アインズ様から帝国での諜報活動という、とんでもない任務を拝領してから数日が経過した。
俺は相も変わらず、創造主スーラータンの私室に引きこもっていた。いや、引きこもっていたというと語弊がある。外出の仕方が分からないのだ。ナザリックとかいうこの巨大ダンジョンは、俺の方向感覚を遥かに超越している。下手に動いて迷子になり、威厳ある守護者様なんかに「不審者め!」とか言って斬りかかられたら目も当てられない。
(ワーカーとして名を上げろ、ねぇ……。奉仕部で奉仕活動するのと、どっちがマシなんだか)
ベッドの上でごろごろと意味のない思考を繰り返していると、部屋の扉が控えめにノックされた。
「八幡様、デミウルゴス様がお呼びでございます」
扉の向こうから聞こえたのは、メイド服に身を包んだ、いかにも有能そうな女性の声だった。確か、戦闘メイド『プレアデス』の一人、ユリ・アルファとかいう名前だったか。脳内のNPC知識がそう教えてくれる。
「……すぐ行きます」
重い腰を上げ、俺はナザリックが誇る知略の悪魔のもとへと向かうのだった。正直、めちゃくちゃ行きたくない。
案内されたのは、まるでどこかの企業の役員会議室のような部屋だった。
長テーブルの上座にはデミウルゴスが座っており、俺が席に着くのを待っていたかのように、にこりと人の悪い笑みを浮かべた。その笑顔が、なぜか奉仕部の顧問である平塚先生の笑顔と重なって見え、俺はわずかに身震いした。
「お待ちしておりました、八幡殿。早速ですが、貴殿が帝国へ潜入するにあたり、まずは装備の確認から始めましょう」
デミウルゴスが指を鳴らすと、控えていた従者が一体のマネキンを運んできた。
そこに着せられていたのは、闇夜に溶け込みそうなほど深い黒を基調とした、動きやすそうな革鎧だった。華美な装飾はないが、素人目にも最高級の素材で作られていることがわかる。
「貴殿の戦闘スタイルに合わせ、隠密性と機動性を最大限に高めた装備です。見た目はただの上質な革鎧ですが、その防御性能はアダマンタイト製のフルプレートに匹敵、いえ、凌駕します。各種の状態異常耐性、探知阻害の魔法も付与済みです」
その他にも、鞘に収まった短剣が数本、投擲用のクナイ、そして指輪やアミュレットといった装飾品が並べられる。どれもこれも、俺の腐った目で見ても分かるほどの魔力を秘めていた。
まるで、ハイスペックなゲームキャラのアバターに装備を着せ替えるような感覚。どこか他人事のように、俺はそれらを黙って身につけた。装備が体に吸い付くようにフィットし、重さを全く感じない。これが、ナザリックの技術力か。
「さて、次は座学です」
装備の確認が終わると、デミウルゴスは教鞭をとる教師のように立ち上がり、背後に用意された巨大な地図を指し示した。
「ここが、貴殿がこれから向かうバハルス帝国。首都はアーウィンタール。大陸中央部に位置し、西の王国、南の神聖国と勢力を三分しています。現在の統治者は、皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。『鮮血帝』の異名で知られています」
(……うわ、名前なっが。しかも鮮血帝て。中二病かよ)
俺が内心でくだらないツッコミを入れていることなど露知らず、デミウルゴスの講義は続く。
「次に、この世界における『力の基準』について。これを理解しておかなければ、貴殿は無用な注目を集めることになります」
デミウルゴスは指を一本立てた。
「人間の強さを示す分かりやすい指標として、『冒険者ランク』というものが存在します。最下級のカッパーから始まり、アイアン、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリル、オリハルコン、そして最高位がアダマンタイト。現在、帝国にアダマンタイト級冒険者は4チームしか存在しません」
「はあ……」
「そして、その人類最高峰とされるアダマンタイト級冒険者ですが、我々ナザリックの基準に換算すると、おおよそレベル30前後に過ぎません」
……レベル、30。
俺の脳内で、先程確認した自分のステータスが明滅する。レベル88。
つまり、俺はこの世界の人類最強クラスの冒険者とやらを、三人まとめて相手してもお釣りがくる計算になる。
俺の表情から何かを読み取ったのか、デミウルゴスは釘を刺すように言った。
「その表情、言いたいことは分かります。ですが、自惚れてはなりません。貴方のレベルは88。これは、かつて世界を救ったとされる伝説の『十三英雄』に匹敵、あるいは凌駕する領域です。人間社会において、貴方の全力は文字通り『災害』に等しい。その力を無闇に振るえば、我々の計画に多大な支障をきたすことを、肝に銘じてください」
「……面倒なのは、ごめんなんで」
俺がボソリと呟くと、デミウルゴスは満足げに頷いた。
「賢明な判断です。貴殿の任務は、あくまで情報収集。ワーカーとして活動し、目立たず、効率的に帝国の内部情報を集めていただきます。これが偽の身分証と、当面の活動資金です。貴殿の表向きの名前は『ハチ』。物静かながら、腕は立つ、という設定にしてあります」
渡された金貨の入った袋と、偽造された身分証。
完璧すぎるお膳立てに、俺はもはや感心を通り越してため息しか出なかった。俺の意思が入り込む隙間が、1ミリもない。
「連絡は、定期的に魔法のアイテムを通して行います。それでは、よろしいかな?何か質問は?」
「……いえ、特に」
「結構。では、出発は明朝とします。転移門(ゲート)で帝都の近くまで送り届けましょう」
講義は終わり、俺は自室への帰路についた。
手には、これから俺が演じることになる『ハチ』という人間のための道具一式。
まるで、文化祭の演劇で、望んでもいない役柄を押し付けられた時のような気分だった。
(ワーカー、ねぇ……)
奉仕部では、捻くれたやり方でしか他人を助けられなかった。
ここでは、暗殺者としての力で、ナザリックに奉仕する。
やっていることの根っこは、案外変わらないのかもしれない。
「本物、か……」
こんな場所で、そんなものが見つかるはずもない。
だが、他にやることもないのなら、与えられた役を演じきるしかないのだろう。
俺は小さく息を吐き、見慣れてきた豪奢な自室の扉を開けた。
明日から始まる、俺の新しい日常。それは、奉仕活動と呼ぶには、あまりにも物騒なものになりそうだった。
挿絵のリクエストです。
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