最初に動き出したのは海雲だった。
動きは到底喧嘩慣れもしていない素人のものだ。だが、一つ一つの動作の力強さが違う。体から紫電がほとばしり、すさまじいエネルギーが駆け巡っている。
彼の手にした異能は『超化』その精神力が続く限り、肉体を強化する力。皮膚は弾丸をはじき、筋肉は膨大な力を生み出し、骨はその力に耐える。彼のあこがれたオールマイトのように、究極の脳筋を実現するシンプルかつ絶大な力だ。
対して出久の手にした異能、ヒーローマンは彼があこがれたヒーローの姿をおもちゃを依り代として具現化した力だ。その性質は少し特殊なところがあり、それがこの戦いの勝敗を分ける。
「DETROIT SMASH!」
海雲の拳が迫る。オールマイトのそれを模したその拳はまずヒーローマンを狙っており、そこに出久が割り込んでバリアを展開した。
ぶつかり合った衝撃で、周囲に土煙が立ち上る。その土煙を切り裂くようにヒーローマンが迫り、海雲めがけて拳が振り下ろされるが――その拳を受けても海雲は平然としていた。
「――なっ!?」
「まあまあ痛いけど、こんなものかよヒーロー!」
今度は回し蹴り。だが先ほどとは違い、海雲の体からには赤い雷光が迸っている。バリアで防いでいたのにもかかわらず、出久は吹き飛ばされる。
ヒーローマンもその腕をつかまれ、振り回され投げ飛ばされた。
海雲はすかさず出久に向かって跳びあがり、かかと落としを繰り出してくる。一つ一つの動作もだんだんと早くなっている。出久は防御ではなく回避を選んだ。まだ、出久のほうが速く動けていたが、すぐに追いつかれるかもしれない。
(たぶん、この人の能力は全体的な身体能力の強化。体から電気が見えるようになってからパワーアップしている。段階的に強化される? 強化率は? 限界値もわからないけど、見た感じまだ余力はありそうだ……今の時点でヒーローマンを投げ飛ばせるほどのパワーもある、近くには金属物もないから磁力による引き寄せで不意はつけない。倒すんじゃなくて、落ち着かせて話を――いや、それはできなさそうだ。ここで倒さないと、他にも犠牲者が出るかもしれない。今、僕がこの人に勝っている点は数の有利。ヒーローマンとの連携で、上回るしかない)
これまでの戦いは、ヴィラン側にあまり防御力がなかった、あるいは相性が良かったことですぐに決着がついていた。最初のヴィランは全身に鎧をまとっていたことで磁力による引き寄せが通用した。二人目は攻撃力こそあったが、打たれ強さはあまりなくヒーローマンの一撃で沈んだ。三人目も能力自体の厄介さはあれどヒーローマンには一切通用しなかったためほぼ完封であっさり勝てた。どのヴィランも戦闘時間自体は極めて短いのである。
ゆえに現在の出久には実力が拮抗、あるいは上回る相手のとの戦闘経験がなかった。当然だ。ついこの前まで普通の中学生だった出久、しかも今までまともに喧嘩もしたことのなかった彼にとって戦闘勘というものが足りていないのだ。戦い始めてからまだ一月も経っていない。無個性ゆえに半ばヒーローの道をあきらめかけていたこともあり、体も鍛えているわけではない。
もし、あと数年ヒーローやヴィランの戦いの分析を続けていれば、知識の面でカバーできたかもしれないが、半年前まで小学生だった今の彼には不足していた。
とはいえ、彼には観察眼と思考能力がある。ヒーローマンという戦闘に秀でた相棒もいる。そこらのヴィラン程度ならあしらえるし、戦闘の才能がないわけではない。それでも――赤谷海雲はシンプルに相性が悪かった。
単純なパワーでは上回る。ヒーローマンの攻撃が通用しない防御力。出久の強化されたスピードには追い付いていないが、出久自身に攻撃力が無ければ反撃に転じられない。
とにかくチャンスを見つけ出すしかない。そう思い、いったん距離を取ろうとした。だが、その隙を海雲は逃さない。
「CAROLINA SMASH!」
体をバネのように縮め、出久に向かってとびかかる。両腕をXの形で組んで突進し、クロスチョップを放つオールマイトの必殺技だ。
オールマイトの必殺技というのはその実、超越した身体能力から放たれる拳や、蹴りなど――とどのつまり、究極の脳筋を体現した技なのだ。ゆえに、スペックダウンこそするが海雲の得た能力とは相性がよく、再現が可能なのである。
よけきれないと察した出久。意識をバリアに集中し、攻撃を受け止める
「ぐ、うううううッ」
「あはははは、なれる。僕はなれるんだ。この力があれば、オールマイトみたいなヒーローになれるんだ!」
その笑いが、出久の心に陰りを生む。同じ無個性の少年。同じようにあの雷がきっかけで力を得て、その力を行使する。ある意味で、この少年は自分と同じなのだ。そのことが、出久に迷いを生ませた。
迷いながらも状況は動く。彼の後ろからヒーローマンが殴りにかかる。されど、先ほどの焼き直しだ。バリアごと出久を押し出し、ヒーローマンにあっさりと対処する。堅牢なヒーローマンにダメージまでは与えていないが、それでも出久たちは海雲に力が及んでいない。
「この力があれば、僕はヒーローになれる! TEXAS SMASH!」
拳と共に風圧が放たれる。ヒーローマンと共に地面を転がっていく。出久はともかく、ヒーローマンの巨体を吹き飛ばすほどの風圧。その事実に冷汗が垂れた。
(徐々にだけどパワーが上がっている――ヒーローになりたい。でも自分勝手に力を使って――力を使いこなしてきている? だとするなら――それは、ヴィランと変わらないんじゃ――時間をかけていたら、危ない)
「そろそろ終わらせる!」
「この――」
海雲が拳を構えて突撃してきた。防御に転じる? ヒーローマンが殴り掛かる。ダメだ。防御も攻撃も通用していない。頭の中が真っ白になりかけた。その時、出久の中でひとつのひらめきが生まれた。
失敗したら危険なんてレベルじゃない。あの拳で自分は命を落とすだろう。だが、今彼を止めるにはこれしか思いつかなかった。
出久は海雲に向かい飛び出していく。今度は、バリアを張らなかった。
「な、自分から!?」
「ここ、だぁ!」
スライディングして海雲の懐へと飛び込んだ。彼が拳を振りぬき、風圧があたりにまき散らされる。必死に踏ん張って、海雲の胸に左腕を突き出す。起死回生の一手。相手の動きを止める妙案。そのチャンスを出久はつかんだのだ。
海雲は拳を振りぬき、隙をさらしている。出久はスライディングの体勢で地面に横になっている。とっさに海雲は足を振り上げ、出久を踏みつぶそうとした。だが、それよりも出久のほうが速かった。至近距離からのバリア展開。それにより、海雲の体は上へと押し出された。
「ガッ――!?」
「今だああ! HEROMAN-ATTACK!」
すかさずコマンドを入れる。ヒーローマンがとびかかり、空中で海雲に殴りかかった。今、足場もなく海雲は身動きが取れない状態。これならば――だが、予想外の事態が起こった。
「く、来るなぁああああ!」
もがく海雲。自分でも制御できていなかったのか、手足をバタバタとさせてその強力な身体能力が発揮される。風圧が、あたりにまき散らされた。ヒーローマンの拳は確かに届いた。だが、その風圧でヒーローマンは地面に叩きつけられ、運悪く出久にも風圧の拳が叩き込まれる。
「――あがっ」
そして海雲自身もそのコントロールできなかった風圧に押し出され、あらぬ方向へ飛んで行ってしまう。
追わなければ。出久はそう思うが、意識が遠のく。どうやら先ほどの一撃で脳震盪を起こしたようで、目の前が暗くなっていった。
「くそっ……せめて、ヒーローに、連絡を――」
そして、ばたりと倒れてしまう。何か、人が駆け寄ってくるような足音を聞きながら。
◇◇◇
コポコポと音が鳴っている。
どこか聞き覚えのある音。理科の実験などでビーカーでお湯を沸かしたときにこんな音が鳴っていたような気がする。そう思い、出久は瞼を開いた。
「……?」
意識がまだはっきりとはしていないが、あたりを見回すと見覚えのない部屋にいた。
音の正体はやはりビーカーだった。アルコールランプで温められたそれが音を鳴らしている。
部屋は少し散らかっており、見たこともない道具が多く並んでいる。大型の実験機械らしきものも確認できた。見たことはないはずだが――いや、一部の道具は見たことがあった。それどころか触ったこともある。
「鉄毛先生の、実験道具?」
「ピンポーン! 大正解さ!」
「…………先生?」
視線を声がした方へ向けると、金属質の毛髪にライトが反射して光った。
人の好さそうな笑顔に、少しくたびれた白衣。見慣れた理科教師、鉄毛デントがそこにいた。
「――――そうだ、あいつは!?」
「君と、いや君たちと戦っていた少年はあのままどこかに飛んで行ってしまったよ。まあ、ヒーローに通報はしておいたから時期に捕まるだろうけどね。それよりほら、ココアだ。飲みなさい。気分が落ち着くよ」
「ありがとう、ございま……って先生!? なんで!?」
「ハハハ! 今更かい? ちょっと反応鈍いね緑谷君!」
快活に笑い、デントは椅子に座る。出久の脳内はパニックになっていた。海雲と戦っていて、気が付いたら彼の家らしき場所にいるのだから当然ではあるが。
「まあ、分かると思うけどここは私の家さ。あの場所で君たちが戦ったあと、倒れた君を回収してここまで運んだのさ。まったく、君はヒーロー向きの性格だと思っていたけど、あそこまで無茶苦茶するタイプだったとはびっくりだよ」
「あの、どこまで見ていて……」
「まあ大体はね。あの時走り出した君を放っておけなくて、追いかけてみたら君がヒーローのおもちゃをおっきくして、あの彼と戦いだすんだものびっくりだよ。たしか君は無個性だったはずだけど……」
「…………無個性、ですよ。僕も……戦っていた彼も」
「だが、とても無個性だとは思えない……君と一緒にいたこれは、どうもロボットに見えるが戦っていた彼のほうは明らかに無個性のそれではなかった」
そう言ってデントは元の姿に戻っている出久にヒーローマンを手渡す。
どうやら出久が気絶したことで元の姿に戻ってしまったらしい。
「そういえば最近、個性とは異なる力を手に入れたヴィランが現れた、なんて噂があったが……まさか本当だとは」
「ここ最近変な雷が続いているじゃないですか……僕も彼も、あれに当たってからいろいろできるようになったというか、なんというか」
「あの雷にそんなパワーが!? 本当かね!」
がしっとデントは出久の肩をつかんだ。あまりの剣幕に、出久はあっけにとられる。
「せ、先生?」
「アメイジングだよ! いやぁ! それが本当なら実に研究しがいのある――実はあの雷には私も前々から目をつけていてね! どうやら地球を取り囲む地場が宇宙から何らかの影響をうけているんじゃないかって仮説を立てていてね、見てごらん――PCを取り出す――各地のオーロラの発生についての情報をまとめているんだが、ここ最近異常な動きを見せていてね。各地の天文台も星の光が奇妙な点滅をしていたという発表をしているんだ。これはもう、宇宙で何かが起きているということに違いないよ!」
「先生、落ち着いてください!」
「おっとごめんごめん。好きなことになるとつい止まらなくなってね。でも君もわかるだろ? ヒーローオタク君」
「あ、あはは」
毒気を抜かれ、出久は苦笑いをする。
その様子を見てデントはにっこりと笑った。
「さて、いろいろと話したいことはあるけど、しばらく休んでいなさい。お家へは出久君が転んだので手当しているから少し遅くなると伝えてある。それに、どうせそこの彼のことは話していないんだろう?」
「それは、その……」
「安心しなさい。君が秘密にしていることを、むやみに話す先生じゃないさ」
そういって、デントはウィンクをする。
しばらくの沈黙のあと、出久は口を開いた。
「先生、その……少し相談いいでしょうか」
「なんだい?」
「…………彼も僕も、無個性だったんです。でもある日突然力を手に入れて………………僕も何度かヴィランと戦ってしまいました。彼は、今ニュースになっている通り、同級生を殴り殺したって……やったことは違うけど、それでも、自分も力を手に入れて自分勝手に力を振りかざして、やっていることはヴィランと同じではないかと思ったんです」
赤谷海雲の笑い声が頭を離れない。
結局のところ、力を振りかざしたのには変わりない。同じ無個性だった少年だからこそ、出久は彼はもしかしたらの自分ではないかと思ってしまったのだ。
「……なら君は、爆豪君にその力を使うかい?」
「かっちゃんに? え、なんでですか?」
出久は何故そんなことを聞くのかと、心底不思議そうに聞き返した。
「なら君は、その彼とは違うんじゃないかな。別に、私怨のために力をふるおうとしていない。そもそもそういう発想が出ないところが君らしいというか……確かに君はヒーロー免許もない一般人だ。そういう自分の判断で力をふるってしまった側面があるのだろう。でも君は無個性だ。なら、法の上で君はまだヴィランではないし、たとえ屁理屈だとしても、君は今まで私利私欲で力を使ったのかい?」
「……私利私欲というか、ただ勝手に動いていたんです。困っている人がいて、助けなきゃって思って――それで、僕は、僕たちは戦ったんです」
「そう、そこさ! 君は学校でも困っている私を見かけて、声をかけてくれたね……みんなは変わり者の私を見て見ぬふりするけど、君は、君だけは手を差し伸べた。誰にだってできることじゃない。まるでヒーローだったよ」
「先生……」
「まあ、確かにヴィジランテ活動しているのは褒められたことじゃないんだろうけどね。危ないし、教師としては止めるべきだ――でも、噂になっているよ。白い大きなヴィジランテが、ヴィランを倒して助けてくれたんだって。警官殺害事件や、この前の放火騒ぎ。それにヒーローにもけが人が出たって騒ぎもあったろ。あの転倒騒ぎ。君たちに感謝している人もいるんだ――だから、君はとっくにヒーローとしての一歩を踏み出し始めているんだ。その力をどう使えばいいのかは、君ならわかっていると、私は思うよ」
出久は目を伏せる。そうしないと涙が出そうだった。今まで、自分はヒーローになれないと思っていた。誰からも否定されてきた。だけど、初めて肯定されたのだ。
「ちょっとしんみりした話になっちゃったね。さて、気分転換にテレビでも見ようか――」
そう言って、デントはテレビをつけた。バラエティ番組が流れたが――直後、ニュースに切り替わった。
『緊急のニュースをお伝えします。先日起きた、中学生殴殺事件ですが、続報が入りました』
まだ、戦いは終わっていない。出久も、先生が通報したのなら、後はヒーローの出番だと思っていたのだ。だが、先ほど先生が言っていたではないか。
『犯人の中学生――無個性の少年ですが、警察の包囲を突破し、いまだ逃走中。情報がまた入り次第、続報をお伝えします』
現場が映されているが、その場にいるヒーローが苦い顔をしているのが見える。犯人を追う様子は、ない。
無個性がゆえに、個性犯罪を起こしたわけではない――つまり、彼もまた、ヴィランにはならないのだ。
ヴィランではないがゆえに、ヒーローは戦えない。
なおこれを書いている人はワイルズでひたすら護石周回しています。