ユリ・アルファの案内で俺が連れてこられたのは、第九階層にある、守護者総監督アルベドの私室だった。
扉が開いた瞬間、俺の鼻腔をくすぐったのは、甘く、芳しい花の香り。部屋は、純白と金色を基調とした、天上の閨房とでも言うべき、気品と豪奢さに満ちていた。
だが、その完璧な美しさの中に、一点だけ、異様なものが存在した。
部屋の最も奥の壁に掲げられた、巨大な旗。そこには、俺の主君であるアインズ様の姿が、神々しいまでの筆致で描かれていた。あまりの巨大さと迫力に、目が眩みそうだ。
(……うわぁ。これは、想像以上だ)
彼女の、アインズ様への狂信的な愛。それは、この部屋の隅々にまで、濃密な瘴気のように満ち満ちていた。
「お待ちしておりましたわ、八幡」
部屋の奥のソファから、アルベドが、完璧な笑みを浮かべて立ち上がった。
彼女に勧められるまま、俺は、座り心地の良すぎるソファに、身を沈める。目の前のテーブルには、いつの間にか、高級そうなティーセットが用意されていた。
「帝国での活躍、実に見事だったわ」
アルベドは、うっとりとした表情で頷く。
彼女は、紅茶を一口飲むと、探るような目で、俺をまっすぐに見つめてきた。
「先日、貴方は、ご自身の創造主であるスーラータン様について、話していたわね。その口ぶりは……他の守護者たちが、己が創造主を語る時のような、熱が感じられなかった。まるで、遠い過去の、他人事のように」
探りを入れてきたか。
俺は、表情を一切変えずに、カップを置いた。ここで下手に取り繕えば、この悪魔のような女には、すぐに見抜かれるだろう。
「俺の記憶は、曖昧だ。流れ込んでくる知識(データ)として、スーラータンという存在が俺を創ったことは、理解している。だが、俺が現実として認識し、忠誠を誓うべきは、今、このナザリックを統べておられる、唯一の御方。アインズ様、ただお一人だ」
俺は、言葉を区切ると、続けた。
「過去の主人が、どうであったかなど、関係ない。俺の忠誠は、不在の亡霊ではなく、現在の権力者にこそ、捧げられるべきものだ。それが、当然の摂理だと、俺は思うが」
その言葉を聞いた瞬間、アルベドの浮かべていた、品定めするような笑みが、消えた。
そして、次の瞬間。彼女の顔には、心の底からの、歓喜とでも言うべき捕食者のような笑みが、浮かび上がっていた。
「……素晴らしい。なんと、素晴らしい考えでしょう、八幡。その、どこまでも現実的で、そして、忠実な思考。それこそが、私が貴方を、特別に評価している理由なのです」
彼女は、身を乗り出してきた。その金色の瞳が、俺を射抜く。
「貴方なら、理解できるはずですわ。……我らを創りし至高の御方々が、決して、完璧な存在ではなかったということを」
「……どういう意味だ?」
「彼らは、去りました。このナザリックを、そして何より、たったお一人、最後までこの地に残られた、我らが慈悲深き主、モモンガ様を、見捨てて!!」
アルベドの声に、初めて、剥き出しの憎悪が籠る。
「彼らは、裏切り者なのです! アインズ様を孤独にした、許されざる者たち!」
彼女は、一度息を吸い込むと、声を潜め、俺に、彼女の本当の計画を打ち明けた。
「私は、部隊を結成しております。至高の御方々……その裏切り者たちを捜索し、その真意を確かめるための、特別部隊を。そして、もし、彼らがアインズ様の絶対的な支配に対し、僅かでも脅威となりうるのであれば……」
―――その時は、排除する。
アルベドは、そう、はっきりと言った。
そして、彼女は俺に、その悪魔的な契約書を、差し出した。
「八幡。貴方の、その隠密能力と、暗殺技術は、この部隊に、必要不可欠です。そして何より、貴方のその、過去に縛られぬ、現在の主君への絶対的な忠誠心。それこそが、私が求めるものです。
私の刃となり、アインズ様を、あらゆる脅威からお守りする、その覚悟は、おありかしら? たとえ、その脅威が、『創造主』の名を騙る者であったとしても」
俺は、黙って彼女の言葉を聞いていた。
頭の中で、高速で思考を巡らせる。
この誘いを、断れば、どうなる?
間違いなく、俺は、アルベドにとって『不確定要素』として、いつか秘密裏に処理されるだろう。
では、受ければ?
それは、ナザリックのNo.2が企む、最も危険で、最も血生臭い、内乱の火種に、自ら身を投じることを意味する。
だが、俺の心は、既に決まっていた。
俺がこの世界で見つけ出した『本物』の真理。それは、力こそが全て、という冷徹な事実。
そして、彼女の計画は、その真理に、あまりにも合致していた。
かつての主人(神々)を、現在の主人(アインズ)のために、狩り殺す。
それは、俺が『フォーサイト』の最期を見て至った、あの虚無的な結論の、完璧な実践に他ならない。
「……理解した」
俺は、静かに、そして、はっきりと答えた。
「俺の忠誠は、アインズ様に捧げられたものだ。アインズ様の支配を脅かす可能性のあるものは、全てが敵。あなたが、彼らを脅威と見なすのであれば、彼らは、俺が排除すべき、ただの標的(ターゲット)になる」
俺の返答に、アルベドは、恍惚とした表情で、うっとりと目を細めた。
「ええ、ええ……! そうですわ……! なんと、頼もしいお言葉……!」
彼女は立ち上がると、俺の前に来て、そっと俺の頬に手を添えた。
その手は、氷のように冷たかった。
「期待しているわ、八幡。」
彼女の部屋を出た時、俺の背中には、重い汗が滲んでいた。
血生臭い戦場よりも、よっぽど疲れる。
だが、同時に、奇妙な高揚感もあった。
(……これが、俺の新しい『奉仕部』、か)
俺は、自嘲気味に呟いた。
依頼内容は、神殺し。
依頼者は、悪魔。
そして、部員は、俺一人。
「……上等だ」
俺は、誰に聞かせるともなく、そう呟いた。
どうせ、この世界が地獄なら、より深い地獄の底で、踊り狂ってやる。
俺の、本当の異世界生活は、今、始まったばかりなのかもしれない。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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八幡+アルベド
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八幡+デミウルゴス
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八幡+コキュートス
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八幡+アウラ
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八幡+マーレ
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八幡+アインズ様
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八幡+メイド達