アインズ様改め、冒険者モモンが、あの巨大ハムスター(どうやらハムスケという名前らしい)と共に野営地の警備についた後、ワーカーたちの間には奇妙な安堵と緊張が混じり合っていた。
アダマンタイト級冒険者がバックにいるという安心感。そして、それほどの人物が護衛につかねばならないほど、この墳墓は危険だという緊張感。彼らは、自分たちが振るうにはあまりにも大きすぎる天秤の上で、揺れ動いていた。
やがて、依頼主である帝国の代理人が、各チームのリーダーを集めて最後のブリーフィングを始めた。
渡されたのは、墳墓の第一階層から第三階層までの、不完全な地図。そして、目的はあくまで『調査』であり、危険と判断した場合は速やかに撤退せよ、という、建前だけの注意書き。
(……撤退、ね。させてくれるなら、の話だが)
俺は、岩陰からその光景を眺めながら、心の中で毒づいた。
これは、宝探しじゃない。ナザリックという、神々の実験場に放り込まれる、哀れなモルモットの選別に過ぎない。
ブリーフィングが終わり、各チームはそれぞれの持ち場に戻り、最後の準備を始めた。
『竜狩り』はパーティーメンバー同士で細かい作戦を立てている。『ヘビーマッシャー』は、重厚な盾を磨き、鬨の声を上げる。『天武』は奴隷のエルフを従えて静かに精神を統一し、刀の柄に手を置いている。
そして、『フォーサイト』。
リーダーのヘッケランが、仲間たちの肩を叩き、笑っている。
「よし、行くか、お前ら! ひと財産掴んで、全員で笑って帰ってくるぞ!」
「当たり前です!」
「ええ、必ず」
「……足を引っ張らないでよね」
彼らの間には、悲壮感など微塵もなかった。あるのは、困難な冒険に挑む、本物の冒険者(ワーカー)としての、確かな高揚感だけ。
夕暮れが、荒野を赤黒く染め上げる。
墳墓の入り口が、まるで巨大な獣の顎のように、不気味な暗い口を開けていた。
「時間だ」
代理人のその一言で、ワーカーたちは、覚悟を決めた顔で立ち上がった。
先陣を切ったのは、『ヘビーマッシャー』。彼らは、分厚い鉄の壁となって、暗闇の中へと吸い込まれていく。
続いて、『天武』、そして他のチームが、次々と。『竜狩り』は初日の攻略を放棄する代わりに、二日目の最優先券をもらい、墳墓の入り口で待機することになった。
最後に、『フォーサイト』が、互いに頷き合うと、その闇の中へと足を踏み入れた。
俺は、彼らの姿が完全に見えなくなるまで、その場を動かなかった。
役者たちは、全員、舞台に上がった。
さて、と。
観客が、いつまでも舞台裏にいるわけにもいかない。
俺は、ワーカーたちが使った正面入り口には向かわず、墳墓の側面へと回り込んだ。
そこは、何の変哲もない、ただの崖だ。だが、俺が、デミウルゴスから教えられていた特定の岩に手を触れ、ナザリックのNPCだけが持つ微弱な魔力パターンを送ると、ゴゴゴ、と低い音を立てて、岩壁の一部が内側へとスライドした。
現れたのは、人一人がやっと通れるほどの、小さな隠し通路。
(……従業員用通路、ってとこか)
俺は、その中へと滑り込むと、通路は自動的に閉じた。
内部は、ワーカーたちが進んでいるであろう、埃っぽい遺跡のような通路とは全く違う。磨き上げられた大理石の廊下が、魔力の光で青白く照らされ、ひんやりとした空気が流れている。これこそが、ナザリックの本当の姿だ。
俺が向かったのは、デミウルゴスに指定された、ある一室だった。
そこは、広大な空間に、いくつもの巨大な黒い水晶が浮かぶ、管制室のような場所だった。
それぞれの水晶には、まるで監視カメラの映像のように、墳墓の内部を進むワーカーたちの姿が、鮮明に映し出されている。
「お待ちしておりました、八幡殿」
部屋の奥の闇から、ぬるり、と一人の人物が現れた。
金色の装飾が施された軍服。純白の手袋。そして、どこか芝居がかった、仰々しい仕草。
第七階層守護者、デミウルゴス……ではない。
「我が名は、パンドラズ・アクター。アインズ様が自らお作りになられた、至高の存在。このナザリックの宝物殿と、財宝の管理を任されております!」
(うわ、出た……。アインズ様が作ったっていう、一番面倒くさそうなNPC……)
俺のNPC知識が、彼の情報を検索する。アインズ様の黒歴史の集大成。言動が、痛い。
「して! 貴殿が、かのスーラータン様の作品ですかな! なるほど、その腐敗した眼差し! まさに、我が創造主アインズ様の友人が創りしに相応しい、素晴らしい闇のオーラを放っておられる!」
「……どうも」
適当に相槌を打つ俺を気にする様子もなく、彼は、芝居がかった仕草で水晶の一つを指し示した。
「さあ、ご覧ください! 我が主、アイン-ズ様の深遠なるご計画の、第一幕の始まりですぞ!」
水晶には、ワーカーたちが、墳墓の第一階層を進む様子が映し出されていた。
彼らは、時折現れる低級のスケルトンを楽々と蹴散らし、簡単な罠を解除し、自分たちの実力に自信を深めているようだった。
「……茶番だな」
「いかにも! 茶番です! だが、最高の悲劇とは、最高の喜劇の後にこそ、訪れるもの!」
パンドラズ・アクターは、クックック、と肩を揺らして笑う。
こいつとは、絶対に仲良くなれない。
俺は、奴を無視して、別の水晶に映る『フォーサイト』の姿に目を向けた。
彼らもまた、順調に歩を進めている。リーダーのヘッケランが、罠の存在にいち早く気づき、アルシェが魔法でそれを無力化する。完璧な連携だ。彼らの顔には、笑みすら浮かんでいた。
(そうだ。笑っていろ。今のうちに、せいぜいな)
俺が、そう思った、その時だった。
別の水晶に映っていた『ヘビーマッシャー』の映像に、変化が起きた。
彼らは、広間の中央に置かれた、豪奢な宝箱を見つけたのだ。
リーダーが、慎重に罠を調べ、何もないことを確認すると、ゆっくりと、その蓋を開けた。
中身は、空だった。
彼らが、拍子抜けした顔で顔を見合わせた、その瞬間。
転移の罠が作動し、ナザリックの中で俺がもっともいきたくない場所に転移された。
到着後、しばらくして彼らの自信に満ちた顔が、一瞬にして、恐怖と絶望に染め上げられる。
そして、リーダーの叫び声を最後に、その水晶の映像は、おびただしい虫の大群に染め上げられた。
管制室に、静寂が戻る。
パンドラズ・アクターは、満足げに頷いている。
(……始まったか)
俺は、何の感情も浮かべずに、その結果をただ記録した。
前座は、終わった。
俺は、まだ順調に進んでいる『フォーサイト』の映像に、再び、その腐った目を向けた。
「さて。あんたらの物語は、どんな結末を迎える?」
俺の呟きは、静かな管制室に、虚しく響いた。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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八幡+アルベド
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八幡+デミウルゴス
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八幡+コキュートス
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八幡+アウラ
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八幡+マーレ
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八幡+アインズ様
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八幡+メイド達