転移門(ゲート)を抜けると、潮の香りが鼻を突いた。
エ・ナイウルの港。事前に住民の避難が完了しているのか、あるいは皆が防衛線である城門に集まっているのか、周囲に人の気配は全くない。
「……いた」
頭上を、凄まじい推進音を立てて『真紅のパワードスーツ』が飛び去っていくところだった。
見失う前に後を追わなければならないが、相手の逃走ルートは完全に『海の上』だった。
(……やべえな。いくら俺の身体能力が高くても、海の上を水上歩行で全力疾走していったら、上空から丸見えで速攻でバレるだろ)
俺は少し思案し、YGGDRASILの忍者クラスのスキル……『忍術』を使用することにした。
「……《口寄せの術》!」
指を噛み切り、港の海面に血で印を結ぶ。
ドプンッ! と巨大な水飛沫を上げて、海中から体長八メートル近い『シャチ』の召喚獣が姿を現した。
俺は躊躇なくシャチの背に飛び乗り、自身とシャチの両方に《不可視化(インビジビリティ)》をかけた。
「よし、あの赤い鎧を追え! 波を立てないようにな!」
シャチはキュィィッと鳴き声を上げ、海面すれすれを滑るようにして、上空のパワードスーツを追跡し始めた。
海風を浴びながら、俺はあの鎧の正体について思考を巡らせる。
(デミウルゴスの資料で見たことがある。王国のアダマンタイト級冒険者チーム『朱の雫』のリーダー、アズス・アインドラ。……ん? 待てよ)
アインドラ。
どこかで聞き覚えのある苗字だ。
(……ん、青の薔薇のリーダー、ラキュースと同じ苗字じゃないか。親戚か何かか?)
俺の『ぼっちの観察眼』が、点と点を繋ぎ合わせる。
もしあのパワードスーツがアズスなら、ラキュースは彼の持つ『規格外の兵器』について何か知っているかもしれない。次に彼女に会えたら、世間話のついでに探りを入れてみるのもアリだな。
シャチでの追跡から数時間後。
俺は、王国の中枢である王都リ・エスティーゼの街へと辿り着いた。
パワードスーツの男は王都の裏路地に降り立ち、装備を解除して安宿の中へと入っていった。俺は《隠密》スキルを全開にして宿の周辺に張り付いたのだが……。
「……消えた?」
気配探知のスキルが、宿の中から男の反応が消失したことを告げた。
「クソッ! 転移(テレポート)はズルだろ!」
俺は舌打ちをした。
だが、今ここで転移阻害の結界を張れば、「自分が追跡されている」という明確なアラートを相手に与えることになる。殺してアイテムを奪うだけなら簡単だが、今回は諜報任務だ。ここで敵対してバックにいる組織に逃げられるのが一番厄介だ。
(流石に宿に荷物を置いたまま消えたら不自然だし、何らかの集まりに参加して、また戻ってくる可能性が高いな。今は耐えるか……)
俺は路地裏の影に潜み、《伝言(メッセージ)》でアインズ様に状況を報告した。
『――アインズ様、八幡です。標的は王都へ入った後、転移で姿を消しました。今日明日の帰還は無理そうです。調査が少し長くなるかもしれません』
『ご苦労、八幡。焦らなくてよい。……だが、絶対に無理だけはするなよ』
『はっ。ありがとうございます』
アインズ様の許可も得たことだし、とりあえず男が戻ってくるまで周辺の調査(という名の王都ぶらり歩き)をすることにした。
そうして王都の街中を歩いていると、ちょうど良いタイミングで、見慣れた二人の姿を発見した。
「……お? マジか。ラッキー」
俺は隠密を解き、気怠げな足取りで二人に近づいて声をかけた。
「よお。奇遇だな、ティア、ガガーラン」
「「えっ……!?」」
俺の声に、ティアとガガーランは弾かれたように振り返り、そして信じられないものを見るように目を見開いた。
「ハ、ハチ先生!? なんで急に……!」
「お前……まだ王国にいたのか!? てっきりもうどこかの国に逃げたと思ったぜ……」
魔導国が王国への侵攻を開始しているこの緊迫した状況で、のほほんと俺が現れたことに驚いているらしい。
「まあな。ちょっと『仕事』の帰りだよ」
俺は、禍々しい装備の数々を揺らしながら、適当な嘘をついた。
「へぇ……! 先生、凄まじい装備をしてますね。オーラだけで斬られそうなんだけど」
ティアが、俺の『絶氷の篭手』や呪われた外套を見て目を輝かせる。
「で、お前らはこんなところで何してんだ?」
俺が尋ねると、ガガーランが周囲を警戒しながら声を潜めた。
「実はな、ある『依頼』でここに呼ばれたんだ。……なんでも、王国内の『アダマンタイト級の冒険者チーム』を集めてるらしい」
「……アダマンタイト級を?」
俺は内心でピクッと反応した。朱の雫と、青の薔薇。両方が集まる会合。間違いなく、あのアズス・アインドラも絡んでいる。
「いくら何でも怪しすぎるだろ。時期が時期だしな。罠かもしれないって、お嬢も警戒してるんだ」
ガガーランの言葉に、俺は「確かに怪しいかもな」と相槌を打った。
すると、ティアがポンッと手を叩き、何かを閃いたような顔で俺を見た。
「そうだわ! 先生も、私たちについてきてくれない!?」
「……は?」
「おおっ! 確かに! そいつぁ良いアイデアだ!」
ガガーランもバンバンと俺の背中を叩いて乗っかってくる。
「いやいや、俺は部外者だぞ」
「いいじゃない! とりあえず、先生のこの後の予定がないなら、護衛としてついてきてほしい。この後、みんなと落ち合う予定だから」
(……護衛ねぇ)
俺は少し迷った。だが、標的であるアズスが関わっている可能性が高い集会だ。しかも、ラキュースからアインドラ家の事情を聞き出せるかもしれない。潜入の手間が省けるという意味では、渡りに船だった。
「……まあ、予定は空いてるから、いいぞ」
俺が了承すると、ティアとガガーランは「よっしゃ!」と歓声を上げた。
道中、ティアは嬉しそうに俺の横を歩きながら言った。
「先生に教えてもらった《螺旋風魔》、すごく役に立ってるわ! おかげでデカい魔物も一撃よ。……また何か、新しい技を教えてくれない?」
「機会があったらな。俺の指導は高くつくぞ」
俺は適当に返事をしながら歩を進めた。
しばらくして、指定された待ち合わせ場所でティナとイビルアイの二人と合流した。
「ハ、ハチ……!? なぜ貴様がここにいる!」
イビルアイがビクッと肩を震わせて警戒の構えをとるが、ティナは「あっ、先生!」と嬉しそうに駆け寄ってきた。
俺は「よお」と適当に手を挙げて返す。
「おい、どういうことだガガーラン! こいつの素性はまだ……!」
「まあまあ落ち着けって、イビルアイ」
イビルアイの尋問めいた追及を、ガガーランが笑って宥めていると。
「みんな、待たせたわね……って、えええっ!?」
遅れてやってきたラキュースが、俺の顔を見るなり、驚愕で目を丸くした。
「ハチ!? 嘘、どうして貴方がここに……!」
だが、彼女の驚きはすぐに別の感情へと変わったらしい。彼女はズンズンと俺に歩み寄り、ガシッと俺の両手を取った。
「あ、ああ……! 神よ、感謝します! 貴方がまた、私の前に現れてくれたのね……!」
顔を真っ赤にして、乙女全開の瞳で俺を見つめてくる。……なんだこの重い空気は。
「お、お嬢、落ち着け。実はな……」
ティアが俺の言い訳(仕事帰りで偶然会ったこと)を説明し、ガガーランが「この後の集会に、ハチを護衛として雇うってのはどうだ?」と提案した。
俺は情報収集の好機を逃すわけにはいかないので、何も口を出さずに黙っていた。
「……ハチが護衛についてくれるのは、これ以上ないほど心強いわ。でも……部外者の貴方を、集会に巻き込むのは……それに、あの叔父に会わせるのはちょっと…」
ラキュースが少し迷う素振りを見せる。
ここで別れられたら、アズスの話が聞けなくなるかもしれない。
俺は、ジッとラキュースの瞳を真っ直ぐに見つめ返し、少しだけ声のトーンを落として囁いた。
「……ラキュース、俺にお前達を守らせてくれないか」
その瞬間、ラキュースの顔がボンッ! と音を立てる勢いで真っ赤に染まった。
「そ、そそそ、そういうことだったら……! 喜んで、お願いするわ……っ!」
(ちょろっ……)
こうして、俺は魔導国のスパイでありながら、王国最高峰の冒険者チームの「臨時護衛」として、アダマンタイト級の集会へと堂々と同行することになったのである。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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