ぼっち、ナザリックに飛ばされる   作:NewSankin

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ぼっち、闇に触れる4

ナザリックから下された『静観せよ』という指令は、ある意味、敵地に乗り込んで大暴れするよりも遥かに厄介なものだった。

俺の戦闘能力は、この世界の基準では明らかにオーバーパワーだ。だが、その力を封じられ、ただの『目』と『耳』に徹しろという。それは、ボクサーに「殴り合わずに、相手のクセだけを盗んでこい」と言うようなものだ。

 

 

俺は再び、あの廃墟がある『泥濘』地区に潜んでいた。

だが、闇雲に再突入するのは愚策だ。一度侵入した場所は、警戒が強まっている可能性がある。それに、デミウルゴスの言う通り、敵の戦力や拠点の全貌を把握するには、内部からの視点だけでは足りない。

 

 

必要なのは、外からのアプローチ。

このカルト教団…『新生の螺旋』とでも仮称しておくか…その組織の末端にいるであろう、最も弱い環(リンク)を探し出すことだ。

俺は数日間、昼夜を問わず『泥濘』に張り付いた。

例の廃墟を遠巻きに監視し、出入りする人間を観察する。フードを被った信者たちは、二人一組で行動し、周囲への警戒を怠らない。彼らを直接尾行するのは得策ではない。

 

 

俺は戦略を変え、あの酒場に再び通い始めた。

カウンターの隅で、安いエールをちびちびと飲みながら、ただひたすらに、客たちの会話と挙動に意識を集中させる。

スキル《腐った目》は、こういう時にこそ真価を発揮する。

人々の視線の動き、声のトーンの変化、指先の微かな震え。それら全てが、俺の目には嘘と、恐怖と、隠された本音として映る。

 

 

そして、三日目の夜。俺は『それ』を見つけた。

一人の、痩せた男だった。

彼は酒場の隅で、誰と話すでもなく、ただ震える手でエールを呷っている。その目は常に何かに怯えるように周囲を泳ぎ、特に、時折店に入ってくる屈強なワーカーたちを見るたびに、びくりと肩を揺らしていた。

 

 

(……怪しいな)

 

 

彼は、この『泥濘』の住人特有の、擦れた暴力性とは無縁に見えた。むしろ、場違いなほどに臆病だ。

俺が観察を続けていると、フードを被った男が一人、酒場に入ってきた。廃墟に出入りしていた信者の一人だ。

信者は、その痩せた男の席に一直線に向かうと、彼の耳元で何かを囁いた。痩せた男は、顔を青ざめさせ、何度も小さく頷いている。信者は用件だけを伝えると、すぐに店を出て行った。

残された痩せた男は、エールを飲み干すこともできず、金だけをテーブルに置いて、逃げるように店を後にした。

 

 

間違いない。あの男は、教団の末端、おそらくは拉致するターゲットの選定や、見張り役といった汚れ仕事を請け負っている協力者だ。そして、その役目に、良心の呵責と恐怖で押し潰されそうになっている。

最も弱く、最も脆い、蜘蛛の糸。

 

 

俺は、男の数分後に、静かに席を立った。

《無音歩行》と《隠密化》を使い、気配を完全に消して、男の背後を追う。

男は、何度も後ろを振り返りながら、人気のない細い路地へと入っていった。そこは彼のねぐらへ続く道なのだろう。

 

 

俺は、路地の闇に先回りして潜み、男が通りかかるのを待った。

男が俺の潜む場所の真横を通り過ぎようとした、その瞬間。

俺は隠密化を解き、音もなく彼の前に立ちはだかった。

 

 

「ひっ……!?」

 

男は、心臓が止まるかのような短い悲鳴を上げ、その場にへたり込んだ。

俺はフードを目深に被ったまま、ゆっくりとしゃがみこみ、彼の目を見据える。

 

「……少し、話を聞かせてもらうぞ」

 

俺の声は、夜の闇に溶けるように、低く、静かだった。

 

「だ、誰だお前は! 俺は何も知らねえ!」

 

「『新生の螺旋』。そう呼ばれていたか、お前たちの組織は」

 

 

俺が、教団の名前を口にした瞬間、男の顔から完全に血の気が引いた。

 

「な……なぜ、その名前を……」

 

「お前がどこで誰を見張っているか、誰に何を報告しているか、俺は全て知っている。お前が、何に怯えているかもな」

 

 

俺は、先日盗み見た実験記録の内容を、あたかも全てを把握しているかのように語り始めた。薬品の名前、実験の内容、そして失踪した者たちの名前を、意図的にいくつか挙げてみせる。

 

 

男は、全身をガタガタと震わせ、もはや言葉も発せないようだった。

俺は、最後の쐐を刺す。

 

「お前の仲間は、お前のことなど信用していない。用が済めば、次はお前が、あの台の上に乗ることになる。違うか?」

 

 

その言葉は、男が心の奥底で抱いていた、最も根源的な恐怖を的確に抉り出したらしい。

彼のダムは、決壊した。

 

「……た、助けてくれ……! 俺は、ただ、金が必要だっただけで……あんな、あんな非道なことに関わるつもりじゃなかったんだ!」

 

 

堰を切ったように、男は全てを話し始めた。

やはり、教団の正式名称は『新生の螺旋』。

彼らの目的は、単なるアンデッド化ではなく、『魂を持つ』新たなアンデッドを創造し、それを『揺り籠』と呼ぶ器に宿らせることで、教主の意のままに動く不死の軍団を作り上げること。

そして、最も重要な情報。

この『泥濘』の廃墟は、あくまで実験体を集めるための前線基地に過ぎず、本格的な研究と儀式は、あの貴族――エリオン伯爵の屋敷の地下にある、巨大な研究施設で行われている、ということ。

 

 

「……次の『供給』は、いつだ」

 

「……み、三日後の、夜……。数人の『素材』を、荷馬車に偽装して、伯爵様の屋敷に運ぶ手筈になっている……」

 

 

必要な情報は、全て手に入った。

俺は静かに立ち上がると、へたり込んだままの男を見下ろした。

 

「……消えろ。二度と、俺の前に姿を現すな。そして、今日ここで会ったことを誰かに話せば、お前の仲間よりも先に、俺がお前を消しに行く」

 

 

俺の言葉に、男は何度も頷き、そして文字通り這うようにして、闇の中へと消えていった。

恐怖に縛られた人間は、最も信頼できる情報源であり、そして最も口の堅い協力者にもなる。

 

 

俺は、一人路地に残り、手に入れた情報を反芻する。

エリオン伯爵の屋敷。三日後の夜。

点と点が繋がり、具体的な『標的』と『時間』が線となった。

これは、ただの報告では終わらない。次の指令は、十中八九、その現場への潜入になるだろう。

 

 

俺は夜空を見上げた。月は、雲に隠れて見えない。

帝都の闇は、俺が思っていたよりも、さらに深く、そして組織的だった。

そして、俺はその闇の中心へと、さらに一歩、足を踏み入れることになる。

面倒だ、と呟く声は、誰の耳にも届くことなく、闇に吸い込まれていった。

挿絵のリクエストです。

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