ぼっち、ナザリックに飛ばされる   作:NewSankin

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ぼっち、怒る2

短剣の柄を握る手に、力がこもる。

目の前で繰り広げられる、人の尊厳を踏みにじる悪趣味な光景。そして、それをワインでも嗜むかのように悦に入って眺めるエリオン伯爵。

俺の中の何かが、ここでこいつらを皆殺しにしろ、と囁いていた。

レベル88のアサシン。その全力をもってすれば、この地下施設にいる人間を一人残らず、音もなく屠り去ることなど、造作もない。

 

 

デミウルゴスの命令が、脳裏で警鐘を鳴らす。『交戦は、許可しない』。

だが、そんなものは、目の前の悍ましい光景への嫌悪感の前には、些細な制約に思えた。

 

 

(……ここで、やるか?)

 

 

俺の指が、柄をさらに強く握りしめた、その瞬間。

ふと、奉仕部での苦い記憶が、フラッシュバックした。

自分の独善的な正義感で、自己満足の自己犠牲で、事を荒立て、結局誰も救えなかった、あの文化祭の終わり。相模を追い詰め、皆の前で悪者になることでしか、事態を収拾できなかった、あの歪んだやり方。

 

 

(……そうだ。俺が一番嫌いなのは、こういうやり方じゃなかったか)

 

 

感情に任せて、短絡的に行動する。

それは、目の前の問題を一時的に解決したように見えて、その実、もっと大きな問題の火種を残すだけだ。俺がここで伯爵を殺せば、この教団の背後にいるかもしれない、さらに大きな黒幕を取り逃がすことになる。ナザリックの計画を台無しにし、俺自身が『厄介事』の発生源になる。

それは、俺の流儀じゃない。比企谷八幡のやり方じゃない。

 

 

フッ、と俺は柄から力を抜いた。

目に宿っていた熱い怒りの炎が、すうっと消えていく。

だが、それは諦めではなかった。怒りが消えたわけではない。ただ、その質が変わっただけだ。

燃え盛る炎から、全てを凍てつかせる、絶対零度の氷へ。

 

 

(……そうか。殺すだけじゃ、つまらない)

 

 

こいつを、ただの肉塊に変えて、何になる?

それでは、あまりにも生ぬるい。

こいつらが築き上げてきた、その地位、名誉、財産、そして歪んだ理想。その全てを、俺の手で一つ残らず引きずり下ろし、粉々に砕いてやる。社会的に、精神的に、再起不能なまでに完膚なきまでに破滅させ、絶望のどん底で、自分の愚かさを後悔させながら、ゆっくりと死んでいかせる。

それこそが、こいつらに相応しい、本当の『罰』だ。

 

 

そして、その最も効率的で、最も残酷な復讐を成し遂げるための最高の手段は、俺自身の力ではない。

ナザリックという、この世界の理の外にある、絶対的な『悪意』の力だ。

 

 

俺の個人的な復讐心と、ナザリックの利益が、完璧に一致した瞬間だった。

俺は、再び完璧な『静寂のハチ』に戻った。

怒りを思考の燃料とし、俺はさらに深く、より詳細な情報を収集し始めた。

 

 

俺は影の中を移動し、伯爵たちの会話に耳を澄ませた。

彼らの計画は、俺が想像していたよりも、遥かに壮大で、そして愚かだった。

 

「……『揺り籠』の完成も、間近ですな、伯爵様」

 

「うむ。これが完成すれば、我がエリオン家は、神の使徒たる不死の軍団を手に入れることになる。もはや、ジルクニフの若造に、頭を下げ続ける必要もなくなるわ」

 

「いずれは、この帝国そのものを、我ら『新生の螺旋』の信徒が導くことになりましょうぞ」

 

 

国家転覆。

彼らは、自分たちが作り出すアンデッドを使い、帝国の軍事バランスを崩し、いずれは国そのものを乗っ取ろうと企んでいたのだ。

そして、その信仰の対象は、かつてこの地に封印されたという邪神『ヴォル・ナガン』。アンデッド軍団は、その邪神を復活させるための、触媒であり、生贄でもあった。

 

 

(……なるほどな。話が大きすぎて、逆に現実味がない)

 

 

だが、こいつらは本気だ。狂信とは、そういうものだろう。

俺は、デミウルゴスから渡されていた、魔力を込めると周囲の光景と音を記録できる小さな水晶を起動させ、彼らの会話と、実験のおぞましい光景を、完璧な証拠として記録していく。

 

 

これ以上の情報を、ここで得る必要はない。

俺は、これ以上ないほどの『お土産』を手に入れたことを確信し、完璧なタイミングで撤退を開始した。

来た時と同じ、使用人用の階段を駆け上がり、物置部屋へ。

屋敷の外では、ちょうど『供給』を終えた荷馬車が、裏門から出ていくところだった。

俺は、誰にも気づかれることなく、再び夜の闇へと紛れ込んだ。

 

 

屋敷から十分に離れた廃屋で、俺はナザリックへ再度《メッセージ》を送った。

俺の報告は、以前よりも、さらに冷徹で、具体的だった。感情の揺れは、一切ない。

 

『―――クフフフ。クハハハハ! 素晴らしい! なんと素晴らしい!!』

 

俺の報告を聞き終えたデミウルゴスの、抑えきれない哄笑が、脳内に響き渡った。

 

『怒りすらも任務遂行の燃料とされるか! 感情に溺れず、それを支配し、より質の高い結果を出す! まさに完璧な駒……いえ、最高の『刃』ですな! アインズ様も、必ずやご満足されるでしょう!』

 

 

その称賛に、俺は何も感じなかった。

ただ、静かに次の指示を待つ。

 

『証拠は、十分すぎるほどに揃いました。これより、計画は最終段階に移行します。八幡殿、最後の仕上げをお願いできますかな?』

 

「……ああ。言え」

 

デミウルゴスの声は、これから始まる饗宴を前にした、美食家のように弾んでいた。

 

夜明け前の、紫色の空を見上げながら、俺はデミウルゴスの指示を反芻する。

俺の心は、奇妙なほどに、静かだった。

心の奥底で凍てついた怒りは、消えることなく、ただ静かに、その刃を研ぎ澄ましている。

 

 

「……待ってろよ、伯爵様」

 

 

俺は、東の空に昇り始めた、偽りの太陽に向かって、静かに呟いた。

 

 

「あんたが信じる神様より、よっぽどたちの悪い『本物の化け物』が、どういうものか。すぐに、教えてやる」

 

 

俺の復讐と、ナザリックの計画は、今、完全に一つになった。

そして、その破滅の脚本の、主役を演じるのは、間違いなく、この俺自身だった。

挿絵のリクエストです。

  • おまかせ
  • 八幡+シャルティア
  • 八幡+アルベド
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