ネクロマンサーの言葉が、耳の奥で反響する。
『ジルクニフ……あの愚かな皇帝が、この事実を知ったところで、もう遅い。我が主の復活が叶えば、帝国は、すぐに我らのものとなる……!』
(……帝国を、乗っ取る、か)
俺は、影の中から、その男を冷静に観察していた。 レベルは、せいぜい10台後半。個人の戦闘力は、俺からすれば取るに足らない。 だが、彼がこの谷で何をしているのか。 人間を生贄に捧げ、何者かの復活を企み、それが叶えば帝国を支配できると豪語している。 そして、その計画は、ナザリックが帝国との間に築こうとしている関係を、根底から覆す可能性を秘めている。
これは、俺個人のレベル上げとは、もう次元の違う問題だ。現時点でのアインズ様の『ご計画』において、帝国は重要な駒だ。 その駒を、別の勢力に奪われるのは、紛れもない『脅威』に他ならない。
(……報告すべきか?)
一瞬、頭をよぎったが、すぐにその考えを打ち消した。 わざわざ《メッセージ》で報告すれば、デミウルゴス辺りが、また面倒な『ご計画』を立てるだろう。 いや、それ以前に、この程度の脅威を、一介のNPCである俺が見つけて対処できないのであれば、俺の価値そのものが揺らぎかねない。
俺は、自分の存在価値を証明しなければならない。
この『嘆きの谷』で、見つけた脅威は、この俺が、水面下で、完全に処理する。 それが、俺の存在意義を、アインズ様に示す、最良の方法だ。
それに。 このネクロマンサーが復活させようとしている『主』とやら。 それが、もしレベル100クラスの存在だとしたら、それは、俺にとって最高の経験値源になる。
『仕事』と『自己強化』。
二つの目的が、完璧に合致した。
俺は、静かに、短剣の柄に、手をかけた。 介入。 それは、奉仕部の依頼を受けた時の、いつもの決断と、何ら変わらない。 ただ、その結果が、世界を揺るがすほどの規模に拡大する可能性がある、という点を除けば。
「―――おっと、そこまでだ」
俺は、影の中から姿を現した。 ネクロマンサーが、驚いたように振り返る。
「な、何者だ貴様!? いつからそこに!?」
彼は、慌てて黒い短剣を構えた。その魔力は、依然として淀んでいるが、俺の殺気に当てられ、明らかに動揺している。
「通りすがりの、ただのワーカーだ。……お前がやろうとしていることは、俺の『仕事』の邪魔になる」
俺は、一歩、また一歩と、ネクロマンサーに詰め寄る。
「この谷で、何かを復活させようとしている。それが成功すれば、帝国は荒れる。そして、帝国が荒れれば、俺の、この世界での平穏な生活が、脅かされる」
俺の言葉は、完璧な建前だ。 本音は、『俺がナザリックの一員として、この世界の理不尽に抗うための行動』だ。 だが、この男には、それで十分。
「馬鹿な! この『嘆きの谷』に、ワーカーなど、いるはずが……ぐあああああああっ!?」
ネクロマンサーは、俺の言葉を最後まで聞く前に、その場で、突然、身体を大きく痙攣させた。 彼の全身から、黒い靄が噴き出し、苦悶の表情を浮かべる。
(……何だ?)
俺は、警戒を緩めない。 ネクロマンサーの身体から発せられる魔力が、急激に膨れ上がっていく。
レベル10台の雑魚魔術師が、瞬く間に、レベル50クラスの魔力へと変貌していく。 その、急速な変化に、俺は覚えがあった。
(……強化、か)
ナザリックにも、似たようなスキルがある。
『異形化』あるいは、『階位昇格』
一時的に、あるいは恒久的に、対象の能力を大幅に引き上げるスキル。
ネクロマンサーは、苦しみに喘ぎながら、祭壇の紋様を指差した。
「我が、主……! 御身の、御力……! 愚か者に、制裁を……!」
どうやら、俺の出現が、この谷の何らかの防衛機構を刺激したか、あるいは、ネクロマンサー自身が、切り札を切ったか。 祭壇の紋様が、邪悪な光を放ち、その光が、ネクロマンサーの全身を包み込んだ。
「グルルルルル……!」
男の身体が、おぞましい音を立てて変形していく。 ローブは、引き裂かれ、皮膚は青黒く硬質化し、背中からは、蝙蝠のような翼が生え出した。 顔は、見る影もなく獣じみた形に変貌し、目には、理性の光が一切宿っていない。
そこにいたのは、もはや人間ではない。 巨大な、黒い肌の悪魔。 そのレベルは、一時的にではあるが、間違いなく、レベル50を超えていた。
(……悪魔化、か)
面倒なことになった。 レベル10台のネクロマンサーなら、一瞬で片付けられた。 だが、レベル50クラスの悪魔。
俺のレベル89から見れば、依然として格下だが、決して油断できる相手ではない。 特に、この霧の中という地の利は、奴にある。
悪魔と化したネクロマンサーは、雄叫びを上げると、祭壇に縛られた冒険者を一瞥し、俺に向かって突進してきた。 その速度は、先程までの比ではない。 谷の霧を切り裂き、咆哮を上げながら迫りくる悪魔の姿は、まさしくこの谷の『主』に相応しい威圧感だった。
俺は、不敵な笑みを浮かべた。
「……そう来なくっちゃな」
俺のレベル上げという『休暇』は、こうして、本物の『仕事』へと変貌を遂げた。 そして、それは、俺が求める『経験』を、十二分に与えてくれるだろう。 たとえ、それが、血と死の匂いを纏うものだとしても、だ。
俺は、悪魔と化したネクロマンサーに向かって、短剣を構え、影を纏い、霧の中へと、深く沈み込んだ。
挿絵のリクエストです。
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