シャルティアでの成功(?)から数日後。
俺は、次なる改革の地――リザードマンの集落がある大湖へと派遣されていた。
「……湿気が凄いな」
俺はジメジメとした空気に顔をしかめた。
今回のターゲットは、第五階層守護者コキュートス。
現在はリザードマンたちの統治を任され、この集落に滞在している。
武士道を重んじ、忠義に厚い彼のことだ。シャルティアのような情緒不安定さはないだろうが、別の意味で厄介な予感がしていた。
「オオ、八幡殿。ヨクゾ参ラレタ」
村の中央にある、急造された氷の玉座(冷房完備)で、コキュートスが出迎えてくれた。
その巨大な昆虫のような姿はいつ見ても威圧感があるが、彼自身は非常に礼儀正しい。
「遠路ハルバル、ご苦労デアル。冷タイ飲ミ物デモ用意サセヨウ」
「お気遣いありがとうございます」
俺は勧められた氷水を飲みながら、早速本題に入った。
「コキュートス様。アインズ様より、貴方の業務状況の確認と、休暇取得の推奨について仰せつかっております。まずは、普段のスケジュールを教えていただけますか?」
コキュートスは四本の腕を組み、重々しく答えた。
「日ノ出ト共ニ起床。剣ノ素振リヲ一万回。続イテリザードマン達ヘノ武術指導。集落ノ見回リ。午後ハ再び自身ノ鍛錬。夜ハアインズ様ヘノ忠義ヲ再確認スル瞑想。以上ダ」
「……休憩は?」
「鍛錬ノ合間ニ水ヲ飲ム程度ダ」
「休日は?」
「武人ニ休日ナド無イ。常ニ刃ヲ研ギ澄マス事コソ、守護者ノ務メデアル」
(……やっぱりな)
俺は内心で天を仰いだ。
シャルティアが「ブラック社畜」なら、コキュートスは「昭和のモーレツ社員」だ。
「休む=悪、怠惰、恥」という美学が出来上がってしまっている。
「コキュートス様」 俺は切り出した。
「明日から一週間、休暇を取ってください」
「断ル!」
即答だった。冷気で部屋の温度が下がる。
「私ニ、剣ヲ置ケト言ウノカ? 武人トシテ、ソレハ死ニ等シイ恥辱デアル!」
「……そう仰ると思いました」
俺は想定問答集(脳内)のページをめくる。
真正面から「休め」と言っても、この武骨者には通じない。
ならば、彼の尊敬する「サムライ」の概念を利用するしかない。
「ですがコキュートス様。真の武人とは、ただ剣を振るうだけの者でしょうか?」
「……ト、言ウト?」
「『文武両道』という言葉をご存知ですか? 優れた武士は、剣術だけでなく、茶道や芸術、あるいは盤上の遊戯(ゲーム)を通じて、精神を養い、知略を磨くものです」
俺は、それっぽい理屈を並べ立てた。
「ただ筋肉をいじめるだけが修行ではありません。休暇を取り、芸術に触れたり、将棋のような戦略ゲームを学ぶこともまた、守護者としての『幅』を広げる修行なのです」
「ムムム……。文武両道……。確カニ、至高ノ御方々ノ中ニハ、武人デアリナガラ知的ナ方モ多カッタト聞ク……」
コキュートスが揺らいだ。
あと一押しだ。ここで俺は、最強のカードを切る。
「それに、コキュートス様。……もし将来、アインズ様にご子息(子供を残せるかなんてしらんが)が誕生された時のことを想像してみてください」
「! ア、アインズ様ノ御子息……!」
コキュートスの複眼が、カッと見開かれた。
「若様……!」
「ええ。もしアインズ様が、貴方に若君のお守りを任されたとしましょう。その時、貴方は若君とどう接しますか? ただ『素振りをしましょう』と剣を渡すだけですか?」
「ソ、ソレハ……」
「若君はまだ幼い。時には一緒に遊びたいと仰るでしょう。そんな時、遊びの一つも知らず、面白い話の一つもできない無骨者に、アインズ様は大切なお子様を預けるでしょうか?」
「ヌオオオオオオッ!!」
コキュートスが頭を抱えて絶叫した。
「盲点! 盲点デアル! 私ハ若君ノ教育係トシテ、武術ノ事シカ考エテオラナカッタ! コレデハ、若君ニ『ジィーヤ、つまんない』ト言ワレテシマウ!!」
(……爺や呼びは確定なのか)
「八幡殿! ドウスレバ良イ!?」
「簡単です。休暇を取り、ナザリック図書館で古今東西の物語や戯曲を読み漁り、あるいは将棋などのボードゲームをマスターしてください。それは将来、必ずやお役に立ちます」
「分カッタ! 直チニ休暇ヲ申請スル! 将棋盤ト、絵本ヲ用意セネバ!」
コキュートスは、今すぐナザリックへ転移しかねない勢いで立ち上がった。
「あ、業務の引き継ぎだけはお願いしますね」
「ウム! 留守ハ任セタゾ、八幡殿!」
こうして、氷の武人は「若君のための情操教育予習」という名目の休暇に入った。
後に残されたのは、俺と、リザードマンたちの運営管理だ。
……さて、仕事をするか。 俺は、リザードマンの長老たちが持ち込んできた「行政書類」を見て、再び頭を抱えた。
「……なんだこれ。石版? 木の皮?」
そこにあったのは、あまりにも原始的な記録媒体だった。
魚の漁獲量、資材の在庫、人口の増減。
それらが、統一性のない記号や絵で、バラバラの素材に書きなぐられている。
これでは、集計どころか検索もできない。
「……はぁ。一から構築し直しかよ」
俺は、村の倉庫番や長老たちを集めた。
その中には、ひときわ目を引く白いリザードマン――族長のクルシュ・ルールーの姿もあった。
彼女は俺を見るなり、警戒心を露わにして睨みつけてきた。
「……ナザリックの人間。コキュートス様を追い出して、今度はあなたが私たちを支配するつもりですか?」
彼女の声には棘がある。
以前の戦争、そしてコキュートスの統治。
ナザリックに対する根強い不信感は簡単には拭えないだろう。
「支配じゃありませんよ。……ただの『業務改善』です」
俺は彼女の視線をスルーして、持参した羊皮紙とペンを配った。
「いいですか。今日から在庫管理の方法を変えます。石版は廃止。この『複式簿記』もどきの出納帳を使ってください」
「ふくしき……?」
「左に『入ったもの』、右に『出たもの』を書く。そして品目ごとにページを分ける。たったそれだけですが、これなら誰でも一目で在庫が分かります」
俺は、実際にクルシュたちが管理していた魚の在庫を、新しい台帳に書き写してみせた。
「見てください。先週の記録だと、ここで魚が50匹消えています。計算が合わない。……原因は、腐って廃棄した分を記録していないからじゃないですか?」
クルシュが目を見開いた。
「……なぜ、それが分かるの? 私たちは何も言っていないのに」
「数字が語っているからです。廃棄ロスを記録しないと、次の漁獲目標がブレます。無駄な労働を減らすために、正確な記録が必要なんです」
俺は、リザードマンたちに、効率的な倉庫の配置(先入れ先出し法)や、連絡網の整備(伝言ゲームの廃止と掲示板の設置)などを次々と指導していった。
最初は戸惑っていた彼らも、目に見えて作業が楽になり、ミスが減っていくのを実感し、次第に俺を見る目が変わっていった。
数日後。 俺が夕暮れの湖畔で、甘くないコーヒーをすすっていると、クルシュが隣に座った。
「……これ」
彼女が差し出したのは、綺麗に処理された焼き魚だった。
「あ、どうも」
「……最初は、また無理難題を押し付けられるのかと思っていたわ」
クルシュは、湖を見つめながらポツリと言った。
「でも、あなたのやり方は……合理的で、私たちの負担を減らしてくれた。今では、食料の配給もスムーズになって、仕事に余裕ができた」
彼女は、俺の方を向き、植物のような瞳を細めた。
「ありがとう、副官殿。……あなたは、他のナザリックの者たちとは、少し違うのね」
「……ただの手抜きですよ。俺が管理する時に、楽をしたいだけです」
「ふふっ。そういうことにしておいてあげる」
クルシュの笑顔には、かつてのような敵意はなく、確かな信頼の色が宿っていた。
一週間後。
「八幡殿ーッ!! 帰ッテ参ッタゾーッ!!」
コキュートスが、大量の書物と将棋盤を抱えて帰還した。
「ムフフ、八幡殿。見ヨ、コノ『絵本・モモンガ様の大冒険(手作り)』ヲ! コレデ若様モ大喜ビ間違イ無シダ!」
「……ええ、素晴らしい出来ですね(絵心すごいなコイツ)」
「留守中、リザードマン達ノ暮ラシモ良クナッタト聞ク。八幡殿、貴殿ハ真ニ得難イ男ダ。感謝スル!」
コキュートスの熱い抱擁(氷属性)を受けながら、俺は思った。
これで二人目。
攻略完了。
だが、俺の『労働改革』の噂は、ナザリック中に広まりつつあった。
「八幡に相談すれば、大義名分を得て休めるらしい」
「しかも、業務が効率化されて楽になるらしい」
そんな噂を聞きつけた次のターゲット……いや、依頼人が、既に俺の背後に忍び寄っていたことを、俺はまだ知らなかった。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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八幡+アルベド
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八幡+デミウルゴス
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八幡+コキュートス
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八幡+アウラ
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八幡+マーレ
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八幡+アインズ様
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八幡+メイド達