開始の合図が鳴ると、参加者たちは蜘蛛の子を散らすように散った。
誰もが“おに”の姿をまだ見ていない。
息遣いと足音、そして胸の鼓動だけが廃墟に響く。
チシヤは最上階の端、崩れかけた手すりに背を預け、
冷たい目で下層を見下ろしていた。
「見える位置が一番強い」――それを知っている目。
アグニはその下の階。
同じことを考えていたが、先約がいた。
仕方なく一段下に位置を取り、廊下の中央を見渡す。
そして――音がした。
ドドドドッ――!
MAC-10。
サプレッサー無しの衝撃音がコンクリートを揺らす。
火花と血の匂い、そして悲鳴。
参加者の一人が頭を撃ち抜かれ、即死した。
瑞希の目が、静かに細められた。
「……ふざけんな。」
低い声。怒鳴りではなく、深く沈んだ怒り。
アリスとカルベがその気配に気づく。
鬼が廊下の角から姿を現す。
馬のマスク。MAC-10を構え、撃ち尽くす。
――カチッ。
弾が切れた。
鬼は即座にククリナイフを抜き、瑞希へと突進した。
「瑞希先輩ッ!」アリスの叫びが響いた。
だが瑞希は、まったく動じなかった。
目だけが、鬼の動きを見据えている。
刃が届く直前、
瑞希の手が鬼の手首を掴み、
肘を逆に折り曲げ――骨の砕ける音がした。
鬼が呻く。その瞬間、瑞希は体を反転。
背後に回り込み、右足で膝裏を蹴り砕いた。
膝が沈み、鬼が崩れ落ちる。
床に膝をついた姿勢で、首を差し出すように。
アリスとカルベは息を呑む。
上階から見ていたチシヤとアグニの表情が凍る。
「……やっば、彼女人間じゃないのかもねぇ。」
チシヤの呟きが、鉄のように冷たく響いた。
アグニは唾を飲み込む。
「……あれは、人間の動きじゃねぇ。」
鬼が最後の抵抗のように瑞希の足首を掴んだ。
だが彼女は視線を一切動かさず、その手を振り払う。
次の瞬間――
乾いた音と共に、鬼の首が静かに折れた。
残るもう一体の鬼が上階で暴れている。
銃声が天井を震わせ、火花が散る。
瑞希は床の消火器を拾い、
音で誘導するように壁際へ投げた。
金属音に引き寄せられる銃弾。
彼女はそれを利用して、他の参加者を生かしていく。
アリスの中で、線が繋がる。
「……鬼、同じ場所を撃ってる。」
壁の番号――5-3、6-3、7-3。
「そこが“じんち”だ。」
彼は走った。
部屋に入ると、スイッチが二つ。
「同時押し……?」
時間は残りわずか。
「誰か来てくれ!! 一緒に押さなきゃダメなんだ!!」
その声に、外から声が返る。
「呼んだ!?」
窓の外、ロープを伝って宇佐木が降りてきた。
汗と埃にまみれた顔に笑みを浮かべ、
「間に合ったね!」
アリスが頷く。
二人の手がスイッチの上に重なる。
「せーの!」
――カチリ。
白い閃光。
そして、静寂。
「♠5 クリア。」
電子音が鳴り、全員が息を吐く。
生き残った――
そう思った瞬間、足音。
瑞希が動いた。
ゆっくりと、倒れた鬼の前に立つ。
血に濡れた仮面を見下ろし、無言で呟く。
「……よくも、何もできねぇ奴を撃ったな。」
声が低い。
女性のものとは思えない、冷たい怒気。
一瞬の静寂。
そして――右足が振り下ろされた。
ドチャッ。
頭蓋が砕け、血と骨片が飛び散る。
廊下が一瞬で真紅に染まる。
誰も動けなかった。
アリスも、カルベも、アグニも、チシヤも。
ただ、彼女を見ていた。
瑞希は床に落ちたククリナイフを拾い上げた。
刃を見つめ、血の雫を指で拭う。
その目には、何の感情もない。
振り返りもせず、低く吐き捨てた。
「――この世界ごと、腐ってるな。」
その声が、壁に反響して消えた。
【♠5 CLEAR】
電子音と血の匂いだけが、廊下に残った。
瑞希――この世界の異物。
生存の極致が、静かにその場を離れていった。