図書館での束の間の平穏、そして双子との短い交流を経て、俺は自室に戻った。 時間は、アルベドとの約束の刻限が迫っている。 ピクニックだとか、休養だとか。そんなものは、あくまで嵐の前の静けさでしかなかった。 本命は、これからだ。
俺は、身支度を整え、アルベドの私室へと向かった。 ナザリックの第九階層の奥、守護者総監督である彼女の部屋は、豪華な調度品で満たされている。 廊下を歩く間、俺の胸中には様々な思考が渦巻いていた。 セバスとツアレの関係、俺の創造主の残した『負の遺産』、そして『嘆きの谷』で見つけた新たな脅威。 それら全てが、これからアルベドが語ろうとすることと、どこかで繋がっているような、そんな予感がしていた。
アルベドの部屋の前に着くと、俺は軽くノックをした。
「八幡です」
「ええ、どうぞ、入りなさい」
中から、甘く、それでいて有無を言わせぬような声が響いてきた。
扉を開けると、前回と同様に甘く、芳しい花の香り、部屋は純白と金色を基調とした、天上の閨房とでも言うべき、気品と豪奢さに満ちていた。ソファにはアルベドが、優雅に脚を組み、微笑みを浮かべて座っていた。
「待っていたわ、八幡」
「……ああ」
俺は、アルベドの正面に座るように促された。 テーブルの上には、紅茶と、何かの菓子が用意されている。 だが、そんな和やかな雰囲気とは裏腹に、部屋の空気は、張り詰めていた。 まるで、嵐の前の静けさのように。
「『嘆きの谷』での活躍、ご苦労様。アインズ様も、あなたの報告には大変満足していたわ」
「……ありがとうございます」
俺は、紅茶に手を伸ばすことなく、ただアルベドの言葉を待った。 彼女が、こんな回りくどいことをするのは、目的が他にあるからだ。 世間話など、俺の性には合わないし、彼女の性にも合わないはずだ。
アルベドは、紅茶を一口飲むと、静かにカップをテーブルに置いた。 そして、その金色の瞳が、俺を真っ直ぐに射抜いた。 その視線は、まるで俺の魂の奥底まで見透かすかのような、鋭い光を放っていた。
「……で、八幡。あなた、心変わりしてないわよね?」
来た。 俺は、心の中で呟いた。 やはり、この話が本命だった。
「……しておりません」
俺は、努めて冷静に、そして、彼女の意に沿うような言葉を選んだ。
「至高の存在は、アインズ様お一人。そうあるべきです。アインズ様に仇なす者は、例え至高の存在であろうと、ナザリックの敵」
それは、俺がこのナザリックで生き残るために、そして、アインズ様に忠誠を示すために、常に心に留めている信念だ。
アルベドは、俺の言葉に満足げに微笑んだ。
「ええ、その通りよ。あなたは、実に聡明だわ。しかし、八幡。その言葉、本心から出たもの? それとも……ただの、お世辞に過ぎないのかしら?」
彼女の言葉に、俺は一瞬、息を詰めた。 この女は、俺の『本心』を、見抜こうとしている。 俺の、捻くれた思考、そして、本音と建前を使い分ける習性。 全てを、この女は、見透かそうとしている。
「……俺は、至高の存在を直接知っているわけではない。だが、アインズ様の偉大さは、この目で見てきた。ナザリックが、この世界でいかに圧倒的な力を持っているか、身をもって知った」
俺は、静かに、しかし力を込めて再度語った。
「その上で、あえて言う。アインズ様に仇なすものは、たとえ何者であろうと、俺の『仕事』の邪魔になる。排除すべき対象でしかない」
アルベドは、俺の言葉をじっと聞き、その瞳の奥で、何かが渦巻くのが見えた。 そして、彼女は、まるで俺の心臓を掴むかのように、さらに深く踏み込んできた。
「では、八幡。あなたは、アインズ様のために、命を投げ出す覚悟はある? それは、ナザリックの全てのために、その身を捧げる覚悟、と同意義よ」
その問いは、あまりにも重かった。 俺の命は、俺自身のものだ。誰かのために、簡単に投げ出すようなものではない。 しかし、ここで躊躇すれば、彼女は俺を『不忠』と見なすだろう。
俺は、アルベドの目を真っ直ぐに見つめ返した。 そして、静かに、しかし、はっきりと答えた。
「……俺は、アインズ様のために、命を投げ出すことに、躊躇はありません」
嘘だ。 いや、完全に嘘ではない。 俺は、この世界で、アインズ様という『理不尽』の頂点に仕えることで、己の存在意義を見出そうとしている。 彼が示す『悪』という役割を、俺なりに全うしようとしている。 その過程で、命を投げ出す場面が来るのなら、それは、俺の『仕事』の一部だ。 だが、それは、単純な忠誠心からくるものではない。 むしろ、この理不尽な世界で、俺が俺であるための、ある種の『賭け』。
アルベドは、俺の答えを聞き、満足げに、そして妖艶に、微笑んだ。 その笑みは、まるで俺の魂の奥底まで、その欲望の闇に引きずり込もうとしているかのような、恐ろしい誘惑を孕んでいた。
「フフフ……。素晴らしいわ、八幡。」
彼女は、ソファからゆっくりと立ち上がると、俺に近づいてきた。 その香りが、俺の鼻腔をくすぐる。 そして、彼女は、俺の肩に手を置いた。
「では、八幡。あなたには、今後も私の刃として腕を磨いてもらうわ」
「……承知いたしました」
「そして、近々、あなた以外のメンバーも紹介するわ。期待してちょうだい」
(……誰なんだろうか?)
俺は、アルベドの言葉に、内心で疑問を抱いた。 俺以外にも、この『神殺し』の計画に加わる者がいるというのか。
アルベドは、満足げに微笑むと、ふと何かを思い出したように、話題を変えた。
「そういえば、アウラとマーレが、近々、ピクニックを計画しているとか。アインズ様のご提案だそうだけど……あなたも、誘われたんでしょう?」
「……はい」
「フフフ。たまには、息抜きも必要よ。存分に、楽しんでくるといいわ。……これから、あなたには、息つく暇もないほど、働いてもらうことになるから」
その言葉は、甘い蜜の中に、鋭い毒針を隠していた。 ピクニック。 その、あまりにも平和で、場違いな単語の響き。 そして、その直後に待っているであろう、神殺しという、狂気の任務。 その、あまりにも大きな落差に、俺は、もはや笑うしかなかった。
「……やれやれ」
俺は、自嘲気味に呟いた。
「俺の青春ラブコメは、どうやら、とんでもない方向で、まちがい続けているらしい」
アルベドの部屋を出た俺の背中に、彼女の、愉悦に満ちた笑い声が、いつまでも響いているような気がした。 俺の『仕事』は、新たな、そして、おそらくは最後のステージへと、その幕を開けたのだった。
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おまかせ
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