翌日。お天道様がすっかり高い位置に昇り、昼前になるまで俺はベッドの中で泥のように眠りこけていた。
重い体をどうにか起こし、私服に着替えて部屋を出る。
すると、扉のすぐ横に一般メイドのフォアが立っていた。
「あ、八幡様……! お、お目覚めになられたのですね……っ」
彼女はなぜか顔を林檎のように真っ赤にして、指先をごにょごにょと動かしながら猛烈にモジモジしている。なんだ、昨日部屋の鍵を閉め忘れた件について、メイド長にでも怒られたんだろうか。
俺が「おう、おはよ」と気のない返事をして通り過ぎようとすると、彼女は意を決したように、胸元に抱えていた風呂敷包みを両手で差し出してきた。
「あの……これ、お弁当です! 今日は外でのお仕事だとお聞きしたので……その、心を込めて作りましたっ。よろしければ!」
「お弁当……? ああ、わざわざすまん。ありがたく貰っとくわ」
なぜ急にお弁当なのかと首を傾げつつも、せっかくの好意を無にする理由もないのでありがたく受け取る。フォアは「はいっ……! お気をつけて……はぁ、八幡様……」と、どこか熱っぽい瞳で俺を見送りながら、嬉しそうに胸元を押さえて去っていった。
俺はそのまま、第九階層に設置された固定型の《ゲート》をくぐり、エ・ランテルの冒険者組合(ギルド)へと転移した。
受付嬢に話を通そうかとカウンターへ歩きかけた、その時だった。
「おや、ハチ殿。お待ちしておりましたぞ」
後ろから声をかけられ振り返ると、そこにいたのはエ・ランテルの冒険者組合長――アインザックだった。
(……あれ? おっさんと挨拶したことあるっけ? ああ、モモンが事前に俺の名前と人相をこっちに回してたのか)
「どうも。一応、初めまして。ハチです」
俺が死んだ魚の目で軽く会釈をすると、アインザックは親切そうな、いや、どこか獲物を品定めするような生温かい笑みを浮かべて頷いた。
「噂はモモン殿からかねがね。今回も我が組合の若手たちを指導していただけるということで、本当に感謝いたしますぞ。ささ、すでに特別な訓練場に集めてありますので、こちらへ」
「はぁ、よろしくお願いします」
まあ、適当に数時間だけそれっぽいアドバイスをして、さっさと終わらせるか。
そんな軽い気持ちで、俺はアインザックに案内された屋内訓練場の重い扉を開けた。
――そして、その場で顔を引き攣らせ、回れ右をして扉を閉めようとした。
「どうかされましたかな、ハチ殿?」
アインザックがガシッと俺の肩を掴んで引き留める。その目が妙にギラギラしている。
「いや、ちょっと部屋を間違えたかと思って……」
「いえいえ、間違いなくここですぞ!」
アインザックに背中を押され、俺は最悪な予感を抱きながら訓練場の中へと足を踏み入れた。
おかしい。何かが致命的におかしい。
広い訓練場の中にいるのは、全員が女性だった。
しかも、どいつもこいつも顔面偏差値が異常に高く、王国の令嬢かと言いたくなるような美貌の持ち主ばかりだ。さらに軽戦士系のクラスが多いのか、布面積のやたらと少ない軽装備――ぶっちゃけビキニアーマー一歩手前みたいな、目のやり場に困る格好の女たちが何十人もひしめき合っている。薄い衣の隙間からは、汗ばんだ鎖骨やしなやかな太ももが覗いていた。
(……おい待てパンドラズアクター。お前どんな要請の仕方をしたらこんな状況になるんだよ。それともアインザックの趣味か?)
俺は心の中で激しいツッコミを入れながら、猛烈にため息をついた。
正直、童貞特有の防衛本能が全力で警報を鳴らしている。
こんな天国(地獄)みたいな環境、一秒だって居たくない。
だが、これもアインズ様から直々に拝命した任務だ。バックれるわけにはいかない。
俺は極力、彼女たちの露出度の高い部位から視線を逸らし、死んだ魚の目を虚空に向けながら声を張った。
「えー、今日から臨時の教官をやることになったハチだ。……基本的にはいつも通りに練習してくれ。何かあったら言ってくれればいいし、こっちも気づいたことがあればアドバイスするから」
それだけ言うと、俺は訓練場の端にあるベンチにそそくさと移動し、腰を下ろした。まずは傍観を決め込むに限る。
全体をざっと見ると、連携の基礎ができているし、才能の片鱗がありそうな連中がチラホラと見受けられた。
ただ、やはり比べる相手が悪いが、つい昨日まで王国最高峰の『蒼の薔薇』や、法国の『漆黒聖典』、挙句の果てにはパワードスーツといった化け物クラスばかりを見ていたせいで、彼女たちの動きがどうしても止まっているように見えてしまうのだ。
「まあ、一般の冒険者なんてこんなもんだよな……」
俺がぼーっと彼女たちの訓練を眺めていた、その時だった。
ズンズンと重量感のある足音を立てて、一人の女性冒険者が俺の前に立ちはだかった。
見上げれば、気の強そうな吊り目に、これでもかと主張の激しい爆乳をビキニアーマーで包んだ大柄な女戦士だった。
「あんたが教官なんだろ? 私は難しいことはわからないんだ、戦って直接教えてくれ!」
女戦士がニカッと獰猛に笑う。その間も、俺の目の前で彼女のブルンブルンとした豊満な果実が不規則に揺れ動いている。暴力的な質量だ。視線が、視線がどうしても重力に逆らえない……!
(……くっ、ここで適当に言いくるめて拒否しても、こういう体育会系脳筋タイプは後で絶対に面倒なことになるな)
俺は大きくため息を吐いてベンチから立ち上がった。
近くの武器ラックから、刃の潰れた模造刀……ではなく、一番威力の低そうな、ただの「木の棒」を一本手にする。今回の相手は一般の人間だ。忍術も、暗殺スキルも、魔法すら必要ない。「素の肉体性能」だけで十分すぎる。
「わかったよ。お前、大剣使ってるところを見ると剣士か?」
「おうよ! 私はあのモモン様に憧れてるんだ!」
女戦士は不敵に笑い、身の丈ほどもある無骨な大剣をガシッと構えた。
その瞬間、周囲の女性冒険者たちも手を止め、何事かと俺たちの模擬戦に注目し始めた。
「そんな木の棒でいいのかい? 大怪我してもしらないよ!」
「大丈夫だ。それより、お前こそ一人でいいのか? パーティーを組んでるんだろう。……パーティー全員でかかってこいよ」
俺の言葉に、大剣女性は「ハッ! 面白いことを言うじゃないか!」と口元を釣り上げた。
「まずは私から行くよ! 無理だと思ったら仲間を頼るさ。……はああああっ!」
地を蹴り、猛然と突進してくる大剣女性。大剣を頭上から豪快に振りかぶる。
だが、俺からすればその動作は止まっているも同然だ。武技も魔法も使わず、純粋な反射神経と身体能力だけで、彼女の刃が届く直前にほんの半歩だけ体を横にずらして完全に躱した。
そして、大剣を振り下ろした慣性で完全に無防備になった彼女の、汗ばんで露出したお腹の肉へ、木の棒の先端をピトッ……と優しく触れさせた。
「っえ……!?」
「よかったな。これがナイフだったら、お前は今ので確実に死んでいたぞ」
「クソッ!」
大剣女性は顔を真っ赤にして叫び、強引に大剣を振り回して追撃してきた。
だが、俺はスキルに頼ることなく、純粋な体捌きと重心操作の技術だけで、大剣が放つ凄まじい風圧を顔色一つ変えずにいなし、彼女の死角へと回り込んだ。そして、隙だらけの太ももの内側や、脇腹の柔らかい部分を、木の棒の先端でペチペチと軽い音を立てて叩いた。
「う、ああんっ!?」「そこ、はっ……あうっ!」
叩かれるたびに、衣服の隙間から覗く白い肌が微かに赤らみ、彼女の口から切なくも艶めかしい嬌声が漏れる。数分後、大剣を杖代わりにし、豊かな胸を激しく上下させながら肩で息を切らせている大剣女性がそこにいた。彼女の肌には、木の棒で叩かれた跡がくっきりと赤く残って火照っている。
「おい。こいつの仲間がいたら回復魔法をかけてやれ」
俺が声をかけると、周囲の仲間たちが慌てて寄ってきて回復魔法をかけ、ポーションを渡した。それを見届けた俺は、木の棒をトントンと地面に叩きながら告げた。
「今度はパーティーでかかってこい。その後にアドバイスしてやる」
「……言われなくても、そのつもりだよ! みんな、行くよ!」
大剣女性の合図で、今度は四人編成のパーティーが息を合わせて俺を取り囲むように構えた。
今度は、俺の側から仕掛ける。移動スキルは使わず、純粋な爆発的ダッシュ(素の敏捷性)だけで、前衛二人の視界から一瞬で消えたかのような錯覚を与えながらすり抜けた。
標的は、後方に控えていた回復職(ヒーラー)の女性だ。
俺は一瞬で彼女の真後ろへと音もなく出現し、彼女の耳元に顔を寄せ、小声で囁いた。
「……回復役は、常に周りに気を張ってろ」
「はぅ……っ!?」
耳元で男の吐息交じりに囁かれたヒーラーの女性は、背筋を電流が駆け抜けたかのように体を大きくビクつかせた。
さらに俺は、木の棒の先端を、彼女の薄い衣の上から背骨に沿って、首筋から腰へと「スーッ……」となぞらせるように滑らせた。
「アッ……あんっ……はぁっ……!」
敏感な背中を愛撫するように優しくなぞられたヒーラーは、脳を直接揺さぶられたようなゾクゾクとする快感に襲われ、全身の力が抜けて甘い声を漏らし、そのまま床にへたり込んで腰を抜かしてしまった。
「なっ、一瞬で!?」
「なんて速さだ……!」
残されたメンバーたちが驚愕に目を見開くが、俺は止まらない。襲いかかってくる軽戦士や弓兵の攻撃を、純粋な肉体性能だけで的確に捌き、関節を木の棒の先端で突いたり、肌を優しく撫で切るように木の棒で叩いたりしていく。
だが、木の棒が当たるたび、なぞられるたびに、彼女たちの口からは悲鳴ではなく、どこか熱を帯びた、くすぐったそうな嬌声が訓練場の中に響き渡るのだ。
(……おい勘弁してくれ。なんで俺、女性だけの訓練場で木の棒持って女をペチペチ叩いて喘がせてる変質者みたいになってんだよ。気まずすぎるだろ……!)
数分後。訓練場の床には、衣服が大きく乱れ、汗ばんだ肌を上気させながら、ハァハァと艶めかしい吐息を漏らして倒れ伏す女性たちの山。
最初の大剣女性にいたっては、床に突っ伏したまま、乱れた髪の隙間から顔を真っ赤にして俺を睨みつけてきた。
「クッ……殺せ!」
(出たよ、ラノベ名物の女騎士ムーブ。殺すわけねぇだろ、俺はただの臨時教官だぞ)
俺はそのエロ漫画のようなセリフをあえて完全に無視し、至極真面目なトーンで総評を始めた。
「……前衛は大振りが多すぎる。相手の懐に潜り込まれた時の対処を考えておけ。それからヒーラー、お前はさっきも言った通り背後の警戒がザルだ。弓兵は――」
その後も、俺の実力を見た他の女性冒険者たちが、次々に模擬戦を挑んできた。
そのたびに、俺はアサシンの精密な手加減(素の肉体操作)で彼女たちをペチペチと捌き続け……。
終わった頃には、俺の周りにはなんか妙に色っぽい感じで息を荒くして横たわっている女性たちがたくさんいた。衣服の隙間から覗く肌は火照り、訓練場には甘い熱気が満ちている。
「……やっちまった……」
俺は手に持った木の棒を見つめ、頭を抱えた。これ、はたから見たら完全に事案だろう。
「おい、大丈夫か……」と、最初の大剣女性のそばへ歩み寄り、手を差し伸べる。
すると彼女は、俺の手をギュッと握り、潤んだ瞳で上目遣いに対価を求めるように言った。
「アンタ……本当に強いな……。女の子をこんなんにしたんだ、責任、とってくれよ?」
「仕事以上のことはしねぇよ」
俺は即座に手を引き離し、冷ややかに言い放った。
「今日は終了。各自、予習復習ちゃんとしろよ」
それだけを早口で告げると、俺は彼女たちの熱い視線と艶めかしい吐息から逃げるように、そそくさと訓練場を後にした。
ハチが嵐のように去っていった、妙に甘い熱気の残る訓練場。
パタン、と扉が開き、にこやかな笑みを浮かべた組合長のアインザックが入ってきた。
「いやはや、皆の者、お疲れ様。……どうだったかね? 本日の臨時教官、ハチ殿の指導は」
アインザックの問いかけに、地面に倒れ伏していた女性冒険者たちは、それぞれ顔を赤らめ、乱れた衣服を整えるのも忘れて、熱い吐息混じりに感想を漏らし始めた。
「……あんなの、反則よ。完全に、アイツにハマっちまったわ……」
「あの強さに、一目惚れしちゃったかも……。あの棒さばき、忘れられないわ……」
「あんな風に翻弄されたら、もう他の男じゃ満足できない……。完全に、骨抜きにされちまった……」
彼女たちの言葉は違えど、その瞳に宿る熱は、ハチという一人の男に対する強烈な憧憬と、肉体的な敗北からくる恍惚そのものだった。
それを見たアインザックは、髭を撫でながら、確信に満ちた満面の笑みを浮かべた。
(素晴らしい……! 武技も魔法も使わず、ただの木の棒一本で、これほどの数の若い女性たちを肉体的にも精神的にも完全に『開拓』してしまうとは! あの冴えない死んだ魚の目をしているが、やはりその奥には、滾るような男の獣が眠っているに違いない!)
アインザックは、以前彼が第三訓練場で若者三十人を赤子のようにあしらった実力を見て以来、彼をエ・ランテルに繋ぎ止めるための計画を練っていた。かつて漆黒の英雄モモン殿には「特定の女性を作る気はない」と断られてしまったが、この人間臭いハチ殿ならいけるはずだ。
(ハチ殿の女性の好みは、どうやらこういう情熱的な系統か……あるいは、外堀を埋めていけば容易に堕ちるということか。ふむ、これならば……私が懇意にしている最高級娼館の、あの絶世の美女たちを投入すれば…!)
強き人間の血脈を、少しでも多く後世に残す。魔導国という絶対的な支配下で人類が生き残るための、これ以上ない高尚な計画。
アインザックは、ハチの旺盛な(と勘違いした)男としての本能に手応えを感じながら、彼に極上の歓楽の夜を提供するための段取りを弾きに、決意の炎を燃やして執務室へと駆け出していくのだった。
ごめんなさい7・8月は投稿頻度落ちるかもです…
この本編とは別に蒼薔薇との決着を描いたものを構想しております。
別の形で出すのか、おまけとして出すのかは決まっていません。
挿絵のリクエストです。
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