焼け焦げた渋谷の交差点に、風が通り抜ける。
吹き溜まりに散らばるガラス片が、陽光を反射して淡く光る。
あの頃、広告と人で埋め尽くされていたスクランブルは、今ではただの戦場だった。
遠くから、エンジンの轟音。
それは“スペードのキング”が操る装甲車。
幾重にも改造された機関銃が、瓦礫の街を削り取るように火を噴いている。
「伏せろ!!」
アリスの叫びに、宇佐木が咄嗟に肩を掴み、二人は倒れたタクシーの裏に身を隠す。
すぐそばを弾丸が掠め、金属音が甲高く鳴る。
焦げた風が頬を切るように通り過ぎた。
「……あれが、スペードのキング?」
宇佐木が荒い息のまま問いかける。
アリスは頷き、崩れかけた信号機の向こうを睨む。
「動きが尋常じゃない。まるで戦場の兵士だ……。訓練されすぎてる。」
その瞬間、反対側のビルの影からチシヤが現れた。
白衣は破れ、頬に煤がついているが、その笑みは変わらない。
「やぁ、アリス。まだ死んでなかったんだね。」
軽く片手を上げる。
「お前もな。」
アリスが苦笑で返す。だが余裕はなかった。
チシヤもそれを理解しているのか、空を見上げて言った。
「このままじゃ、三分もたない。」
そして、もう一つの影が――ニラギだ。
背中を焼き、肩で息をしている。
持っているライフルは弾切れ。
だが、笑っていた。狂気ではなく、諦めに似た笑いだった。
「ハハ……。いいな。地獄の続きをまた見られるとはよ。」
キングの装甲車が回転し、銃口をこちらに向ける。
アリスは叫んだ。「散れ!」
四人は同時に動いた。銃撃が瓦礫を弾き、灰と煙が視界を覆う。
---逃走と再会---
ビル裏の路地。
火花と爆風を抜け、アリスと宇佐木はなんとか走り切る。
空気が熱い。息を吸うたび、肺が焼けるようだ。
「……待って!」宇佐木が振り返る。
背後には、黒煙の向こうで銃声が続いている。
「チシヤとニラギは?」
「たぶんまだ動いてる。あいつらは簡単には死なねぇよ。」
そう答えた瞬間――
路地の先、影が動いた。
「動くな。」
低い声。銃口の反射。
アリスは手を上げた。だが、その声には聞き覚えがあった。
「……アグニ。」
瓦礫の向こうから、炎に焼けたような鋭い瞳。
アグニがゆっくり銃を下ろす。
その背後には、アン、クイナ、そして若い女性――ヘイヤがいた。
「お前ら……まだ生きてたのか。」
アグニの声には驚きよりも、どこか安堵の響きがあった。
「久しぶりだね。」アンが言う。
「久しぶりって言う場面じゃねぇよ。」クイナが息をつきながら笑う。
その笑いの裏に張り詰めた緊張が混じる。
彼らも“キング”に追われていた。
「状況は?」アリスが問う。
アグニが短く答えた。
「スペードのキング。軍人上がりだ。奴の支配区域に入った瞬間、どこからでも撃たれる。」
「逃げ場はない……ってこと?」
宇佐木の問いに、ヘイヤが苦笑した。
「でも、まだ“生きてる”ってことは、終わりじゃないってことでしょ?」
その言葉に、誰も反論できなかった。
---炎の中の影---
銃声が遠ざかる。
そのとき、瓦礫の上に軽い足音。
皆が同時に振り向く。
炎の向こう、焦げ跡の残る腕が光を受けて現れる。
黒いジャケット、腰のククリナイフ。
短くなった髪。
――瑞希がいた。
誰も声を出せなかった。
彼女は静かに降り立ち、周囲を一瞥する。
アグニの目が一瞬だけ動く。
「……まさか、お前、生きて――」
「話はあと。」
短く、冷静な声。
瑞希はククリナイフの刃を反射させながら言葉を継いだ。
「スペードのキング、恐らくは元・自衛隊かPMC(民間軍事企業)出身。動きに“無駄がない”。装甲車を使うのは防御よりも心理的制圧のため。弾薬数、燃料、行動範囲――全部、管理されてる。つまり、奴には“ルート”がある。」
アグニが腕を組む。
「……つまり、奴は獲物を追ってるんじゃなく、“囲ってる”と。」
「そう。こっちが動けば必ず誘導される。今は追う側じゃなく、狩られてる。」
その言葉に、誰も反論できなかった。
沈黙の中で、瑞希がアリスを見る。
「……なにか案は?」
アリスは息を詰め、久しぶりにその顔を見つめた。
「あんた……本当に……」
言いかけた瞬間、瑞希は目を細め、遮った。
「話はあと。今は、生き残る策を出せ。」
その声音に、アリスは微かに笑った。
――あぁ、これが“瑞希先輩”だ。
炎の中でも変わらない、あの冷たい優しさ。
「わかった。だったら、全員でやるしかない。」
アリスが前を向く。
焼けた風が吹き抜け、夜明け前の空が薄く白んでいた。
その瞬間――
“スペードのキング”の装甲車が、再び彼らの方角を捉える。
戦場が、再び呼吸を始めた。