魔導王がこの国を支配してから、いきなり俺の人生は変わってしまった。
周りの大人たちは不安そうにしていたけれど、魔導王が示した『未知を知るために冒険する者』という新しい冒険者の定義を聞いた時、俺の胸の奥で何かが爆発するみたいにワクワクしたんだ。
親にはもちろん猛反対された。だけど、絶対に冒険者になるという俺の折れない意思を見せつけると、幼馴染のアリアが「あんた一人じゃ絶対死ぬから、私がついていってあげるわよ」とため息を吐きながらついてきてくれることになった。正直、俺一人でもどっちでも良かったんだけど、魔法が使えるアリアがいるのは心強い。
剣の腕にはかなり自信があった。大人にも負けない意志と鍛錬を積んできたつもりだ。
そして今日の朝。冒険者になるためのテストがある日だ。俺はアリアを叩き起こして、意気揚々と冒険者組合(ギルド)に向かった。
一番乗りで着いたのはいいものの、受付のお姉さんに話しかけると「事前の予約が必要です」と言われてしまった。マジかよ! と思ったが、そこをなんとかと頼み込みまくったら、午後イチの面談に差し込んでもらえることになった。お姉さん、ありがとう!
いざ、その時。自己紹介を終えて、実技のテストを受けることになった。
相手は同じく剣を持った大人の試験官だったが……正直、てんで相手にならなかった。俺の剣筋の方がずっと速くて重い。あっさりと勝負がついてしまった。
「なんだ、こんなもんか……」
少し拍子抜けしていたその時、俺の視界に『変な目をした兄ちゃん』が入った。
細身で、なんだか死んだ魚のような気怠げな目をしている。でも、俺の直感が「あの人がこの中で一番強い」と告げていた。
俺は思わず、その責任者(ボス)みたいな兄ちゃんに勝負を持ちかけていた。
「あの! アンタがここの責任者だろ!? 俺と勝負してくれ!」
周りの大人たちは「身の程を弁えろ!」と本気で怒り出したし、アリアも心配そうに俺の服の裾を引っ張ってきた。でも、どうやらその兄ちゃんは相手をしてくれるらしい。
だけど……そこで俺が知ったのは、とてつもない『壁』だった。
「行くぞ!」と全力で打ち込んだはずの俺の剣が、全く当たらない。それどころか、向こうは武器すら抜いていない。俺の剣は素手で軽く弾かれ、最後には足を引っ掛けられて、気づけば空を舞った自分の剣が、俺自身の首筋にピタリと当てられていた。
「……ここまでだ」
世界には、こんなに強い奴がいたのか。
俺は恐怖よりも、圧倒的な感動で胸が震えていた。合格をもらったことなんてどうでもよくなるくらい、あの戦いが頭から離れない。俺は思わず兄ちゃんに「弟子にしてくれ!」と頼み込んだが、周りの大人たちにひっぺがされ、めちゃくちゃ説教されてしまった。
どうやらあの兄ちゃん、相当偉い人らしい。そんなに年寄りでもないのに、すげぇなぁ……!
その後、無事にアリアも合格をもらい、パーティーメンバーとして一緒に行動してくれることになった。
「どうせパーティーを組むなら、もう一人くらい欲しいな」
そう思って他の奴らの試験会場を覗いていると、一人のエルフの女の人の実技を見て度肝を抜かれた。
試験官の大人たちが必死になって探しているのに、彼女を全く見つけることができなかったのだ。まるで森と同化しているみたいだった。
「すげぇ! アリア、あの人をパーティーに誘おうぜ!」
「えっ!? ちょっとゼクス、あんなスタイルのいい美人を……!? べ、別にいいけど……」
なぜかアリアはすごく渋い顔をしていたが、俺が頼み込むと承諾してくれた。
エルフの人の名前は『ミーシャ』といった。俺たちがパーティーの件を提案すると、少し驚きながらも嬉しそうに頷いてくれた。
さっそく俺たちは、ミーシャの家がやっているという路地裏のお店で、親睦会を開くことにした。
テーブルに運ばれてきたのは、香ばしいお肉や、見たこともない木の実や野菜を使った料理だった。
「うおおおっ! すっげぇ美味い! なんだこれ、肉が口の中でとけるぞ! ミーシャ、お前んちの父ちゃん、すげぇ料理人だな!」
俺が夢中で肉に噛みつきながら叫ぶと、隣に座っていたアリアが呆れたように俺の脇腹を小突いた。
「ちょっとゼクス! 食べるか喋るかどっちかにしなさいよ、はしたない! ……あ、ごめんなさいねミーシャさん。こいつ、昔からご飯を目の前にすると周りが見えなくなっちゃって。でも本当に……このお料理、すごく美味しいわ。食べたことない風味だけど、優しい味がする」
アリアが綺麗にフォークを使いながら微笑むと、ミーシャは少しホッとしたように、恥ずかしそうにエルフの長い耳を揺らした。
「えへへ……ありがとうございます。森の香草をいくつかブレンドしているんです。お口に合ってよかった……」
「へぇー! 香草か! アリアは魔法の薬草とかにも詳しいから、話が合いそうだな!」
俺が口いっぱいに頬張りながら言うと、アリアは少しだけ身を乗り出して、ミーシャに尋ねた。
「ねぇ、ミーシャさん。ミーシャさんはどうして冒険者になろうと思ったの? こんなに素敵なお店があるし……その、すっごく美人さんだし、危ないことしなくてもって思っちゃうんだけど」
アリアの言葉に、ミーシャは少しだけ俯いて、自分のもじもじと絡めた指先を見つめた。
「……お父様を、助けたくて。それに……どうしても、私を認めてほしい人がいるんです。ずっと怖がりだった私に、才能があるって言ってくれた人がいて……その人に、一人前の冒険者になった姿を見せたくて」
ミーシャの顔がほんのりと赤く染まる。その瞳は、誰かすごく強い人への憧れでキラキラしているように見えた。
「おお! 師匠みたいな人か! わかるぜその気持ち! 俺も今日、めちゃくちゃ強い兄ちゃんに出会ってさ! いつか絶対あいつを振り向かせてやるって決めたんだ!」
俺がドンッと胸を叩くと、アリアが大きくため息を吐いた。
「あのねぇ、アンタのはただの戦闘狂でしょ。一緒にしないでよね。……でも、そっか。ミーシャさんにも大切な目標があるのね。ねぇ、これから『さん』付けはなしにしない? 私のことはアリアって呼んで!」
「あ……はいっ、じゃあ、アリアちゃん……ゼクス君」
「おう! よろしくな、ミーシャ! お前は索敵が得意なんだろ? 俺は罠とか見つけるの超苦手だから、前衛は俺に任せて、道の案内は頼むぜ!」
「ちょ、ゼクス! アンタが一番罠に引っかかりそうだから、私がミーシャを誘ったのよ! ミーシャ、お願いね。この馬鹿が突っ走らないように、二人でしっかり手綱を握りましょう」
「えーっ!? アリア、お前俺のこと信用なさすぎだろ!」
俺とアリアのいつもの言い合いを見て、最初は緊張していたミーシャが、ふふっ、と小さく吹き出した。
「ふふ……あははっ。ゼクス君も、アリアちゃんも、すごく仲良しなんですね。……私、人間のお友達ができたの、初めてです。これから、よろしくお願いします!」
ミーシャが満面の笑みで言ってくれた瞬間、俺たち三人の間にあった見えない壁が、完全に無くなった気がした。
よし、最高のパーティーの結成だ! と俺が手元のグラスを掲げようとした、その時だった。
カラン、とお店の扉が開いた。
「お? アンタ、昼間の強い試験官の兄ちゃんじゃん!」
入ってきたのは、俺がいつか絶対に超えてやると誓った、あの変な目をした凄腕の兄ちゃん(ハチさん)だった。まさかこんなところで会うなんて! 運命だろこれ!
挿絵のリクエストです。
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