(……こんな事になるなら、最初から不可視化なんか解くんじゃなかった)
俺は心の中で激しく後悔しながら、ラキュースが何らかの言い訳を捻り出してくれるのを待っていた。
ここで俺が下手に「いや、違います。通りすがりの者です」なんて口を挟めば、逆に不自然になり、話が致命的にややこしくなるのは目に見えている。
だが、当のラキュースは顔を茹でダコのように真っ赤にしたまま、モジモジと俯いて沈黙してしまった。
その様子を見かねたアズスが、鋭い視線を俺に向けて口火を切った。
「とりあえず、お前誰なんだ。ラキュースと結婚するんなら、それなりのヤツなんだろうな?」
俺は小さく息を吐き、無表情を作って答えた。
「俺はハチ。元帝国のワーカーだ」
「ワーカーだぁ?」
アズスは怪訝に眉をひそめたが、すぐに何かを思い出したように目を見開いた。
「ん? 待て。ワーカーのハチっていうと……『静寂のハチ』か?」
「他にハチってヤツがいないんならな」
俺が肯定すると、アズスは顎を撫でながら俺を値踏みするようにジロジロと見た。
「ふぅーん……。で、どうやってラキュースと知り合った?」
「たまたまだ」
「たまたまで、王国最高峰のアダマンタイトと出会えるとは思えねぇなぁ」
アズスが探るような目でガンを飛ばしてくる。
「やめて、叔父さん! 本当にたまたまなの! たまたま彼と出会って、その、あの……」
ラキュースが必死に庇おうとするが、肝心の「その後」が思いつかないのか、さらにモジモジとし始めた。
見かねたティアとティナが、横からスッと口を挟んだ。
「彼は、私たちの師匠でもある」
「そうそう。先生、すっごく強いんだから」
「ほぉ〜?」
双子の助け舟(?)に、アズスは片眉を吊り上げて悪態をついた。
「そこまで言うんなら、相当強いんだろうなぁ? まぁ、気配を消す技術は大したもんだった。英雄を逸脱してそうだけど、それもピンキリのはずだぜ!」
(あーあ、面倒くさいスイッチ入っちゃったよ……)
俺がこれ以上ないほどの深いため息を吐いた、その時だった。
「じゃあ、アズスのダンナが試せば良いじゃねぇか!」
ガガーランが、とんでもない爆弾発言を投下した。
「ハチは相当強いぞ。試してみる価値はあると思うぜ!」
(余計な事を言うな!)
俺が渾身の睨みを利かせた視線を向けると、ガガーランは悪びれもせず、バチコンッ! とウィンクをしながら親指を立ててみせた。
「俺は戦う気なんざ……」
俺が断りを入れようとした瞬間、アズスがニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
「そんなに言うなら、やってやろうじゃないか! ラキュースを任せられる男かどうか、俺が直々に見てやる!」
アズスは勢いよく立ち上がった。
「ちょいと待ってろ!」
そう言い残し、彼は装備を整えるために別室へと引っ込んでしまった。
部屋に再び沈黙が落ちる。
俺は頭を抱え、ラキュースに向かって声を荒げた。
「おい! 何をめんどくさい事にしてくれてんだ!どうすんだよ!」
「ご、ごめんなさい……! あの時は、アレが一番良いと思って……」
ラキュースはシュンと肩を落とし、その綺麗な瞳には、見る間に涙がポロポロと溜まり始めた。
「うっ、ぐすっ……私のせいで……」
(…………うわぁ)
俺は猛烈にバツが悪くなった。
なんで俺が悪いみたいな空気になってるんだ。これじゃまるで、小学校の時に女子を泣かせてしまって、クラス中から冷たい視線を浴びたあの時と全く同じ構図じゃないか。周囲の双子やイビルアイからの「あーあ、泣かした」という無言の圧力が痛い。
俺は特大のため息を吐き、頭をガシガシと掻いた。
「……言いすぎた。悪かったよ」
「いいえ、私も……私が悪かったわ……」
ラキュースが手で涙を拭っていると、別室の扉が開き、全身を真紅の機械鎧で覆ったアズスが現れた。
YGGDRASILの遺物、『パワードスーツ』。
「待たせたなぁ」
アズスがヘルムの奥から俺を睨みつける。
「ちょっといった所にちょうど良い広場がある。そこでやろう」
言うが早いか、アズスは宿の窓を開け放ち、推進器の音を響かせて空へと飛んで行ってしまった。
(……マジでバックれてぇ)
俺は心底そう思ったが、同時に、これはアズスの戦闘データと、パワードスーツの性能を間近で確認できる絶好の『情報獲得のチャンス』でもあることに思い至った。アインズ様の極秘任務を完遂するためには、避けては通れない道だ。
「……行くか」
俺は窓枠に足をかけ、部屋を出た。
俺の後ろを、蒼の薔薇の面々が付いてくる。
王都の屋根を飛び移りながら広場へと向かう道中、ラキュースが隣に並走してきて、申し訳なさそうに口を開いた。
「ハチ……無理に戦わなくて良いのよ。私が叔父さんを説得すれば、ちゃんと誤解を解けると思うから……」
「別にいい。どうせ、必要な事だしな」
俺は視線を前に向けたまま答えた。俺としては「魔導国の諜報任務として必要なこと」という意味だったのだが。
「それって……」
ラキュースがハッと息を呑み、頬を赤くして何かを言いかけた所で、目的地の広場に到着した。
広場の中央には、パワードスーツを着たアズスが腕を組んで待ち構えていた。
「人払いは済ませておいた。……いいか。もし俺に勝ったら、ラキュースの婚約者として認めてやる。だが、負けたら潔く身を引け。金輪際、ラキュースの目の前に現れるな」
いかにも身内を心配する叔父といった、真面目なトーンだ。
「別に認めてもらおうなんて思ってねぇよ」
俺は肩をすくめ、要求を突きつけた。
「ただ、俺が勝ったら……なんでも一つ、言う事を聞いてもらうぞ」
「良いだろう。勝ったらそんくらいの権利はあるだろうからな。だが……」
アズスの纏う空気が、ピリッと引き締まった。
「これは言い訳でもなんでもないが、俺はこの後、魔導王との戦いが控えている。全力では戦わないが……英雄を逸脱した程度では勝てないと思え」
「ご忠告どうも」
俺はイビルアイの方を向き、顎でラキュースたちをしゃくった。
「おい、巻き込まれないように、そいつら守ってやれ」
パワードスーツの広範囲爆撃に巻き込まれて大怪我でもされたら面倒だし、アズスが激怒して情報どころではなくなるからな。
「フン、言われるまでもない」
イビルアイは被っていた仮面を外し、真紅の瞳で俺を見た。
「……勝てるのか?」
「さぁ?」
俺は肩をすくめた。
ティアとティナも、不安そうに顔を寄せてくる。
「先生! 本当に大丈夫なんですか?」
「はぁ……大丈夫かどうかはわかんないけど、お前ら、絶対に俺の戦い方を参考にすんなよ」
俺は首をコキコキと鳴らしながら、軽い準備運動をした。
「やっぱりアンタは良い男だな!」と、背後からガガーランにバシッと背中を叩かれる。痛い。
最後に、ラキュースが一歩前に出た。
彼女の手には、以前(王国の特訓時に)俺が適当に見繕ってやった髪飾りを祈るようにギュッと握りしめられていた。
「ハチ……頑張って」
「おう」
俺はアズスの方へと歩き出しながら、ラキュースたちに背を向けたまま、ヒラヒラと片手を上げて返事をした。
アズスは、俺がラキュースたちから十分に距離を取った事を確認すると、パワードスーツの駆動音を一段と高く響かせた。
「準備はできたようだな。……行くぞ!」
真紅の巨体が地を蹴り、凄まじいスピードで俺に向かって一直線に突進してきた。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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八幡+アルベド
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