俺は、倒した怪物が消え去った地面に残された、不気味な紋様を、しばらくの間、凝視していた。 渦を巻く蛇、あるいは歪んだ目のようなその紋様は、明らかに、単なる自然現象では説明できない。 それは、この『嘆きの谷』が、ただの魔境ではない、という証拠。 誰かの手によって、管理され、あるいは創造された、実験場のような場所。
(……面倒なことになりそうだな)
俺の第六感、いや、この腐った目が、そう告げていた。 この谷は、単なる狩り場ではない。 これは、新しい『仕事』の始まりを告げる、厄介な兆候だ。
俺は、短剣を構え直し、警戒を一段階引き上げて、谷の奥へと足を踏み入れた。 経験値稼ぎという目的は変わらない。だが、そこに、『謎の紋様の正体』という、もう一つの目的が加わった。
谷の奥へ進むほど、霧はさらに濃くなり、視界は極端に狭まった。 そして、出現する怪物たちの種類も、増えていった。 最初に遭遇したカマキリのような怪物『フォグ・クリーパー』。 地面を這いずり回り、毒を吐き出す巨大なナメクジ『グロース・スライム』。 枯れ木に擬態し、不意打ちを仕掛けてくる『ミスト・ツリーマン』。 どれも、単体ではレベル30にも満たないような雑魚だが、この霧の中で、音もなく、数で襲いかかってくる。
俺は、忍術スキルを駆使し、影に潜み、霧に紛れながら、彼らを次々と狩り殺していった。
《空蝉》、《影潜み》、《致命の一撃》、《腐蝕の呪い》……。
手持ちのスキルを、惜しみなく投入する。 一つ一つの戦闘は、決して楽ではない。常に死と隣り合わせの緊張感。 それでも、俺の動きは、次第に洗練され、無駄が削ぎ落とされていく。 身体が、この環境に、そして、この『狩り』に、適応していくのを感じた。
【経験値を、2,500ポイント獲得しました】
【経験値を、1,800ポイント獲得しました】
【経験値を、2,200ポイント獲得しました】
ポップアップする通知が、俺の成果を示していた。 だが、レベルアップまでの道のりは、果てしなく遠い。
(……レベル89から90に上がるだけでも、途方もない経験値が必要になる。レベルが上がるたびに、その要求量が爆増するとなると……レベル100なんて、一体、いつになるんだ)
絶望的な現実が、俺の思考をよぎる。 だが、それでも、俺は足を止めない。
そうして、どれほどの時間が経過しただろうか。 俺は、谷の最深部らしき場所にたどり着いていた。 そこは、他の場所よりも、さらに霧が深く、冷たい空気が肌を刺す。 そして、ここだけ、異様に静かだった。 これまでの道中で、絶え間なく聞こえていた怪物たちの鳴き声も、物音も、一切しない。 まるで、全ての生命が、この場所を避けているかのように。
(……いるな)
俺の《危険察知》スキルが、警鐘を鳴らす。 これまでの雑魚魔物とは、格が違う。 奥には、間違いなく、この谷の『主』とでも言うべき、強大な何かが潜んでいる。 俺は、周囲の苔むした岩陰に身を隠し、慎重に気配を探った。
その、瞬間。 微かに、霧の中から、人の気配がした。
(……人間?)
いや、違う。魔力探知に引っかかる、その波動は、人間のものではない。 もっと、陰湿で、淀んだ、邪悪な魔力。
俺は、さらに深く影に潜み、気配を完全に殺した。 霧の奥から、ゆらり、と一つの影が現れる。 それは、黒いローブを纏った、背の高い人影だった。フードで顔は隠されているが、その歩き方、そして、全身から漏れ出す邪悪な魔力は、尋常ではない。
その人物は、谷の中央にある、巨大な岩の祭壇のような場所へと向かった。 そして、その祭壇の上に、俺が先ほど見た、あの不気味な『紋様』が、まるで巨大なレリーフのように彫り込まれているのを発見した。 男は、その紋様の上に、何かを供えようとしている。
俺は、呼吸を止め、その様子を窺った。 男が、祭壇に供えたものを見て、俺の目が、僅かに見開かれた。 それは、まだ息のある、若い人間の冒険者だった。 両手両足を拘束され、口には猿轡。目には、極度の恐怖が宿っている。
男は、人間の冒険者を祭壇に縛り付けると、フードを外した。 現れたのは、青白い肌と、血走った目、そして、見るからに邪悪なオーラを放つ、ネクロマンサーのような男だった。 その手には、禍々しい輝きを放つ黒い短剣が握られている。
ネクロマンサーは、紋様を刻まれたその冒険者の胸元に、短剣を突き立てた。
ギュルルル……!
冒険者の身体から、生命力と魂が、吸い出されていく。 そして、その生命力と魂は、祭壇の紋様を通して、どこかへと送られているのだ。
(……これは、生贄、か)
俺は、確信した。 この谷は、誰かが、魔物を創造し、あるいは強化するために、人間を生贄に捧げる場所だ。 あの紋様は、その『生命力』を転送するための、魔法陣。 そして、俺が今まで倒してきた怪物たちは、そうやって生み出された、あるいは強化された、存在。
「くくく……。これだけの生命力を注ぎ込めば、あの『上位種』も、さらに成長するだろう。ジルクニフ……あの愚かな皇帝が、この事実を知ったところで、もう遅い。我が主の復活が叶えば、帝国は、すぐに我らのものとなる……!」
ネクロマンサーは、狂気じみた笑みを浮かべ、そう呟いた。 その言葉に、俺の全身を、電流のような衝撃が走った。
(……ジルクニフ、だと!?)
そして、『我が主の復活が叶えば、帝国は、すぐに我らのものとなる』。
このネクロマンサーは、皇帝ジルクニフを愚弄し、帝国の支配を企んでいる。 俺は朧げながら、ナザリックが帝国との間に、表向きは同盟関係を結んでいることを知っている。 この男の計画が成功すれば、ナザリックの今後の『ご計画』にも、少なからず影響が出るはずだ。 これは、ナザリックの利益を損なう、新たな『脅威』に他ならない。
俺は、その場に留まり、さらに深く、影へと潜り込んだ。 これは、ただのレベル上げではない。 これは、ナザリックにとっての、新たな脅威。
俺の『休暇』は、とんでもない方向に、捻じ曲がり始めていた。 そして、俺は、その全てを、この腐った目で、見届ける義務がある
挿絵のリクエストです。
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