アルベドの、あの底の知れない笑顔を脳裏に焼き付けたまま、俺は転移門を通り、再び帝都アーウィンタールへと帰還した。
ナザリックの、あの完璧で、息が詰まるような空気から、帝都の雑多で、埃っぽい空気に入れ替わると、不思議と肺が軽くなるのを感じる。
(……あっちよりは、こっちの方が、よっぽど性に合ってる)
どれだけ危険な任務であろうと、人間の欲望と悪意が渦巻くこの場所の方が、守護者たちの純粋すぎる狂信に晒されるより、精神的には遥かに楽だった。
エリオン伯爵の失脚は、帝都の裏社会に大きな波紋を広げていた。
真相は闇の中だが、『静寂のハチ』というワーカーが、この一件に深く関わっているという噂だけが、尾ひれをつけて一人歩きしている。おかげで、斡旋所での俺の扱いは、もはや腫れ物か何かだった。誰も俺に話しかけず、遠巻きに見ているだけ。最高だ。これぞ俺が求めていたぼっち環境。
そんな平穏(?)な日常が数日続いた後、デミウルゴスから新たな指令が下された。
『八幡殿には、帝国で名を知られたワーカーチームをいくつか調査していただきます』
《メッセージ》を通して響く声は、いつも通りだ。
『彼らの実力、性格、活動内容、そして……ナザリックにとって有益な駒となり得るか。あるいは、敵対した場合、どれほどの脅威となるか。その双方の観点から、報告を』
デミウルゴスの説明によれば、近々、帝国で大きな動きがある可能性があり、その際に裏社会の人間であるワーカーがどのような役割を果たすか、事前に見極めておきたい、とのことだった。
(また面倒な仕事を……。今度は人間観察が任務かよ)
俺は内心でぼやきつつも、プロのぼっちとして、他の社会不適合者(ワーカー)たちを観察することに、ほんの少しだけ、興味が湧かないでもなかった。
【帝国宮城】
皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、玉座にて、魔法宰相フールーダ・パラダインと向き合っていた。その若き皇帝の瞳には、年齢にそぐわぬ冷徹な光が宿っている。
「―――フールーダよ。近頃、面白い噂を耳にした。リ・エスティーゼ王国との国境付近、カッツェ平野に、これまでいかなる地図にも記されていなかった巨大な墳墓が、突如として出現した、と」
ジルクニフの言葉に、老魔法使いは、その瞳の奥に隠した狂信的な輝きを悟られぬよう、ゆっくりと答えた。
「はっ。ワシの耳にも入っております。まこと、不可思議な話。古の魔王の墓所か、あるいは、いまだ人の知らぬ魔法文明の遺跡か……。魔道を志す者として、興味は尽きませぬな、陛下」
その言葉は、純粋な探求心を装っていた。ジルクニフが、まさか目の前の老人が、その墳墓の主こそが魔法の深淵そのものであると確信し、既に魂の忠誠を誓っていることなど、知る由もなかった。
ジルクニフは、チェスの駒を動かすように、思考を巡らせる。
「正体不明の遺跡、か。放置すれば脅威となりかねんが、もしそこに眠るのが財宝や失われた魔法の知識ならば、これ以上ない力ともなる。……まずは、中を覗いてみる必要があるな」
若き皇帝は、当然の結論としてそう言った。
その提案は、フールーダにとって、まさに待ち望んでいた言葉だった。
(おお……! 我が至高の主、アインズ様! 自らその神聖なる御領域に、贄を捧げようとしておりますぞ!)
内心の歓喜を完璧に押し殺し、フールーダは、あくまで帝国の忠臣として、思慮深い表情を作ってみせた。
「……陛下。まことに、陛下の慧眼には恐れ入ります。ですが、未踏の遺跡に帝国の騎士を送り込むのは、あまりに危険が大きすぎましょう。相手は、このワシですら、いまだその魔力の片鱗すら掴めぬ未知の存在やもしれませぬ」
「ふん、分かっている。騎士団は帝国の宝だ。使い潰すには惜しい」
ジルクニフは、フールーダの懸念を、さも自分の考えであるかのように肯定した。
「こういう時こそ、使い捨てにでき、かつ、腕は立つ者たちがいるだろう。……ワーカー。連中ならば、金さえ積めば、喜んで危険な『宝探し』に出かけるはずだ」
フールーダは、ジルクニフが自ら「正解」にたどり着いたことに、深く頭を下げた。
「おお、流石は陛下。ワシのような老いぼれには、思いもよらぬ妙案にございます」
それは、ジルクニフにとっても、最も合理的で、リスクの少ない選択肢だった。
「人選はお前に任せる、フールーダ。帝国最強と謳われるワーカーチームをいくつかリストアップし、打診してみよ。報酬は、言い値で構わん。墳墓に眠る『宝』に比べれば、安いものだ。あぁ、それと使い捨ての貴族もリストアップしといてくれ」
「ははっ! 御意のままに!」
ジルクニフは、自分の計略が完璧に動き出したことに、満足の笑みを浮かべた。
彼は知らない。
自らが最も信頼する魔法使いが、敵の忠実なしもべであり、これから行われる調査が、全て、その敵の掌の上で踊るための茶番に過ぎないということを。
帝国の若き天才皇帝は、ナザリックという、深淵そのものに、自ら贄を差し出そうとしていた。
俺は、斡旋所の主ゲッヘンから、半ば脅すようにして情報を引き出し、帝国でも特に有名なワーカーチームのリストを作成していた。
重戦士で固め、城壁のような防御を誇る『ヘビーマッシャー』。
東方の神秘的な剣技を操る者がリーダーの『天武』。
80歳という高齢ながらも現役で活躍しているベテランワーカー『竜狩り』
そして、その中でも特に評価が高く、バランスの取れたチーム。
『フォーサイト』。
リーダーのヘッケランは、明るい人柄で人望が厚い。メンバーは、彼を含め、神官役のロバーデイク、弓兵のイミーナ、そして魔法詠唱者のアルシェ。役割分担が完璧で、チームの結束力は、他のどのチームよりも強いという。
「……仲間、ねぇ」
その言葉を、俺は口の中で転がしてみる。
俺が、最も信用していない、そして、かつて焦がれた言葉。
俺は、調査対象として、まずこの『フォーサイト』に狙いを定めた。
その日の夕方、俺は酒場の隅で、彼らの姿を初めて遠目に捉えた。
テーブルを囲み、エールを飲みながら、今日の仕事の成果を笑い合っている四人。リーダーのヘッケランが冗談を言って、イミーナがそれに突っ込み、ロバーデイクが穏やかに微笑み、アルシェが呆れた顔をしながらも、その口元はかすかに緩んでいる。
その光景は、ひどく眩しく、そして、どこか既視感があった。
かつて、奉仕部の部室で繰り広げられていた、あの歪で、それでも確かに存在した、俺たちの日常を。
(……見せかけだけの、偽物か。それとも……)
俺は、彼らの関係性に、強い興味と、それと同じくらい強い猜疑心を抱いた。
ナザリックの命令とは別に、俺個人の興味として、彼らを深く観察する必要がある。
彼らが信じる『仲間』というものが、果たして『本物』なのか、どうか。
「……まずは、あんたらの『本物』が、どれほどのものか、じっくり見させてもらうか」
俺は、彼らに気づかれぬよう、エールの残りを飲み干すと、静かに席を立った。
遠くで蠢く、ナザリックの巨大な計画と、皇帝の冷徹な思惑。
その二つの巨大な歯車が噛み合う、その時が、刻一刻と近づいていることを、まだ誰も知らない。
そして、その歯車の上で、俺という観測者が、新たな観察対象を見つけたことも。
俺の腐った目が、闇の中で、冷たく光った。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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八幡+アルベド
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八幡+デミウルゴス
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八幡+マーレ
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八幡+アインズ様
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八幡+メイド達