ぼっち、ナザリックに飛ばされる   作:NewSankin

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ぼっち、レベル上げに勤しむ6

俺は、ネクロマンサーを倒した祭壇から、さらに谷の奥深くへと足を踏み入れた。 足元は、これまでの道とは比べ物にならないほど険しく、巨大な岩が折り重なり、滑りやすい苔が張り付いている。 青白い苔の光もほとんど届かず、文字通りの『闇』が支配する空間だった。 霧は、もはや視界を遮るというよりも、存在そのものが重く、俺の全身に圧し掛かるような感覚さえあった。

 

 

(……これは、まるで、どこかのダンジョンだな)

 

 

俺は、短剣の柄を握りしめ、注意深く周囲を警戒しながら進む。

『リング・オブ・サステナンス』のおかげで、飢えや渇きは感じない。だが、身体の奥底から込み上げてくる疲労感は、決して無視できるものではなかった。 この谷の魔力そのものが、生者の精神と肉体を削り取っていくような、負のオーラを発しているのだ。 いくらレベル89の俺でも、完全に無効化できるわけではない。

 

どれほど進んだだろうか。 空間が、突如として開けた。 そこは、谷の最深部に位置する、巨大な空洞だった。 その広さは、ナザリックのいくつかの階層に匹敵するのではないかと思えるほど。 頭上には、巨大な鍾乳石が無数にぶら下がり、まるで巨人の牙のようだ。 そして、その空洞の中央には、これまで見たどんな紋様よりも巨大で、おぞましい魔法陣が、青白い光を放ちながら、脈動していた。

 

その魔法陣の中心で、俺は、この谷の『主』と呼ぶべき存在を発見した。

 

それは、見る者の理性を蝕む、おぞましい存在だった。 形容しがたい、巨大な肉塊。 無数の触手が、うねうねと蠢き、その先端には、歪んだ人間の顔のようなものが、いくつも張り付いている。 体中には、これまでの生贄の冒険者たちから吸い上げた生命力が、赤い脈動となって流れているのが、俺の腐った目にははっきりと見えた。 そして、その肉塊のどこが頭部なのか判別できないが、その中心から、微かに、しかし確かに、何かの『意識』が発せられている。 それは、言葉ではなく、イメージとして、直接俺の脳内に流れ込んできた。 飢え。渇望。そして、この世界への、底知れない憎悪。

 

 

(……これが、ネクロマンサーが復活させようとしていた『主』か)

 

 

レベルは、不明。 だが、俺の《危険察知》が、これまで感じたことのないほどの、強烈な警告を発していた。 その存在は、レベル60や70といったレベルではない。 おそらく、レベル80は優に超えている。もしかしたら、レベル100にすら到達しているかもしれない。

 

俺は、その場に立ち尽くし、ただ、その異形の存在を、凝視していた。 だが、その視線は、恐怖からくるものではない。 純粋な、戦慄。 そして、これほどの強敵を前にした時の、あの独特の、高揚感。

 

「……ここまで、来た甲斐があったな」

 

俺は、誰に聞かせるともなく、静かに呟いた。 これは、ただのレベル上げではない。 これは、俺がこの異世界に来てから、初めて遭遇する、『本物』の理不尽。 アインズ様や、守護者たちが持つ、絶対的な力の片鱗を、俺が身をもって知るための、絶好の機会だ。

 

その瞬間、肉塊の触手が、一斉に、俺の方へと向けられた。

歪んだ顔々が、一斉に、俺を凝視する。 そして、脳内に、直接、語りかけられた。

 

『……我らの……眠りを……妨げた……愚か者め……』

『……貴様の……生命力も……糧となれ……』

『……抵抗するな……全てを……受け入れよ……』

 

それは、精神に直接干渉する、強力な精神攻撃だった。 だが、俺は、動じなかった。 奉仕部で、どれほど理不尽な状況に陥り、どれほど他人から理解されず、どれほど精神的に追い詰められてきたか。 その経験が、俺の精神を、とてつもなく歪に、しかし強靭に、鍛え上げていた。 それに、俺には、ナザリック製のアミュレットが装備されている。精神攻撃への耐性も、相当なものだ。

 

「……悪いな。俺は、他人の言いなりになるのが、大嫌いなんだ」

 

俺の言葉に、谷の『主』である肉塊は、その無数の顔を歪ませた。

 

『……無礼者め……。貴様の、その傲慢な魂も、いずれは我らの糧となるだろう……!』

 

肉塊から放たれる精神攻撃が、さらに強力になった。 幻覚が見える。過去のトラウマがフラッシュバックする。存在の否定。 だが、俺の精神は、すでに奉仕部での修羅場で鍛え抜かれ、ナザリック製の装備でさらに補強されている。 これらの攻撃は、俺には、ただの不快な雑音でしかなかった。

 

「やってみろよ。……ただし、俺も、ただで食われる趣味はねぇ」

 

俺は、短剣を構え、肉塊へと向かって、地を蹴った。 《影潜み》で地面に潜行し、肉塊の足元へと音もなく接近する。 その巨体ゆえか、肉塊は、足元の索敵は苦手なようだった。

 

俺が肉塊の真下へと到達した瞬間、スキルを発動する。 《致命の一撃》を込めた短剣を、真上へと突き立てる。 狙いは、肉塊の、最も脈打つ中心部。

 

グジュッ! 予想外の方向からの攻撃に、肉塊は呻き声を上げた。 だが、その外皮は、想像以上に硬かった。短剣は、その表面を僅かに傷つけただけで、それ以上深くは食い込まない。

 

(……やはり、簡単にはいかないか)

 

肉塊は、無数の触手を暴れさせ、周囲に雷撃のような魔力を放つ。 俺は、咄嗟に《空蝉》で肉塊から離れる。残像が雷撃を受け、霧散した。 肉塊は、怒り狂ったように触手を振り回し、空洞全体を破壊し始めた。 巨大な鍾乳石が、次々と頭上から落下してくる。

 

(……このままでは、ジリ貧だ)

 

俺は、冷静に状況を分析する。 物理攻撃は、表面的な傷しか与えられない。 触手や魔力による広範囲攻撃は、範囲こそ広いが、一つ一つの攻撃の精度は低い。 だが、最大の脅威は、肉塊が放つ、精神攻撃と、周囲に充満する負のオーラだ。 長期戦になればなるほど、俺の精神力と体力は削られていく。 そして、レベル80を超えているであろう相手に、真正面から突っ込むのは、無謀だ。

 

(……突破口は、どこだ?)

 

俺は、影に潜みながら、再び肉塊を観察する。 その時、俺の腐った目が、肉塊の中心部にある、微かな違和感を捉えた。 生贄の生命力と魂が吸い上げられていたはずの祭壇。 その祭壇と、肉塊の中心部が、まるで細い魔力の糸で繋がっているかのように見えた。 そして、その糸が、肉塊の再生を支えているように感じられた。

 

(……もしかして、あの祭壇が、こいつの生命線か?)

 

理不尽なまでの強さを持つ相手との戦闘で、重要なのは、その『理不尽』を支える根源を叩き潰すことだ。 もし、あの祭壇が、この肉塊の再生能力や、あるいはこの谷全体の魔力の源となっているならば……。

 

俺は、祭壇と肉塊を繋ぐ魔力の糸に、意識を集中させた。 そして、新たな作戦を立てる。 肉塊本体ではなく、その『生命線』を叩く。

 

俺は、肉塊の注意を引くため、敢えて、悪魔の顔に短剣を投げつけた。 短剣は、悪魔の顔に突き刺さるが、深傷にはならない。 しかし、その一撃で、肉塊の怒りが俺に集中した。 無数の触手が、一斉に俺に向かって伸びてくる。

 

俺は、それを迎え撃つことなく、ただ、ひたすらに回避に徹した。 《空蝉》、《影潜み》、《高速移動》……。 忍術スキルを限界まで酷使し、肉塊の猛攻を躱し続ける。 狙うは、肉塊と祭壇の間の、たった一つの『隙』。 肉塊が、猛攻を仕掛け、空洞全体が揺れる中、祭壇への魔力の集中が、一瞬だけ疎かになる瞬間。

 

その時が、来た。 肉塊が、空洞の天井に向けて渾身の一撃を放ち、巨大な鍾乳石が多数落下してきた。 その攻撃の余波で、肉塊と祭壇を繋ぐ魔力の糸が、ほんの一瞬、脆弱になったのだ。

 

「―――今だ!」

 

俺は、地面を蹴り、残された全妖気を短剣に集中させた。 《腐蝕の呪い》を最大出力で発動。短剣の刃が、禍々しい黒いオーラを纏い、まるで闇そのもののように輝いた。 そして、狙うは、祭壇と肉塊を繋ぐ、その『魔力の糸』。

 

俺は、まるで精密機械のように、正確無早く、その魔力の糸を切り裂いた。 グチュン! 生命線を断ち切られた肉塊は、全身を大きく震わせた。 無数の顔々が、一斉に、これまでにない苦悶の表情を浮かべる。

 

『……馬鹿な……! 我らの……力が……!』

 

肉塊の再生能力が、明らかに低下している。 その隙に、俺は、再び肉塊の中心部へと突進する。

 

「終わりだ」

 

俺は、黒いオーラを纏った短剣を、今度こそ、肉塊の最も深い核へと、全力で突き立てた。

 

ズブリッ!

 

短剣が、肉塊の奥深くまで、確実に食い込んだ。 《腐蝕の呪い》が、その核を、内側から食い破り、破壊し尽くしていく。

 

肉塊は、断末魔の叫びを上げた。 それは、もはや言葉にはならない、この世のあらゆる苦痛を凝縮したような、悲鳴。 全身が激しく痙攣し、青白い光を放っていた魔法陣も、光を失い、ゆっくりと砕け散っていく。 肉塊の巨体は、見る見るうちに萎縮し、最終的には、汚泥のような液体となって、地面に染み込んで消滅した。

 

静寂。 空洞を支配していた負のオーラも、急速に薄れていく。 残されたのは、崩壊した祭壇と、瓦礫となった鍾乳石、そして、疲労困憊の俺だけだった。

 

俺は、短剣を引き抜き、鞘に収めた。 全身が、鉛のように重い。魔力も、妖気も、底を尽きかけている。 だが、その疲労感の中に、確かな達成感があった。 レベル80を超えるであろう、強大な存在。 それを、俺は、単独で打ち破ったのだ。

 

【経験値を、885,000ポイント獲得しました】

【レベルが、89から90に上昇しました】

 

ポップアップする通知に、俺は小さく鼻を鳴らした。

 

(……ようやく、か)

 

この一つのレベルアップに、どれほどの苦労を強いられたか。 レベル100への道は、依然として遠い。 だが、確かな一歩を、俺は踏み出した。

 

俺は、空洞の入り口へと目を向けた。 『嘆きの谷』の脅威は、これで完全に排除された。 そして、ネクロマンサーが企んでいた帝国支配の計画も、水泡に帰しただろう。 これで、アインズ様への『仕事』は、滞りなく完了したことになる。

 

(……帰るか)

 

俺は、踵を返し、空洞を後にした。 深淵の底から、ゆっくりと、光の差す出口へと向かう。 俺の『休暇』は、これで終わりだ。

 

だが。 俺の胸の奥には、新たな疑問が、静かに渦巻いていた。 この谷の『主』は、一体何だったのか。 そして、ネクロマンサーが復活させようとしていた『主』とは、本当にこの肉塊だったのか。 この谷で、一体何が起こっていたのか。

 

まだ、謎は残されている。 そして、その謎は、この世界の、さらなる深淵へと繋がっているような、そんな予感がしていた。 俺の、ナザリックでの『仕事』は、まだ、終わらない。

挿絵のリクエストです。

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