緑谷出久と赤谷海雲が戦っていた、まさにその時であった。
地球に降り注ぐ、謎の落雷。地球の磁気圏に影響を与えていた何か。その何かが、今まさに磁気圏を突破し、地球に迫っていた。
あらゆるレーダーをかいくぐり、秘密裏にそれらは地球に降り立った。各地を飛び回り、情報を取得していく。生き物、文化、文明レベル、言語、エトセトラ。
その中で生物のサンプルを手に入れるため、無作為にあらゆる動植物を集めていき――その中で、強いエネルギー反応を見せていたものも回収していた。
それは、赤谷海雲を連行していた護送車であった。
◇◇◇
落雷騒ぎもおさまり、いつも通りの日常に戻る。
時折事件は起こるが、ヒーローたちが精力的に活動している。奇妙な事件は起こっておらず、出久がわざわざヴィジランテ活動するまでもなかった。
時間にも余裕ができて、最近は出久も体を鍛えるようにしていた。特に、足腰は重要だとデントにアドバイスをもらったことで、走り込みを中心とした肉体改造を行っている。体力は重要だし、コントローラーを左腕に纏っているときは身体能力が強化されるとはいえ、あくまで強化なのだ。ベースが強くなれば、できることが増える。
「一学期の期末テストも終わったし、何か格闘技……プロヒーローで参考になりそうな人とか調べて、トレーニングに取り入れられないかな」
自室で動画サイトを見て回る。ヒーローの活躍まとめ、プロヒーローによる複数の四肢を用いた格闘術――いや、これは自分には参考にできない。面白そうだから後で見るが。
ジェントルの紅茶解説動画――迷惑系動画のヴィランじゃなかったかこの人? まだ捕まっていなかったのか……だが、今回の動画は普通だ。いや、これも気になると言えば気になるがこれじゃない。関連動画にはヴィラン捕まえてみた、などというものもあり、ヴィジランテっぽいこともしているらしい。
ガンヘッドの活躍シーンの切り抜きを見つけた。これは参考になりそうだ。お気に入りに登録し、後で見返してみよう。そして、関連動画に今探しているのにぴったりの動画があった。
「……ラビットヒーロー“ミルコ”の動画か」
今、女性ヒーローの中で最も勢いのあるヒーローだ。個性は兎。異形型の個性で、その名の通り兎を人間の形にしたような高い身体能力を発揮する個性だ。兎らしく、足技を主体とした格闘術を得意としている。
「足技メインなら、参考になるかも……」
ベースとなっているのはその個性による脚力。だが、基本的な人間の身体構造から逸脱しているわけではない。男性と女性という違いもあるし、そのまま参考にできるわけではないが立ち回り方など取り入れられそうな点はいっぱいある。
とはいえ、体づくりから始めるしかない。手に持ったヒーローマンを見る。ただの無個性だったハズの自分が、なんの因果か力を手にしてしまった。ここまで成り行きで戦ってきたが……自分はヒーロー免許も持たない中学生であることには変わりない。
ネットニュースであの落雷騒ぎのことを調べた。あの落雷がきっかけで個性とは異なる力に目覚めるケースはいくつか確認されていたそうだが、その落雷自体がおさまり、様々な憶測がされている。どこかの研究者の実験や、宇宙人の仕業なんて突拍子もないもの、どこかのだれかが個性を使った影響などなど。そのどれもが根拠のない憶測で、真相は不明のままだ。個性ではないから法には触れていなかったが、手に入れた力で暴れ回った人が現れたケースがいくつかあったのが原因だろう。大体の国で今後は個性犯罪に準じる対応が行われることとなる。
「……さすがに、これ以上勝手なことするわけにはいかないよね」
ふと時計を見る。そういえば今日は約束があったなと、思い出す。
「って、時間時間! もう行かなくちゃ!」
先日、ヒーローマンのことを鉄毛デント先生に知られた。そのこともあり、彼を改めてみせてほしいと頼まれていたのだ。
場所は以前行った廃工場。出久は急いで準備を済ませ、家を飛び出す。前に着たのと同じヤングエイジ時代のものを模したオールマイトパーカー。それに加えて、足技を使うと決めて購入したスニーカータイプの安全靴だ。
流石に自分から事件に突っ込んでいくつもりはないが、装備だけは整えることを心がけるようになっていた。ヒーローオタクの出久としてはお小遣いはオールマイトグッズなどに使いたいところではあるのだが、ヒーローマンと出会い、戦う力を得たことでひとつの意識改革があった。ヒーローになることをあきらめない。そのために、できることをするのだと。
◇◇◇
「HEROMAN-ENGAGE!」
何も起こらない。
それもそうである。今のは出久ではなく、デントがコントローラーを借りてヒーローマンの起動を試してみたからだ。
「…………」
「えっと、先生?」
「――もっと大声じゃないとだめ、とかだろうか」
「そんなことないと思います……」
「ハハハ、冗談。冗談だよ……さて、改めて緑谷君に起動してもらうとして、このヘルメットとリストバンドをして起動してもらえるかな」
「なんですか、これ?」
「心電図に使う電極みたいなものさ。エネルギー系の個性を調べるときなどに使うものでね、同時に脳波を計測しながら体の中のエネルギーの動きを調べることができる」
「な、なるほど」
そういうわけで、今度は出久が機器を取り付けてからヒーローマンを起動した。
「HEROMAN-ENGAGE!」
今度は正しく起動され、おもちゃの姿から巨大化していき、白き巨人――ヒーローマンが立ち上がった。
「おお! 改めてみると、すごいな! 圧縮素材に使われるコンデニウムのように大きさが瞬時に変化する。しかし、元がおもちゃだから基本素材はプラスチックやダイキャストのはずだ。にもかかわらず、ここまでの大きな変化をするなんて――触った感じ、元の材質から変質しているね。いや、これはコンデニウムにもない特性だ。いったい何がどうなっているのやら――」
ヒーローマンを触りながら、その興奮を抑えきれないデント。ノートPCの画面にも目を通し、出久の体の中のエネルギーの流れも確認すると、驚嘆の声を上げた。
「なるほど――ヒーローマンの起動中、君の中ですさまじいエネルギーの流れが生まれている! そのエネルギーが君の体を強化しているのだろう。そして、特に左腕への流れが強い!」
「左腕――やっぱり、このコントローラーに?」
「だろうね。そのコントローラーを通し、ヒーローマンへエネルギーが流れているのだろう。とはいえ、エネルギーの総量的にはヒーローマン自身にもエネルギーが蓄えられているようだ」
「じゃあ、使うほど減るってことですか?」
もしそうなら、何らかの方法で補給しなければいけないのでは? そう思ったが、画面を見ていたデントはそれを否定する。
「起動ごとに供給はされているようだし、それは大丈夫だろう。大本のエネルギーの正体までは分からないが、左腕にエネルギーが集まった瞬間別のエネルギーに変換されているようだからね」
「別のエネルギー?」
「電気だよ」
「え、電気?」
正体不明から、一気に身近なエネルギーになった。出久は思わず拍子抜けしたが、デントは朗らかに笑う。
「この前の戦いで、ヒーローマンがエネルギーを放出したって言っていただろう? あれも目に見えるまでに放出された電気のはずだ。おそらく、元が電気で動くおもちゃであったこと、そして正体不明ながら、誕生のきっかけが雷――電気であったのが原因だ」
「なるほど……でも、電気を使うってことは逆にヒーローマンが電気を吸収してその場でエネルギー回復もできるんじゃないか? 今までは長時間戦闘していなかったけど、例えば災害現場とかで救助活動するときとかとにかくパワーを必要とする現場なら消耗がどれほどになるかわからない。僕のほうからのエネルギー供給できない事態も考えられる。その際に代替の補給手段があればそれだけ動けるし、とれる手段も大きくなる。いや、そもそも電気を放出できるならそれこそ発電機代わりになることだってできるはずだ――」
「ハハハ、緑谷君も話すと長くなるタイプだね! あともう一つ面白いことが分かったよ」
「――あ、すみません。僕もこういうことになると止まらなくなっちゃって……って面白いこと?」
「ああ。ヒーローマンの起動中、君の脳波も変化がみられる。反応が激しくなる方向にね」
「激しく、ですか? でも別に今は戦闘中でもないのに」
「動かしているだけでも、脳みそを使っているってことさ。もしかしたら、それこそこの前までの雷騒ぎで発生した新たな特異能力――超能力の謎に迫るものかもしれない」
「そういえば、いつの間にか超能力って呼ばれるようになっていますね」
「まあ、呼び名がないのは不便だしね。個性とは異なる力。昔、空想された異能にちなんでそう呼ばれだしたのがいつの間にか定着しつつあるみたいだ」
個性とは異なる力。いまだその正体は分からないが、出久は思う。僕は、この力を誰かのために使いたいと。そんなヒーローになりたいのだと。きっとこれは、そのための力なのだから。
「さてと、もういい時間だしそろそろご飯を食べに行こうか。ラーメンおごるよ」
「え、悪いですよ先生」
「いいってことさ。私も興味深いものを見せてもらって創作意欲もわいてきてね。以前作っていた発明品もいいアイデアが降りてきて、完成させられそうなんだ」
「発明品?」
「ああ。前に言っただろう。サポートアイテム関連の勉強もしていたって。当時作っていた発明品があるのだが、未完成のまま眠らせていてね……だが、君とヒーローマンを見て解決策を思いついたのさ! いやぁ、この年になって新しいひらめきが得られるってのもわくわくするものだね!」
「へぇ……あの、完成したら見せてもらってもいいですか?」
「もちろんさ! というか、君に見せる前提だったんだけどね」
「え? それは、うれしいですけど、なんで僕に……」
「まあ、できてからのお楽しみさ!」
そう言って、デントはにっこりと笑う。
ある日の昼下がり、日常は過ぎて行った。
――ただ静かに、事態は進行していた。
独自設定マシマシでいきます。