帝都に戻った俺が最初に向かったのは、ワーカー斡旋所ではなく、薬草ギルドだった。
依頼の直接の出所はこちらであり、筋を通すならまずここへ報告すべきだろう。それに、あの胡散臭い斡旋所より、人の良い老人がいるこちらの方が精神衛生上よろしい。
ギルドに入ると、昨日と同じ老人がカウンターで薬草の仕分けをしていた。俺の姿に気づくと、彼は心配そうな顔で駆け寄ってきた。
「おお、あなた! 無事でしたか! てっきり、あなたまで沼の魔物に……」
「あんたの言っていた沼の主は、始末してきた」
俺は言葉を遮り、カウンターの上に麻袋から取り出したものを無造作に置いた。
ゴツリ、と硬質な音を立てて現れたのは、昨日引き抜いてきたバジリスクの牙だ。長さ50センチはあろうかという、見事な牙だった。
「こ、これは……なんという大きさ……ま、まさか、本当に静寂の沼の主を……!? 貴殿が、たった一人でこれを……?」
老人は、信じられないものを見る目で牙と俺の顔を交互に見比べ、わなわなと震えている。
「害獣増加の原因はこいつだった。脅威が消えれば、鼠どもはそのうち沼の周辺に戻るだろう。あんたたちの仕事も、少しは楽になるはずだ」
「おお……おお……なんと感謝してよいか……!」
「ちなみに、あんたが心配していたワーカー連中だが」と、俺は付け加えた。「俺が見た時には、すでに石になっていた。手遅れだ」
俺の淡々とした言葉に、老人は一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに何かを振り切るように頷いた。裏稼業の人間たちの末路など、ある程度は覚悟の上なのだろう。
「……分かりました。危険な任務、誠にご苦労さまでした。これは、元々の依頼の報酬です。そしてこれは、沼の主を討伐してくださったことへの、ギルドからの心ばかりの礼です。どうか、お受け取りください」
老人は、鼠退治の報酬である銀貨数枚に加え、ずしりと重い革袋――中には金貨が数枚入っていた――を俺に差し出した。
「今後、薬草ギルドはあなたを歓迎します。薬草やポーションが必要な時は、いつでもお声がけください。できる限り融通いたしましょう」
これは、金銭以上の価値がある申し出だった。俺は黙ってそれを受け取ると、軽く頭を下げてギルドを後にした。
次に向かったのは、ワーカー斡旋所だ。
扉を開けると、昨日とは打って変わって、中にいたワーカーたちがぎょっとしたように俺を見て、囁き声を交わし始めた。どうやら、『クリムゾン・アーク』が戻ってこない件は、すでに彼らの耳にも入っているらしい。
俺はそんな視線を無視して、カウンターの主――ゲッヘンの前まで行くと、再びバジリスクの牙を置いた。
ゲッヘンは隻眼を細め、牙を手に取ると、値踏みするようにじっくりと眺めた。
「……ほう。こいつは上物だな。静寂の沼の主、バジリスクの牙か」
「ああ」
「……なるほどな。あのチンピラども、とんだ大物に手を出して、返り討ちに遭ったってわけか。で、お前さんが、それを一人で片付けてきたと」
ゲッヘンは牙を置くと、ニヤリと口の端を吊り上げた。
「大したもんだ、『ハチ』。お前の腕は、本物らしいな」
その日を境に、俺を見る周囲の目が変わった。
俺はその後も、目立たないように、一人でこなせる地味な依頼――特定の場所の偵察、珍しい鉱石の採取といった、戦闘を伴わないものを中心に選んで受注した。
だが、俺の意図とは裏腹に、『ハチ』の評判はワーカーたちの間で静かに、しかし確実に広まっていった。
どんな依頼も、彼は必ず一人で、そして完璧にこなしてくる。
余計な騒ぎは一切起こさない。いつの間にか依頼を終わらせ、いつの間にか報告に来ている。
その静かで確実な仕事ぶりから、誰が言い出したのか、俺はこんな二つ名で呼ばれるようになっていた。
『静寂(サイレント)』のハチ。
(……やめてくれ。黒歴史ノートに書くような名前で呼ぶんじゃない)
そんな中二病全開の呼び名に内心でうんざりしつつも、おかげでチンピラに絡まれるような面倒事がなくなったのは、まあ、良いことだと割り切ることにした。
帝国に来て、二週間が過ぎた夜。
俺は宿屋の自室で、デミウルゴスから渡されていた黒曜石のブレスレットに意識を集中した。ナザリックとの定期連絡用の魔法のアイテムだ。
《メッセージ》の魔法が繋がり、脳内に直接、あの理知的な悪魔の声が響く。
『―――ご苦労様です、八幡殿。そちらでの活動、実に順調なようですね』
「……まあな。そっちはどうだ」
『ええ、全てアインズ様の御心のままに。貴殿が集めてくださった帝国の基礎情報は、今後の計画において非常に有用です。感謝いたします』
俺は、この二週間で得た情報――帝国の情勢、ワーカーの生態、そして今回のバジリスク討伐の一件を、頭の中で整理しながら淡々と報告した。
報告を聞き終えたデミウルゴスは、楽しそうにクツクツと喉を鳴らした。
『『静寂のハチ』、ですか。ふふふ、面白い。その名は、貴殿の能力を的確に表している。その評判は、いずれ我々にとって、貴殿が意図する以上に有益に働くやもしれません』
「……そうかい。で、今後の指示は?」
『ええ。貴殿の順応性は、我々の想定を上回っています。そろそろ、次の段階に移っても良い頃合いでしょう』
デミウルゴスの声のトーンが、わずかに低くなる。
『次の任務では、貴殿にもう少し、帝国の『闇』……その一端に触れていただくことになるやもしれません。その時まで、しばしの休息をお楽しみください』
「……闇、ねぇ」
『ええ。光あるところには、必ず影が差すものです。詳細は、また追って。では』
通信は、一方的に切られた。
部屋に、静寂が戻る。俺はデミウルゴスの最後の言葉を反芻した。
これまでの活動は、所詮ウォーミングアップに過ぎなかったのだ。
俺は窓の外に目を向けた。ランタンの灯りが点在する帝都の夜景が広がっている。
一見、平和に見えるこの街にも、深い闇が広がっている。
そして、俺の次の仕事は、その闇の中に身を投じること。
「平穏な日常ってのは、どうしてこうも続かねえのかね」
俺は、誰に聞かせるともなく、いつものようにぼやいた。
より危険で、より面倒な任務の気配を、すぐそこに感じながら。
挿絵のリクエストです。
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