俺は、黒い蛇と剣の意匠が彫られた重い扉を、ゆっくりと押し開けた。
キィ、と軋む蝶番の音。その先に広がっていたのは、俺の貧相な想像力を遥かに超える、『ザ・裏稼業』といった空間だった。
薄暗い室内。漂うのは、埃と安酒、汗、そして微かな血の匂いが混じり合った、淀んだ空気。
壁際には、使い古されたテーブルと椅子が雑然と置かれ、そこに座る者たちは一様に、新参者である俺に値踏みするような視線を突き刺してくる。
全身に傷跡を刻んだ筋骨隆々の戦士。フードを目深に被り、素顔を見せない魔術師らしき男。見るからにチンピラ上がりの若者グループ。その誰もが、まともな人間ではないことを全身で主張していた。
(うわぁ……気まずい。高校の入学式よりアウェー感あるんですけど……)
歓迎されているとは到底思えない視線の集中砲火を浴びながら、俺は内心で悪態をつき、顔には一切出さずに奥のカウンターへと向かった。
カウンターの向こう側で、分厚い帳簿に何かを書きつけていた男が、ゆっくりと顔を上げる。
片方の目は黒い眼帯で覆われ、もう片方の鋭い眼光が俺を射抜く。顔に走る古い傷跡が、彼の経てきた修羅場を物語っていた。この斡旋所の主だろう。
「……見ねぇ顔だな、小僧。ここはガキが肝試しに来るところじゃねぇぞ」
しゃがれた、ドスの利いた声。普通の子供なら泣いて逃げ出す場面だろう。
だが、残念ながら俺は第九階層の守護者たちという、この世の悪夢を煮詰めたような連中の顔を毎日見ている。目の前の男の威圧など、そよ風のようなものだ。
「仕事を探しに来た。『ハチ』だ」
俺が短くそう告げると、男――斡旋所の主は、意外そうな顔で俺を上から下まで舐めるように見た。
「ハチ、ねぇ……。そのナリで、腕は立つのか?」
その視線は、俺が身につけているナザリック製の装備の価値を、ある程度見抜いているようだった。
「それなりに、な」
俺は曖昧に答える。ここで下手に実力を見せびらかすのは愚策だ。目立つな、というデミウルゴスの命令が脳裏をよぎる。
主はしばらく黙って俺の目を見ていたが、やがてフンと鼻を鳴らすと、カウンターの裏から羊皮紙の束をいくつか取り出した。
「……まあいい。腕に覚えがあるなら、仕事はいくらでもある。死んでも文句は言うなよ」
彼はそう言うと、いくつかの依頼書をカウンターに並べた。
一つは、貴族の屋敷に忍び込み、不正の証拠を盗み出すというもの。報酬は破格だが、リスクが高すぎる。貴族と関わるのは面倒の種だ。却下。
一つは、最近勢力を伸ばしている盗賊団の討伐。これも戦闘がメインになる。目立ちすぎる。却下。
一つは、未踏の遺跡の調査。何が出てくるか分からない。論外だ。
俺の目的は、戦闘でも金儲けでもない。この世界の情報を、目立たず、地道に集めることだ。
俺は、依頼書の山の中から、一枚の地味な依頼書を抜き出した。
「……これで」
俺が指さした依頼書を見て、主は少しだけ眉を上げた。
そこに書かれていたのは、『帝都近郊の森に出没するようになった、薬草を食い荒らす害獣『グレイズ・ラット』の駆除』というものだった。報酬は、他の依頼に比べれば微々たるものだ。
「ほう……。もっと割のいい仕事に飛びつくかと思ったが、随分と謙虚じゃねえか」
「派手なのは性に合わん」
「……ちっ、面白ぇ小僧だ。いいだろう、その依頼、お前に任せる。森の薬草ギルドに顔を出して、詳しい場所を聞け。報酬は、駆除した鼠の尻尾の本数で支払われる」
俺が依頼書を受け取ろうとした、その時だった。
背後から、わざとらしい咳払いと共に、馴れ馴れしい声がかかった。
「おいおい、ゲッヘンのおっさん。そんなひよっこに仕事を回してやるなんて、親切じゃねえか」
振り返ると、派手な装備に身を包んだ四人組のワーカーが、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。リーダー格らしき剣士の男が、俺の肩を馴れ馴れしく叩く。
「坊主、悪いがその仕事、俺たち『クリムゾン・アーク』に譲っちゃくれねえか?お前さんみたいな駆け出しには、鼠退治もおっかねえ仕事だろう?」
取り巻きたちが、どっと下品な笑い声を上げる。
またテンプレートな絡みか。俺は内心でため息をついた。
「……興味ないんで。どうぞご自由に」
俺は男の手を振り払い、さっさとこの場を立ち去ろうとする。
だが、剣士の男は俺の依頼書をひったくると、代わりに別の依頼書を押し付けてきた。
「まあ、そう言うなよ。こっちのほうが、お前の得物にはお似合いだぜ?」
男が押し付けてきたのは、先程俺が却下した『盗賊団の討伐』の依頼書だった。
どうやら、面倒な討伐依頼を俺に押し付け、自分たちは楽な仕事で小銭を稼ごうという魂胆らしい。
「……」
一瞬、こいつらを黙らせようかという黒い衝動が頭をよぎる。
だが、俺は首を横に振ってその考えを打ち消した。ここで騒ぎを起こせば、それこそ奴らの思う壺であり、デミウルゴスの命令に背くことになる。
「……好きにしろ」
俺は盗賊団の討伐依頼をカウンターに置くと、何も言わずに斡旋所を出た。
背後から「だっせーの!」という嘲笑が聞こえたが、無視した。
外に出て、冷たい空気を吸い込むと、少しだけ頭が冷静になった。
結局、最初の仕事は横取りされてしまったわけだが、まあいい。仕事など、また探せばいい。
今日のところは、この街の地理をもう少し頭に入れておくことにしよう。
(まずは、この世界の『普通』を知るところから始めないとだな……)
情報収集の基本は、足で稼ぐことだ。それは、元の世界で奉仕部がやってきたことと何も変わらない。
俺は帝都の喧騒の中に再び足を踏み出した。
ワーカー『ハチ』の本当の初仕事は、まだもう少し先になりそうだった。
挿絵のリクエストです。
-
おまかせ
-
八幡+シャルティア
-
八幡+アルベド
-
八幡+デミウルゴス
-
八幡+コキュートス
-
八幡+アウラ
-
八幡+マーレ
-
八幡+アインズ様
-
八幡+メイド達