春の陽気が心地よい昼下がり、宙を浮いて走る霊馬が引いている一台の馬車が隠世の街道を走っていた。
「蔵馬の旦那、もうすぐ学園が見えてくるはずですぜ」
御者台から聞こえてきた朗らかな声に、俺——天野蔵馬は馬車の窓から顔を出した。
「ありがとう、権造さん。長い道のりだったけど、ようやくだな」
権造さんは狸の里で俺の面倒を見てくれていた化け狸だ。霊馬を使った少しだけ浮きながら走る馬車で人を運ぶのを生業としている。丸い体に人懐っこい笑顔が特徴で、俺が物心ついた頃からずっと世話になっている。
「いやはや、あの小さかった蔵馬の旦那が、妖華学園に入学とはねぇ。感慨深いもんですわ」
「小さかったって…俺、そんなに子供だったっけ?」
「それはもう!初めて会った時なんざ、こんなちっこくて」
権造さんは片手で高さを示しながら笑った。
「よく母御さんの後ろに隠れてたもんですよ」
母さん、か。
俺の母は元陰陽師で、神隠しにあって隠世に来た人間だった。最初は狐の里で住んでたらしいけど村八分にされて狸の里に幼い俺と共に移住したらしい。だいぶ前に流行病で亡くなったけど、優しくて強い人だったことは今でもよく覚えている。
「母さんが教えてくれた剣術、今でも毎日稽古してるんだ」
「ほう、不動天心流でしたかな。人間の剣術を妖力と組み合わせるとは、蔵馬の旦那らしい」
俺は半妖だ。人間と妖狐の間に生まれた、どちらの世界にも完全には属せない存在。
妖怪が住む隠世では「血が混じっている」と嫌悪され、人間が住む現世では……行ったことがないのでわからないが好印象ではないだろう
でも、俺は諦めない。半妖である俺を、人間だった母さんを馬鹿にした奴らを見返すまでは。
「俺、絶対に討魔師になって、いつか狐の里の里長になるんだ」
「おお、相変わらず景気のいい目標で!」
権造さんは嬉しそうに笑った。
「しかし、里長ってのは代々金髪の妖狐が継ぐもんでしょう?蔵馬の旦那は金髪だが、半妖じゃあ…」
「分かってる」
俺は自分の金髪を撫でた。
「だから実力で認めさせるんだ。半妖だろうと、誰よりも強くなれば文句は言えないはず」
権造さんは少し寂しそうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「その意気ですぜ、旦那!ただし、学園には蔵馬の旦那より強い奴もごまんといる。特に——」
その時だった。
ガサガサッ!
街道脇の茂みが激しく揺れた。
「?」
俺が身構えた瞬間、茂みから複数の黒い影が飛び出してきた。
——魔獣だ!
犬ほどの大きさで、全身が黒い鱗に覆われ、赤く光る複数の目を持つ異形の怪物。口からは毒々しい涎を垂らしている。
「下級魔獣の群れですぜ!気をつけなせぇ!」
権造さんが馬車を止めた。俺は腰に差していた刀に手をかける。
「権造さんは馬車から離れないで!」
俺は馬車から飛び降りると、刀を抜き放った。母の形見でもあるこの刀「紅蓮神楽」は、霊力を通しやすい特殊な金属で作られている。
「来い!」
魔獣は咆哮を上げて襲いかかってきた。速い——だが、見えないほどじゃない!
「不動天心流——風流し!」
俺は魔獣の突進を紙一重で避けすれ違いざまに側面を一太刀する。
ギャアアアッ!
魔獣が苦鳴を上げて転がる。だが、相手は群れだ、まだ安心はできない。そう思い魔獣が飛び出した方向を見ると魔獣達が同時に飛びかかってきた
「なら——」
俺は妖力を刀に流し込んだ。刀身が赤く輝き、炎が纏わりつく。
「不動天心流——嵐舞!」
赤い炎の狐火を纏った刃が四方八方を切り裂き嵐のように舞い爆ぜる。切り刻まれた魔獣達は地面に転がった後ぴくりとも動かなくなった。
「ふぅ…」
俺は刀を鞘に収めた。
「おお、お見事!さすがは蔵馬の旦那!」
権造さんが拍手をしてくれる。俺は照れくさそうに頭を掻いた。
「下級魔獣なら、もう慣れたもんだよ。狸の里の周りにもよく出るからな」
「それにしても、狐火と剣術を組み合わせるとは。器用な戦い方ですな」
「まだまだ修行中だけど——」
その時だった。
ゴゴゴゴゴ…
地面が揺れた。
「な、何ですぜ!?」
権造さんの声に、俺は警戒して辺りを見回す。だが、何も見えない。
「おかしい…魔獣の気配は感じるのに…」
その瞬間——地面が爆ぜた。
ズバァッ!
「うわっ!?」
地中から飛び出してきた黒い触手が、俺の刀を弾き飛ばした。刀は遥か遠くに転がっていく。
「ま、まずい…!」
次の瞬間、地面のあちこちから無数の触手が這い出してきた。一本、二本、三本——いや、十本以上!
それぞれの触手の先端には鋭い鉤爪が生えており、ヌメヌメとした粘液を滴らせている。
「魔獣ですぜ!地中にいる!」
権造さんの叫び声が聞こえた。
——地中から攻撃してくるタイプか!
触手が一斉に俺を襲う。
「くそっ!」
俺は必死で跳躍して避けようとしたが——
ガシッ!
一本の触手が俺の足首を掴んだ。
「うぐっ!」
地面に叩きつけられる。体中に痛みが走った。
無数の触手が俺を取り囲み、鋭い爪を向ける。
——避けられない!
触手の爪が一斉に俺に迫る。このままじゃ、引き裂かれる——!
死を覚悟した、その瞬間。
「——邪魔だ」
冷たい、それでいて凛とした声が響いた。
直後、俺の視界が赤色に染まった。
赤い炎が、触手を包み込む。
ギャアアアアアアッ!
触手が次々と焼け落ち、黒い煙となって消えていく。だが——
「本体はまだ地中にいるぞ」
俺の前に、一人の少女が立っていた。
金色の長髪。切れ長の瞳。凛とした立ち姿。金の刺繍が入った学園制服を完璧に着こなしている。
——妖狐だ。しかも、あの金髪は…!
少女は右手を掲げると、手のひらから炎が溢れ出した。炎は鎖の形を取り、触手が出てきていた穴へと垂らされていく。
「出てこい」
少女が冷たく呟いた瞬間、鎖が地中で何かを捕らえた。
ギギギギギ…
鎖が緊張する。少女は釣り竿を引くように、鎖を力強く引っ張った。
ズガァァァン!
地面が爆発し、巨大な魔獣が引きずり出された。
モグラのような姿で、全身が黒い毛皮に覆われている。巨大な前足には鋭い爪、そして背中から無数の触手が生えていた。
魔獣は空中で身をよじるが、炎の鎖に縛られて動けない。
「終わりだ」
少女は左手を魔獣に向けた。炎が槍の形を取る。
少女は躊躇なく槍を投擲した。
ドガァァァン!
槍は魔獣の急所——心臓部を正確に貫いた。魔獣は断末魔の叫びを上げ、大きな音を立てて地に堕ちた。
俺は、呆然とその光景を見つめていた。
「立て。怪我は?」
「あ、ああ…大丈夫、だと思う」
「礼には及ばん」
少女は俺を一瞥すると、冷たい声で言った。
「弱者を見捨てるのは趣味ではない。それだけだ」
「……ありがとう」
俺が礼を言うと、少女は僅かに眉をひそめた。
「それにしても金髪の妖狐とは珍しいな。狐の里の出身か?」
「いや、俺は狸の里で育った。でも、いつか狐の里の里長になるんだ!」
千歳の目が僅かに見開かれる。
「......里長に?」
「ああ!俺は半妖だから、実力で認めさせるしかない。だから絶対に誰よりも強くなって、里長の座を勝ち取る!」
千歳は数秒、黙って主人公を見つめた後、小さく笑った。
「ふん、面白いことを言う。その制服、妖華学園の入学生だろう?」
「そうだ!お前も学園の生徒なのか?」
「......ああ」
「なら学園で会おう!いつか俺が里長になった時、今日の事は笑い話にしようぜ!」
千歳は何も言わず、炎を纏って去っていく——
「…気分害したかな」
俺は呆然と、少女が消えた空を見上げていた。
「蔵馬の旦那…」
権造さんが震える声で言った。
「今のは…九曜千歳様ですぜ」
「九曜千歳…?」
「狐の里の次期里長で、妖華学園三年生。金菊寮の寮長でもある、学園最強格と謳われる妖狐ですよ」
学園最強格…。
あの圧倒的な力。俺と同じ金髪でありながら、天と地ほどの実力差。
「そうか…あれが」
俺は拳を握りしめた。
——あれが、俺が超えなきゃいけない壁か。
「どうせ見てんだろ九曜千歳!!」
俺はまだ何処かで俺のことを見ているであろう千歳に向かって大きな声で語り掛ける。
「もう一度言わせてもらうぞ!いつか必ず、お前を超えてやる。そんでもって俺が里長になるんだ!!」
突然叫び出した俺に権造さんは驚いでいるが、これだけは言っておきたかったのだ。あんなザマを見せておいて宣戦布告なんてカッコ悪いかもしれないが5日は言わなくちゃいけないんだ早いに越した事はない。
「さあ権造さん、行こう。学園まで、あとどれくらい?」
「す、すぐそこですぜ」
馬車が再び走り出す。
俺は窓から見える景色の先に、巨大な学園の姿を捉えた。
妖華学園——俺の新しい戦いの場。
馬車は、春の日差しを浴びながら、学園の門へと向かっていった。
*
樹上に立つ千歳は、遠ざかっていく馬車を見つめていた。
「……面白い奴だ」
半妖でありながら、次期里長である自分に臆することなく「里長になる」と宣言した。
普通なら、自分の立場を知れば恐れ入るか、媚びを売るか、あるいは殺意を向けるか——いずれにせよ、対等な目で見ることはない。
だが、あの少年は違った。
周囲は皆、自分を「九曜千歳」として扱う。実力を恐れ、地位を慮り、距離を置く。
それが当然だと思っていた。それでいいと思っていた。
だが——
「天野蔵馬、か」
千歳はそう小さく呟くと赤い炎を纏い、学園へと向かった。
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こちらの活動報告にてキャラの募集をしております。
ネタバレの情報もがっつりあるのでストーリーのみを楽しみたい方は活動報告は見ないほうがいいです。