「……あー、クソ。俺がハンコを押した初回の任務で行方不明とか、冗談だろ」
夜の帳が下り始めた空を、高速移動で駆け抜けながら、俺は盛大に悪態をついていた。
俺はただの臨時教官であって、救助隊ではない。本来なら冒険者組合(ギルド)が捜索隊を編成して明日の朝に出発するのが筋だ。
俺には明日、アインズ様から命じられた別の任務(遠征の準備)も控えている。
そもそも、あの三人組が帰還予定時刻をちゃんと守っていれば、こんなことにはなっていないのだ。
「新人教育ってのは、アフターサービス(命の保証)まで含まれてるのかよ……。マジでブラックすぎるだろ」
愚痴は止まらない。だが、俺の移動速度は一切緩まなかった。
出がけに見た、地面に額を擦りつけて涙を流していたエルフの親父さんの姿が、どうしても頭から離れなかったからだ。
南東の森へ降り立つと、入り口付近は一見何の異常もないように見えた。
俺は《千里眼》に《腐った目》、さらに《弱点看破》をパッシブで起動させ、暗殺者としての嗅覚を全開にして痕跡を探る。
最初に見つけたのは、茂みに落ちていた薬草籠だった。
その先には、数体のゴブリンの死体が転がっている。俺はしゃがみ込み、死体の傷口を調べた。
ゼクスの剣による強烈な斬撃と、アリアの魔法による火傷の痕。……だが、それに混じって、人間用の小型弩(クロスボウ)で撃たれた跡が残っていた。
周囲の地面を見る。三人とは違う、無数の足跡。数は十人以上。
革靴や農民の草鞋ではない。野外活動や戦闘に慣れた者が履く、軍靴に近いものだ。
さらに奥へ進むと、地面に重いものを引きずった跡と、対人用の捕縛罠が作動・解除された形跡が残っていた。
「……ゴブリンにやられたわけじゃないな。誰かと接触して、そのまま森の奥に連れて行かれたか」
最悪の事態が脳裏をよぎるが、ふと、木の幹に刻まれた『不自然な小さな傷』を発見した。
それは一定の間隔で続き、森の奥へと進行方向を示している。斥候(スカウト)の訓練で教えた、ミーシャの目印だ。
「……最低限の仕事はしてるらしいな」
三人が即座に殺されたわけではないと判断し、俺は目印を追って影の中へと沈み込んだ。
――ゼクス視点。
数時間前。俺たちの初任務は、信じられないくらい順調だった。
「ゼクス君、右の茂みに罠があります。避けてください」
「おおっ、サンキューミーシャ! アリア、援護頼む!」
「言われなくても分かってるわよ! 《火球(ファイアボール)》!」
ミーシャが足跡や罠を事前に発見し、俺が前衛としてゴブリンを蹴散らし、アリアが的確な魔法で援護する。初めてのパーティー戦にしては、完璧すぎる連携だった。
予定されたゴブリン討伐を終え、薬草も十分に採取した。本来なら、このままエ・ランテルへ帰還すれば「依頼成功」だった。
ところが。
ガサガサッ! と森の奥から、傷ついた一体のゴブリンが飛び出してきた。
その背中には、人間の放った弩の矢が深々と刺さっていた。さらに奥から、何かが争うような音と、人間らしき呻き声が聞こえる。
アリアが即座に杖を構え、顔を引き締めた。
「依頼にはなかったわ。……組合に戻って報告した方がいいんじゃない?」
「私も、そう思います。森の奥には、複数の人間がいる気配がします」
ミーシャも同意する。新人三人だけで確かめに行くべきではない、正しい判断だ。
しかし、俺の頭には「誰かが襲われているかもしれない」という焦りしかなかった。
「今戻ったら、間に合わないかもしれないだろ!」
「ちょっと、ゼクス!」
俺は二人の制止を振り切り、音のした方向へ走ってしまった。
アリアは俺を一人で行かせることができず、舌打ちをしながら後を追う。ミーシャも二人を置いて戻るわけにいかず、同行してしまった。
この瞬間、俺たちは「依頼内容」を勝手に変更してしまっていたのだ。
森の奥にいたのは、魔物などではなかった。
薄汚れた武装をした人間の集団――旧法国系の『奴隷狩り』たちだ。傷ついたゴブリンは、獲物を誘い込むための餌だった。
俺が踏み込んだ瞬間、足元の枯れ葉の下で罠が作動した。
「危ないっ!」
ミーシャが俺を突き飛ばしたことで最初の罠は回避したが、その行動で俺たちの位置が完全に敵に知られてしまった。
「ガキどもだ! 囲め!」
十人以上の男たちが包囲を開始する。
俺は剣を抜き、数人を斬り伏せたが、敵は連携が取れており前後からじわじわと攻め立ててくる。アリアも魔法で応戦するが、焦りから無駄撃ちが多く、魔力が底を突きかけていた。
その時、敵の一人がミーシャの耳を見て叫んだ。
「おい、エルフだぞ! 傷つけるな、生け捕りにしろ! 高く売れる!」
敵の目的を悟った俺とアリアは、顔を見合わせた。
「ミーシャ! 逃げろ!」
「ゼクス君!? アリアちゃん!?」
俺は肩に矢を受けながらも前に出て、アリアが残りの魔力を振り絞って敵の足止めをする。二人がかりで、ミーシャが森へ逃げ込むための『道』を作った。
「早く行きなさい!!」
アリアの叫びに、ミーシャは涙を浮かべながら隠密能力を使って森の奥へと消えた。
直後、俺たちは多勢に無勢で押し潰され、地面に押さえつけられてしまった。
――ミーシャ視点。
私は、追手を撒くことに成功していた。
本来なら、ここで全速力でエ・ランテルへ戻り、助けを呼ぶべきだった。私自身も、それは分かっている。
でも……私を逃がすために捕まった二人を、どうしても置いていけなかった。
それに、頭の片隅で別の感情が囁いていた。
『私だけ逃げ帰ったら……ハチ様に失望されるかもしれない』
私は古い狩猟小屋の周囲の木の上に潜伏し、息を潜めて敵を観察し続けた。
敵の総数は十三人。見張りが四人、建物内に九人。魔法使いが一人。ゼクス君は右肩を負傷し、アリアちゃんは魔力を使い切っているが、二人とも生きている。馬車は二台。彼らの会話から、夜明け前に移動するつもりらしいことも分かった。
でも、情報を集めても……それを伝える相手がいない。私一人で突っ込めば、二人が人質にされて終わる。
「私が、もっと強かったら……。ハチ様みたいに、一人でも助けられたら……」
私は木の陰で、無力な自分を呪いながら、ただ弓を握りしめ続けることしかできなかった。
挿絵のリクエストです。
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