白い蛍光灯の下で、6人が立ち尽くしていた。
足音も、呼吸も、やけに響く。
目の前の2枚のポスター――
右は天使の笑顔。
左は和風の髑髏。
どちらかを選べ、と言わんばかりに並んでいる。
「なぁ……どっちが正解なんだよ……?」
チョータの声は震えていた。
カルベは腕を組み、唇を噛む。
「考えても仕方ねぇ。どっちかに賭けるしかねぇ。」
そのとき、女子学生が叫んだ。
「私、もう待てない!」
彼女は泣きそうな顔で髑髏の扉へ駆けた。
「待て!」アリスが叫ぶ。
間に合わなかった。
ドアノブが回る。
金属の音が鳴った瞬間、
天井が赤く光った。
「――ッ!」
空気が裂ける。
赤いレーザーが一瞬で彼女の頭を貫いた。
動きが止まり、音が消える。
倒れる音だけが重く響いた。
OLが悲鳴を上げ、チョータが尻もちをついた。
カルベは言葉を失い、
アリスはその場で固まっていた。
瑞希はただ見ていた。
その光景を焼きつけるように。
恐怖よりも、怒りのほうが先に湧いた。
誰が……こんなゲームを作った?
誰が、こんなふうに人を殺すんだ?
だが感情に飲まれる暇はなかった。
天井の隙間から白いガスが滲み出し始めたのだ。
【残り時間:90秒】
「ガス!?」カルベが叫ぶ。
「くそっ、どうすりゃいい!」
瑞希が即座に答える。
「……この部屋、密閉されてる。
制限時間が切れたら、ガスが爆発する。」
OLが絶望的な声を上げる。
「じゃあ、ここで死ぬってこと!?」
アリスは壁を見つめたまま動かない。
何かを考えている。
だが焦りのせいで言葉が出ない。
瑞希が手のひらで壁を叩く。
コツ、コツ――音が返る。
「この向こう、空間がある。
次の部屋に繋がってる。」
「どっちだ!?」カルベが叫ぶ。
「天使か、髑髏か!」
瑞希は目を細めた。
「……天使。」
彼女の勘だった。
根拠なんてない。
けれど、恐怖の中でも“生”を示すものを信じたかった。
【残り時間:30秒】
白いガスが視界を覆う。
喉が焼けるように痛い。
カルベが唸る。
「くそっ、賭けだ!」
勢いのまま天使の扉を蹴り開けた。
爆音のような空気のうねりとともに、全員が飛び込む。
直後――
背後の部屋が爆ぜた。
炎が床を舐め、
金属の破片が壁を打つ。
熱風が背中を焼く。
アリスが叫ぶ。
「閉めろ!」
カルベと瑞希が扉を押さえた。
ドン――ッ!
轟音と衝撃が同時に襲う。
静寂。
汗が滲む。
ガスの臭いが消え、
代わりに焦げた空気の味が口の中に残った。
誰も喋らなかった。
瑞希は扉から手を離し、
膝をついて呼吸を整えた。
自分の手が震えていることに気づく。
怖い。
本当は、怖くてたまらない。
でも――振り返れば、アリスがいた。
顔を強ばらせながらも、
まだ“考えようとしている”表情をしていた。
その顔を見て、
瑞希の心のどこかに灯がともった。
まだ終わってない。
あの子たちを、生かす。
【制限時間リセット:2分】
電子音が無機質に鳴る。
天井のライトがまた点滅した。
次の部屋が、彼らを待っている。
瑞希は立ち上がり、
無言で歩き出した。
誰よりも恐怖を抱えたまま、
それでも前を行く。
再び、2枚のポスター。
天使と髑髏。
違う部屋なのに、同じ光景が続く。
チョータが嗚咽を漏らす。
「もう嫌だ……どっちでもいいから早く終われよ……」
OLが苛立ちを隠せず叫ぶ。
「ねぇ、頭いいんでしょ? 早く選びなさいよ!」
アリスが顔を上げた。
「俺に言うな。」
「じゃあ誰が選ぶの!? 私? 死にたくないのよ!」
カルベが間に入る。
「落ち着け!」
「落ち着いてられるかよ!」
アリスの胸の奥で何かが弾けた。
「うるせぇんだよ!」
怒鳴り声が部屋に響く。
恐怖、焦り、無力感。
すべてが一瞬で爆発した。
そして衝動的に、髑髏の扉に手を伸ばした。
瑞希が息を呑む。
アリスの指先が震えている。
汗が滴り、
握りしめた拳が小刻みに揺れていた。
……開けられない。
カルベが苦笑した。
「アリスは運が悪ぃからな。」
そのまま前に出て、
天使の扉を勢いよく開けた。
空気が張り詰めたまま――何も起きない。
カルベが振り返り、
「……生きてる。正解だ。」と笑った。
OLが崩れ落ちて泣き出す。
チョータは両手で顔を覆った。
アリスは膝に手をつき、息を吐いた。
瑞希が静かに言った。
「怖くても、考えるのをやめないで。
それが、生きるってことよ。」
その言葉に、アリスが顔を上げる。
目に、再び光が戻る。
【残り時間:60秒】
壁の向こうで、またガスの音がした。
アリスは無意識に周囲を見回す。
天井の高さ。壁の間隔。
歩いた距離――
頭の中で、すべてを繋げていく。
この建物……正方形だ。3×3の構造。
女子学生が死んだ位置の壁は半分塞がれてた。
半分は、道。
彼は小さく息を吸い、
「……メモとペン、貸して。」と口にした。
OLがボールペンを渡し、
チョータがメモ帳の1枚を差し出す。
アリスは床に膝をつき、
9つの四角を描いた。
「ここが今。あの子が死んだのがここ。
次は、この方向。出口は……こっちだ。」
瑞希が隣にしゃがみこみ、
その手元を見つめた。
「……なるほど。避難経路、見てたのね。」
「無意識だったけど……目に焼きついてた。」
瑞希は息を吐く。
この子は、感覚で世界を読む。
理性よりも、記憶と直感で動ける人間。
――“この国”に向いてる。
最後の扉の前。
再び天使と髑髏が並ぶ。
【残り時間:20秒】
アリスが立ち上がる。
「次は、俺が選ぶ。」
カルベが笑う。
「頼もしいじゃねぇか。」
瑞希が頷く。
「信じるわ。」
アリスは迷いなく天使の扉を開けた。
全員が駆け込む。
背後から爆発音。
炎が迫る。
チョータが転ぶ。
「足が……!」
カルベが戻ろうとした瞬間、
瑞希が飛び込んだ。
炎の光の中、
彼女の指がチョータの腕を掴む。
全身の力で引きずり出す。
炎が足元を焼いた。
チョータの悲鳴。
「熱っ――あああ!」
瑞希の腕に焦げ跡が走る。
アリスとカルベが彼女を引き上げ、
扉を閉めた。
轟音。
全身を揺らす衝撃。
炎が止み、
空気が静まった。
瑞希は荒く息を吐き、チョータの足を見た。
皮膚が焼け、真っ赤に腫れている。
「……生きてる。動ける?」
チョータがうめきながら頷いた。
瑞希は視線を落とし、
唇を噛んで震えた。
救えた。でも、救いきれなかった。
アリスがその隣で呟いた。
「……これが、“生きる”ってことか。」
瑞希は顔を上げ、
静かに答えた。
「ええ。ここでは、ね。」
【GAME CLEAR】
スマホが一斉に光った。
青白い光が壁に反射し、
“生存者:4名”の文字が浮かび上がる。
炎の跡、血の匂い、焦げた床。
それでも4人は立っていた。
夜の風が吹き抜け、
遠くで雷のような音が響いた。
アリスは瑞希の背中を見つめる。
“憧れた先輩”ではなく――
今はもう、“共に生きる仲間”だった。