いつものように適当に身支度を整え、エ・ランテルの冒険者組合(ギルド)に顔を出すと、待ち構えていたアインザックから新たな仕事を押し付けられた。
「ハチ殿。本日は、冒険者を志望する者たちの『実技試験の試験監督』をお願いしたいのです」
「……俺、臨時教官であって試験官じゃないんですけど」
「そこをなんとか! 貴方のその確かな『目』で、若き才能を見極めていただきたいのですぞ!」
(めんどくさっ……。まぁ、拘束時間の少ないフレックスタイムの仕事のうちだと思えば、やるしかないか)
俺は深いため息を吐き、試験会場となる野外の訓練スペースへと足を運んだ。
最初の一人目は、まさしく「好青年」を絵に描いたような熱血系の少年だった。
年は十四歳。武器は身の丈に合った剣。キラキラとした瞳で、志望理由を尋ねると「世界を冒険して、自分の目で色んなものを見たいんです!」と元気よく答えた。
(……なんだこいつ。どこの王道RPGの主人公だよ。魔王でも倒しに行く気か?)
内心でツッコミを入れつつ実技試験を開始させる。相手は試験官を務めるシルバー級のベテラン剣士だ。
ところが、試合が始まってみると驚いた。少年は粗削りだが天性のバネと筋の良さを持っており、あっさりとシルバー級の剣士の剣を弾き飛ばし、勝利を収めてしまったのだ。
(まぁ、実技も申し分ないし、合格でいいだろ)
俺がチェックシートに丸をつけようとした、その時だった。
「あの! アンタがここの責任者(ボス)なんだろ!? 俺と勝負してくれ!」
少年が、あろうことか試験監督である俺に向かって剣を突きつけてきた。
「は?」
周囲の試験官や他の受験者たちが「身の程を弁えろ!」「ふざけるな!」と怒号を飛ばす。
だが、俺は片手を上げて彼らを制した。
(……まぁ、この手の『主人公タイプ』は、最初にどうしようもない上の存在(カベ)を感じさせて、一度鼻っ柱をへし折ってやった方が後々素直に伸びるか)
「いいぜ。かかってこいよ」
俺は武器すら抜かず、だらりと両手を下げたまま少年の前に立った。
「行くぞ!」
少年が気合いの入った声と共に、鋭い踏み込みで攻めてくる。上段、袈裟斬り、突き。年齢にしては悪くない連撃だ。
だが、俺からすれば止まっているも同然。俺は本気など微塵も出さず、彼の攻撃を紙一重でスッ、スッと躱し、あるいは素手で剣の側面を弾いて全て受け切ってやった。
「ハァッ……ハァッ……! なんで……当たらない……っ!」
息が上がり、疲弊して動きが鈍った瞬間。俺は足を引っ掛けて少年の体勢を崩し、彼の手からすっぽ抜けた剣を空中でキャッチして、そのまま転がった少年の首筋にピタリと刃を当てた。
「……ここまでだ」
少年は目を見開き、そして……なぜか感動したように目をキラキラと輝かせた。
「す、すげぇ……! なんだ今の動き! アンタ、めちゃくちゃ強いな! どうやったらそんな風に動けるんだ!? 弟子にしてくれ!」
「しねぇよ。お前は合格だ、さっさと次行け」
俺は犬のようにまとわりついてくる少年を適当にあしらい、次の受験者を呼んだ。
二人目は、最初の少年の隣でハラハラしながら見守っていた少女だった。
年は十五歳。細身で、レイピアのようにも見える細い杖を持っている。魔法使い(マジックキャスター)らしい。
「ええと、志望理由は……冒険というものに以前から興味がありまして、その、色々な経験を積みたいからです!」
(……見え透いた嘘をつくな。どう見ても『無鉄砲な幼馴染が心配だから、私もついていく』って顔に書いてあるぞ。なるほど、さっきのが主人公で、こっちが幼馴染のヒロイン枠ってわけね。JRPGのテンプレかよ)
実技を見てみると、彼女はそこそこ筋が良いのか、的確に動く的(モンスター役)に対して初級魔法を当ててみせた。後衛としては十分な冷静さだ。
「よし、お前も合格だ」
俺が告げた瞬間、彼女は「やったぁ!」と喜んで、一目散にあの少年のところへと駆けていった。
(やっぱヒロインじゃねぇか)
そして三人目。名簿を見て、俺は少し驚いた。
そこに立っていたのは、あの路地裏の店で働く、エルフの娘だったからだ。
「お前……冒険者に興味あったのか?」
俺が小声で尋ねると、彼女は少し顔を赤らめながら、モジモジと答えた。
「はい……家計を支えたいのもありますし……その……ハチ様に、認めていただけるような人物になりたくて……」
(え? まじで? 俺?)
思わぬ志望理由に戸惑いつつも、彼女の才能は俺が保証済みだ。実技を見ることにする。
試験内容は「シルバー級の試験官(スカウト職)に対し、模擬戦用の森のフィールドでどう立ち回るか(隠密・索敵)」というものだった。
結果は、驚くべきものだった。
試験開始の合図と共に、彼女は森の影へと滑り込み、完全に気配を絶った。
プロであるはずの試験官が必死に探し回ったが、結局制限時間内に彼女を見つけることは一度もできなかったのだ。
「……素晴らしい。合格だ」
俺は内心で(花丸だな)と褒めちぎりながら、彼女に合格を言い渡した。彼女はパァッと花が咲いたような笑顔を見せてくれた。
その後も六〜七人の受験者を見たが、これ以上の人材は見つからなかった。不合格は出さなかったが、最初の三人に比べれば完全にどんぐりの背比べだった。
仕事を終え、すっかり夕方になった頃。俺はいつもの路地裏のエルフの店へと足を運んだ。
カラン、と扉を開けて中に入ると、エルフの娘が元気に働いていた。
そして驚いたことに、テーブル席には昼間の『RPG主人公少年』と『幼馴染ヒロイン少女』が座っていたのだ。
「お? アンタ、昼間の強い試験官の兄ちゃんじゃん!」
少年が気さくに手を振ってくる。
「なんでお前らがここにいるんだよ」
俺が尋ねると、どうやらあの試験の後、冒険者組合のロビーで意気投合し、エルフの娘を含めた三人でパーティーを組むことになったらしい。今日はその親睦会も兼ねて、彼女の家であるこの店で食事をしているとのことだった。
俺はいつもの奥の席に座り、店主である男エルフにおすすめと飲み物を頼んだ。
店主は料理を運びながら、感慨深げに目を細めた。
「……まさか、娘が自分から冒険者になりたいと言い出すとは思いませんでした。いつも怯えていたあの子が、初めてあんな積極的なところを見せてくれて……。ハチ殿、これもすべて、貴方のおかげです」
「大袈裟だよ。あいつが自分で決めたことだろ」
俺は照れ隠しにグラスを煽り、出された料理に舌鼓を打った。
そんなこんなで食事を楽しんでいると、主人公少年が俺の席にやってきて、目を輝かせながら言った。
「なぁ! 兄ちゃん、どうやったらアンタみたいに強くなれるんだ!? コツを教えてくれよ!」
「自分で考えろ」
俺は軽くあしらったが、今日は組合と違って彼を止める大人がいないため、とにかくしつこい。仕方なく、少しだけ助言をしてやることにした。
「……いいか。お前は剣の才能はあるんだから、まずはそこを徹底的に伸ばせ。それから、お前の戦い方を見て思ったが……お前は『頭で戦うタイプ』じゃない」
「えっ、それって馬鹿にされてる!?」
「事実だろ。だから、余計なことを考えるな。直感力と反射神経だけを死ぬ気で鍛えろ。考える前に身体が動くようになれば、お前は化ける」
すると、それを見ていた幼馴染の少女も「あ、あの! 私にもアドバイスをお願いします!」と身を乗り出してきた。
「お前は魔法使い(後衛)だ。戦闘中は常に周りに気を張ってろ。……それと、パーティーを組むなら、お前が『頭脳』になれ。あいつ(少年)は突っ走るだけの馬鹿だから、お前が戦略を考えて手綱を握ってやらないと、すぐに全滅するぞ」
「は、はいっ! 肝に銘じます!」
少女は嬉しそうに、そして少年に向かって「聞いた!? あんたは馬鹿なんだから私に従いなさいよね!」と説教を始めた。
最後に、片付けを終えたエルフの娘が、少し緊張した面持ちで俺の前にやってきた。
「あの、ハチ様……私にも、その、ご助言をいただけますか……?」
彼女には世話になっているし、何より俺と同じ斥候(スカウト)としての才能がある。少しだけ本格的なアドバイスをしてやることにした。
「……いいか。斥候(スカウト)の最大の武器は、短剣じゃない。『情報』だ」
俺は真剣な声で告げた。
「お前の仕事は、敵を倒すことじゃない。罠を見つけ、敵の数を数え、必ず生きて仲間の元へ帰ることだ。もし敵に見つかって戦闘になれば、その時点で斥候としては三流だと思え。……戦うな、逃げろ」
娘はゴクリと唾を呑み込み、俺の言葉を一言一句逃さないように耳を傾けている。
「それから……お前のパーティーには、前しか見えない脳筋と、それを追いかけるのに必死な魔法使いがいる。あいつらは絶対に罠を踏み抜く。だから、お前が一番冷静に、周囲の『死角』を見ておけ。気配を消すのが上手いお前なら、誰よりも早く危険に気づけるはずだ」
「はい……っ! ありがとうございます、ハチ様!」
エルフの娘は、決意に満ちた強い瞳で頷いた。
俺は絶品の料理を最後まで堪能した後、立ち上がって代金をテーブルに置いた。
「ごちそうさん。……お前ら、死なない程度に頑張れよ」
「おう! 次会う時は、絶対アンタに一発入れてやるからな!」
「ありがとうございました!」
「ハチ様、また明日お待ちしております!」
若き冒険者たちの、希望に満ちた三者三様の声に見送られながら。
俺は少しだけ口角を上げ、夜の路地裏へと歩き出したのだった。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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