霧の中から放たれた一撃は、鋭利な刃物のようだった。
俺は、全身のバネを使い、後方へ跳躍することで、辛うじて直撃を回避する。俺が先ほどまで立っていた場所の岩が、いとも容易く抉られ、その破片が宙を舞った。
「……なるほどな」
俺は、短剣を構え直し、口の端を吊り上げた。
「歓迎パーティーは、これ一匹か? だとしたら、少し、物足りないな」
俺の挑発に応えるかのように、怪物は、再び霧の中へとその巨体を滑り込ませた。気配が、完全に消える。 静寂。 ただ、自分の心臓の音だけが、やけに大きく聞こえる。
(……厄介だな)
奴は、完全にこの霧を自らの領域(テリトリー)としている。視界も、音も、気配すらも、この霧が奴の味方をしている。 正面からやり合っても、消耗するだけだ。 こういう時、どうするか。 奉仕部で、俺が学んだこと。 真正面から問題を解決できないなら、問題の『前提』そのものを、変えてしまえばいい。
俺は、わざとらしく、大きく息を吸い込み、隙だらけの構えをとった。
『ここだ。ここが、お前の死角だ』と、全身で語りかけるかのように。
次の瞬間。 背後から、殺気が迸った。 俺は、その瞬間を、待っていた。
振り返りもせず、俺はスキルを発動する。 忍術スキル、《空蝉(うつせみ)》。
俺の身体は、その場に残像を残し、本体は、まるで煙のように霧の中へと溶け込んだ。 怪物の鋭利な爪が、俺の残像を空しく引き裂く。
獲物を仕留め損なった怪物が、一瞬だけ、動きを止めた。 その、コンマ数秒の硬直。 それこそが、俺が作り出した、唯一の勝機。
俺は、奴の足元の影から、音もなく這い出していた。 スキル、《影潜み》。 そして、続けざまに、この腐った目を、最大限に見開く。 スキル、《弱点看破》。
怪物の、六本の脚の付け根。そこに、外皮が僅かに薄くなっている部分が、赤い光点となって、俺の目に映し出された。 狙いは、定まった。
「―――もらった」
俺は、地を蹴り、回転しながら、その赤い光点めがけて、ナザリック製の短剣を、逆手で突き立てた。 スキル、《致命の一撃》。
ブシュッ!
硬い肉を抉る、鈍い手応え。 怪物は、激痛に甲高い絶叫を上げた。その声は、谷の霧を震わせ、遠くの岩壁にこだました。 だが、その絶叫も、長くは続かない。 俺は、一撃で仕留めきれなかったことを瞬時に判断し、間髪入れずに、次の一手を放っていた。 短剣を突き立てたまま、その傷口に、俺の持つ『妖気』を流し込む。 影系統の妖怪(アヤカシ)としての、俺の固有スキル。
《腐蝕の呪い》
俺の妖気を注ぎ込まれた傷口から、怪物の白い外皮が、黒く変色し、ボロボロと崩れ落ちていく。 怪物は、断末魔の叫びを上げながら、巨体を痙攣させ、やがて、完全にその動きを止めた。 その魔物の身体は、倒れても霧に溶けるように消え去っていく。この谷の魔物は、死ぬと痕跡を残さない、ということか。
静寂が、再び谷を支配する。 俺は、短剣の緑色の体液を振り払い、鞘に収めた。 額に、汗が滲んでいる。 決して、楽な戦いではなかった。だが、その分、得られるものも、大きい。
【経験値を、2,500ポイント獲得しました】
その表示を見て、俺は、口の端を吊り上げた。
(……悪くない)
一体で、この程度か。レベル90の魔物なら、数万ポイントは入るはずだが、この魔物は、せいぜいレベル20〜30といったところだろう。しかし、その動きと、霧の中での戦闘能力は、レベル50クラスに匹敵する。 この谷の魔物は、個々のレベルは低くとも、その環境適応能力と、集団戦術で、レベルを凌駕する脅威となっている。 それが、この谷に足を踏み入れたワーカーたちが、二度と戻らなかった理由なのだろう。
「……狩りごたえは、ありそうだな」
俺は、息を整えると、倒した怪物が消えた場所の、湿った地面を注意深く検分し始めた。 その、瞬間。 地面の一部。 そこに、明らかに自然のものではない、人為的な『紋様』が、まるで焼き印のように刻まれていたのだ。 それは、渦を巻く蛇のようでもあり、歪んだ目のようでもある、見たこともない、不気味なシンボル。 ナザリックのものでも、帝国のどの貴族の紋章でもない。
(……なんだ、これは)
背筋を、冷たいものが走った。 この谷の怪物たちは、ただ、ここに自然発生した、野生の魔獣ではない…?
誰かが、何者かが、この谷で、これらの怪物を『管理』あるいは、『創造』している…?
俺の『休暇』は、ただのレベル上げでは、終わらないのかもしれない。 この谷の霧の奥には、俺が想像していたよりも、遥かに深く、そして面倒な『何か』が、潜んでいる。 俺は、紋様を睨みつけながら、再び、短剣の柄に、手をかけた。
俺の、本当の休暇という名の『仕事』は、どうやら、また始まってしまったようだった。
挿絵のリクエストです。
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