私の名前はフォア。
至高の御方々にお仕えするために創造された、ホムンクルスの一般メイドでございます。
私たちの至上の喜びは、ナザリック地下大墳墓を清潔に保ち、主や守護者様方が快適に過ごされるよう奉仕すること。
毎日が輝かしい義務と誇りに満ちています。
ですが、最近、私の心には小さな、けれど決して無視できない「さざ波」が立っております。
その原因は、一人の男性――比企谷八幡様にあります。
正直に申し上げますと、最初、彼に対する印象は「恐怖」でした。
いえ、アインズ様のような圧倒的な覇気に対する恐怖ではありません。
その「目」です。
まるで数千年の時を腐敗した沼の中で過ごしたかのような、濁りきった瞳。
私たちメイドとすれ違う際も、他の人間のように恐怖したり、あるいは劣情を抱いたりするでもなく、ただ「あー、どうも」と気だるげに会釈をするだけ。
(……生きていらっしゃるのでしょうか?)
失礼ながら、アンデッドの方々よりも生気がないのではないかと、同僚たちと噂したこともありました。
けれど、その認識が劇的に変わる出来事があったのです。
ある日のこと。
私が廊下の清掃をしている時のことです。
うっかり古い木箱のささくれで、左手の薬指を少し切ってしまいました。
ホムンクルスである私にとって、これくらいの傷は取るに足りません。
そのまま作業を続けようとした時、八幡様が通りかかりました。
彼はいつものようにゾンビのような足取りで歩いていました。
私が慌てて傷を隠し、「ごきげんよう、八幡様」と頭を下げると、彼は足をピタリと止めました。
「……あの」
低い声。
私は粗相を咎められるのかと身構えました。
「手、出してもらえますか」
「は……はい?」
「いいから」
八幡様は、私の左手を――躊躇いもなく、そっと取られました。
その手は、意外なほど温かく、そして大きくて。
心臓が跳ね上がりました。
彼は懐から、故郷から持ち込んだという『絆創膏』を取り出しました。
そして、私の目の高さまで持ち上げられた左手の、その薬指に。
まるで、神聖な儀式を行うかのような慎重な手つきで、絆創膏を巻き付けたのです。
その光景は、知識として知っている「結婚式」の一幕――新郎が新婦に、永遠の愛を誓う指輪を贈るシーンに、あまりにも酷似していました。
時は止まり、廊下の背景はバラ色に染まりました(私の目にはそう見えました)。
「……水仕事が多いんだろ。バイ菌が入ると厄介だぞ」
八幡様は、そうボソリと仰って、少し気まずそうに視線を逸らされました。
ああ、なんてことでしょう。
彼は照れていらっしゃるのです(※実際はただの無愛想です)。
私の指を気遣い、これほどまでに甘美な方法で守ってくださるとは。
「……替え時だと思うけどな、その雑巾も」
彼は最後にそう付け加えると、逃げるように去っていきました。
私は、その場に崩れ落ちそうになるのを必死で堪えました。
左手の薬指には、彼から贈られた証(絆創膏)。
それは、どんな宝石よりも輝いて見えました。
「……はい、八幡様。大切にいたします……!」
それ以来、私はお風呂に入る時も、寝る時も、決してこの絆創膏を外しておりません。
端が少し剥がれてきても、魔法の糊で補修して大切にしております。
これは、私と彼を結ぶ「誓い」なのですから。
また、別の日。 休憩室の近くを通った時のことです。
八幡様が、ソファに深く沈み込み、黄色いパッケージの飲み物(マックスコーヒーとかいうものらしいです)を飲んでいる姿をお見かけしました。
いつもは眉間に皺を寄せ、世の全てを呪っているようなお顔をされているのに。
その時だけは。 糖分が身体に染み渡るのを感じているのか、口元を緩ませ、とろけるような、子供のような無防備な笑顔を浮かべていらしたのです。
ズキューン、と胸を撃ち抜かれました。
普段の冷徹で厭世的な態度と、あの甘く蕩けるような笑顔。
その激しい落差(ギャップ)に、私の恋心は加速するばかりです。
そして、今日のことです。
アインズ様より、「八幡を至急呼んでこい」とのご命令を受け、私は彼のお部屋へと向かいました。
遠征から戻られたばかりの彼が、お休みになられていることは存じておりました。
コンコン。
「……誰ですか」
扉越しに聞こえた声は、警戒心と、そして「頼むから放っておいてくれ」という切実な響きを含んでいました。
「アインズ様より、至急、執務室へ出頭するようにとのご命令です」
私が告げると、中から「……」という沈黙と、深い深いため息が聞こえてきました。
至高の御方からの呼び出しを、これほどまでに嫌がる方がいらっしゃるでしょうか。
普通なら不敬にあたるその態度も、八幡様だと「ああ、またお可哀想に……」と、母性本能をくすぐられてしまうのです。
ガチャリ、と扉が開きました。
そこには、寝癖がついたままの髪、眠気眼でさらに目つきが悪くなった八幡様が立っていました。
「……分かりました。すぐに行きます」
その、無防備な寝起き姿。
覇気のない猫背。
それなのに、アインズ様の元へ向かう背中は、どこか「仕方ない、行ってやるか」という、奇妙な頼もしさを帯びていて。
(……行ってらっしゃいませ、八幡様。私の旦那様……)
私は、左手の薬指――あの絆創膏の上から、そっと反対の手を重ねました。
遠ざかるその背中に向かって、深く最敬礼をします。
もし、八幡様がアインズ様から無理難題を押し付けられ、疲れ果ててお部屋に戻られた時は。
とびきり甘いコーヒー牛乳を用意して、最高の笑顔でお迎えしようと思います。
「……ふふっ」
私は、誰もいない廊下で、自然とこぼれ落ちた笑みを噛み締めながら、再び清掃の任に戻りました。
彼の歩いた廊下を磨くことが、今はまるで、二人の愛の巣(ナザリック)を整える花嫁修業のように思えるのです。
恋愛描写って難しいですね・・・
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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八幡+アルベド
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八幡+デミウルゴス
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八幡+コキュートス
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八幡+アウラ
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八幡+マーレ
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八幡+アインズ様
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八幡+メイド達