
大地が抉れ、枯れ木など粉微塵に粉砕される。空間が歪み、深淵が覗く。
ほんの数瞬遅れていたら、胴体が泣き別れなどでは済まなかっただろう。
私という存在ごと、この世から消えていた。
ぞっとした。
声にならない悲鳴が喉で固まる。
「…………大丈夫か?」
そんな時。
耳元で、低い声が響いた。
深淵のような
無感情で、光を映さないその目が──ただ、私を見ていた。
(やめて……)
その冷たい瞳が、逆に誰かを心配する目を思い出させて。
抑え込んでいた感情が、混ざり合って滲み出そうになる。
「離してっ……!!」
弾かれたように、私は叫んでいた。
腕を振り払う。すると、男は抵抗もせず、私を離した。
(あ……)
一瞬、後悔が胸を掠めた。でも、それもすぐ、激情に呑まれて。
「邪魔しないで……! あの竜は──私が、倒す……!!」
男を見向きもしないまま、私は駆けだした。
私がやらなければならない。私一人で。誰にも頼らず。
胸の奥で──黒い炎が、渦を巻く限り。
有翼の怪物を倒す方法は、知っている。
何度も教わった。何度も模擬戦で想定した。
そして、それは実践できる。
「…………っ!」
──まずは翼。
傷付け、切り裂き、切り落とす。
再起不能の翼にすれば。
空を舞う怪物を飛べなくすれば、それはただの大きな怪物。
故に狙うは翼の付け根。
飛び込んでくる瞬間に、紙一重で身を翻す。
すれ違いざま、翼の基部を狙う。
剣閃。歪む空気。瞬時に皮膚を削り、鱗が弾け飛ぶ。
『──────ッッ!?』
確かに、届いている。
それを証明するかのように、漆黒の翼竜はその血の如き
竜は自分の攻撃が通らないことに苛立っていた。
逆に傷を受けていることに、怒りを露わにしていた。
だから──暴れる。
口から炎が撒き散らされる。地面が割れ、風が狂う。
追いつけない速度で、闇色の翼が舞う。
(もっと──速く)
呼吸を切り詰め、私は踏み込む。
剣が閃く。体が浮く。足裏に岩肌の感触。
──それでも、傷は浅い。
それだけじゃない。
(……強い)
漆黒の翼竜が、私より──遥かに強い。
幾ら傷付けても、翼は落ちない。
むしろ、凶暴性を増すばかり。
(焦るな……焦れば、負ける……!)
けれど──体力は、確実に削られていく。
血が滴る。肺が痛む。足が鈍る。
限界が──迫っていた。
いや、限界を、越えていたのかもしれない。
「はぁ……っ、はぁ……!!」
剣先が、震える。
(まだ……戦える。戦わなきゃ──)
そう思った直後。
──膝が、落ちた。
「あ──」
短い声が漏れたきり、動けない。
自分の身体じゃないみたいに、言うことを聞かなかった。
意思なんて関係ない。
戦う覚悟なんて──身体には届かなかった。
動かない。動けない。
血が滲み、視界が揺れる。
(守られるだけの──)
過去に何度も浮かんだ姿が、現実と重なる。
(──そんなの……いやだ)
……けれど。
──漆黒の翼竜は、待ってくれなかった。
目の前が、一瞬──紅く染まった。
漆黒の翼竜の喉奥が膨れ上がる。今までの比にならない程に。
その内部で渦巻く炎が、心臓の鼓動と同期するように、バクバクと脈打つ。
(……いや……)
立てない。剣が拾えない。
腕が震える。足が動かない。
(──終われない。こんなところで)
思いが、身体に届かない。
呼吸が、焼ける。
視界に、翼竜の喉奥が映った。
まるで、終焉がこちらへ向かって歩いてくるみたいに。
『────ガァアアアッッッ!! 』
炎が、空気を裂いた。
(──やだ)
目が白く染まり始める。
全身が灼熱に包まれる。
(まだ──)
立てない。
避けられない。
──無力。
「……いや……っ!!!」
絞り出した声だけが、虚空に震えた。
膝は震え、足は前に出ない。
剣は、指の間から滑り落ちた。
ただ、炎が近づく。
私を、焼き尽くすために。
(……これが、罰?)
あの人たちの忠告を聞かず、独りで突き進んだ結果の──
「────ッ!」
その時。
視界が──揺らいだ。
赤い布。
あの男が、再び、飛び込んできた。
(……え?)
逃げようとした私を、庇うために。
その瞬間。
背を向けた獲物を逃す狩人は──いない。
漆黒の骸が振りかぶり。大鎌の異形が切り裂き。
そして──男の左腕が、宙を舞った。
「──────ッッ!!」
言葉にならない叫びが喉を裂く。
それだけじゃない。
男の右足が、原型を留めないほどに踏み潰された。
血が、爆ぜた。
肉が裂け、骨が露出する。
それでも──なぜか、動きを止めなかった。
「っ……!」
痛みは──感じていないのか。
信じられない速度で、男は──私のもとへ。
血を引きずりながら。
肉を焼かれながら。
そして──
「──────────ッ!!」
音のない叫び。
その影が、私を覆った。
背に業火が迫る。
その瞬間──私は、見た。
──あの背中を。
幼い日の記憶。
守られた背中。
父が、私を護った時と──同じ。
「……あ」
声にならない声。
「いや……やだ……」
かすれた声が漏れた。
まただ。
また、私はこうして守られている。
何もできないまま、ただ後ろに隠れているだけで。
男の喉から──震えた声が、零れる。
「がぁぁぁぁっ…………ぐぅぅっっっ……!!!? 」
それは痛みでも苦しみでもなく──
全てを超えた声音だった。
「……なん、で……」
呟いたその言葉は。
──気づけば、私の声だったのかもしれない。
止めたいのに──声が届かない。
手を伸ばした。
けれど、掴めたのは空だけ。
熱が私にまで届く。けれど、それは私の命を脅かさない。彼の隻腕が音を立てて焼け焦げていく。
砕けた片足が、嫌な臭いを立て、溶けていく。
皮膚が、肉が、骨が、崩れていく。
全身が焼け、剣が握れぬほどに炭化しながら──彼はまだ、立っていた。
狂気とも呼べる執念で、ただ、そこにいた。
『グルルルルゥゥ…………ガアアアァァァァッッッ!! 』
困惑。興味。賞賛。
感情など持たぬ筈の怪物。
その漆黒の翼竜が、それらを内包して再び咆哮する。
まるで、男を本来の
まるで、あの怪物が男を自分と同じ場所にいるのだと、
私には、そう見えた。
漆黒の翼竜が喉奥に赤熱の業火を溜め込み、宙を舞う。
その動きに呼応するように、漆黒の巨骸が地を抉る体勢を取り、死神のような異形が大鎌を振り上げ。
そして、限界を超えてなお背に負う赤布が、次の一撃を迎え撃つために靡いた。
「やめて……! それ以上……誰も……!」
震える声が、階層の底に落ちた。
──でも、彼は。
ただ、前だけを見ていた。
死を覚悟した戦い方。
痛みを捨てた歩み。
魂を削り、己を燃やしてもなお──
英雄のように、立っていて。
「……やだ……そんなの……」
気づけば、私は泣いていた。
熱い涙が頬を伝う。
だって──それは。
私が、ずっと昔──憧れた背中だったから。
だからこそ。
こんな形で、見たくなかった。
「お願い……もう……!」
──けれど。
炎の奔流が迫る直前。
男は、わずかに──笑った気がした。
(──大丈夫)
それは誰の声か。
どこか父にも似ていて。
そんな声が、確かに──聞こえた気がした。
その瞬間。
階層の入り口が──吹き飛んだ。
「──アイズッ!! 」
雷鳴のような声。
爆風が吹き抜ける。
霧が裂け──赤熱の景色に似合わない翠の色が視界に差し込む。
翡翠色の髪──風に揺れる。
杖を掲げ、駆けてくる女。
それは──
リヴェリア。
彼女が、来てくれた。
あんなふうに突き放した私のところへ、それでも。
「……リヴェ……リア……?」
目の奥が熱くなった。
彼女は、私とそして、周囲の光景を見詰めて声を失い驚愕の表情を浮かべた。
けれど、それは一瞬のこと。次の瞬間には、眉を逆立て、そして、戦場の中心へ駆け込んだ。
漆黒の翼竜が、今度こそ全てを焼き尽くすため、喉奥で極大の業火を膨れ上がらせる。
漆黒の巨骸も、大鎌の異形も──新たに現れたリヴェリアを標的と捉え、片や全身から蒼炎を展開し、片や銀色の両翼から漆黒の鱗粉を撒き散らす。
もう防ぐ術はない。
放たれれば、全てが──終わる。
でも、その時──
「──アイズ! 言え、呼ぶんだ!!」
リヴェリアの声が、私を貫いた。
燃え盛る炎よりも、鋭く。
戦場の轟音よりも、確かに。
「『
彼女の叫びが──届いた。
目の前で迫る灼熱。空間を裂く斬撃。死を携えた闇──
──でもその時。
私は叫んでいた。
「【
瞬間。
胸の奥で、何かが弾けた。
熱風も、轟音も追いつけないほど──風が走った。
翠色の風──母が纏っていた風。
優しく、強く。どこまでも清らかに──
『────ッッ…………!!?』
風が奔流となり、迫る業火を切り裂いた。
炎が割れ、翼竜の咆哮が驚愕へと変わる。
大鎌の軌道も、巨骨の影も、地獄の蒼炎も、死の鱗粉も──風壁に弾かれ、押し返される。
「あ……ああぁ……!」
風が、私を抱き寄せた。
それはまるで、愛しい我が子を抱きしめる母親が如く。
──私は、独りじゃなかった。
その風が教えてくれた。
ずっとそばに、あったのだと。
「ああぁ…………!」
涙が止まらず、視界が滲む。
だけど、次の瞬間──
滲んだ涙の奥で、私は見た。
彼が──焼け焦げた身体で。
限界なんてとうに超えて。
命の灯が消えようとしているのに。
それでも──
光の方へ走っていくのを。
「……そんな!? ……やめて!! 行かないで!!」
喉が裂けてもいい。
だけど──届かない。
いや、もしかしたら、届いていたのかもしれない。
けれど、彼は振り返らなかった。
ただ──
「全世界の人々よ!! ご照覧あれ!!!」
そう叫んだ。
まるで後悔など微塵もないと言わんばかりに。
──英雄が。
己の全てを賭して。
未知を切り開くように。
そして──
光が放たれた。
一瞬だけ、世界が白く染まり、光が全てを呑み込んだ。
「──────~~~~っっ!!!」
視界は真白。音は消え、熱も痛みも境界を失う。
世界がひとつ、呼吸を止めたかのように静止する。
その白の中で──ほんの一瞬だけ。
私は、彼の背中を見た気がした。
焼け焦げ、血に濡れ、既に限界を越えているはずなのに。
それでも、最後まで──前を見ていた背中。
私は──
「……あ……」
声にならない声を漏らすしかできなかった。
光が収束し始める。
周囲の音が、ゆっくりと戻ってくる。
けれど。
──そこには、もう何もいなかった。
漆黒の翼竜も。漆黒の巨骸も。大鎌の異形も。
何もかも。
「………………………………」
私の前には。
誰の体温も、残っていなかった。
母の風は、まだ私の肩を包んでいる。
リヴェリアは、必死に私の背を支えてくれている。
だけど──胸の奥に開いた穴は、埋まらなかった。
「あぁ…………!」
膝が落ちた。
嗚咽が喉を突き上げる。
(私が……弱いから)
(私が……守られたからっ)
(あの時、喧嘩なんて、しなければ!)
(あの黒い炎に捕らわれなければっ!)
思いが。後悔が。胸の中で暴れて止まらない。
全部。
全部──私のせいだ。
風が優しく頬を撫でる。
リヴェリアが何かを言おうとして──言葉にならず、ただ強く抱き留めた。
けれど、涙は止まらなかった。
温もりに包まれているのに──
どうして、こんなにも。
心には、穴が空いたままなんだろう。
(……ごめんなさい)
私は──『力』を求めた。
圧倒的な『強さ』を欲した。
けれど、もし。
誰かが私の前で死んでしまうのが『強さ』と言うのなら。
それはもう──
『強さ』なんてものじゃなくて。
ただの……どうしようもない『弱さ』と言うんだろう。
他キャラ視点ってやっぱり欲しいですか?
ずっと掲示板で良いですか?
皆様のご意見ご感想頂けると助かりマッソー!
次は、血濡れのトロールさんが出るとか出ないとか……