ワイヤードアンカーを使い、ビルの間を飛び回る。コントローラーを身にまとっている時は身体能力が上がる。それにより、パルクールじみた動きも可能となっていた。
以前の改修によりヒーローマンも運動性能が向上しており、ビルの屋根から屋根へ飛び移っている。
出久たちは新しいアイテムの試運転もかねてこうしてトレーニングを行っている。人に見られたら通報されかねないが、ここまで何とかやってこれていた。
「スクラッグもあれから音沙汰ないし……僕たちがいる以上、いつ襲われてもおかしくないのに」
気にはなるし、静かなのがかえって不気味だ。
こうしてトレーニングに街中を選んでいるのもパトロールが目的でもある。素直に自分たちに襲い掛かってくればいいが、何も知らない一般人を襲う可能性だってある。最初はいきなり街中で攻撃してきたくらいだ。
時たま事件が発生したのか、騒がしくなることもあったが大体はヒーローが迅速に解決していた。出久も立ち止まってその様子を見ており――スクラッグだった場合は飛び出すつもりで――リュックに入れていたノートに活躍していたヒーローの分析をまとめている。
「ここしばらく、スクラッグのことが気になってヒーローの活躍をちゃんと見てなかったかも……でも」
ヒーローマンという力を手に入れて、こうして戦うようになって見えてきたものがあった。やはり、自分はヒーローになりたいのだと。憧れたオールマイトのような、笑顔で人々を助ける最高のヒーローに。
緑谷出久は人の心を信じてる。どんな人だろうと、その奥底には輝かしいものがあるはずだと。
だからこそそれを守るために、救い出すためにヒーローを目指すのだ。
本当は宇宙人だろうと分かり合いたかった――だが、少ない邂逅でも出久は知ってしまった。彼らに、人の心というものはないのだと。
「そろそろ帰ろうかな」
もうすぐ日も落ちる。空が赤く染まり始め、気温が少し下がってきていた。
路地裏でヒーローマンを元に戻し腰のポーチにしまい、家へと向かう。その道中だった。それなりの大きさの公園で、出久もトレーニングの休憩に利用している場所。そこに植えられている木を見上げている人々がいた。それなりに大きな木で、結構な高さがある。
出久も気になって近づいてみるとどうやら小さな男の子が登って降りれなくなってしまったらしい。
「どうしたものか……」
「手の空いているヒーローいないのかよ」
「この程度のことですぐに来てくれるかわかんないしなぁ……誰か個性使って助けろよ」
「いや、勝手に個性使うわけにいかねぇじゃん」
「オー……八木、今個性は…………」
「すまない塚内君。昨日使い過ぎてね、今日はどうにも調子が悪い」
「ハァ…………いつも無茶ばかりだな」
細身の金髪の男性とコートを着た黒髪の男性がちょっと困った顔をして、どうにかできないか会話しているのが気になったが、他の人々はヒーローか、他に誰か助けが来ないか語るばかりであった。出久も有利な個性の持ち主がいないかと思ったが――上にいる男の子の泣きそうな顔を見て、飛び出す。
「あっ――少年!?」
「き、君、何を!?」
「わらわらと下で見上げられても怖がらせるだけです! 早く助けてあげないと!」
そう言って、出久は木を駆け上る。まだ短い間しか体を鍛えていなかったが――そのわずかでも、着実に効果は表れていた。強化された身体能力の感覚が身についていたこともあり、パルクール特訓もあってすいすいと登っていく。
「なんだ? 身軽になる個性か?」
「握力強化とか、脚力強化とかそのへんか?」
彼らはまさか出久が無個性なんて思いもしないだろう。
ほどなくして、出久は男の子が掴まっている枝にたどり着いた。
「――ふぅ、なんとか登れた」
「ま、ママぁ……」
「とりあえず、落ち着かせないと……大丈夫、僕が来たから」
そう言って、ぎこちないながらも出久はニコリと笑った。
男の子も最初は戸惑っていたが、出久の様子をみて少し落ち着きを取り戻したようだ。
「とりあえず、ここから降りなくちゃね。大丈夫? 僕に掴まれる?」
「も、もう手に力が入らなくて……」
「そっか……じゃあ、お兄ちゃんがしっかり掴むから、できるだけ体をくっつけてくれるかな」
「う、うん」
男の子を左腕に抱きしめて、出久は下を見る。今は身体能力は強化されていない。だが、ここまでの特訓で足を滑らせて落下したことが何度かあった。その経験が告げている。このくらいの高さなら、降りられる。
「よし――じゃあ、行くよ!」
「え、ええ!?」
ヒョイと飛び出して、下に降りる。周囲の人々は小さな悲鳴を上げるが――足と右腕を使って木の幹に何度かひっかけて、減速して無事に地面に降り立った。
「う、うおお!?」
「すげ……忍者かよ」
時間にすればあっという間の出来事だっただろう。怪我もなく、出久は男の子を救出し終えた。ほどなくして女性の声が上がり、男の子に近づいてきた。
「ママー!」
「ああ、良かった。本当に良かった!」
男の子の母親らしく、すぐに男の子を抱きとめて涙を流す。
やがて落ち着いたのか、母親は出久に頭を下げて何度もお礼を言った。人からお礼を言われた経験もあまりない出久はぎこちなさそうに笑い、動きが固まってしまう。
その様子に人々も苦笑いして、さっきはかっこよかったのになとつぶやいた。
特に大きな問題にもならず、人々は去っていった。母子は最後まで出久にお礼を言って、ゆっくりと公園を去っていった。あとに残されたのは、出久と――その様子を見守っていた、出久が気になった男性二人組だ。
「鮮やかな救出劇だったが、あまり無茶なことをしない方がいいと咎めるべきなんだろうね。私の職種上は」
「えっと……」
「ああ、すまない。私は塚内。警部だ」
そう言って、彼――塚内直正は警察手帳を取り出した。
「け、警部さん!?」
「個性の不正使用は原則禁止だよ、君――まあ、でないとすぐにあの子は助けられなかったか」
「あ、それなら大丈夫です。僕、無個性なんで」
「――え」
こともなげにそう言う出久に、塚内は開いた口がふさがらなかった。
無個性の少年が、あの状況で鮮やかな救出劇をしてみせたのだ。無理もないだろう。
「それは本当かい、少年!?」
「は、はい……」
金髪の男性が出久に迫る。何か思うところがあったのか、男は出久のそのまなざしをじっと見つめて来ていた。
「ヒーローか、それこそ何とかできる個性の持ち主を待とうとは思わなかったかい?」
「たしかに、それも考えましたけど……でも、あの子は助けを求めている顔をしていました。そうしたら、考えるよりも先に体が動いていたんです…………でも、あの子が無事でよかった」
そう言って、出久は笑った。
その様子を見て金髪の男は、その笑顔にどこか既視感を感じる――自分がよく知っている、笑顔と同じものを。
「……ま、まあ無茶はほどほどにね」
「はい」
「そういえば君、ヤングエイジのオールマイトパーカー着ているけど、彼のファンなの?」
「はい!」
食い気味で即答する出久。ブツブツと彼について語りだし、二人はこういうタイプだったかぁと呆然とした。
「――あ、すみません……好きなこととかになると止まらなくなっちゃって」
「あ、あはは」
「まあ、実際そういう人は多いからね」
「そうだね――これも何かの縁かな」
そう言って、金髪の男性は名刺を取り出し、出久に手渡した。
「名刺…………『
「ああうん。主にプライベート関連のことを担当している、閑職だけどね。こっちの塚内君とはその縁で知り合った友人で、たまに捜査依頼をしているのさ。いくらオールマイトでも、一人で何でもできるわけじゃないからね。まあ、裏方のサポートというやつさ」
「そんなすごい人だっただなんて――あ、僕何か失礼を!?」
「いやいや、ただ私が君にそれを渡しておけば、後々いいことがあるんじゃないかと思っただけさ。これでも私の勘はよく当たるんだぜ。そういえば、君の名前を聞いていなかったな」
「あ、すみません――僕、緑谷出久って言います。この近くの中学に通っています」
「まだ中学生だったか……将来は警察に興味ないかな。あの身のこなし、十分通用すると思う」
そう言って、塚内は出久を警察に誘うが、出久は首を振った。
「そう言っていただけて、ありがたいですけど――僕、ヒーローを目指しているんです」
「それは……」
「わかっています。無個性には難しいことだって。前例だってないし――でも、僕はオールマイトみたいな、みんなを笑顔で助ける、そんなヒーローを目指しているんです」
そこにあったのは、確かな決意だった。
少し前の出久ならそう言えなかっただろう――だが、ここまでの戦いが、彼にその決意を固めさせた。今、ある意味地球を守るための最前線にいるという事実が、出久の精神を加速度的に成長させている。
「警察や、オールマイトの事務所の人にとったら、無個性の人間が何を言っているんだって話かもしれませんけど――それでも、僕はあきらめないって決めたんです」
そう言って、出久は頭を下げて走り去っていった。流石に時間も時間であったし、母親を心配させるわけにもいかなかった。あとに残ったのは、少年の背中を見送った二人のみ。
「八木――いや、オールマイト。見た目や雰囲気は似ていないが――あの目、まるで君みたいだったぞ」
「ああ……私も、なんでかな。お師匠の笑顔を思い出したよ」
そこにあったのは、確かな光だ。
「もしかしたら、彼なら本当にヒーローになれるかもな」
「……」
「ヒーローがそんな甘い職業でないことも知っているさ……それとも、
「ああ……私は、今の彼に――緑谷少年に、その可能性を感じたよ。もっとも、さすがにまだ子供の体に受け止められるものではないし、すぐにというわけじゃないさ。もしも――そうだな、数年後に彼がしかるべき場所に現れたのなら、そうするかもな」
「そうだな……彼が本気なら、いつか再びその名前を聞くこともあるだろう」
「ああ……それに、先の話をするなら、まずは今を解決しなくては」
「――例の宇宙人、謎の発光物体の反応。やはりこの町近くが一番可能性が高い」
「戦いは近そうだ……」
「そんな時期なのに、君はまた無茶をして活動時間がないわけだが」
「うっ……それを言われると、困る」
そう言って、落ち込むオールマイト。その様子に塚内も苦笑いし、ともかく調査を続けようとビル街のほうへ向かうのだった。
はい、というわけで八木俊典と塚内直正のエントリーです。
出久とはお互いに正体を知らぬまま本名で知り合いました。