ぼっち、ナザリックに飛ばされる   作:NewSankin

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ぼっち、帝国に行く

約束の朝、俺はデミウルゴスに連れられて第九階層の転移門の前に立っていた。

背後にはアインズ様の姿も、他の守護者たちの姿もない。物々しい見送りはなし、という俺のささやかな願いが聞き届けられたのか、単に彼らが忙しいだけなのか。

 

「では八幡殿、くれぐれも任務を違えぬよう。貴殿の活躍、期待しておりますよ」

 

悪魔の笑みを浮かべるデミウルゴスに見送られ、俺は覚悟を決めて黒い渦のような門をくぐった。

視界がぐにゃりと歪み、内臓が浮き上がるような不快感に襲われる。数瞬の後、俺の足は硬い地面を踏みしめていた。

 

 

 

目に飛び込んできたのは、木々の隙間から差し込む、どこまでも自然な太陽の光。

ナザリックの各階層を照らしていた人工の光とは違う、本物の暖かさが肌を刺す。土の匂い、風にそよぐ葉の音、鳥のさえずり。五感に流れ込んでくる情報全てが、ここがナザリックではない、全く別の世界であることを告げていた。

 

「……さて」

 

デミウルゴスから渡された地図を頼りに森を抜け、街道に出ると、やがて巨大な城壁が見えてきた。あれがバハルス帝国の首都、アーウィンタールか。

門では屈強な衛兵たちが検問を行っていたが、『ハチ』と名乗る俺が差し出した身分証と銀貨数枚で、特に何も聞かれることなくあっさりと通過できた。デミウルゴスの用意した偽造書類は完璧らしい。

 

街の中は、想像以上の活気に満ちていた。

石畳の道を行き交う人々。威勢のいい商人の呼び声。荷馬車が立てる車輪の音。建ち並ぶのは、俺のいた世界ではテーマパークでしか見られないような、石と木で造られた趣のある建物ばかりだ。ファンタジー小説で読んだ、中世ヨーロッパ風の街並みそのものだった。

 

(千葉駅前とは、比べ物にならねえな……)

 

そんな凡庸な感想を抱きながら、俺はあてもなく街を歩き始めた。

まず気づいたのは、街が驚くほど清潔なことだ。ゴミ一つ落ちていない、というほどではないが、道の隅々まで整備が行き届いているのが分かる。治安維持のためか、鎧姿の騎士が二人一組で定期的に巡回しており、住民たちもそれを当然のように受け入れている。

 

デミウルゴスは言っていた。『鮮血帝』ジルクニフは、貴族を粛清し、有能な平民を登用することで国を富ませた、と。その結果が、この光景なのだろう。

物騒な二つ名とは裏腹に、その政治手腕は本物らしい。道行く人々の表情にも、貧しさからくるような暗い影はあまり見られない。

 

「独裁者のほうが、案外まともな国を作るのかね。下手に民意なんて聞くから、衆愚政治に陥る、なんてな……」

 

誰に言うでもなく、俺は皮肉めいた独り言を呟いた。

 

しばらく歩き回って腹が減ってきたので、俺は手頃な宿屋兼食堂の扉を開けた。

木のテーブルと椅子が並ぶ、いかにもな雰囲気の店内。壁に貼られたメニューに書かれているのは、当然ながら見たこともない料理名ばかりだ。

 

「……とりあえず、エールと本日の煮込みで」

 

一番無難そうなものを注文すると、すぐに泡の立つ酒と、湯気の立つシチューのようなものが運ばれてきた。

木製のスプーンで一口すする。様々な野菜と、おそらく何の肉かも分からないものが煮込まれた、素朴な味だ。

 

(……まあ、こんなもんか)

 

元の世界で慣れ親しんだ、化学調味料と計算され尽くした味の暴力――例えば、家系ラーメンの濃厚なスープや、自販機で手軽に買えるマックスコーヒーの脳天を突き抜けるような甘さに比べれば、確かにお粗末かもしれない。

だが、食べ進めるうちに、じわりと体に染みてくるような温かさがあった。丁寧に煮込まれた野菜の甘み、肉の旨味。一つ一つの素材の味が、不器用ながらもまっすぐに伝わってくる。

 

「……悪くない」

 

思わず、そんな言葉が漏れていた。

こういうのも、悪くない。誰かと比べるでもなく、ただそこにあるものを素直に味わう。そんな当たり前のことを、俺はいつから忘れていたのだろうか。

 

 

少しだけ満たされた気分で店を出て、本来の目的地であるワーカー組合の場所を探す。大通りを外れ、少し入り組んだ路地に入った、その時だった。

 

「よぉ、兄ちゃん。見かけねぇ顔だな」

 

前と後ろから、いかにも柄の悪い三人の男が道を塞いだ。

錆びついた剣を腰に下げ、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。

 

(うわ、出たよ……。なんでどこの世界にも、こういうテンプレートな厄介事が用意されてんだ)

 

内心で盛大に悪態をつく。デミウルゴスからは、目立つなとあれほど言われたばかりだ。面倒ごとは、金輪際ごめんだ。

 

「その綺麗な装備、俺たちに寄付する気はねぇか?なあ?」

 

男の一人が、下品な手つきで俺の肩に手を伸ばしてくる。

俺はそれを避けもせず、ただじっと男の顔を見つめた。俺の特殊スキル《腐った目》が、相手の浅ましい本性を暴き出す。

こいつらは、ただのチンピラだ。虚勢を張っているだけで、その実、俺が少しでも抵抗すればすぐに逃げ出すであろう、臆病な犬。

 

「……やめとけ」

 

俺は静かに、しかしはっきりと聞こえる声で言った。

 

「あんたらじゃ、役者不足だ。俺に関わると、面倒なことになる。それは、俺にとっても、あんたらにとってもだ」

 

「あぁ?なんだとコラ!」

 

逆上した一人が剣の柄に手をかける。だが、その手はかすかに震えていた。

俺は構わず、言葉を続ける。

 

「その震えてる手で、剣が抜けるのか?抜いたとして、俺に斬りかかれるのか?あんたらのボスだか親分だか知らねえが、こんなところで騒ぎを起こして、一番面倒なことになるのは誰か、考えた方がいい」

 

俺の言葉に、男たちの顔色が変わる。

俺はレベル88の存在だ。その気はなくとも、全身から放たれる『格』の違いは、生物としての本能に直接訴えかけるらしい。目の前の三人は、蛇に睨まれた蛙のように完全に硬直していた。

 

「……用がないなら、通してもらうぞ」

 

俺がゆっくりと一歩踏み出すと、彼らは蜘蛛の子を散らすように道を空け、壁際にへばりついた。俺は彼らに一瞥もくれず、その間を通り抜ける。

背後から聞こえてくる小声の悪態など、気にもならなかった。

 

やれやれ、と心の中でため息をつく。

だが、ほんの少しだけ、気分は悪くなかった。暴力ではなく、言葉と雰囲気だけで面倒事を処理する。それは、かつて奉仕部で俺が磨いてきた、数少ない特技の一つだったからだ。

 

小さなトラブルを乗り越え、俺はこの世界での立ち振る舞い方を、ほんの少しだけ学んだ気がした。

そうして歩いていると、やがてデミウルゴスから教えられていた地区に行き着いた。表通りから外れた、日もあまり差さない薄暗い一角。ここが、ワーカーたちが仕事の情報や依頼主との繋がりを求める場所らしい。

 

目当ての建物の前まで来ると、そこには看板らしい看板はなかった。ただ、古びた木製の扉に、黒い蛇が剣に巻き付いている意匠が彫られているだけ。ここが、非合法な仕事も扱うワーカー専門の斡旋所であるという目印だった。

 

「……組合なんて便利なモンはない、か」

 

俺は、ナザリック製の上等な革鎧の襟を正すと、その重い扉に手をかけた。

 

「いっちょやりますか。ぼっちのワーカー活動を」

 

比企谷八幡改め、『ハチ』の、異世界での最初の一日が、静かに始まろうとしていた。

挿絵のリクエストです。

  • おまかせ
  • 八幡+シャルティア
  • 八幡+アルベド
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  • 八幡+アウラ
  • 八幡+マーレ
  • 八幡+アインズ様
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