どけ!!俺は(ヒミコの)お兄ちゃんだぞ!!   作:俺はお兄ちゃんだぞ!!

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一話

今までで感じたことがないほどの熱量が襲い掛かる。

 

宿儺の放った技による爆炎が今まさに俺達の命を燃やそうとしていた。

それに対し俺は。

 

悠仁(ゆうじ)

 

脹相(ちょうそう)!!なんで!!」

 

俺が自身の血を使い作ったドームの中で弟の悠仁が俺の名を呼ぶ。

それに薄く笑いながら身体から血を吐き出し続ける。

 

死なせない。

もう二度と弟を失ってたまるか。

 

呪力を血液に変換し続けろ。

燃えたそばから生成しろ、血中の酸素を内部に放出。

 

命を懸けて兄としての意地を張り続けろ!!

 

「悠仁、すまないな。お前をまた独りにしてしまう」

 

「・・・・そんなこと考えていたのか」

 

文字通り命を燃やし続ける中で流れる悠仁との会話。

 

刹那の間のはずなのに、不思議と時間がゆっくりと流れ始めた。

 

そこは宿儺との戦場とはかけ離れた穏やかな場所を連想させる。

 

長机の両端で向かい合うように俺と悠仁が座る。

俺が謝れば悠仁は意外そうな顔をしながら口を開く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけで十分だ」

 

「・・・・そうか」

 

その言葉に対し心が溢れる。

だが漏れ出た言葉は一言だけだった。

 

『兄さん』

 

その声に振り返れば弟たちがそこにいる。

二人を目にし俺の口からは謝罪が漏れた。

 

『すまなかったな、二人とも』

 

『いいんだよ、私達も末弟のお世話を兄さん一人に押し付けちゃったからね』

 

『兄者最近謝ってばかりじゃないか?らしくねぇぜ』

 

『・・・・そうか、そうだったかな』

 

二人にからかわれて笑いながら返事をしようとして、笑うことができず表情が歪む。

目からは涙がこぼれていた。

 

『最後の言葉はさ』

 

『・・・・そうだな』

 

弟たちの言葉に泣きながら頷く。

悠仁に送る最後の言葉が謝罪じゃダメだよな。

 

「ありがとう悠仁、俺の弟になってくれて」

 

「・・・・兄貴・・・・ありがとう」

 

全ての思いを込めて俺の言葉に悠仁はそう返してくれた。

初めて、俺のことを兄貴と・・・・呼んでくれた。

 

っ、悠仁。

 

すでに身体は死に意識もない。

なのに魂が叫ぶ。

 

悠仁!

 

ゆうじ!!

 

ゆうじ!!!

 

ゆうじ!!!!

 

 

 

ううあ(ゆうじ)ーーーーー!!!!」

 

 

「っ!!おめでとうございます!元気な男の子ですよ!!」

 

・・・・ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・」

 

どうしてこうなってしまったんだろうか。

穏やかな日差しが俺の顔を叩く。

 

真っ青な空から降り注ぐ光と庭で鳴く小鳥の鳴き声は平和という言葉を連想させられる。

 

そんな光景を家の窓から眺めながら俺は思わず顔をしかめた。

 

・・・・この世界に生まれてから6年という歳月が流れていた。

 

今の俺は渡我脹相、六歳だ。

 

・・・・・もう一度言う、どうしてなんだ。

 

頭を抱え今まで何度も自問した問いを自分に聞く。

だが相変わらず答えははっきりとしない。

 

あれからどうなった。

 

悠仁は、宿儺との戦いはどうなった。

 

今この家がある場所は調べた限り東京だった。

東京は俺達が宿儺と戦った場所と同じところ。

 

なぜか赤ん坊になった俺は現状出来る限りの方法で悠仁たちのことを調べたが、結果は何もわかっていない。

ある程度自由に動けるようになった今でもそれは変わらない。

 

まず、ここが俺達が戦った同じ東京なのか怪しい。

同じ名前の場所だが、俺達が戦った痕跡がなさすぎるんだ。

 

もともと半壊していたが、五条悟と宿儺の戦闘によってさらに破壊された。

そこに宿儺の大技、東京は確実に焦土と化していたはず。

 

なのにここにはその痕跡すらない。

 

「・・・・」

 

俺を生んだという母、そして父親にも聞いてみたが何も知らなかった。

他にも出来る限りの手で調べたが手がかりはなし。

 

この手ごたえのなさに俺は一つの考えが浮かんだ。

 

それは・・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ありえないことではない。

何せ俺自身が150年前の時代から悠仁たちのいる現代に受肉したんだから。

 

――――呪物化。

 

俺達兄弟は加茂憲倫の手によって呪物化し、150年という時を超えた。

今回も同じことが起きたのではと考える。

 

あの時、悠仁を守るために命を使い果たした後。

そのまま死ぬはずが何かが起こり俺は呪物化、そして今現在に受肉し生まれた。

 

それなら一応だがこの現状に説明がつく。

 

この東京が平和なのも、悠仁たちの情報がないのもあれから多くの時が経ち忘れ去られてしまったのでないか。

 

それを証明するように、悠仁たちの時代に受肉した際も感じてはいたが、俺達が生まれた時よりも大きく変わっていることを感じさせられるんだ。

 

「・・・・悠仁」

 

弟の名を呼ぶが当然帰ってこない。

ここが未来、それも100年以上先だとしたら悠仁はもういないだろう。

 

信じたくなんてないが今の俺ではそうとしか答えを出せない。

 

「・・・・もう一度、お兄ちゃんと呼ばれたかったな」

 

死に際にくれた兄という言葉。

あれをもう一度聞きたい。

 

俺をお兄ちゃんと。

 

「・・・・お兄ちゃん?」

 

「っ!!?」

 

その声に首が回転する勢いで振り返る。

 

振り返った先には弟の悠仁、ではなく目を疑うほど可愛い女の子がいた。

 

「ヒミコ」

 

渡我被身子、俺の一つ下で五歳になる。

 

俺の妹だ。

 

もう一度言う。

 

 

 

 

俺の妹だ。

 

 

「お兄ちゃん!!」

 

振り返った俺が彼女の名前を呼べば花が咲いたかのように笑顔を浮かべこちらに近づいてくる。

そしてそのまま俺へと抱き着いてきた。

 

「えへへ」

 

「っっっ!!!」

 

抱き着いたまま俺を見上げ、綺麗な笑みを浮かべるヒミコに思わず失神しそうになる。

トガヒミコ、彼女こそが俺をもう一度お兄ちゃんにしてくれた天使だ。

 

なんだこの可愛い生き物は。

 

その名は妹、そう、弟ではなく妹だ。

 

弟、悠仁たちはもちろん可愛い。

それは間違いない。

 

だがこれは、妹は可愛いの方向性が違うんだ。

俺は十人兄弟の長男、全員男になる。

 

妹は初めてだった。

 

 

ヒミコという妹が生まれたことによって俺は一つかしこくなった。

 

弟じゃなく妹でも・・・・・俺はお兄ちゃんになれるんだ。

 

「何みてたの?」

 

「あ、ああ、外を見てただけだ」

 

そう言いながらベランダに視線を向ける、俺の視線につられてヒミコも目を外に向けた。

代り映えしない外の様子、俺の知る時代とは少し異なる風景。

 

そんな外の景色の一部をヒミコはじっと見つめていた。

 

「・・・・あれ」

 

「どうしたんだ?」

 

じっと一点を見つめながら指を指すヒミコ。

俺は彼女が指し示す場所に視線を走らせる。

 

――――そこには傷だらけの小鳥がいた。

 

「・・・・」

 

俺がそれを見ている間にヒミコはベランダのカギを開けて外に出る。

向かう先は小鳥がいる場所。

 

「・・・・小鳥さん、ボロボロ」

 

小鳥を手ですくうように持ち上げてじっと見つめるヒミコ。

そうしている間に俺も彼女の隣にならぶ。

 

「小鳥さんカァイイねぇ、カァイイねぇ」

 

そう言ってヒミコは掌に置いていた小鳥を自分の口に近づけていく。

 

そして怪我で血が出ていた箇所に吸い付き、小鳥の血を口の中へと運んだ。

 

「ちゅー」

 

ヒミコは夢中で小鳥の血をすすっていく。

 

俺の妹は血が好きらしい。

血、血液。

 

それは俺にとっても重要な意味を持つ。

 

俺の術式、『赤血操術』

 

自身の血を自在に操作できる術式だ。

血液は俺の術式の根本にあるもの、当然一般人よりも関りが深い。

 

他にもう一つ、俺にとって血は術式以外にも重要な意味を持つ。

 

それは兄弟との繋がり。

 

血によって俺達は繋がっている。

どんなに離れた場所でも俺達は血によって繋がり離れることはない。

 

ヒミコは俺の妹だ、血に興味を持つのは必然だろう。

 

「ヒミコ、美味しいか?」

 

夢中で小鳥の血を吸うヒミコに質問する。

俺にとって血は武器であり繋がりだが、ヒミコにとってはまた別の意味を持つみたいだ。

 

「んー?おいしいとかはないよ?アイスの方が甘くておいしい!」

 

俺の質問を聞いたヒミコが小鳥から口を話して答えてくれる。

なるほど、美味しくはないのか。

 

それはそうかと俺が頷いているとヒミコがこちらに小鳥を見せてくる。

 

「見てお兄ちゃん、ボロボロの小鳥さん。カァイイねぇ、カァイイねぇ」

 

そう言って本当に嬉しそうに笑うヒミコ。

 

「っ!!」

 

俺はその笑顔の威力に胸をおさえた。

幼い妹の笑顔、それは穿血(せんけつ)よりも速く鋭い刃となって俺を貫く。

 

「ああ、かぁいいな」

 

俺の妹が。

 

ヒミコは血が好きなゆえに血が出ている傷だらけの姿が好きらしい。

 

前に()()()使()()()全身血だらけの姿になったら目を輝かせて俺に抱き着き血を吸っていた。

それに気分が良くなって穿血や超新星などを見せたがそれはいまいちだった。

 

どうやら血が好きなだけで別に武器にして戦うことには興味ないらしい。

期待してたよりも反応が薄かったので少し悲しかった。

 

最初ヒミコが俺の血を吸った時は正直かなり焦った。

なにせ半分呪霊の俺の血は人間に毒だからだ。

 

だがヒミコは俺の血を飲んでも何も変わった様子はなかった。

それに疑問が生まれ、ヒミコも俺と同じ半呪霊なのかと思ったが違う、彼女は人間だ。

 

ならばと自分の身体に疑問を持ち確認すると俺の身体が半呪霊から純粋な人間に変わっていることに気が付いた。

 

これも未だ答えがでない疑問の一つ。

なぜ純粋な人間になった?時を超え、子供に戻った影響か?

 

呪力はある、赤血操術は使える。

宿儺との戦いに備えて会得した反転術式、その他の技術も問題なく使えた。

 

・・・・そして、俺の体質である呪力を血液に変える力もだ。

 

これは()()()()()()()()()()()()()、今の純粋な人間になった俺では使えないはずの力。

なのに使えた、それがこの現象にさらなる疑問を生み出している。

 

・・・・一応だが、この呪力を血液に変える力が使える理由に説明は出来る。

 

それは『個性』と呼ばれる力だ。

 

この時代に生まれて六年、この『個性』と呼ばれる力によって目が回るほどの混乱が生まれ続けている。

 

俺はこの『個性』と呼ばれる力は術式が名を変えただけなのではと考えていた。

というか今も半分くらいはそう考えている。

 

最初ほとんどの人間が術式を使える時代になったのかと驚愕した。

一体どうやったのかと考え、一人の女の姿が頭に浮かんだ。

 

九十九だ。

 

以前に彼女と天元と三人でいた時に話してくれた。

呪霊の発生を防ぎ呪いのない世界を作りたいと。

 

その方法として全人類の呪力制御

別の手段としては全ての人間の呪力脱却を考えていたこともあったという。

 

全人類が呪力から脱却、もしくは呪術師化すれば呪霊はほとんど生まれなくなる。

 

今の時代はまさに九十九が言っていたような状況だった。

 

ほとんどの人間が『個性』と名を変えた術式を使える。

これは全人類が呪力をコントロールしたということになる。

 

九十九の言う通りならこれで呪霊は生まれないのだろう。

それを証明するように俺はこの時代に生まれてから一度も呪霊を見ていない。

 

・・・・だが、ここで矛盾が一つ生まれている。

 

術式を使うのは呪力が必須だ。

俺の術式や体質は全て呪力を力としている。

 

なのに、この時代の人間からは呪力が一切感じられない。

知らない人間はもちろん、親も、妹であるヒミコでさえ。

 

この矛盾によって個性=術式という考えに疑問が生まれている。

『個性』が全く別の力であれば、俺の体質が変化したというのに呪力を血液に変えれる理由にはなる。

 

俺の体質ではなく、俺の『個性』によって呪力を血に変化させているということ。

前に病院で検査した際に俺の個性は『血液操作』ということになった。

 

・・・・もっとこの時代がどうなっているのか調べていく必要がある。

 

それに調べていけば悠仁たちのこともわかるはずだ。

 

「お兄ちゃん頭撫でてー」

 

「っっ、ああ」

 

可愛い笑顔で素晴らしいお願いをしてくる妹の願いを聞き彼女の頭に手を伸ばす。

俺が頭に手を置き優しく撫でると彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

ヒミコ、なんて可愛い存在なんだ。

悠仁たちにも会わせてやりたい。

 

俺一人で独占していることに罪悪感すら覚える。

 

「お兄ちゃん大好きー」

 

「っっっ、ごふ!!」

 

「わぁ!」

 

あまりの威力に口から吐血してしまった。

漏れ出た血を見てヒミコが目を輝かせている。

 

そして血を吸おうと俺の口に自身の口を近づけ始めた。

俺は歯を見せて笑いながら近づくヒミコを慌てて止める。

 

「だ、ダメだヒミコ!」

 

「えーなんでー?」

 

これでは妹とキスをしてしまう。

兄妹がそういうのは、その、ダメ、なんじゃないか?

 

「こういうのは好きな人としなさい!」

 

「私、お兄ちゃんのこと大好き!」

 

ならいいか。

 

俺の言葉の防壁をあっさりと突破したヒミコが顔を近づけていく。

 

「・・・・いややっぱりダメだ」

 

「えー」

 

血液を操作し漏れ出た血を体内に戻す。

 

脳内で悠仁たちに頭をしばかれる存在しない記憶が一瞬浮かんだ。

 

兄として、妹にこういったこともしっかり教育していかないといけない。

 

俺がヒミコのことについて真剣に悩み始め、俺の口元の血を吸うことを諦めた彼女は残念そうにしながら再び小鳥に口をつける。

 

そうしていると出かけていた両親が帰ってくるのが見えた。

俺達が外にいたことに気が付いたのだろう、こちらへとやってくる。

 

ヒミコも気が付いたのだろう、その笑みを両親へと向ける。

誰から見ても可愛い妹の笑みだ、両親もつられて笑う。

 

そう思い彼らの顔を見て、俺は眉を潜める。

彼らは笑っていない、それどころかその逆だ。

 

それに嫌な予感を覚える。

 

ヒミコは両親の表情に気が付かないまま笑顔で小鳥を見せながら口を開く。

 

「パパー、ママー。見て、小鳥さんカァイイねぇカァイイねぇ」

 

自分の感じている気持ちを共有したいのだろう。

俺にしたように両親に小鳥を見せながら笑う。

 

それを見た両親は口を開く。

 

「っ!!やめなさい!!何をしているの!!」

 

「ス、スズメを殺して血を吸って笑っているなんて」

 

その声と共に父親の方が手を振り上げた。

ヒミコを見る瞳、それは決して娘に向けるものではない。

 

その瞬間、俺はヒミコを抱き寄せ術式を使い血を空中に浮かべ戦闘態勢に入る。

 

呪力もない戦闘経験もない、今すぐ殺せる。

だが、仮にも二人は血のつながった相手。

 

それが俺の最後の引き金を引かせるのを止めていた。

 

「ヒミコはお前らの娘だぞ!!なぜ手を上げようとする!!」

 

「うっ、す、すまなかった。だがこれは」

 

俺が睨みながら叫べば父親は表情を歪めながら手を下ろす。

しかしその視線はヒミコとその手に持つ小鳥に向いている。

 

「違うの、お庭に落ちてたの!」

 

父親の視線と言葉から状況を察したのかヒミコは泣きながらそう口にする。

言っていることも本当だ。だが、親の目は変わらない。

 

「っ、血を吸うんじゃない!まるで異常者だ!それにさっきの笑い方もだ、不気味な顔だ」

 

――――あ゙?

 

父親の言葉にヒミコは固まる。

そして目から大粒の涙が零れ落ちた。

 

一瞬で視界が真っ赤に染まった。

 

「あ゙あ゙!!?世界一可愛い笑顔だろうが!!俺の妹だぞ!!!」

 

殺す、俺の妹を泣かせてただですむと思うな。

血を吸ったくらいで何が異常だ!こんなもの異常でも何でもない、ただの妹の個性だ!!

 

百斂(びゃくれん)

 

手を合わせ、その中にある血を圧縮させる。

照準はこいつの胴体。

 

呪力で強化されていない肉体なんてこれで簡単に消し飛ぶ。

 

瞬間、悠仁の顔が浮かんだ。

 

――――その顔は、ひどく悲しそうだった。

 

「・・・・っ」

 

合わせていた両手が震える。

ここで父親を、人を殺せばもう戻れない。

 

人の道から外れ、呪いとしての道を歩むことになる。

あの時、九十九が言ってくれた、呪霊としての俺は死んだと。

 

悠仁と、弟と人間として歩む道をくれた。

 

だが、ここで殺せばまた。

 

「・・・・お兄ちゃん」

 

ヒミコが泣きながら俺を見つめる。

それを見て、俺は術式を解いて彼女を再度抱きしめる。

 

両親は俺達を複雑な表情で見る。

 

「・・・・なぜ、血のつながった相手にそんな悲しいことが言える」

 

ヒミコがお前たちに何をした。

 

加茂憲倫のように母を弄んだのか?

大切な存在を傷つけたか?

 

何もしていないだろう。

ヒミコは呪霊じゃない、本当にただの五歳の女の子なんだ。

 

「・・・・すまない脹相、少し頭を冷やしてくる」

 

「・・・・ごめんなさい。そうよね、親なのに、私」

 

手で顔を抑えながら二人は家の中に入る。

俺はそれを無言で見送った。

 

先ほどまであった暖かな雰囲気はもうない。

あるのはヒミコの泣く声だけ。

 

「・・・・お兄ちゃん」

 

「なんだ?」

 

泣きながら彼女は俺を見る。

不安そうな、今にも押し潰されそうな、そんな表情。

 

「私、へんなの?かぁいくない?」

 

「何を言ってるんだ」

 

俺はもう一度ヒミコを強く抱きしめる。

そして心からの言葉を口に出した。

 

「変なんかじゃない。お前は世界一可愛い俺の妹だ」

 

この家から出るべきだろうか。

だがこの幼い身体で外に出て、俺はともかくヒミコは生きていけるか。

 

・・・・厳しいだろうな。少なくともまともな生活はできない。

最悪人の道から外れてしまう。

 

「さっきのことは気にするな。お前はいつも通りでいいんだ」

 

「・・・・うん」

 

先ほどまでの元気はもうない。

・・・・俺はお兄ちゃん失格だ。

 

 

悠仁、壊相、血塗。

 

お前たちならこんな時、どうする。

 

 

 

 

 

 

「・・・・えーと、脹相くん?」

 

「・・・・」

 

見慣れた大人の女が俺を見つめる。

その表情はなぜか頬を引きつらせていた。

 

まぁどうでもいいかと無視して隣に座るヒミコの頭を撫でる。

俺が撫でると妹は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

今日も俺の妹は可愛い。

 

「脹相くん?なんでここにいるの?」

 

「妹がいるからだ」

 

変なことを言う女に当然のことを口にする。

本当に変なことを聞いてくる。

 

兄の俺が妹の傍にいないわけがない。

 

「・・・・君、この前ここを卒業して小学生になったはずよね?」

 

「どうして妹と離れた場所に行かないとダメなんだ。俺はここにいる」

 

「シスコン拗らせ過ぎよ!いいから小学校に戻りなさい!」

 

女がこちらにやってきて俺を掴む。

どうやら俺をヒミコから離し別の場所につれていくつもりらしい。

 

笑わせる。

 

「ふん!ふん!ふん!!こ、この子!すごい力で地面に引っ付いてるわ!」

 

誰か、誰か来てー!!と助けを求める女。

それを聞いた別の大人たちが追加され三人で俺を同時にひっぱる。

 

それを俺は呪力で強化した身体で無言で耐える。

 

「梃子でも動かない気だわ。どんだけシスコンなの!」

 

「重すぎよ!色々な意味で!!」

 

「ヒーローよ!誰かヒーローを呼んでー!!」

 

その後妹の傍を離れないでいると母親がやってきてヒミコと一緒に連れ戻された。

そして俺だけ小学校という施設に降ろされる。

 

学校からやってきた先生に捕まり俺はそのまま連行されてしまう。

二度目の脱走ということもありより入念に確保される。

強引に逃げることもできるが、暴れれば面倒になるのはさすがの俺でもわかった。

 

・・・・面倒だ、だがこれも人の道で生きるために必要なことだ。

 

悠仁も学校に通っていたというし、現代の人間が年が同じ者たちが集まって通うところになる。

以前、九十九たちと見たテレビに映っていたしんのすけは幼稚園に通っていたから幼稚園については知っていた。

 

だがずっとあそこにいるわけではないらしい。

 

「・・・・これも兄としての役目か」

 

俺が先にここのことをわかっていればヒミコがここに来た時に役にたつ。

嫌な場所であれば避けることだってできるからな。

兄として俺は妹の先を歩く。

 

「みんなは将来何になりたいのかなー?」

 

「「「ヒーロー!!!」」」

 

大人の言葉に全員が勢いよく手を上げながらそう口にする。

ヒーロー、この時代に生まれてからずっと聞き続けている言葉だ。

 

意味はわかる、だがなぜこんなにも人気なんだ。

 

「ちょうそうくんは何になりたいの?」

 

隣の席の女が俺にそう聞いてくる。

なりたいもの?

 

一瞬考えて、何も思い浮かばない。

 

なぜなら俺はもうなりたいものになっている。

 

「俺はもうなりたいものになっている」

 

「へぇー!なんなの?」

 

「お兄ちゃんだ」

 

妹であるヒミコの兄であり、弟である悠仁たちの兄でもある。

これ以上なりたいものなど他にあるわけがない。

 

「私、お姉ちゃんだよ!一緒じゃん!!弟と妹がいるんだけど二人とも可愛いんだよね」

 

「俺の弟と妹の方が可愛い」

 

「なにをー!!」

 

「そこうるさい!!」

 

大人が俺達に向かって叫ぶ。

俺は聞かれたから答えただけだ。

 

ここは幼稚園と大して変わらないな、子供の教育機関だ。

ヒミコのためになるのかはまだよくわからない。

 

「・・・・」

 

隣で騒ぐ女に顔をしかめながらこの後のことを思う。

昨日の夜に両親が何かを話していた。

 

ヒミコを『個性カウンセリング』とかいうところに連れていくと言っていた。

内容を聞く限り学校のように何かを教育する場のようだが、気になる。

 

先に俺が行っておきたいが、今日ヒミコを連れていくのなら俺もついていく。

 

 

 

 

 

 

「はい、矯正していきましょう。()()()

 

目の前の女がそう言う。

強い個性を持つ子にありがちな倒錯ですよと。

普通とは逸脱した行動や思考をしてしまうものだと。

 

「この社会ではよくあることです、正しく消していきましょう」

 

わからない。

これが人の道を進むために必要なものなのか?

 

俺の知る時代とここは大きく違っている。

 

特に驚いたのは、異形の姿をしている者が平然といることだった。

しかも忌み嫌われることなく人の中に溶け込んで暮らしている。

 

今の時代なら、壊相と血塗も何の問題もなく暮らしていけるだろう。

 

この異形が人として普通に暮らす光景に俺は安心を覚えていた。

 

なのに、どうして妹は受け入れられないんだ。

 

ヒミコは姿形中身を含めてどこから見ても少女だ。

おまけに可愛い笑顔も浮かべられる。

 

わからない、どうして親は、目の前の人間は、ヒミコを受け入れない。

異常だと、普通になれと。

 

外にいる異形の姿は普通だというのに、どうしてヒミコを異常だと言う。

血が好きだからなんだ、吸血するからどうした。

 

異形の姿は受け入れるのに、どうしてこの程度の違いを受け入れられない。

 

ヒミコもわからないのだろう、何度も俺に聞いてくる。

この『個性カウンセリング』に行きだしてから何度も。

 

その度に俺はやるせない気持ちになる。

人の道というのはこんなに狭いものなのか。

 

両親の態度は年月が経つ度に悪くなっていく。

 

普通になれと何度もヒミコに言う。

その度に俺は両親に向かって叫ぶ。

 

「普通?どうして他人の決めた普通にならないといけないんだ!」

 

なぜ他の人間と一緒じゃないとダメなのか。

家族なら、血のつながった者ならそんなどうでもいいこと気にするな!

 

・・・・何度も、人の道から外れようかと考えた。

今のヒミコは辛そうだ、そんな妹の姿は見たくない。

 

妹の血への興味は年月が経つごとに増していっている。

自ら人を傷つけて血が見たいというところまでこようとしている。

 

呪いとしての道の方がヒミコは楽だろう。

 

・・・・だが、その『楽』は安易に選んでいいものではない。

 

一度そっちに行けば、もう戻れない。

俺はそれでひどく後悔した。

 

俺が楽な道を選んだばかりに弟たちを死なせ、悠仁を苦しめてしまった。

 

・・・・もう、あんな思いをしたくない。

 

「・・・・ヒミコ、すまない」

 

「お兄ちゃん?」

 

俺が謝ればヒミコは不思議そうに首を傾ける。

最近、ずっと謝ってばかり、これではまた弟たちに笑われてしまうな。

 

「お前には辛い思いをさせてばかりだ。お前の普通を俺は守ってやれていない」

 

「・・・・」

 

俺の言葉にヒミコは答えない。

代りに俺に無言のまま抱き着く。

 

「お兄ちゃん。私、かぁいい?」

 

「ああ、世界一だ」

 

「えへへ、お兄ちゃん大好き」

 

「・・・・こんな不甲斐ない兄を、ヒミコは好きでいてくれるのか」

 

優しい妹の言葉に目から涙がにじむ。

今ヒミコは仮面をつけている、社会が、親が決めた普通を守るための仮面を。

 

それがどれだけ辛いことなのか、俺にはわからない。

わかってやれない。

 

「私、お母さん達が言うふつうがわからないの。みんなは血を吸いたくならないの?なんでみんな好きなのに我慢してるの?それがふつうなの?」

 

「・・・・」

 

「わからないけど、お母さん達に嫌になってほしくないから我慢してるの」

 

「・・・・ヒミコ」

 

いま、どれだけの感情がヒミコの中にはあるのだろう。

血のつながった両親に嫌われたくない。

だから自分を殺している。

 

俺が何もできないばかりにヒミコにそれを強いてしまっている。

 

今すぐ自分の首を絞めて殺したくなった。

 

「だから、ね。お兄ちゃん」

 

ヒミコはじっと俺を見つめる。

涙を浮かべながら、俺をまっすぐ見る。

 

「お兄ちゃんの前では我慢しなくても、いい?血が好きで吸いたくて、笑っちゃう私でも・・・・いい?」

 

「っっ、当然だ。俺はヒミコのお兄ちゃんなんだから」

 

いくらでも血を吸え、傷だってつけていい!

妹が望むのなら俺の全てをくれてやる!

 

「えへへ」

 

俺がそう言えばヒミコは嬉しそうに顔を綻ばせる。

っ、喜んでいるだけで終わるな、俺はお兄ちゃんだろ!

 

いつまでも妹に我慢をさせない。

人の道を生き、ヒミコがありのまま笑って暮らせるようにする。

 

ずっと考えていた。

俺がどう進めばいいか。

 

そして、一つの答えを見つけた。

 

「ヒミコ、俺はヒーローになる」

 

「ヒーロー?お兄ちゃんが?」

 

「ああ、トップヒーロークラスになればその影響力は計り知れない」

 

オールマイトという男がいる。

この時代における五条悟のような男だ。

 

オールマイトの影響力の大きさはこの時代に来てからよくわかった。

奴の言葉には全世界の人間が耳を傾け、それに同調する。

 

あそこまで上り詰め、俺がヒミコのことを、この思いを伝えれば妹の普通を人々は受け入れてくれるかもしれない。

 

それに俺の力はヒーローになるためにかなり役に立つ。

今まで見ていた限り、今の時代の奴らに俺が劣っているとは思えない。

 

なれる、トップヒーローに。

 

誰かを助けるためにじゃない、妹を助けるために。

 

「俺はヒミコのお兄ちゃん、そして今日からヒミコのヒーローだ」

 

 

 

 

 

「というわけだ、勉強を教えてくれ」

 

「いやどういうわけだ」

 

学校に登校するなり脹相がわけがわからないことを言ってくる。

勉強て、万年ビリのこいつがいきなり何を言っているんだろう。

 

「妹のために俺はヒーローになる。そのためには勉強も必要のようだ」

 

「あんたがヒーロー?今まで欠片も興味なかったくせに」

 

脹相とは小学校から今中学までの腐れ縁だ。

私含めて周りがヒーローに憧れる中、ずっと妹のことだけを見てきた筋金入りのシスコン。

 

まぁ、確かに脹相は個性もすごいし身体能力もわけわからんくらいすごい。

実際ヒーロー向きではある。

 

しかしヒーロー、ねぇ。

 

「で、どこ目指してるの?まさかと思うけど」

 

「もちろんトップヒーローだ。そのためにまずは」

 

真剣な表情でこっちを見る。

続きの言葉は予想ついてしまった。

 

奇遇にも私が目指すところも一緒だ。

 

「雄英高校、妹の最高のヒーローになるために俺はそこに行く」

 

 

 

 

 

 

 

 




ふと思いつき、勢いだけで一話書きました。

需要がありそうなら連載していこうと思います。

ちなみに最後に脹相が話していた少女は波動ねじれの親友ちゃん(甲矢有弓)です。
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