デミウルゴスの脚本通りに、舞台の幕は下りた。
屋根の上から見下ろすエリオン伯爵邸は、もはや宴の後のような、静かな混沌に包まれていた。
魔法によって火災は鎮火されたが、半壊した屋敷のあちこちから、未だに燻る煙が立ち上っている。騎士団の怒声、拘束されていく者たちのうめき声、そして、時折響く断末魔。皇帝の密偵たちが、抵抗する残党を『処理』している音だろう。
やがて、屋敷の中から、やつれた姿のエリオン伯爵が引きずり出されてきた。
彼は、何が起きたのか全く理解できていないという顔で、虚ろに宙を見つめている。その絶望しきった表情に、俺の心は1ミリも動かなかった。ただ、計画が完璧に完了したという事実を、冷静に確認するだけだ。
(……さて、これで依頼完了、と。後始末は、やる気満々の役者さんたちにお任せしますかね)
翌日、帝都はエリオン伯爵逮捕のニュースで朝から持ちきりだった。
表向きの容疑は『大規模な麻薬密造および密売』。もちろん、国家転覆計画や邪神復活の儀式なんて、おとぎ話は公表されるはずもない。
食堂で朝食をとっていると、周囲のテーブルから興奮した声が聞こえてくる。
「聞いたか? あのエリオン伯爵が捕まったらしいぜ!」
「鮮血帝陛下は、貴族だろうと容赦がないな。おかげで俺たちみたいな庶民は、安心して暮らせるってもんだ」
「全くだ」
(……真実なんて、誰も知らない。知らされていることが、彼らにとっての真実だ)
俺は、そんな当たり前のことを再認識しながら、味のしないスープを黙って口に運んだ。
宿の一室に戻った俺は、ナザリックへ最後の報告を行った。
《メッセージ》の向こうで、デミウルゴスは上機嫌そのものだった。
『見事という他ありません、八幡殿。貴殿の働きにより、我々は帝国貴族に対する極めて強力な交渉カードを手に入れました。アインズ様も、貴殿の功績に大変お喜びです』
「そりゃどうも」
『つきましては、アインズ様から、貴殿へささやかな褒賞が授けられます。謹んでお受け取りください』
デミウルゴスがそう言った、次の瞬間。
俺の目の前の空間が、まるで水面のように揺らぎ、小さな黒い亀裂――ゲートが開いた。
そして、そのゲートの中から、コトリ、と一つのアイテムが床に転がり出てくる。
「……は?」
それは、円筒状の、黒い金属製の容器。
俺がいた世界で言うところの、缶ジュースと寸分違わぬ形状だった。
俺は、困惑しながらそれを拾い上げる。ひんやりとした金属の感触。そして、そこに描かれた、見慣れた、しかし少しだけ違うロゴに、俺は絶句した。
『マジカル・マックスコーヒー』
(……いやいやいや、なんだこれ!?)
俺の思考が完全に停止していると、デミウルゴスの声が、大真面目なトーンで解説を始めた。
『それは、アインズ様が貴殿の記憶(バックグラウンドストーリー)を参考に、ユグドラシル時代の知識と、この世界の魔法を駆使して、手ずから再現なされた奇跡の霊薬にございます。貴殿の好物だと伺いました。心して味わうように、との御言葉です』
あの威厳に満ちた絶対支配者が、俺のために、せっせと缶コーヒー(のような何か)を錬成している姿を想像してしまい、俺は頭を抱えた。
怖ぇんだか優しいんだか、親切なんだか迷惑なんだか、もう訳が分からない。
「飲むとどうなるんだ、これ。HPが全回復するとか、そういうやつか? あるいは、腹を壊すとか」
俺の呟きを聞いていたのか、デミウルゴスはさらに、とんでもない爆弾を投下してきた。
『ご安心を。害はございません。それと、もう一つ。貴殿の今回の多大なる功績を労うため、ナザリックの守護者たちが、ささやかな宴を企画しているようです。近いうちに一度、大墳墓へご帰還いただきたく……。皆、貴殿に会えるのを楽しみにしておりますよ』
「…………」
俺は、手の中の『マジカル・マックスコーヒー』と、これから待っているであろう、ナザリックでの『宴』を想像した。
アルベドの、あの粘つくような視線。シャルティアの、獲物を見るような目。アウラとマーレの、無邪気な(しかし、それ故に厄介な)好奇心。そして、それら全てを笑顔で取り仕切るであろう、デミウルゴス。
ゾッとした。
エリオン伯爵邸の地下で見た、あのおぞましい光景よりも、ある意味、よっぽど恐ろしい。
「……なんか、血生臭い陰謀に首を突っ込むより、そっちのほうが、よっぽど疲れる気がするんだが」
俺のぼやきは、誰の耳に届くこともなく、静かな部屋に虚しく響いた。
シリアスな任務は終わった。だが、俺の本当の受難は、これから始まるのかもしれない。
俺は、手の中の缶コーヒーを、ただただ見つめることしかできなかった。
挿絵のリクエストです。
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