管制室の水晶に映し出される、数多のワーカーチームの無残な末路。
それは、ナザリックという絶対的な捕食者の前で、哀れな獲物たちがただ喰われていくだけの、一方的な狩りの記録だった。
「いやはや、素晴らしい! これぞ、力の差という絶対的な真理! 悲鳴すらも、我が主の威光を讃える聖歌のように聞こえますな!」
パンドラズ・アクターが、芝居がかった仕草で両手を広げ、喝采を送る。
俺は、その隣で、ただ黙って、最後の主役たちの映像に、視線を集中させていた。
『フォーサイト』。
彼らは、他のチームとは、明らかに違っていた。
リーダーのヘッケランは、決して突出しない。彼は、目の前に宝箱があっても、決してすぐには飛びつかず、まず周囲の警戒と、仲間との協議を優先する。
イミーナの射手の目は、床の僅かな色の違いから、巧妙に隠された罠を見抜き、アルシェの魔法知識は、扉にかけられた呪いを、的確な呪文で解錠していく。
ロバーデイクの信仰魔法は、アンデッドの放つ負のオーラを和らげ、仲間たちの精神的な消耗を防いでいた。
彼らの進む道は、決して楽ではない。だが、その度に、彼らは会話をし、互いの知識と技術を組み合わせ、そして、着実に困難を乗り越えていく。
その姿は、まるで、完璧に振り付けられた、円舞曲(ワルツ)のようだった。
(……見事なもんだ。実に、見事な『おままごと』だ)
俺は、その光景を、冷え切った心で分析していた。
確かに、彼らのチームワークは本物だ。だが、それは、あくまで『乗り越えられる困難』を前にしているからに過ぎない。
人間関係なんて、そんなものだ。余裕がある時は、誰だって他人に優しくできるし、協力もできる。
だが、絶対に乗り越えられない壁、理解不能な絶望を前にした時、そのメッキは、驚くほど簡単にはがれ落ちる。
俺は、その瞬間を待っていた。
あんたらの、その綺麗な円舞曲が、不協和音を奏で、やがて完全に崩壊する、その瞬間を。
そして、その時は、唐突に訪れた。
『フォーサイト』は、これまでとは少し雰囲気の違う、厳かな石造りの廊下を進んでいた。
彼らが、廊下の中ほどまで進んだ、その時だった。
アルシェが、何かに気づいて叫んだ。
「待って! 床に、魔法陣が…!」
だが、遅かった。
彼らが足元の床を見ると、そこには、それまで全く見えていなかった複雑な幾何学模様の魔法陣が、青白い光を放って浮かび上がっていた。
転移の罠。しかも、極めて高度な、抵抗不能の強制転移。
「くそっ…!」
ヘッケランが仲間を庇うように腕を広げるが、意味はない。
彼らの足元から放たれた光が、一瞬で四人の身体を包み込み―――次の瞬間、彼らの姿は、廊下から完全に消え失せていた。
管制室の水晶に映し出された『フォーサイト』の姿が、一瞬で別の場所へと切り替わる。
転移の光が収まった先は、夜空を模した巨大なドーム状の天井と、どこまでも広がる白い砂地。
コロッセオを彷彿とさせる、巨大な闘技場だった。
ナザリック第六階層、大闘技場(アリーナ)。
「な……どこだ、ここは……!?」
ヘッケランが、周囲を見回し、愕然と声を上げる。
壁も、天井も、出口らしきものはどこにも見当たらない。ただ、広大な空間に、無数の観客席が、彼らを見下ろしているだけ。
完全に隔離された、死の舞台。
彼らが呆然としていると、闘技場全体に、スピーカーを通したかのように、快活な少女の声が響き渡った。
『挑戦者はナザリック地下大墳墓に侵入した命知らずな愚か者達4人!』
声の主は、観客席の一角に立つ、闇エルフの少女、アウラ・ベラ・フィオーラ。彼女は、マイクパフォーマンスでもするかのように、楽しげに言葉を続ける。
『そして、それに対するのはナザリック地下大墳墓の主、偉大にして至高なる死の王”アインズ・ウール・ゴウン様”』
そして、アウラはひときわ豪華な貴賓席のバルコニーを指し示した。
『おーと!セコンドには我ら守護者統括のアルベドがいるぞぉ!』
その紹介と共に、貴賓席のバルコニーに、二つの影が、すぅ……と現れた。
一人は、純白のドレスを纏った絶世の美女、アルベド。
そしてもう一人。灰色のガウンを纏い、優雅にこちらに歩いてくる、死の王。
アインズ・ウール・ゴウン。
その、神のごとき威容を前に、『フォーサイト』のメンバーは完全に戦意を喪失した。
「……あたしの、せいだ……」
アルシェが、その場にへたり込み、涙ながらに謝罪する。
「あたしが、金なんて欲しがらなければ……みんなを、こんなところに……!」
「馬鹿野郎! これは、全員で決めたことだろうが!」
ヘッケランが、彼女の肩を強く掴む。
「そうよ、アルシェ。あなた一人のせいじゃないわ」
「ええ。我々は、運命共同体です」
イミーナとロバーデイクも、頷いた。
(……まだ、壊れないか)
俺は管制室で、その光景を冷ややかに見つめていた。土壇場で見せる、安っぽい友情ごっこ。
ヘッケランは、覚悟を決めると、貴賓席に向かって膝をつき、深く頭を下げた。
「偉大なる魔の王よ! 我々は、あなたの御領域とは知らず、無礼にも足を踏み入れてしまいました! この通り、謝罪いたします! どうか、我々の命だけは……!」
必死の命乞い。だが、玉座の王から返ってきたのは、絶対零度の声だった。
「……面白いことを言う。我が家に湧いた蛆虫に、なぜ私が、慈悲をかけねばならん?」
その一言で、彼らの最後の希望は打ち砕かれた。
追い詰められたヘッケランは、乾坤一擲の、そして、最悪の嘘を口にした。
「ま、待ってください! 我々は、あなた様の『お仲間』から、許可を得て……! その方から、よろしくとお伝えするように、と!」
その瞬間。
闘技場の空気が、凍った。
玉座の王から放たれるプレッシャーが、それまでの比ではない、凄まじい次元へと跳ね上がる。それは、純粋な、底なしの『怒り』だった。
(……馬鹿が)
俺は、思わず呟いた。
(そこだけは、絶対に踏んではいけない、唯一の地雷だったんだぞ……!)
「―――守護者たちよ。耳を塞げ」
アインズ様の低い声に、観客席にいたシャルティアやコキュートスたちが、慌てて耳を覆う。
次の瞬間、アインズ様は、玉座から立ち上がり、神の如き怒声で、天に向かって吼えた。
「ふざけるなあああああああああっ!! あの名前を!! 俺たちのギルドの名を!! お前のような蛆虫が、金のために、軽々しく口にするなぁあああああああっ!!!」
それは、俺が初めて見る、絶対支配者の、魂からの絶叫だった。
アインズ様は、その身に纏っていたガウンを、忌々しげに引きちぎって投げ捨てた。
その露わになった骸骨の姿に、観客席のシャルティアが「はぁん! アインズ様の、そのお美しいお姿……!」と恍惚の声を上げ、隣にいたコキュートスが慌てて彼女の視界を塞いでいるのが、水晶越しに見えた。
アインズ様は、闘技場の中央へと転移し、静かに降り立った。
「……戯れは、終わりだ。貴様らには、ただ、絶望だけを与えて殺す」
最早、会話の余地はない。
『フォーサイト』は、死を覚悟し、最後の抵抗を試みた。
だが、彼らの剣も、矢も、魔法も、アインズ様の体に触れることすらできず、不可視の障壁に阻まれて霧散する。
「……化け物」
アインズ様が、魔力抑制の指輪を一つ外しただけで、その漏れ出した魔力に当てられたアルシェは、その場に嘔吐した。
「イミーナ!」
ヘッケランが、アインズ様の一撃からイミーナを庇い、その上半身を黒い奔流が流れ戦闘不能になる。
「馬鹿……!」
イミーナは、悲しみと怒りが裏返ったような声で叫ぶと、虚しい脅しを口にした。
「あたしたちが戻らなきゃ、漆黒のモモンが、ここへ来るわ!」
その名前を聞いても、アインズ様は、ただ無感動に首をかしげるだけだった。
「アルシェ! これを! 妹さんたちのために、生き延びてください!」
ロバーデイクは、自分の全財産をアルシェに投げ渡し、彼女を逃がそうと、アインズ様の前に立ちはだかった。
アインズ様は、その光景を、ただ冷ややかに見下ろしている。
「……シャルティア。慈悲だ。苦痛なく、殺してやれ」
その命令が、彼らの終幕を告げた。
俺は、管制室で、静かに、その全てを見届けていた。
彼らの『本物』は、最後まで、壊れなかった。仲間を庇い、思いやり、そして、共に死んでいった。
だが、その結果は、どうだ?
その絆は、この絶対的な力の前に、何の意味もなさなかった。
(……そうか)
俺は、静かに目を閉じた。
(本物かどうか、なんて、関係ないんだ)
圧倒的な、理不尽な力の前に、本物も、偽物も、等しく無価値。
ただ、消し飛ばされ、踏み潰されるだけ。
それが、この世界の、答え。
俺は、ナザリックに来て初めて、この世界の本当の姿を、理解した気がした。
水晶の中では、シャルティアの嬉々とした笑い声が、虚しく響き渡っていた。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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八幡+アルベド
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八幡+デミウルゴス
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八幡+コキュートス
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八幡+アウラ
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八幡+マーレ
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八幡+アインズ様
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八幡+メイド達