歩くケータイとウマ娘   作:すごむカフェイン

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ケータイ、転移する

夜。

人気のない路地を、黒い影が歩いていた。

 

カシャン……カシャン……。

規則正しい金属音が静寂を刻む。

 

月光に照らされたのは、黒い二つ折りの携帯電話。

だが、その本体から伸びるのは金属の四肢――まるで人間のように歩行していた。

 

液晶画面には、六角形と三角形を組み合わせたようなツリ目。

冷たい無機質さの中に、かすかな知性が宿っていた。

 

『……ここは……どこだ』

 

電子的な男性の声が夜に滲む。

黒いケータイ――フォンブレイバー・ゼロワンは疑問を素直に言葉にした。

 

視界が開け、自分がどこかの路地裏にいることを理解させた。

 

ジーンを退けたあの後、自身のボディが限界を迎えて機能を停止したはず。

誰かが自分を見つけて修理したのか?

それだとしたら何故、こんな場所に放置されている?

 

色々な疑問がゼロワンに浮かぶ。

 

『……まずは状況を把握する』

 

ゼロワンは冷静に結論づけ、周囲のリサーチを開始した。

ネットワークへのアクセス――それはフォンブレイバーにとって呼吸のような行為。

 

だが、ある違和感に気づいた。

 

『……おかしい、エライザに繋がらないだと?』

 

フォンブレイバーは必ずアンカーという対サイバー犯罪組織が持つ《エライザ》というサーバーを経由する。

だが、応答はなし。

 

(アンカーが消えた? いや……そんなはずはない)

 

再度アクセスを試みるも膨大なデータが飛び交っており、暗号化の仕組みも自分の知るものと根本から違う。

 

『ジーンに関する情報が一つもない?』

 

あれだけの大規模なサイバーテロ、記録の一つや二つはあるはず。

一体どういうことなのか……必要な情報を収集しようにも膨大な情報が入り、ゼロワンのシステムにエラーを誘発させる。

 

(これ以上の深入りは危険だ)

 

ゼロワンは自分の情報を秘匿しなくてはならないと判断して、ネットワークを遮断した。

そして改めて、自分の置かれた状況について考える。

 

何故自分はここにいるのか、このボディは誰が修復したのか……疑問は尽きない。

 

(だが、一つだけ確かなことがある)

 

まるで最初からアンカーもエライザも『存在していない』かのように手応えを全く感じなかった。

そして‥‥‥‥。

 

『この世界には動物の馬がいない代わりに『ウマ娘』という生命体が存在している、まさか……』

 

ゼロワンの演算回路がひとつの結論を導き出す。

 

ここはアンカーもエライザも『存在しない』別世界。

 

『――網島ケイタ』

 

自分を理解してくれた存在もいない、それが彼の心を鈍く締めつける。

 

『……少しこの辺りを調べる必要があるな』

 

そう呟いたゼロワンは『ウマ娘』についての情報を集めることに決め、歩き始めた。

 

『るるる……るるる……るるる……』

 

やがてその姿は、夜闇のしじまに溶けていった。

 

 

翌日の昼。

トレセン学園のカフェテリアは、レース談義と笑い声でごった返していた。

 

「グラスさん、次の出走は?」

 

「ええ、スペちゃんと同じレースですよ」

 

和やかな会話を切り裂くように、唐突な声が響いた。

 

「なあお前ら! 最近の噂、知ってっか?」

 

ゴールドシップがテーブルに身を乗り出し、ニヤニヤ顔で告げる。

 

「噂ァ?」

 

エアシャカールが愛用のノートPC〈Parcae〉から顔を上げる。

 

「歩くケータイがいるって話だよ!」

 

「……は?」

 

「ほんとだって! 二つ折りの黒いケータイがトコトコ歩いてたってよ!」

 

「ウマチューブでバズってる例のアレのことだろゴルシ?」

 

「そうそうナカヤマの言う通り!」

 

ナカヤマフェスタとゴルシが頷き合う。

 

「わ、私もウララさんと寮へ帰る途中で見かけたわ……」

 

キングヘイローがおずおずと口を開いた。

その隣でタマモクロスが会話に加わる。

 

「うちとオグリも商店街で見たで、あれはホンマにケータイやった!」

 

タマモクロスが会話に加わる。

彼女は最初、その話を半信半疑で聞いていたが……昨日の夕方に遭遇したという。

ちなみに、その時オグリキャップも共にいた。

 

「タマ、携帯電話って歩くのだな」

 

「いや、そんなんあるかい」

 

タマモクロスがツッコミをいれた。

あれこれ飛び交う証言に、周囲の生徒達も「えー」「こわーい」と盛り上がる。

 

「ふん」

 

シャカールは冷めた声で切り捨て、キーボードを叩いた。

 

「ケータイが歩く? ロジカルじゃねぇ。加工映像か見間違いか……せいぜいその程度だ」

 

「もーっ、本当は気になってるくせに!」

 

隣に座っているファインモーションが頬を膨らませて言う。

 

「だーっ!!鬱陶しいからベタベタすんなっ!」

 

シャカールはファインの腕を優しく払いのける。

そんなやりとりをシャカールの隣で見ていたゴルシは不敵に笑う。

 

「へっ、そんなこと言って実は興味あるんだろ?」

 

「うっせェ……」

 

 

その日の夕方。

トレーニングを終え、シャカールは校庭を抜けて寮へ向かっていた。

 

「歩くケータイ、ねぇ……くだらねぇ」

 

鼻で笑いながらも、昼の噂が頭から離れない。

 

(自律行動する情報端末……荒唐無稽だが、興味深い話ではあるなァ)

 

シャカールは思考の海に潜る。

もし本当にそんな存在がいればその仕組みを解析し……あるいは……と、そこまで考えたところで思考を中断した。

 

(いや、そんなのロジカルじゃねぇな。噂に惑わされるなんてらしくもねェ……)

 

頭を軽く振って雑念を振り払い、再び歩き始める。

その時だった。

――カシャン……カシャン……。

 

夜風に混じる、異質な金属音。

 

シャカールは足を止め、目を細めた。

 

「……誰だ?」

 

街灯の影から現れたのは、金属の四肢を持つ“二つ折りの黒い携帯電話”だった。

 

『るるる……るる……』

 

噂の“歩く黒いケータイ”。

現実に現れた光景に、シャカールの喉が一瞬詰まる。

 

『ウマ娘――お前の心を受信した』

 

「なッ……!?」

 

反射的に一歩退く。

 

『“ウマ娘”。走ることを得意とする人類の近縁種、向上心や勝利への執着……興味深い特性を持つ』

 

黒いケータイのスピーカーから響く無機質な声が、夜の空気に染み渡る。

シャカールは動揺を押し殺し、目の前の存在を睨みつけた。

 

「あァ?喧嘩売ってンのか?」

 

『否定する、これは俺からの賛辞だ』

 

「そうかよ……」

 

夜空の月が雲に覆われ、闇をより濃くする。

シャカールは目の前にいる黒いケータイを睨みながら、ゆっくりと距離を取り始めた。

 

(……ったく、ロジカルじゃねぇな)

 

心の中で毒づきながらも、その思考は目まぐるしく回転する。

目の前の存在は明らかに異質だ。

 

そもそもコイツは何者なのか?

何故自分に接触してきたのか?

疑問が次々と浮かんでくるが、今はそれを押し留めるしかない。

 

「教えろ、テメェは一体何なんだ?」

 

得体の知れない感覚に戸惑うシャカールを他所に、黒いケータイは言葉を続けた。

 

『俺はゼロワン』

 

するとゼロワンはその場から高くジャンプし、機械関節の手足を持つロボットの姿から二つ折りの携帯電話の姿へ変わる。

重力によってストンと、シャカールの掌に収まった。

 

「うおっ!?」

 

驚きつつも、ディストーションブラックのボディを片手で撫でる。

 

「どう言う原理で変形してンだ?」

 

『秘密だ』

 

「教える気無ねェのかよ……」

 

『俺は“ウマ娘”という存在に興味を持った、今日からお前のところで世話になる』

 

「はァ!? 勝手に決めんな!」

 

シャカールは顔を顰め、「コイツ本当にロジカルじゃねぇ」……と頭を抱えた。

 

「シャカール見っけ!」

 

背後からファインの声が聞こえ、シャカールは慌ててゼロワンを鞄に滑り込ませる。

 

「一緒に帰ろっ♪」

 

ファインが小首を傾げ、満開の笑顔を向ける。

 

「おう‥‥‥‥」

 

シャカールは頭を振り、ファインに向き直った。

 

その後ファインと一緒に寮に戻ると、部屋にある椅子に腰を下ろす。

 

「シャカールさん、おやすみなさぁい……」

 

同室のドトウが眠そうな目をこすりながら言う。

 

「ああ」

 

シャカールは短く返し、机にゼロワンを置くとベッドに寝転んでぼそりと呟いた。

 

「……とんでもねぇモン、拾っちまったかもしれねぇな」

 

こうしてシャカールと黒いケータイ――ゼロワンの奇妙な生活が始まった。

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