静寂が戻った大空洞。 俺は、倒した『谷の主』が汚泥となって消えた地面を見つめながら、荒い息を整えていた。 レベル90。 その数字が示す確かな成長と引き換えに、魔力も妖気も、ほぼ底をついている。これほどの消耗は、ナザリックに来てから初めてだった。
(……だが、これで終わりじゃない)
俺の脳裏には、あのネクロマンサーが口にした言葉がこびりついていた。
『我が主の復活が叶えば、帝国は、すぐに我らのものとなる』
この谷は、単なる魔獣の巣窟ではなかった。帝国、ひいてはナザリックの計画にも影響を及ぼしかねない、巨大な陰謀の舞台だったのだ。
俺の任務は『休暇』という名のレベル上げ。だが、それは建前だ。 本当の目的は、ナザリックの利益に貢献し、俺自身の存在価値を高めること。 ならば、この情報を持ち帰らない手はない。
俺は、崩れた祭壇の残骸から、あの奇妙な紋様が刻まれた石片を一つ拾い上げると、懐に仕舞った。物的な証拠は、何よりも雄弁だ。 そして、安全な場所まで移動し、腕のブレスレットに意識を集中させる。報告の相手は、デミウルゴス。
《メッセージ》が繋がると、すぐにあの理知的な声が脳内に響いた。
『……八幡。定期連絡には早いですが、何かありましたか?』
その声には、わずかな驚きと、それ以上の期待が滲んでいる。
「ああ。少し、厄介なものを見つけた」
俺は、これまでの経緯を、淡々と、そして簡潔に報告した。 地図にない『嘆きの谷』を発見したこと。 そこに巣食う、霧に特化した魔獣たちのこと。 そして、人間を生贄に捧げるカルト教団の存在と、そのリーダー格であるネクロマンサーを始末したこと。 最後に、奴らが『主』と呼ぶ存在を復活させ、帝国を乗っ取ろうと企んでいたこと。
俺の報告の間、デミウルゴスは一切の口を挟まなかった。 全てを語り終えると、彼は数秒の沈黙の後、抑えきれない知的好奇心に満ちた声で言った。
『……素晴らしい。実に素晴らしい成果です、八幡。貴方は、ただの休暇を、これほど有益な情報収集の機会に変えてみせた。アインズ様も、さぞお喜びになるでしょう』
その称賛に、俺は何も感じなかった。ただの事実報告だ。
「それで、どうする? 俺が仕留めたのは、おそらくただの下っ端だ。復活させようとしていた『主』とやらも、まだどこかに眠っている可能性もある。教団の残党も、帝都に潜んでいるかもしれない」
『ええ、その通りです。ですが、貴方の働きで、敵の計画は大きく頓挫した。そして何より、我々は、新たな『駒』の存在を知ることができた。……その紋様、そして『復活』というキーワード。非常に興味深い』
デミウルゴスの声は、楽しげですらあった。まるで、難解なパズルに新たなピースを見つけたかのように。
『八幡。貴方の『休暇』は、これにて終了とします。これ以上の深入りは不要。直ちにナザリックへ帰還してください。その情報は、我々が引き継ぎ、解析しましょう。貴方には、骨を休めていただきたい』
「……了解した」
有無を言わせぬ、しかし、どこか俺を労わるような響き。 俺は《メッセージ》を終えると、深く息を吐き出した。
(……結局、こうなるのか)
俺の個人的なレベル上げは、いつの間にか、ナザリックの新たな謀略の火種を拾ってくるという『仕事』にすり替わっていた。 まあいい。レベルも上がった。脅威の芽も、一つ摘んだ。結果としては、上々だ。
俺は、谷の入り口へと向かって、歩き始めた。 主を失った谷は、あれほど濃密だった霧が嘘のように晴れ、静まり返っている。 もはや、ここはただの、何もない谷だ。
だが、俺の心は晴れなかった。 あのネクロマンサーが崇拝していた『主』とは、一体何だったのか。 それは、アルベドが警戒する、かつての至高の存在の一人なのか。 それとも、この世界に古くから眠る、全く別の、未知なる脅威なのか。
どちらにせよ、俺は、また一つ、厄介な秘密に触れてしまった。 そして、その秘密は、いずれ、俺自身を、そしてナザリックを、新たな混沌の渦へと巻き込んでいくのだろう。
「……面倒くさいな、本当に」
俺は、谷の外に広がる、どこまでも青い空を見上げながら、独りごちた。 だが、その表情には、いつものような諦観だけではなく、次なる『仕事』を見据える、静かで、鋭い光が宿っていた。 俺の戦いは、まだ、始まったばかりだ。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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八幡+アルベド
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八幡+アインズ様
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八幡+メイド達