「ウォォォォォォッ!!」
6万の咆哮が、閉鎖された空間を震わせる。 視界を埋め尽くす土色の津波。クアゴアの大軍が、怒りと恐怖を原動力にして、俺たちたった三人に向かって雪崩れ込んでくる。 普通なら、絶望で足がすくむ光景だ。 だが、今の俺に浮かんだ感想は、ただ一つ。
(……これ、残業確定だな)
俺は、隣で優雅にランスを構える吸血鬼に声をかけた。
「シャルティア様。聞こえていますか?」
「ええ、耳障りな鳴き声ばかりで、頭が痛くなるわ」
「数が多いです。広範囲攻撃で一気に減らすのは構いませんが、くれぐれも『ノルマ』を忘れないでください。雄4000、雌4000、子供2000。……それを下回ったら、アインズ様に報告書を書くのは貴女ですよ」
俺の言葉に、シャルティアはピクリと眉を動かした。
「……分かっているわよ。八幡こそ、ちゃんと数を数えておきなさい。計算が合わなかったら、貴様のせいにするでありんすから」
「はいはい。カウンター業務ですね。承りました」
俺は短剣を逆手に持ち直すと、深く息を吐いた。 戦いではない。これは、ただの『事務処理』だ。
「さあ、お掃除の時間でありんす!」
シャルティアが、真紅の竜巻となって敵陣に飛び込んだ。
「ギャアアアアッ!?」
先頭集団が、瞬時にして赤い霧へと変わる。 シャルティアの持つ武器が振るわれるたび、数十、数百の命が消し飛ぶ。
彼女は踊るように、笑うように、死を撒き散らしていく。
「脆い! 脆い! 脆すぎるでありんす!」
「化け物だ! 攻撃が通じねえ!」
「後ろに回れ! 囲んで叩け!」
クアゴアたちが必死に爪を立て、牙を突き立てるが、本気装備に劣るとはいえ予備の装備で固めたシャルティアには傷一つつけられない。 圧倒的な蹂躙。
俺は、その惨劇の中心から少し離れ、戦場を俯瞰する位置取りをしていた。
俺の仕事は、シャルティアの討ち漏らしを処理することではない。
『品質管理』だ。
「――そこ、子供が混ざってる」
俺は《縮地》で、シャルティアの攻撃範囲に入りそうになった一団の前に割り込んだ。
雌のクアゴアたちが、子供を抱えて逃げ惑っている。
「ど、どけェッ!」
死に物狂いで襲いかかってくる雌クアゴア。 俺は短剣の峰で、その手首を打ち据え、武器を落とさせる。
「こっちは通行止めだ。……死にたくなければ、あっちの隅で縮こまってろ」
俺は顎で、戦場の端、安全地帯となりつつある岩陰をしゃくった。
「あ……あぁ……」
彼女たちは恐怖に震えながらも、俺が殺意を向けていないことを悟り、子供を抱えて走っていった。
(……これで子供5、雌3、確保っと)
俺は脳内でカウンターを回す。 やってることが完全に牧羊犬だ。あるいは、文化祭の来場者整理か。
目の前で繰り広げられるのは地獄絵図だが、俺の心は氷のように冷めていた。
「八幡! そっちはどう!?」
血濡れのシャルティアが、楽しげに叫ぶ。
「順調ですよ! 今のペースだと、あと10分で規定数に達します! ……ペース配分、少し落としてください! エリート個体まで挽肉にする気ですか!」
「注文が多いでありんすね! ……まあ、良いわ!」
シャルティアは、俺の指示に従い、殲滅速度を僅かに緩めた。
彼女は、俺の声を『ブレーキ』として利用している。
殺戮の衝動に飲まれそうになる自分を、俺という外部装置を使って制御しているのだ。
(……良いコンビだなんて、口が裂けても言いたくねえな)
俺は、敵の本陣、ペ・リユロがいるであろう場所を見やった。
彼らは、必死に戦線を維持しようとしているが、無駄な足掻きだ。
彼らの精鋭部隊が、シャルティアの一撃で紙屑のように吹き飛んでいく。
その時、一匹の強そうなクアゴア――恐らく親衛隊長クラスが、俺を狙って飛びかかってきた。
「貴様ァ! その女の指図役か! 死ねェッ!」
速い。そして重い。 だが、見えている。
俺は《影縫い》で一瞬だけ彼の足を止め、その隙に懐へと潜り込んだ。
心臓を一突き――いや、止めた。
(こいつは強そうだ。雄の『枠』に残すべきか)
俺は軌道を変え、鳩尾に掌底を叩き込んだ。
「ガハッ!?」
気絶し、崩れ落ちる親衛隊長。
俺は無造作に彼の襟首を掴み、後ろの安全地帯へと放り投げた。
「一丁あがり」
そんな作業を繰り返すこと、数十分。 6万の大軍は、見る影もなく減っていた。
大地はクアゴアの死体で埋め尽くされ、流れる血で川ができている。
生存者は、恐怖で動けなくなり、一箇所に固まっている。 その中心で、統合氏族王ペ・リユロが、呆然と立ち尽くしていた。
彼の自慢の軍勢は、もうどこにもいない。 残っているのは、俺たちが指定した『枠』に収まるだけの、僅かな敗残兵のみ。
シャルティアが、優雅に舞い戻り、リユロの前に降り立った。
「……さて」
シャルティアは冷ややかに告げた。
「だいぶスッキリしたでありんすね。……もう一度聞くわ」
彼女の背後に、俺も音もなく並び立つ。
アウラは、上空から「あーあ、ひっどいねー」と他人事のように眺めている。
「我らが支配下に入るか、それとも……ここで全滅するか。選びなんし」
リユロは、ゆっくりと、その体を大地に伏せた。
「……降伏、する」
絞り出すような声だった。
「我らクアゴアは……貴方たちの支配下に入る……」
その瞬間、残っていたクアゴアたちからも、慟哭のような嗚咽が漏れた。
誇り高き山脈の支配者が、完全に膝を屈した瞬間だった。
「賢明な判断でありんす」
シャルティアは満足げに微笑み、そして俺を見た。
「……八幡。数は?」
俺は、死体の山と、生存者の群れをざっと見渡した。
「……子供が少し足りませんが、まあ、誤差の範囲でしょう。雄と雌は規定数、確保できています。特に優秀そうな個体は、俺の方で選別(キープ)しておきました」
「流石ね。気が利く副官でありんすこと!」
シャルティアは、心底嬉しそうに俺の肩を叩いた(ちょっと痛い)。
俺は、平伏するリユロを見下ろしながら、小さく溜息をついた。
これが、ナザリックのやり方だ。
逆らう者は容赦なく間引き、力で屈服させる。 残酷で、効率的で、そして圧倒的。
(……悪いな、王様)
俺は心の中で呟いた。
(お前が弱かったんじゃない。相手が悪すぎたんだ。……俺も、その理不尽の片棒を担いでる身だけどな)
「では、アインズ様にご報告を」
シャルティアが《メッセージ》を使おうとした時、空間の歪みが解け、アインズ様とゴンドが姿を現した。
どうやら、別働隊としてドラゴンの王宮(王城)を制圧しに行っていたらしい。
「ご苦労だった、シャルティア、八幡」
アインズ様は、凄惨な光景を見ても動じることなく、リユロの前に歩み寄った。
「クアゴアの王よ。私の配下となることを誓うか?」
「は……ははっ!! 誓います、偉大なる王よ……!」
リユロの顔には、もはや反抗の意志など欠片も残っていなかった。
あるのは、絶対的強者への、根源的な恐怖のみ。
俺は、短剣の血糊を払いながら、空を見上げた。 アゼルリシア山脈の制圧。 ドワーフとの同盟。 ルーン技術の確保。
すべての目的は達せられた。
だが、俺の仕事はまだ終わらない。
この大量の「在庫(クアゴア)」の管理と、シャルティアの戦後メンタルケア、そして報告書の作成という、地味で重い業務が残っているのだから。
(……帰ったら、絶対に有給取ってやる)
俺の、ドワーフの国への出張業務は、こうして大量の死体と共に一応の決着を見たのだった。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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八幡+アルベド
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八幡+デミウルゴス
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八幡+コキュートス
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八幡+アウラ
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八幡+マーレ
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八幡+アインズ様
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八幡+メイド達