デミウルゴスから下された『最後の仕上げ』は、俺の捻くれた想像力すらも、遥かに凌駕するほど悪辣で、そして芸術的なまでに完璧な『脚本』だった。
それは、単なる殲滅作戦ではなかった。
エリオン伯爵とカルト教団『新生の螺旋』を、社会的に、物理的に、そして精神的に、再起不能なまでに叩き潰すための、多重奏の罠。
まず、俺が命じられたのは、二つの『情報漏洩』だった。
一つは、俺が命懸けで集めた証拠――伯爵と教団の繋がりを示す実験記録の写しと、彼らの国家転覆計画を記した書類――を、とある人物に『匿名で』届けること。
その相手は、エリオン伯爵と長年、派閥争いを繰り広げている政敵、ヴェセラ子爵。
デミウルゴスの分析によれば、この子爵は野心家だが小心者。直接的な行動は起こせないが、この決定的な証拠を手にすれば、必ずや皇帝ジルクニフに密告し、政敵を排除しようと動くはずだ。
もう一つは、それとは全く別の、不完全な情報を、帝都の騎士団詰所に『匿名で』流すこと。
『エリオン伯爵邸にて、大規模な違法薬物の取引が行われる』
アンデッド化の実験に使っていた薬品の情報を、麻薬に置き換えた、巧妙な偽情報だ。これにより、騎士団はカルト教団の存在を知ることなく、ただの汚職貴族の摘発として、屋敷に踏み込むことになる。
「……なるほどな。二方向から、同時に追い詰めると」
『ええ』と、デミウルゴスは楽しそうに肯定する。『皇帝は子爵からの密告で、騎士団は偽の麻薬情報で、それぞれが別の理由でエリオン伯爵という同じ標的に向かう。互いの動きを知らぬままに。そうなれば、伯爵は誰を頼ることもできず、完全に孤立します』
そして、俺の本当の役目は、ここからだった。
ヴェセラ子爵が動き、騎士団が屋敷を包囲する、その直前。
俺は三度、エリオン伯爵邸に潜入する。
『貴殿には、地下施設を『破壊』していただきます』
「……殲滅じゃないのか?」
『ええ、違います。殲滅など、生ぬるい』
デミウルゴスが言う『破壊』とは、物理的なものではなかった。
俺は、実験の中心である『揺り籠』を暴走させ、未完成のアンデッドたちを地下施設内に解き放つ。さらに、教団の幹部の一人を暗殺し、あたかも仲間割れが起きたかのように偽装工作を行うのだ。
外部では、皇帝の密命を受けた者たちと、騎士団が屋敷を包囲している。
内部では、制御不能のアンデッドが暴れ出し、仲間割れの疑心暗鬼が広がる。
エリオン伯爵と教団は、逃げ場のない密室の中で、自らが作り出した地獄によって、内側から崩壊していく。
(……悪魔かよ、あいつは)
俺は、その完璧すぎる脚本に、もはや戦慄を通り越して、一種の感嘆すら覚えていた。
奉仕部で俺がやってきた、問題を解決するために、あえて別の問題を引き起こすという捻くれたやり方。あれを、国家規模で、遥かに残酷に、そして緻密に実行している。
俺がやっていたのが子供の火遊びなら、デミウルゴスがやっているのは、都市を焼き尽くす大焦熱地獄だ。
だが、不思議と気分は悪くなかった。
むしろ、これ以上ないほど、しっくりきた。
これこそが、あの腐りきった連中に相応しい、最高の結末だ。
「……分かった。その脚本、完璧に演じきってやる」
俺は、デミウルゴスにそう約束した。
決行の日は、二日後。月も星も見えない、新月の夜と定められた。
俺は、その二日間を使い、デミウルゴスの指示通り、二つの情報漏洩を完璧に実行した。
ヴェセラ子爵の屋敷には、夜陰に紛れて証拠の包みを投げ込み、騎士団の詰所には、浮浪者の子供に金を渡し、匿名の手紙を届けさせた。
蜘蛛の巣の、最初の糸は張られた。
そして、運命の夜。
俺は、三度、あの腐臭の館の屋根の上に立っていた。
周囲の闇には、既に皇帝直属の影――おそらくは密偵か暗殺者――たちが、息を潜めている気配が感じられる。騎士団も、少し離れた場所で包囲網を完成させつつあるだろう。
獲物は、完全に籠の中だ。
俺は、これまでで最も慎重に、そして迅速に、屋敷への侵入を果たす。
もはや、勝手知ったる我が家だ。……こんなクソみたいな家は、金輪際ごめんだが。
一直線に、書斎の暖炉から地下施設へと向かう。
地下は、前回訪れた時よりも、さらに狂信的な熱気に満ちていた。
『揺り籠』と呼ばれる巨大な培養槽が、不気味な紫色の光を放ち、その中で何かが蠢いている。白衣の信者たちが、何かの呪文を唱えながら、慌ただしく動き回っていた。
(……ショーの、最後の仕上げだ)
俺は、影の中から、デミウルゴスに教えられた培養槽の制御装置に、ナザリック製の小さな爆弾を仕掛ける。これは、施設を破壊するほどの威力はない。ただ、魔力の循環を狂わせ、暴走させるだけの、時限式の仕掛けだ。
次に、標的を探す。
教団の幹部、序列三位の神官。俺は事前に、彼の顔と特徴を記憶していた。
幸運にも、彼は一人で薬品の調合室にいた。
俺は、音もなく、彼の背後に回り込む。
「……なっ!?」
彼が気配に気づいて振り返った時には、既に俺の短剣が、彼の心臓を正確に貫いていた。
彼は声も上げられず、信じられないという顔で俺を見つめたまま、崩れ落ちた。
俺は、彼の懐から、別の幹部が所有しているはずの紋章を取り出し、その死体の手に握らせる。これで、完璧な仲間割れの偽装が完了した。
全ての準備は、整った。
俺は、時限爆弾のタイマーを起動させると、誰にも気づかれることなく、螺旋階段を駆け上がった。
書斎を抜け、屋敷を脱出し、再び闇の中へと紛れ込む。
俺が、少し離れた建物の屋上から、エリオン伯爵邸を見下ろした、その直後だった。
屋敷の地下から、地響きと共に、紫色の禍々しい光が漏れ出した。
直後、屋敷の中から、人間のものとは思えない絶叫と、何かが破壊される轟音が響き渡る。
俺が仕掛けた爆弾が、『揺り籠』を暴走させたのだ。
それを合図にしたかのように、それまで息を潜めていた者たちが、一斉に動き出した。
屋敷の塀を、黒装束の影たちが軽々と飛び越えていく。皇帝の密偵たちだ。
ほぼ同時に、屋敷の正門を、騎士団の部隊が破城槌で破壊し、雄叫びを上げながら突入していく。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
屋敷の中では、暴走したアンデッドと、疑心暗鬼に陥った教団員たちが殺し合い、外からは、事情の違う二つの勢力が、獲物を狩るために雪崩れ込んでくる。
エリオン伯爵は、今頃、何が起きているのかも理解できず、自らが作り出した地獄の真ん中で、絶望に打ちひしがれていることだろう。
俺は、その光景を、ただ静かに見下ろしていた。
何の感慨も、達成感もない。
あるのはただ、面倒な仕事が、ようやく終わったという、小さな安堵だけだ。
「……さて」
俺は、燃え上がる屋敷に背を向けた。
ここからの後始末は、皇帝や騎士団がやってくれる。俺の仕事は、もうない。
「帰って、寝るか」
俺は、夜の闇に再び溶け込みながら、小さく呟いた。
帝都の闇の一つが、今夜、ナザリックという、さらに巨大な闇によって、静かに、そして完全に、喰らい尽くされた。
その事実を、この世界の誰もが、知ることはない。
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