「準備はできたようだな。……行くぞ!」
アズスの叫びと共に、真紅のパワードスーツが背部スラスターから青白い炎を噴き出し、凄まじいスピードで俺に向かって突進してきた。
手に持った無骨な大型ライフルを、まるで鈍器のように力任せに横薙ぎに振るう。
「……大振りすぎるな」
俺は小さく息を吐き、足さばきだけでその一撃を華麗に躱した。ライフルの銃床が俺の鼻先数ミリを通過し、突風が前髪を揺らす。
「流石に当たんねぇか! なら、コイツをどう捌く!」
アズスは即座にスラスターを吹かして上空へと飛び上がり、空から俺を見下ろすようにライフルを構え、トリガーを引いた。
タタタタタタタッ!!
けたたましい銃撃音と共に、魔法的に加速された凶悪な弾丸の雨が降り注ぐ。
俺は広場に点在する石柱や瓦礫の陰へと滑り込み、飛弾の軌道を躱しながら、着弾点の破壊力をつぶさに観察した。
(……なるほど。石畳を容易く粉砕する貫通力。だが、物理ダメージの域は出ていない。魔法的な付与(エンチャント)も標準的か)
防戦一方に見せかけつつ、俺も反撃のフェーズへと移行する。
瓦礫を蹴って斜線に出た瞬間、インベントリから起爆札を巻き付けたクナイを取り出し、上空のアズスに向かって投擲した。
「甘ぇよ!」
アズスは鼻を鳴らし、ライフルの銃口をクナイに向け、正確に撃ち落とした。
だが、それこそが狙い(フェイント)だ。
ボォォンッ!!
空中で起爆札が炸裂し、特殊な魔力を含んだ高密度の煙幕がアズスの周囲を完全に覆い隠した。
「チッ、目眩ましか!」
アズスは空中でホバリングしながら、即座に周囲へ警戒を向ける。
煙の中に、人間大の不自然な『影』が揺れたのを見逃さず、彼はライフルを連射した。
ズダダダダダッ!
「……何っ!?」
煙が晴れかけ、そこに落ちてきたモノを見てアズスが驚愕の声を上げた。
彼が蜂の巣にしたのは、俺ではなく、ただの『丸太』だったからだ。YGGDRASILの忍者クラスの基本スキル、《変わり身の術》。
「上ばっか見てると、足元を掬われるぞ」
「なっ――背後!?」
アズスが振り返ろうとした瞬間、既に俺はパワードスーツの背後の死角、空中に立っていた。
情報を持ち帰る前に鎧を完全に壊してしまっては元も子もない。俺はあえて手加減し、スーツの装甲の隙間を狙って重い蹴りを叩き込んだ。
「グアッ!?」
推進器のバランスを崩し、アズスが空中で錐揉み回転しながら吹き飛ばされる。
(……思ったより軽いな)
俺は着地しながら、パワードスーツの耐久性を推測した。
(機動力と火力は高いが、鎧自体の装甲・耐久力はそこまで高くないのかもしれない。これなら、守護者たちのフル装備の一撃はまず受け切れないだろう。一発でスクラップだ)
「クッソ! いってぇなぁ……!」
アズスは空中で強引に体勢を持ち直すと、肩にマウントされたカタパルトから風属性の魔法を放ち、残っていた煙幕を一瞬で吹き飛ばした。
(ほう……)
俺は死んだ魚の目を細める。
(スーツ自体に複数の魔法をストックできるのか? それとも、特定の魔法を回数制限で撃てるのか、あるいは無限か。……調べる事が多くなってきたな)
俺はわざと挑発するように声を張った。
「おい、今の便利だな。それ、何回でも使えんのか?」
「それは秘密だ!」
アズスが吠え、再びスラスターを全開にして俺に向かって突っ込んできた。
だが、今度の速度は先ほどの比ではない。機体のリミッターを外したのか、完全なトップスピードだ。
(避けようと思えば避けられるが……耐久値と最大火力の検証もしておくか)
俺はあえて回避行動をとらず、両腕をクロスして防御姿勢をとった。
ドゴォォォンッ!!
パワードスーツの強烈な体当たりと、零距離での推進器の衝撃波をモロに食らい、俺の体は弾丸のように吹き飛ばされた。
広場の端にある廃墟の壁を三、四枚ぶち抜き、派手な音を立てて瓦礫の山に突っ込んで建物ごと崩落する。
「ハチーーッ!!」
遠くから、ラキュースの悲痛な絶叫が聞こえた。
「ふぅ……。終わったか?」
アズスが空中でホバリングしながら、油断なく銃口を崩れた廃墟に向けてごちる。
一方の俺は、崩れた瓦礫の下で静かに顔をしかめていた。
(……いってぇ。俺のビルド、基本的に回避と隠密特化で防御力にステータス振ってねぇから、素で食らうとクソいてぇ。……でも、この程度の最大火力なら、守護者たちだったらほぼ無傷だな。特にあの要塞レベルにカチカチのアルベドだったら、文字通りノーダメージ(痒くもない)だろ)
俺はパワードスーツの限界値をおおよそ把握し、自分の体の上に乗っていた瓦礫を気合いで吹き飛ばして、土煙の中からゆっくりと立ち上がった。
「へぇー、終わったと思ったんだがな。案外丈夫なのか?」
アズスが廃墟から出てきた俺を見て、感心したように軽口を叩く。
俺は口の中に溜まった血を「ペッ!」と横に吐き出し、わざとニヤケ面を作って答えた。
「いんや、充分にいってぇ攻撃だった。もうフラフラだよ」
アズスは、俺のその「案外余裕そうな態度」を見て、ヘルムの奥で目を細めたのだろう。
「なるほど、お前にだったらもう少し本気を出しても大丈夫そうだな」
次の瞬間、アズスの肩の砲台が展開し、眩い雷光が収束した。
「――《竜雷(ドラゴン・ライトニング)》!」
第五位階相当の強力な雷撃が、俺を焼き焦がさんと放たれる。
俺は瓦礫を蹴って上空へ大ジャンプし、直撃を紙一重で回避した。だが、アズスはその隙を逃さない。
空中に逃げ場のない俺に向かって、真下からライフルの掃射を浴びせてきた。
「……仕方ない」
俺は腰に差していた二振りの忍刀を引き抜き、両手に構えた。
キンッ! カンッ! ギィンッ!!
空中で姿勢を制御しながら、迫り来る何十発もの弾丸を、二刀流の絶技で全て正確に『斬り捌く』。火花が空中で花火のように散る。
「おいおい、弾丸を剣で斬るって……マジかよ……!」
アズスがドン引きしたような声を上げる。
俺はそのまま空中の見えない足場を蹴る――《空駆け(エア・ステップ)》を発動し、アズスに向かって正面から一直線に突っ込んだ。
「くっ……!」
慌てたアズスが俺に向かってライフルを連射するが、近づくほどに俺の剣閃は冴え渡り、全ての弾を弾き落とす。
完全に間合いを詰められると悟ったアズスは、舌打ちをして地面に向けて何かを撃ち込んだ。
ピカァァァァッ!!
炸裂したのは『閃光弾』。強烈な光と音響が広場を包み込み、視界を完全に白く染め上げた。
その隙に、アズスはスラスターを最大出力にして上空へと退避する。
数秒後、閃光が落ち着き、アズスが上空から地上を見下ろした。
「……何! どこに行った?」
そこには、俺の姿は影も形もなかった。
「……上だよ、おっさん」
「なっ!?」
アズスが頭上を見上げると、そこには人間より一回り大きい程度の、東洋の『龍』が宙に浮いていた。もちろん、俺が《口寄せの術》で呼び出した召喚獣だ。俺はその龍の頭上に腕組みをして立っている。
「いけ」
俺の短い命令と共に、龍が大きく口を開け、超高圧に圧縮された『空気弾』をアズスに向けて見舞った。
「ガアァッ!?」
逃げる間もなく空気弾を脳天からモロに食らったアズスは、推進器の制御を完全に失い、錐揉み回転しながら地上へと真っ逆さまに墜落した。
ズドォォォォンッ!!
広場の石畳が大きく陥没し、土煙が舞い上がる。
「カハッ……! ゲホッ、ゴホッ……!」
肺の空気を全て吐き出し、全身の痛みに呻きながら立ち上がろうとするアズス。
だが、彼が顔を上げた時、すでに俺は彼の背後に立ち、パワードスーツの首筋の装甲の隙間に、冷たい忍刀の刃をピタリと当てていた。
「……俺の勝ちで、良いよな?」
静寂が降りた広場で、俺の声だけが冷たく響いた。
アズスは荒い息を吐きながら、しばらく黙っていたが、やがてフッと体の力を抜いた。
「……あぁ、お前の勝ちで良い。完敗だ。……ラキュースはお前のもんだ。結婚でもなんでも、好きにしろ」
俺は刀を鞘に納め、心底呆れたように深いため息を吐いた。
「そもそも、アイツはアンタのもんじゃねぇだろ。叔父だからって、本気でウザがられる前にそういうのやめた方が良いぞ」
「フン!」
アズスはスーツのヘルムを外し、汗ばんだ顔で俺を睨んだ。
「俺はアイツが生まれた時から知ってるんだ! 冒険者なんて危険な真似して、しかもこんな時代だ! 心配しすぎくらいがちょうど良いんだよ!」
(……なんだ、ただの過保護な『姪っ子大好きおじさん』じゃないか。女侍らせてたのも、ラキュースに愛想を尽かさせて遠ざけるための演技か?いや、こいつの場合はただ単に女好きなだけか)
俺は死んだ魚の目を細め、この不器用な男に少しだけ同情した。
アズスが立ち上がり、俺に向き直る。
「……それで? 勝者の権利だ。お前は俺に何を求めんだ?」
「……アンタのその鎧、どこで手に入れた」
俺はあえて『パワードスーツ』という単語を出さずに核心を突いた。
「明らかに、鎧を脱いだアンタ本人より、数倍……いや、数十倍は強くなってんぞ。普通の代物じゃないだろ」
「脱いだ時云々は余計だ。……このスーツはな……」
アズスが口を開きかけた、まさにその時だった。
「ハチーーッ!!」
歓喜と安堵の入り混じった叫び声と共に、猛スピードで駆け寄ってきたラキュースが、俺の胸にドンッ! と勢いよく飛びついて(抱きついて)きた。
「おいっ! なんだ! やめろ!」
俺は慌てて彼女を引き剥がそうとするが、彼女は俺の服をギュッと握りしめ、顔を埋めたまま離れようとしない。
「ハチ、あなた無茶して……っ。本当に、死んじゃったかと思って……でも、無事で良かった……っ!」
見上げれば、ラキュースの美しい瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ落ちていた。先ほどの『夫発言』の演技を超えた、本心からの安堵。
(……うわ、どうしようこれ。アインズ様の副官が王国の貴族に泣きつかれてる図とか、アルベドに見られたら即死刑案件だろ)
「……おい、あんま見せつけんなよ」
アズスがニヤニヤしながら軽口を叩いたが、次の瞬間、彼の顔つきが急に険しくなった。
何らかの魔法的な《伝言(メッセージ)》でも受け取ったのか、彼は再び真紅のヘルムを被り直した。
「……悪いな。そろそろ行かなきゃいけなくなってしまった」
アズスはパワードスーツの推進器を再起動し、宙に浮き上がる。
俺は慌ててラキュースを引き剥がし、空中のアズスに向かって叫んだ。
「おい! まだ答え聞いてねぇぞ!」
アズスは上空から、バツが悪そうに、だが確かな信頼を込めた声で叫び返した。
「ラキュースを頼んだ! この国から逃がしてやってくれ!
……それと、このスーツは『借りた』んだ! どっかの『白いドラゴン』にな!
詳しいことは、リグリッドってババァに聞け! じゃあな!!」
それだけを言い残し、アズス・アインドラは王都の空の彼方へと、流れ星のような猛スピードで飛び去っていった。
(白いドラゴン……。十三英雄のリグリッド……)
俺は得られた特大の情報を頭の中で反芻し、アインズ様への報告事項をまとめながら、腕にしがみついて離れないラキュースの頭を、仕方なくポンポンと撫でてやるのだった。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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